聖女の裏切りと狂信者の暴走

 アリアーデで一番大きな宿屋の中で、アルメはその美しい髪を掻き乱してあっちこっちを行ったり来たりしていた。

 白く美しい靴で、よく清掃された宿屋の床を踏み鳴らす。

『何よ、あのガキ! 随分とクソに育ったみたいね』

 心の中で悪態をついては髪を掻きむしる。

 美しい白髪がパラパラと床に零れ落ちた。

 とても、世間で言われる美しい聖女の姿とは思えない。

 聖女アルメ。

 美しい白髪はコシがあり、光を受けて輝く様は言葉にできないほどに美しい。

 切れ長の目に納まる深緑の瞳は深い森を連想させ、覗き込んでしまえば、たちまち心は彼女に囚われてしまうだろう。

 少しきつい印象を与える目も、優しく細められれば慈愛の眼差しへと変わる。

 たぐいまれなるその美貌で人々を癒すさまは、神の体現とまで言われた。

 カルメ達の暮らす国は、宗教の自由というものを認めている。

 基本的にどの神を信仰するのかは自分で決められるし、そもそも神を信仰していなくとも構わない。

 そうであるから、カルメやログには信仰する神などいないが、もしもそのことを喧伝しても国に罰せられることはない。

 それでも、国の中で多くの人間が信仰する、主流となっている宗教がある。

 それが慈愛の女神メリアーネを信仰する宗教、メリアーネ教だ。

 アルメが所属するのもメリアーネ教の教会で、アルメはメリアーネの奇跡を世に広めるために救済の旅「聖女アルメのパレード」を行っている。

 聖女アルメは、全ての病を癒す奇跡の魔法をもっている。

 これは治療魔法の一種で、普通、治療魔法と言えば外傷を治すものを指すのだが、アルメは珍しくも病魔を癒す薬系の治療魔法を扱えたのだ。

 アルメはその魔法で、富の量や老若男女にかかわらず、全ての病める者を癒した。

 貧しいものに寄付を求めることもなく、時には食料などを施すことさえあった。

 完全に無償で、時には与えることすらして、アルメは全ての苦しむものを救済した。

 その始まりはカルメ達に話しかけてきた少年、キリの言う通りモルトナ家の子息をアルメが癒したことだ。

 以上のことは全て事実だったが、アルメはこれらの行動を聖女としての責務を果たすために行っているわけではなかった。

 彼女の行動理念はいつでも「己が富を貪ること」であり、聖女はそのための手段でしかなかったのだ。

 「すべての苦しみに救済を」そう謳うメリアーネ教はその実、腐敗にまみれていた。

 政府と癒着し、貧困の原因をつくり、それを自分たちが救済して見せることで信者を増やすというマッチポンプを、もうずっと昔から繰り返している。

 不安を抱えて毎日を生き延びる人々は教会に疑問を感じたとしても、その疑問すらも叩き潰して縋るしかない。

 安心を得るために必死になる人々を、教会は容赦なく貪った。

 そんな腐りきった世界は、アルメにとって非常に居心地が良かった。

 聖女として清楚なふりをしていれば、自ずと富が転がり込んだ。

 自分はただ一時、貧しい民に我慢して近づいて微笑み、病を癒せばよい。

 ずっと待ち望んでいた生活が手に入った。

 アルメは今ある日常を壊さぬよう、毎日聖女の仮面をかぶり続けた。

「私は聖女としての役目を全うするだけにございます」

 そんなことを言っては富を固辞し、無欲なふりをしてはこっそり富を掠め取った。

 彼女はある意味、メリアーネ教の体現者なのだろう。

 富を貪る時だって、権力を掴み取ったその時だって、非常に整った澄まし顔で醜い内面を隠してやり過ごした。

 欲に身を蝕まれた聖職者たちだって、アルメの汚い素顔を知らない。

 けれど今、アルメが長年かぶり続けてきた仮面は確実に砕かれつつあった。

 原因は、カルメだ。

 実はアルメは秘密裏にカルメを探していた。

 アルメは「コイツは私に傾倒しているから絶対に裏切らない」と確信している一部の人間にだけ、カルメを「生き別れてしまった娘」だと言って探させていたのだ。

 キリもその一人だった。

 今回アルメがカルメに会うこととなったきっかけも、キリの「アルメの娘かもしれない人間を見た」という報告だった。

 カルメへの情が残っているだとか、聖女としての日々がアルメを改心させたなどというわけでは、決してない。

 そもそも湖に捨てたその日から、アルメはカルメの生死に一切興味を持たなかった。

 だが、聖女となった今では、カルメの生死がアルメに非常に大きな影響を与えかねない。

 カルメは生きているのか、そして生きているならば自分に対してどんな感情をもっているのか、それが特に重要だった。

 何せカルメは、聖女とは程遠いアルメの姿を知っている。

 アルメは富のために平然と不倫をし、カルメを身ごもると屋敷から追い出された。

 その後アルメは不倫相手から養育費や生活費をもらうために、常に無機質で冷たい態度をもってカルメを育てた。

 意外にもアルメはカルメに暴力を振るうことは無かったが、冷たいその瞳は決してカルメを見ず、カルメは「決して愛されない」という事実を常に突きつけられてきた。

 アルメにとってカルメは、不倫相手から金を引き出すための道具以上の存在ではなかったのだ。

 そして不倫相手が死に、カルメに価値を見出せなくなると湖に突き落として捨てた。

 そのアルメの姿を、怒りや恨みをもって如実に語ったなら、アルメの今の地位は揺るがされかねない。

 聖女は、誰よりも清廉潔白でなければならないのだから。

 カルメが非力な一市民であれば、きっと狂人として処理できるだろう。

 狂った哀れな市民が、理不尽な虚実でアルメを貶めんとしようとしている、とすることができる。

 しかし、カルメがアルメと同じ奇跡の魔法を使えた場合には、話が変わってしまう。

 魔法は高い確率で遺伝する。

 カルメがアルメと同じことができても、不思議はないのだ。

 そうすれば同じ奇跡の魔法を使うカルメを、周囲はアルメの娘として認めるだろう。

 もしも、聖女として台頭したカルメがアルメの不実さを暴き出し、自分の富める地位を奪おうとしたならば、おそらくアルメはそれに抵抗できない。

 アルメは堕落した愚か者として聖女の地位から引きずり落され、代わりにカルメが聖女の地位に就くこととなるだろう。

 カルメが生きていて、かつ自分に恨みをもっているということは、アルメの権威が失墜する可能性があるということだ。

 人間は、どこまでも自分基準でしか物事を判断できない。

 欲にまみれたアルメは、欲にまみれた思考しかできない。

『あの汚い目。私に嫌悪と敵意を向けやがったあの目』

 アルメは、数時間前のカルメの瞳を思い出す。

 それは確かに嫌悪と怒りの瞳だった。

 確かにあの時、カルメはアルメに対し嫌悪感と怒りを覚えていた。

 しかしそれは、ログの元へ向かうのを邪魔されたからだ。

 けれど、そんな事情を知らないアルメは、その嫌悪や怒りが、カルメを捨てた自分への恨みによるものだと判断していた。

『治療魔法は使えないと言っていたけれど、あれは私を欺くための嘘ね。私を油断させて聖女の地位を奪うつもりなのよ。私ならどんな手を使ってでも聖女になってみせるもの。あの女だってそうに違いないわ。いつまでも私の足を引っ張る屑、あの時死んでいてくれたらどれだけよかったか』

 身勝手すぎる思いを抱いて、アルメは血が出るほどに頭を掻きむしる。

 不安、恐怖、焦り、怒り、様々な感情がアルメを支配して、もはや大人しく座っていることなどできなかった。

 ウロウロとあっちこっちを行き来して、時折ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしる。

 醜い狂人の姿が、そこにあった。

「そうだ、殺しましょう」

 血走った目で言う。そして、

「キリ! キリ!」

 と、自身の手駒の中で最も優秀で従順な存在の名を呼んだ。

「どうしましたか? アルメ様」

 隣の部屋にいたキリが飛んできてニコニコと顔を上げ、アルメを見る。

 すると、途端にキリの表情から笑顔が抜け落ちた。

 恐怖のような、怯えのような何かがその顔に広がる。

「アルメ様、どうしたのです? お顔が傷だらけですよ。髪だってそんなにぐしゃぐしゃになってしまわれて……一体どうなされたのですか? もしや、暴漢に襲われてしまったのですか?」

 震える声で問うと、アルメは聖女の頬笑みを浮かべた。

 狂った姿に浮かんだ笑みはいっそ神秘的な美しさすら持っている。

「いいえ、違いますよ。キリ、安心なさい」

 場違いなほどに、その声はどこまでも優しく穏やかだ。

「ですが」

「いいのです。いいから、よく聞きなさい。キリ、貴方はこれからカルメの元へ行ってカルメを病で侵すのです」

 キリは、アルメとは正反対の病魔の魔法を使える。

 それは対象の体を病で蝕む魔法であり、本人は一切、治療を行うことはできない。

 この魔法はある意味、全ての病を癒すアルメの魔法とも並ぶほどに珍しい魔法だ。

 およそ聖職者には相応しくない魔法だが、キリの魔法は教会の中で重宝されていた。

 キリによって富める者を病で侵し、寄付と引き換えにアルメの魔法で救済するという方法で、今まで教会は儲けてきたのだから。

「カルメを病にし、救うことで奇跡を実感してもらうのですよね」

 いつもの調子でキリが言う。

 キリは盲目的にアルメを信仰している。

 だからこそ、アルメが語った、

「すべての人に奇跡を体感してもらうために試練を与え、それを私が癒すのです。それが世に奇跡を広め、結果として世界を救うことになるのです」

 という言葉を信じ込んでいた。

 本来なら疑問を感じてしかるべき言葉を思考停止して、一切疑うことなく呑み込んだ。

 今回だって、キリの言葉を肯定すれば、キリは今すぐにでもカルメに病魔の魔法をかけに行っただろう。

 けれど聖女の仮面がボロボロに壊れてしまっていたアルメは、キリの言葉を否定した。

「いいえ違いますよ、キリ。カルメを殺してきなさい」

「え!? どういうことですか」

 キリが息をのむ。

「そのままの意味です。カルメを殺すことが救いになる」

「な、何をおっしゃるのですか、アルメ様。そんなこと許されるわけが」

 オドオドと、けれど決してアルメに従わないキリに舌打ちをした。

 どうしようもない焦りに急かされて、アルメは段々と素顔をさらけ出していく。

「いいから行きなさい」

 叱るように言うが、キリはオロオロと首を振って「でも……」と俯いた。

 途端、アルメがバンと机を叩いた。

「なんなの! いつもなら、はいって返事して終わりのくせに。黙って私に従いなさいよ、この愚図」

 コトリ、聖女の仮面が剥がれ落ちて足元に転がった。

 目は釣りあがり、割れた唇から血と呪いのような声が漏れる。

 アルメが本性を現した瞬間、キリの表情は驚愕に染まった。

 瞬間、アルメは舌打ちをする。

「あーあ最悪。こんなところで仮面がはがれるなんて」

「アルメ、様?」

 キリの目は大きく開かれている。

 オドオド、オロオロ、瞳は揺れて定まらない。

 そんなキリにアルメは心の底から軽蔑の眼差しを向けた。

「黙りなさい。黙って私に従いなさい。キリ、お前はただカルメを殺せばいいの」

「で、ですが」

「ですがじゃない! 殺しなさい」

 絶叫して、アルメはキリの胸ぐらを掴んだ。

 そのままギリギリと締め上げ、苦し気な呼吸がキリから漏れた。

 一度掴んだ権力を手放すことが死ぬよりも恐ろしい。

 どこまでも狂気を駆り立てられ、アルメの目は血走る。

 最早それは化け物で、そこにキリの信じた聖女はいなかった。

 キリは意識が揺らぐ中でそれだけを、まざまざと見せつけられた。

「……だ」

 絞り出すようなキリの声が漏れた。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ!!!!」

 絶叫とともに、ブワリとキリの背後から真っ黒い霧が漏れる。

 それは茶葉から染み出る紅茶のように、辺りの光を蝕んでいく。

 キリの表情は恐怖と絶望で歪む。

 この場に正常な人間などいない。

「キリ! なんのつも……」

 常闇の霧がアルメを捉えた。

 目から、鼻から、耳から、黒煙のような霧がアルメに入り込んでその体を蝕む。

 アルメは咄嗟にキリの胸元から手を離し、ブンブンと腕を振り回して霧を払おうとした。

 しかし、黒い霧は幾重にもまとわりついて離れない。

 頭が重くなり、体中がだるくなって思考が鈍った。

 寒くて仕方がなく、段々と体を動かす元気もなくなっていく。

 喉が痛くて、ゴホッと吐き出すと血の塊が飛び出して床を汚した。

 必死で治療の魔法を展開しても打ち消されてしまって効果がない。

『なんで、なんで、どうして病が治らないの!? ああ、そうか……』

 アルメよりもキリの方が魔力の総量はずっと上であり、キリが使い続ける魔法が永遠にアルメの魔法を打ち消して、その余剰分がアルメの体を蝕み続けているのだ、と、死の間際に気が付いた。

『死にたくない、死にたくない、死にたくない』

 アルメの心は最後まで叫び続けるが、対照的に肉体は段々と抵抗することをやめていく。

『死にたくない』

 最後の最後までそう思いながら、アルメは意識を手放した。

 アルメが、ピクリとも動かなくなってしまった。

 それを、キリはボーッと眺めていた。

『また、やってしまった』

 キリの脳裏をよぎるのは、自身の父親だ。

『また? アルメ様は死んでいない』

 キリは頭を掻きむしる。

 ピクリとも動かないアルメはとても生きているようには思えないが、キリにはいったいどのように見えているのだろうか。

 キリはウロウロと辺りをうろつく。

『そうだ、アルメ様とのお約束を守らなければ。カルメを殺して、でも、アルメ様は死んでいや、死んでいない。それよりもそうだ、捕まってしまう。捕まる? どうして? 僕は何もしていないのに? アルメ様は汚い! なんで? なんでそんなことを思うんだ!』

 パニックを起こして思考は支離滅裂になる。

「アルメ様ー? お休みですかー?」

 他のアルメの従者が、アルメを訪ねて部屋に近づく音が聞こえる。

 キリはパニックのままに部屋の窓を突き破って外へ出た。

『逃げなくちゃ、行かなくちゃ、殺さなくちゃ』

 硝子で切ってしまって血だらけになった腕を引きずって、キリは眠らない街を駆けた。

 キリの脳裏を、これまでの人生が駆け巡る。


 キリは、とある町の大きな商人のお屋敷で生まれた。

 父親は屋敷の主人でもあるバスクで、母親の名はメーチェという。

 バスクの経営の手腕は凄まじく商人としては優れた人間だったが、夫として、そして父親としては最低の人間だった。

 バスクは自分の妻や子供を顧みることなく美しい愛人との関係に溺れていたのだから。

 しかしそれでも、メーチェはバスクを愛していた。

 愛人とその子供を屋敷から追い出したのだから、今度こそメーチェと息子のキリを愛してくれるはずだ、とメーチェは信じていたのだ。

 しかし、実際にはバスクは愛人への愛情を失うことなく、愛人とその子供に家や金、食料等、様々なものを与え続けた。

 バスクの瞳に、メーチェやキリが映ることはなかった。

 やがて、バスクから愛を得られないと悟ったメーチェは衰弱死してしまう。

 メーチェはバスクを愛していたが、バスクとの息子であるキリのことも愛していた。

 また、キリも母親のメーチェを大切に思っていた。

 だからこそ、メーチェが死んでしまった時、キリは最愛の母親を失った絶望と母親の命を失わせる原因となった父親を激しく憎んだ。

 そして、当時のキリは十一歳の少年であり魔法を正しく扱うことができなかったために、バスクへの激しい怒りと憎しみで魔法を暴走させてしまう。

 その結果、バスクはキリの魔法に侵されて病死することとなった。

 キリの暴走は事故として扱われたが、その日以降キリは屋敷の中で恐ろしい化け物のような扱いを受けていくこととなる。

 昨日まで普通に接して、バスクに愛されないことを可哀そうだと同情してくれた使用人たちは皆、キリを恐れて必要以上の接触を避けるようになった。

 キリを見るその目は恐怖と嫌悪に歪み、子供を見るような目つきではなかった。

 そして、バスクの後継として現れた、正体のよく分からない人物はキリをあからさまに蔑み、キリを屋敷の隅にある部屋に幽閉した。

 自分を抱き締める母親はもういない。

 憎しみの対象だった父親は殺してしまった。

 行き場のない怒りや憎しみはキリの中に溜まって濁っていく。

 やがてそれは、バスクの愛人であった女へと向けられることとなる。

 愛人をバスクが味わった以上の苦しみをもって死に至らせる、それだけを考えて屋敷を飛び出した。

 家出したキリを探すものは、一人もいなかった。

 身一つで家を飛び出したキリは、その愛人である女を隣町で見つける。

 その女こそ、カルメの母親であり後に聖女となるアルメだった。

 カルメとキリは異母兄弟であり、少年のようにしか見えなかったキリはカルメより三つ年上の二十三歳だったのだ。

 アルメを見つけたキリは、意図的に魔法を使ってアルメを病魔で侵す。

 しかし、アルメは死の間際に『死にたくない』と強く願うことで自身の持っていた薬系の治療魔法を覚醒させ、体に巣食う病魔の一切を消し去ってしまった。

 キリはそのようなアルメを憎たらしく思い、再び病魔の魔法を使ってアルメを殺そうと画策するが、そうして付けまわす内にアルメが貴族の息子の病を治すところを目撃することとなる。

 それ以降、キリはアルメの人間性を確かめるために彼女を観察するようになる。

 アルメは教会の聖女として、富める者も貧しきものも区別なく救っていった。

 生活は清らかで富を貪ることもないように、表面上は見えていたのだ。

 キリはすっかり聖女の仮面に騙されてしまい、段々とその考え方を歪めていった。

 すなわち、美しく正しいのはアルメであり、バスクやメーチェはアルメという美しく気高い存在を追い出し困窮させた汚い存在であったから死んでしまった、と考えるようになっていったのだ。

 その思いは、キリがアルメの従者として働くようになると余計に加速していった。

 アルメはキリを恐れない。

 キリの魔法の有用性を認めて褒めてくれる。

 アルメは治療の魔法が使えるからキリが怖くなかっただけであるし、キリの魔法を認めたのも単にキリを利用したかっただけなのだが、愛と承認に飢えていたキリはアルメに飛びついてしまった。

 キリの思考は更に歪められ、アルメこそ神聖であり、清く正しく美しい完璧な存在だと認識するようになっていく。

 キリにとって、アルメとはすなわち正義だ。

 アルメの下で働いていると、キリは自分も正しいことをしているのだという正義感に酔いしれることができた。

 事故とはいえ、自身の父親を殺してしまったその罪悪感を忘れることができた。

 その正義が、あの夜に砕かれてしまった。

 キリは自らの手で、正義を殺してしまった。

 アルメに裏切られ、自己も正義も喪失した哀れなこどもは、もはやまともな思考さえもできないままに暴走を続ける。

 キリは今、カルメを探して走り回っている。

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