サニーは災難

 ログにたっぷりと愛をもらって、ログの両親に挨拶をすると決めた翌日、カルメは村の中心部に位置する村長の家を訪れていた。

 サニーに会うためだ。

 サニーは、庭の木陰の中で書類に目を通していた。

 いつも笑顔と元気で溢れているその顔つきは真剣なものへと変わっていて、「ああでもない」「こうでもない」と、ブツブツと独り言を言っている。

 サニーは村長の娘で、カルメがログと恋人となるきっかけを作った人物でもある。

 以前よりましになったものの、サニーは相変わらずカルメを恐れているし、カルメも特別サニーのことが好きなわけではない。

 しかし、ログとミルク以外にカルメが相談をできる相手といえば、サニーくらいしかいなかった。

「おい、サニー。今いいか?」

 集中するサニーに、カルメが無遠慮に話しかけた。

「え? あ、はい。カルメさん。なんでしょうか?」

 サニーは驚いて立ち上がると、ポンポンとスカートのお尻の部分を払った。

「ちょっと聞きたいことがある。結婚相手の親への挨拶って、何をするんだ?」

「へ? 結婚? カルメさん、結婚するんですか?」

 素っ頓狂な声を出して聞いた。

「そうだ。悪いか」

 カルメがムッとして言うと、サニーは両手を上げたり下げたりして慌てて言葉を紡いだ。

「いやいや。全然ですよ。むしろ当然というか」

 サニーの言葉に、カルメはあからさまにホッとすると、

「そうか、ならいい。で、私の質問への答えは?」

 と、サニーの返答を急かした。

「え? あ、ええと。教えてあげたいのはやまやまなんですが、私もよく知らなくて」

 ほとんどの村人が恋人をもつこの村で、唯一恋人のいない村娘にそのようなことを聞く方が間違っている。

 そんな本音を抑え込んで、サニーは苦笑いとともに言葉を返した。

 それに対し、カルメはチッと舌打ちをした。

「使えないな」

「あはは、すみません。でも、そういうのはログがやってくれるんじゃないんですか?」

 カルメが頑張らずとも、ログが上手いことやってくれるだろう。

 そんなことを言うサニーに、カルメは眉間に皺を寄せて睨んだ。

「それじゃ駄目だ。ちゃんと自分で挨拶しないと。ただでさえ私は碌でもないんだ。マイナスにさらにマイナスをかけることになってしまう」

「でも、マイナスとマイナスをかけたら、プラスになりますよ、なんて、あはは……冗談です、すみません」

 カルメがキレた気配を感じて、サニーは謝った。

「冗談を言ってる場合じゃないんだよ。チッ、この話し方もダメだな……」

 カルメはガシャガシャと頭を掻いた。

 せっかく整えた深く暗い紫の髪が、見る見るうちにモチャモチャになっていく。

 カルメの頭をひっそりと彩る深い紫の花が落ちそうになって、カルメは慌てて花を頭につけ直した。

「よくは分からないですけれど、多分、現在ログと付き合っている旨を話して、結婚するって言えばいいだけだと思いますよ」

「やっぱ、そうなのか? なんか作法とかあるのかなって思ったんだが」

「あ~、よくわからないですね、私も」

 サニーは相変わらず苦笑いを浮かべている。

『どうして私、碌に恋人もいないのに、村一のバカップルと評される二人の結婚相談受けてるの……』

 遠い目でそんなことを思ったが、カルメは空しさに満ちたサニーの様子には気が付かないようで、質問を重ねた。

「持参金とかって、なんだ?」

「お金ですね」

「お前、使えないな」

 ハーッとため息を吐く。

「仕方ないじゃないですか。多分、結婚資金とかですよ。でも、カルメさんとログが結婚するなら式の費用とか家具の新調とかは村で用意することになりますから、必要ないんじゃないですか?」

「ん? 私たちの結婚式は村でやるのか?」

 別に、村以外で結婚式をする予定があったわけではない。

 カルメの中では結婚式そのものが未知であり、何処でどのように行うか、というイメージすらなかったので、つい反射的に聞いてしまったのだ。

「はい。差支えが無ければ、村でやらせてもらいますよ。お二人とも、うちの村には欠かせない存在ですし」

 サニーはにっこりと笑って言った。

 優れた治療魔法の使い手でありミルクの後継者でもあるログと、通常では太刀打ちできないような困難から村を救う力を持つカルメ。

 この二人は今や村にとっては必要不可欠な存在だ。

 サニーは次期村長として、どうにかして二人を村に留める方法を常に画策していた。

 そんなサニーの心情を見透かしたカルメは、

「ふーん。だから、精々出ていくなってことか」

 と、ぶっきらぼうに言った。

「あはは、バレましたか」

 サニーが苦笑いを浮かべると、カルメはフンと鼻をならした。

「当然だ、お前は腹黒いからな。だが、別にここを出たくないのは私たちも同じだ。追い出すような真似しなきゃいてやるよ」

 カルメは偉そうに腕を組んで。見下すような目をした。

 その姿にサニーは若干の懐かしさを感じつつも、

「追い出すなんて、ないですよ」

 と、ブンブンと首を振った。

「どうだか。私にも対処できないことはある。そういうのが出た時、お前らはあっさりと手のひらを返すんだよ」

「経験談ですか?」

 カルメの瞳を覗いて、言った。

 サニーには他者の瞳を覗くことで一定程度、相手の本質や考えていることを読み取る力がある。

 この力は魔法ではないので不確かだが、それでも他者の考えが知りたいとき、サニーは知らず知らずの内に他者の瞳を覗いてしまうという癖があった。

 カルメは、サニーの無遠慮な視線を特に気に留めることもなく言った。

「そうだ。それで、いろんな村を渡ってきた。お前らはすぐに私を神様扱いするんだ」

「この村にそんな人はいませんよ」

 カルメが全てを見下して過ごしてきた頃なら、それもあり得たかもしれない。

 村人たちはカルメに媚び諂って、怯えながら過ごしていた。

 怯えながらカルメをもてなし、その対価にカルメは村の安寧を守った。

 畏れと救い。

 その点から、カルメに神性を見出すこともあったかもしれない。

 実際、神とまではいわなくとも何を考えているかよくわからない、化け物みたいな怖い人、触れてはならないモノ、というような認識が村人たちの中にあった。

 しかし、その評価が最近では変わりつつある。

 カルメはログの前でのみ、ただの愛らしい女性だ。

 ログの言葉一つで頬を染め、甘く優しいまなざしでログを見つめ返す。

 ログが場所に構わずにいちゃつきたがるので、村人は仲睦まじいバカップルを目の当たりにすることが増えていた。

 そのため、村人のカルメへの認識は、強大な力を持つけれどログにはやたらと甘い「人間」というようなものになっていた。

 また、カルメは相変わらず人嫌いではあるものの、ミルクには態度を軟化させたり、村の子供に魔法を教えたりするなど、以前とは違った柔らかな態度を見せるようになっていた。

 カルメは村人たちの中で明らかに人間味を帯び、神性は剥がれ落ちつつあった。

 しかし、カルメはそんなサニーの言葉を信じられず、

「ふーん」

 と、生返事をした。

「それで、結婚式自体は何をするんだ?」

 今までも村で何度か結婚式を催したことがあり、サニーは村長娘として結婚式を取り仕切っていたので、今度のカルメの質問にはまともに答えることができた。

「えっと、皆の前できれいな婚礼の衣装を着て、宝物を渡し合って、愛を誓います。その後は普通に宴会ですね」

「宝物ってなんだ?」

「宝物は宝物です。互いに一番大切なものを用意しておいて、相手に渡すんですよ」

 サニーの言葉を聞いて、カルメは真剣に頭を悩ませた。

「ログにログを渡すことは、できないよな」

「カルメさん、宝は生きていない物体にしてください。それに、宝といっても実際は相手が好きな物や、自分が渡したいものを渡せばいいみたいですよ」

 つい、あきれ顔で返す。

「分かってる。じゃあ、愛の誓いは?」

「そのままです。結婚式を取り仕切る人、多分私になると思いますが、その人が『○○に愛を誓いますか』みたいなこと言うので、それに『はい』と言っておけばいいんです」

 あっさりと言うサニーの言葉を聞いて、

「事務的だな」

 と、カルメが意外そうに言った。

「まあ、言ってしまえばただの儀式ですし。でも、当人たちにとってはやっぱり大切なものになると思いますよ」

 ヘラッとしてそう言った後に「あ」と言葉を漏らしたサニーを、カルメは怪訝な顔で見つめた。

「どうした?」

 カルメも怪訝な顔をしてサニーを見つめ返す。

「いえ、たいしたことでありませんが、一応。大体のカップルは誓いの後にキスをしますね」

「は!?」

 カルメは驚きで目を丸くした。

 あまりの動揺に顔が真っ赤に染まるのを氷の魔法による冷気で抑える。

 カルメの狼狽えように、サニーは苦笑いを浮かべた。

「いや、決まりではないですがね。でも、ログはキスしたがると思いますよ」

 容易に想像がついた。

「は、恥ずかしい」

 村人に見守られながらキスをするのを想像すると、カルメは若干赤く染まる顔面を両手で覆って崩れ落ちた。

 そのあまりの恥ずかしがり振りに、サニーは不思議そうに首を傾げる。

「え? でも、カルメさんたち普通に人前でキスしてましたよね」

「あ、あれはログが勝手にやったんだ! やめろって言ったのに、いっつも聞かないんだ」

 カルメは、とうとう顔を真っ赤にして怒鳴った。

 もはや、冷気の魔法を使う余裕もない。

「ま、まあまあ。それはおいおい考えたらいいでしょう。どちらにしろ、結婚式の準備には時間が掛かるわけですし」

「そうだな。そう言えば、プロポーズってどういうのが一般的なんだ?」

「えっ?」

 パチパチと瞬きをして、驚きの声をあげた。

 そんなサニーに、カルメは少し不機嫌になった。

「なんだよ」

「い、いえ、あの、カルメさんはプロポーズしたか、あるいはされたから結婚するわけじゃないんですか?」

 至極真っ当な問いだ。

『確かに、プロポーズをするか受けるかしてから結婚の話をするのが、自然だよな』

 カルメはサニーの様子に納得すると、苦笑いを浮かべた。

「違う。いろいろあって、まともなプロポーズをする前に結婚したいって言ったから。もちろんログは、いいって言ったぞ」

 カルメが胸を張って答えると、余計にサニーは首を傾げた。

「じゃあ、それがプロポーズじゃないんですか?」

「確かに一理あるが、ログって結構ロマンチストなところがあるだろ」

 カルメのもとを訪れるのに毎回花を持って行ったり、情熱的な言葉で愛を誓ったりするなど、ログにはなかなかにロマンチストな一面があった。

「そうですね」

 ログからよくカルメの話を聞かされていたサニーは、深く頷いた。

「ログはプロポーズするか、されたいんだと思う。そして、私はこんな時くらいはちゃんとログに気持ちを伝えたい」

「つまり、プロポーズしたい、と」

 カルメは頷いた。

「普通は、やっぱり愛の言葉的なのを言って結婚したいっていう感じじゃないですかね。あ、あと宝物は結婚式の前、プロポーズの時点で一度渡し合うって、聞いたような、聞いてないような?」

 自信なさげに答えるサニーを、カルメはジト目で見た。

「ふわっふわな回答だな」

 呆れとともに若干の嘲りが混じっている。

 その姿に、独り者に対するカップルの優越感を勝手に感じ取ったサニーは、怒りを爆発させた。

「仕方ないでしょう! なんでよりによって私に聞くんですか! 村の若い娘で唯一彼氏がいない私に!! カルメさん、ちょっとおバカですよ!」

 いつもカルメの前ではオドオドとしていて控えめなサニーの突然の怒りに、さすがのカルメも狼狽えて謝った。

「あ、ああ、そうか。悪かったよ。ごめん。ウィリアに聞くのは気が引けて」

 カルメは、ずけずけと人のプライベートに踏み込んでくるウィリアが苦手だった。

 そうなるとカルメは相談できる相手がサニーしかいない。

 そのことを察したからだろうか、サニーは多少怒りを抑えてカルメの相談に再びのることにした。

「全く。それに、プロポーズはカルメさんオリジナルの方が、ログは喜ぶんじゃないですか? ロマンチストなんでしょう」

「一理あるな」

 カルメは、ふむと頷いた。

 どんなに不器用でも、世間でロマンチックとされているプロポーズよりカルメが自分で考えた言葉を、自分で考えた方法で伝えるほうがログは喜ぶであろうことは明白だった。

「ところで、一番大事なことはいいんですか?」

「ん? 何の話だ?」

 サニーが何の話をしようとしているのか全く分からず、カルメは首を傾げた。

「婚姻届けですよ。それを出しに来たわけじゃないんですか?」

「違う。届けを出すのはログの親に認めてもらってからだ」

 カルメはきっぱりと首を横に振った。

「認めてもらえなきゃ、結婚はしないんですか?」

 カルメとログにはサッサと結婚してもらって、早く村に生活の基盤を持ってほしい、そんな風に思っているサニーは不安げに聞いた。

 それに対し、カルメはフルフルと首を振った。

「いや。どのみち結婚はする。ログも先に結婚届を出してもいいって言ってくれたんだ。でも私は、できれば認めてもらってから結婚したいんだ」

 なぜそんなにログの親からの承認にこだわるのか、カルメ自身もよく分からなかった。

『後ろめたさ無しで結婚したいのかもな。ログを育てた人には、結婚を祝ってほしいんだ。望みの薄い我儘かもしれないけれど』

 カルメは溜息を吐いた。

「不安ですか?」

「別に……いや、本当は不安だ。だってお前、私みたいなのが自分の息子と結婚したらどう思う?」

 言葉遣いは男のようで、不愛想だ。

 おまけにログ以外の他人が嫌いで、目つきも態度も悪い。

 ログには可愛いと思ってもらいたいし、必要もないからあまりやらないけれど、イラっとすると癖で舌打ちをしてしまう。

 イラっとしなくても舌打ちをしてしまう。

『私だったら、止めとけって言うかもな』

 思わずため息が漏れる。

「私なら、ずいぶんと怖くてかわいいお嫁さんを連れてきたんだなって、思いますね」

 少し考えてから、サニーはあっけらかんと言った。

 その回答に、カルメは嫌そうに眉をひそめた。

「怖いは分かるが、かわいい? はー、お前も落ちたもんだな。腹黒くて何気に性格が悪いサニーなら、本当のことを言ってくれると思って相談したのに」

 カルメがダランと両手を広げてヤレヤレと首を振ると、今度はサニーが不満げな表情になった。

「嫌な信頼の仕方ですね。腹黒いはまだしも性格悪いって。でも私、本当にカルメさんは可愛いと思ってますよ」

「そんなこと本気で思うのはログしかいないって。いいよ、気を遣わなくて。むしろ思ったことを言ってくれ。先生は優しいし、ログはあんなだから参考にならないんだ。私は一刻も早く改善点を見つけて、少しでもログの両親に歓迎されるように頑張らないといけないのに」

 俯いて、ギュッと手を握る。

 可愛らしく歓迎される女性になりたいが、その方法がまったくわからない。

 カルメはどうしようもなく焦っていた。

「いやいや、本当ですって。カルメさん地顔が可愛いから、ログの前だとニコニコになるでしょう? そうすると、もうそこには可愛い女の子しかいないですって。親の前でログにぴったり張り付いて、言葉遣いだけかわいくしておけばいいんじゃないですか?」

 呆れたように笑うサニーを、カルメはじっと見つめる。

 サニーは太陽のような金髪にオレンジの瞳をもつ、快活で美人な女性だ。

 そのサニーと自分を比べて、カルメは内心でため息を吐いた。

「言葉遣いは変えるが……本当に可愛くないんだよ。可愛いって言葉はお前とかウィリアに使う言葉だろ。私は真剣に言ってるんだ! 髪か!? 髪を変えれば可愛くなるのか!?」

 そう言って、カルメは肩よりも少し伸びた髪を掴む。

「いや、だから、可愛いですって。なんでそんなに卑屈になるんですか」

「可愛くないからだ!」

「可愛いです!」

 二人で怒鳴り合う様子は真剣そのものだが、肝心の内容が「カルメは可愛いか否か」であるから、どうしようもなく緊張感に欠けた。

 不毛な争いを続けていると、カルメを探して村長宅の庭に来ていたログが、カルメの後ろからひょっこり顔を出した。

「カルメさん、何を言い争っているんですか?」

 その言葉には呆れが含まれている。

「あ、ログ……」

 言い争いを聞かれていたのが恥ずかしくて、カルメは頬を染めた。

「コイツが、私のことを可愛いって言ったんだ」

「なるほど。まあ、カルメさんは可愛いですからそう言われて当然だと思いますが、何故そんな話に?」

 怪訝な顔でログが問う。

 カルメはサニーに、仮に自分が息子の嫁として挨拶に来たらどう思うか、と聞いたことだけを説明した。

「怖くてかわいい? まあ、怖いは余計ですが、よく分かっているじゃないですか」

 先程から、どことなくログの言葉には棘がある。

 目つきも、普段より悪い気がしないでもない。

 何より、観察力に優れていて人の心の機微を察知するのが上手いサニーが、少し青ざめている。

「ログ、なんか怒ってないか?」

「怒ってませんよ。全然」

 その返答は、いつもより不愛想だ。

「怒ってるだろ。なんでだ? 私、嫌われるようなことしたか?」

 怒っているのは伝わったが、肝心の理由が全く思い浮かばずにカルメは首を傾げた。

「別に、怒ってないですって。なんで俺に聞かないんだろう、とか、カルメさんに可愛いって言っていいのは俺だけなのに、とか、別に思ってませんから」

 拗ねたような言葉は刺々しい響きを持っている。

 要するにログは嫉妬していたのだ。

「だってログ、私のことはかわいいとしか言わないだろ。世間から見た評価が欲しかったんだよ。挨拶に行くまでに、少しでも一般的な可愛さを得たかったんだ」

 カルメは真っ赤になって怒鳴るように言ったが、ログは拗ねてそっぽを向いた。

「でも、俺に聞いてほしかったです。少し、傷つきました」

 傷つけたら甘やかす、それが二人の間にある暗黙のルールだ。

「わ、悪かったって。その、あ、甘やかす、から。許してくれよ」

 俯き気味に言った言葉は少し弱っていて、ログは仕方がないな、と笑った。

「全く、仕方がないですね。でも、もう俺以外の人に可愛いって言われて照れるのは止めにしてくださいね。嫉妬してしまいます」

 本当に少し傷ついたような顔をして、ログはポツリと呟いた。

 しかしカルメはサニーの言葉に照れてなどいなかったので、不思議そうに首を傾げた。

「え? 照れてないぞ。もしかして顔が赤くなってたか? それはサニーが強情だったから腹立ったってだけだ」

 平然と言うと、ログが胡乱な瞳でカルメを見た。

「本当ですか?」

「本当だ」

 カルメが自信満々に頷くと、ログはほっとして笑った。

「カルメさんは可愛いから、他の人たちに可愛いって言われたとしても当たり前なのに。いざそれを目の当たりにすると、どうしても胸の中にドス暗い靄のようなものができてしまうんです。かっこ悪いですね。八つ当たりしてしまって、すみませんでした」

 ログは項垂れて、カルメに謝った。

『カルメさんは自身のことをどうしようもない人間だって言うけど、俺だって大概どうしようもない奴なんだよな』

 カルメが「可愛げのない自分」が嫌いなように、ログもまた「嫉妬深い自分」に悩まされ、時に自己嫌悪に陥っていた。

 瞳は切なく揺れて、カルメには、しゅんと垂れた犬の耳や尻尾が見えた気がした。

 スラリと背の高いログが、今はカルメよりも小さく見える。

 そんなログの姿にカルメは、

『ログ、かわいい。本当にかわいい。本当、ログは私が好きだよな。もちろん私もログが好きだが。これが嫉妬か、いいものだ!』

 というように、愛おしさに悶えていた。

 前から見たかったログの弱みを見せてもらえたのが嬉しくて、いつも大人っぽいログが子供のように拗ねているのがかわいくて、カルメのテンションはいつになく上がっていた。

「ログ、かわいいな。屈んでくれ、頭を撫でたいんだ」

 カルメはニヤニヤと口元をにやけさせながら、無言で屈むログの頭をよしよしと撫でた。

 ヘタに意識せずにやったからか、以前のパンを捏ねるような撫で方ではなく、しっかりと優しく相手を撫でるカルメ理想の撫で方でできていた。

 そして、その額にキスを落とした。

 ログがビックリして顔を上げると、カルメはトロリと愛を溶かした視線でログを見た。

「ログ、不安にさせてごめんな」

 そう言って再度ログの額にキスを落とすと、カルメは赤い顔のままログを抱きしめた。

 ログも嬉しそうにカルメを抱き返す。

 カルメは基本的に、ログに甘やかされっぱなしだ。

 ハグもキスも自分からはなかなかできなし、かわいいもカッコイイもあまり言えない。

 好きに至っては、ほとんど言ったことがない。

 けれど、そんなカルメにもログを思い切り甘やかせる時がある。

 それが、ログへの愛おしさに頭がやられてしまっている時と、苦しんでいるログを救う時だ。

 今はそのうちの両方の側面があって、特に前者の側面が強かった。

 現在、カルメにはログしか見えていない。

 段々と甘くなる雰囲気の中で一人取り残されたサニーは、

『前世で何をしたら、一人空しくバカップルのラブラブの出汁に使われなきゃいけないのよ!』

 と、憤っていた。

 ログが村にやって来る前までは、苦手なはずのカルメと人一倍関わってきたサニー。

 現在では、何故かカルメとログのいちゃつきの出汁にされることが多くなったサニー。

 本当に彼女は、前世で何をしでかしてしまったのか。

 サニーは一人、天を仰いだ。

『神様。別に高スペックじゃなくてもいいから私にも彼氏をください!!』

 幾度となく思い続けてきた願いを、より一層強くして天に祈った。

 彼女の切なる祈りが神に届いたのかは、誰にも分からない。

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