楽しいお悩み
ログの故郷から帰ってきて数日が経った朝、カルメは幸せに頭を悩ませていた。
何に悩んでいるのかといえば「どうやってプロポーズをするか」についてだった。
『毎回、花を渡すんじゃ芸がないよな。それに、別にログは花が好きってわけじゃないだろうし。ログが好きなものってなんだ? 私か? 私をプレゼ……いやいやいや! それは駄目だろう。物じゃないし。それに、もう私はとっくにログのも……何でもない何でもない!!』
カルメは独りで悶えてゴロゴロとベッドに転がった。
ギュウッと毛布に抱き着いて顔を埋める。
『結婚したら一緒に眠るようになるんだろ? そしたら怖い夢も、もう怖くないな。ログ、朝ご飯作ってくれるかな? でも、ログは朝が弱いから朝ご飯は私が作って、夕飯をログに作ってもらうのもいいな……あ! また結婚生活の妄想をしてた。ちゃんとプロポーズを考えないと』
といった様子で、カルメは楽しそうに頭を悩ませていたのだ。
近頃のカルメは睡眠時間も減っていたが、それは幸せな減少だった。
とにかく結婚が楽しみで仕方がない。
『言葉だって考えなくちゃいけないよな。愛してる、好き、愛しい、この辺は言っちゃったからな。いや、この言葉が悪いってわけじゃないが、ロマンチックなログには唯一の言葉が必要だろ? なんだろうな。愛おしみます? なんか変だ』
ログに負けず劣らずロマンチックなカルメだが、本人はあまりロマンチックではないつもりのようだ。
あくまでも「ログのために」唯一の言葉とやらを探している。
『プロポーズも大切だけれど、他にも考えることはあるんだよな。結婚式の日が決まったら、できるだけ早くお義母さんたちに知らせないといけないし。家も二人で住めるように整えないといけないし』
カルメは一生懸命に頭を動かしながら家の外へ出た。
家の中で考えていても煮詰まってしまうので、のんびり散歩でもしながら考えようとしたのだ。
カルメの頭上では、太陽の光が辺りを激しく照り付けている。
「あっつい」
呟くとカルメは、額にじんわりと滲む汗を拭った。
「冬が近いのはずなのに、今日も暑いですね」
「わっ! ログ」
どうやらカルメの家まで訪れていたらしいログが、ニコニコとカルメに話しかけた。
カルメはびっくりして高鳴る心臓を抑えると、呆れ笑いを浮かべた。
「ログは元気だな。いつの間に来ていたんだ?」
「ついさっきですよ。ところでカルメさん、最近眠れていますか?」
不安げにカルメの目元を覗く。
「え? あ~、いや」
カルメは目の下に薄っすらとできたクマを触りながら、苦笑いを浮かべた。
「最近、あんまり元気ないなって思って。それで、その、マリッジブルーにでもなってしまったんじゃないかと」
そう呟くログは酷く不安げで、いつもは艶々と輝いている髪がどことなく萎れている。
「まりっじぶるー?」
聞き慣れない単語にカルメが首を傾げると、ログはコクンと頷いた。
「俺との結婚が不安になって、嫌になってしまったんじゃないかと思ったんです」
「え、なんでだ? そんなことない! 私は今すぐにだって結婚したいと思ってる!」
ログが項垂れてあまりにも不安そうな顔をするので、カルメは大慌てでログの言葉を否定した。
すると、ログはあまりのカルメの慌てぶりに、つい噴き出して笑った。
「なんだよ。そんなにおかしかったかよ」
口を尖らせて不貞腐れると、笑いすぎて溢れた涙を指で拭いながら、ログが謝った。
「すみません、あまりにもカルメさんが必死だったから。でも、安心しました。今更嫌だって言われても、俺はカルメさんとの結婚を諦められそうになかったから」
「ふーん。もし私が結婚を嫌がっていたら、どうしたんだよ?」
カルメが試すような意地悪な笑みを浮かべた。
先程笑われた仕返しである。
「意地悪な質問をしますね……嫌だって言われたら、どうして嫌なのか理由を聞いて、解決できるようなことなら解決に努めますね。例えば、俺が頼りないなら頼られるようにします」
ログは眉間にしわを寄せ、真剣に言った。
「例えば?」
「え? うーん、筋トレ、でしょうか?」
真剣に答えを絞り出すその様子に、今度はカルメが噴き出した。
「ふふ、ログ。ログはやっぱりかわいいな。大丈夫、そんなことをしなくてもログはとっくに頼りがいのある男だよ」
涙を拭いながらペシペシとログの引き締まった腕を叩くと、ログは照れたような苦笑いを浮かべた。
「カルメさんこそ笑わないでくださいよ、全く。でも、マリッジブルーじゃないなら、どうしたんですか?」
「え? うーん、結婚にはたくさん考えることがあるだろう? それで、少し色々考えていただけだよ」
そう言って頭を掻くカルメの目は、湖で自由に泳ぎ回る淡水魚のように泳いでいる。
それを、ログは怪訝な目でじっと見た。
「本当にそれだけですか?」
「本当、本当……いや、ほんとはちょっと内緒にしていることがある」
珍しく目つきが悪くなっているログに負けて、カルメは観念したように両手をあげた。
「何を隠しているんですか?」
鋭い瞳の奥では不安が揺れていて、カルメは罪悪感にウッと胸を押さえた。
「う……その、本当に結婚に不安になっているとか、ログが嫌とかじゃないからさ、内緒にしていちゃダメか?」
ログの顔を見られないままに、カルメがモジモジと言った。
ログへのプロポーズ云々はできるだけ内緒にしていたかったのだ。
『どうしても不安だって言うなら、プロポーズに悩んでるんだって言ってやってもいいけど……でも、できれば驚かせたいんだよな。びっくりするほど幸せなプロポーズをしたい』
カルメが不安げにチラチラとログの顔色を窺っているのに気が付いて、ログは仕方ないな、とため息を吐くとカルメの頭を撫でた。
「どうしても言いたくないならいいですけど、でも、いつか言ってもいいかなって思える日が来たら教えてくださいね」
ログの言葉にカルメはパァッと顔を明るくすると、コクコクと頷いた。
「ああ、それなら大丈夫だから安心してくれ! 不安にさせて、ごめんな」
そう言って謝ると、ログは無言で屈んで頭を差し出してきた。
撫でろ、という意味なのだろう。
「全く、仕方のない奴だな」
呆れた言葉とは反対に、嬉しそうに、カルメはわしわしとログの頭を撫でた。
少々乱暴な撫で方ではあるが、もはやカルメはログの頭を捏ねていなかった。
「頭を撫でるの、上手になりましたね」
「まあな、私だって日々成長しているんだ」
胸を張るカルメをログは微笑ましげに撫でて、空いている右手をとった。
「それなら今日は、村の中でも手を繋いでいられますか?」
村の中、という単語が出た途端にカルメは顔を真っ赤に染める。
恋人になりたての頃よりはましになったとはいえ、相変わらず人前でログとくっつくのは苦手なカルメだ。
「え? いや、それは……いや、やってみる。成長するんだ」
「あれ? やる気ですね」
いつもは「それは無理かも」と恥ずかしがるカルメを宥めすかしながら手を繋いでいき、村の門が近づいたところで「やっぱり無理だ!」と手を放して涙目になるカルメを、ログがニヤニヤと眺めるというのがお決まりなのだが。
しかし、今日のカルメは自分から手を繋いでいくと宣言した。
それが珍しくて、ログは小首をかしげた。
カルメは、そんなログの口元を見る。
『だって、皆の前で手も繋げないんじゃ、結婚式でキ、ちゅーなんて絶対に無理だ!』
ログは絶対に結婚式のキスをしたがる、という確信がカルメの中にはあった。
結婚式当日、ログの方からキスをしてくればカルメは逃れられないだろうと思っていたし、おそらく拒絶もしないだろうという自信はあった。しかし、
『多分、ジタバタしちゃうよな』
おそらく、カルメはキスをするその瞬間まで狼狽えてジタバタしてしまうだろう。
『せっかくの結婚式だ。かっこよく、ちゅーしたい』
そのためには羞恥心に耐えきる心が必要なのだ。
カルメは静かに闘志を燃やした。
そんなカルメを、ログは不思議そうに眺めた。
「まあ、俺はカルメさんと手を繋げる方が嬉しいからいいですけど。じゃあ、行きましょうか」
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