第6話 二つの真実
「この内容をどう解釈すればいいんだろうか?」
と清水刑事は少し混乱しているようだった。
その間に、聞き込みから辰巳刑事が帰ってきた。辰巳刑事は第一発見者であるママのところに行っていたようだ。ママの方では、
「私が分かっていることは皆清水刑事に話したわよ」
というだけであったが、それでも、もし何かを思い出したのであればという半分は一縷の望みで、辰巳刑事は訪れていた。
その一つには、
「犯行現場があの場所ではなかった」
などという突飛な証言が出てきたことで、ママにはその証言のことを伏せたうえで、聞いてみたのだ。
本当は証言について話をした方がいいのか迷ったのだが、敢えて言わないことにした。
もし話していれば、何か細かいところに気付いてくれたかも知れないが、話してしまったことで、余計な先入観を相手に与え、証言が思い込みによる錯覚になってしまうことを恐れたのだ。
辰巳刑事は、若いがゆえに、猪突猛進的なところがあるが、結構自分を抑えることもできる。何か行動を起こす前に、一度立ち止まって考えることのできる刑事であった。そこが彼のいいところなのだろうが、最大のいいところはやはり、
「若さに任せた積極性だ」
と、清水刑事などは思っていた。
それでも、自分を抑えることができるのは素晴らしいことで、部下として扱うには、実に理想的だと言ってもいいだろう。
清水刑事もそんな辰巳刑事から教わる部分もあるようで、これほどいい先輩後輩のコンビもないだろうと、上司の門倉刑事も思っていた。
清水刑事と辰巳刑事のコンビは、刑事課の一つの名物のようなものだと思っていたのだった。
聞き込みから帰ってきた辰巳刑事は、一通りの、と言っても、あまり収穫がなかったということを報告したうえで、二人が見ている監視カメラの映像を見た。
その映像は何度も繰り返して見てみて、何か納得できるか、気になるところを発見するまで見られた。
その中で一番熱心に見ていたのは門倉刑事で、あまり綺麗ではない映像で、三人の男たちに視線を絞って見ているようだった。
「確かにこんなに怪しい映像もないですよね」
と辰巳刑事がいうと、
「防犯カメラの映像など、よほどの何かがない限り、見直したりはしませんからね。それにマンションのような場所の防犯カメラは、それほど映像が綺麗なものでなかったりするので、それを考えると、これだけ大胆なことをしてはいるが、誰か他の人に出会いさえしなければ、あまり防犯カメラを気にする必要などないとでも思っているんでしょうかね」
と清水刑事も言った。
「そう考えると、確かに怪しいんだけど、よく見てみると、この三人が三人とも、防犯カメラを意識しているように思えるんだ。これだけの大胆なことをするので、防犯カメラの位置は把握しているのだと思う。だから防犯カメラを意識しているのは分かるんだけど、意識しすぎに感じるんだ。顔をここまで隠しているんだから、もっと堂々としていてもいいような気がするんだが、これは私の考えすぎだろうか?」
と門倉刑事が言った。
「門倉刑事の言う通りだと思います。この映像を見て疑わしいと思える部分はいくつか考えられますが、彼らが防犯カメラを意識しているという感覚はすぐには発見できません。でも、何か違和感があると思った時、この視線に違和感があると気付いた時、もっとたくさんあると思った違和感が少しずつ氷解してくるような気がしたんです。門倉刑事の目の付け所は間違っていないんじゃないかって、私は思いますね」
と、辰巳刑事は言った。
実は辰巳刑事も、三人の行動を中心にこの映像を見ていた。ある意味目の付け所という意味では門倉刑事と同じであった。
だが、清水刑事だけは違った目で見ていた。全体から徐々に焦点を狭めていくという見方をしていた。そういう見方をしていると、門倉刑事が指摘したような、三人の防犯カメラに対しての視線への疑問は、永久に感じることができなのではないかと思えた。しかし、清水刑事のような見方は実は大切で、完全に映像としての矛盾を、登場人物が何を考えているかということを度返しした発想を見抜くのに特化しているのだった。このやり方は学生時代からのもので、他の人とは違った見方をすることで、発見できない部分を発見しようというのが特徴だった。
「もし、この映像だけが発見されて、他に材料がなければ、この映像だけで死体が他から運ばれてきたなどという発想が思い浮かんだりするわけはないですよね。昨日の深沢氏の証言がなかったら、元々こんな映像を見ようなどという発想もなかったでしょうしね。もし、何かのウラを取るためにこの映像を見ていたとしても、これを見て、今回の自殺と思える事件に結び付けることはないわけですよね。となると、この映像は今回の事件と本当に関係のあるものだと言えるんでしょうか? ひょっとすると、事件には何も関係のないものを運び込んだだけなのかも知れない。それも犯罪とは結び付かないものかも知れないともいえますよね」
と清水刑事は言った。
これが清水刑事の「目」であった。全体からのバランスや違和感、矛盾などを考えながら見ていると、自然と他の人のようにピンポイントで見ているよりも、公正で冷静な見方ができるのだろう。
門倉刑事と辰巳刑事の間では、
「深沢証言ありき」
で見ているので、どうしても、事件と結びつけてしまう。
これが一種の減算法であって、後の二人のように、ピンポイントな部分から次第にまわりを気にするように見る加算法のような考え方との違いなのではないだろうか。
「深沢証言を裏付けるような形で、この映像が発見されたことで、普通に考えれば、何も矛盾がないように思えるのですが、私には逆にそこに欺瞞があるような気がします。何が欺瞞なのかはまだ分かりませんが、あまりにも都合がよすぎるというか、この映像を見るように深沢が誘導したようにも思えるし、この映像の中にこそ、何かの欺瞞があるのだとすれば、深沢は何かを知っているということになる。これが殺人で、犯人ではなかったとしても、深沢には疑念が残ってくるんです。もっとも、その疑念も疑えばキリがないんですが」
と清水刑事が言った。
清水刑事は明らかに、この事件に何かの違和感、いやそれ以上に矛盾のようなものを感じているようだ。それが何か分からないことで苛立ちを隠せないのも、今まで長い付き合いの二人には分かっているようだ。
「この事件は、最初から何かいろいろと違和感を感じさせる部分が多かったですよね。それは死体を発見した時からのことですが。それを思うと、今回のこの映像が却って当たり前のことのように思えてくるんです。きっと証言が最初にあって、誘導という形でその映像を発見したからなんだと思います。ただ、自分たち刑事があまり探偵小説の読みすぎのような深読みをしすぎてしまうというのも怖い気がします。本当の事実を真実と結び付けられなくなるというのも恐ろしいことのように感じられます」
と、辰巳刑事が分析するように語った。
「刑事は昔から、足で捜査をするものだというのがあって、それが伝統のように言い伝えられてきた。間違いではないが、かと言って科学捜査だけに頼ってしまうのも恐ろしい。要するに、目の前に出てきた、あるいは足を使って調べてきた事実を、いかに真実という形にできるかが問題なんだよな。真実というものが最初からあって、そこに近づくものなのか、真実というのは本当は事実の積み重ねでしかないものだということであるとすれば、真実への解釈だけで、全然捜査のやり方も変わってくる。私は、この二つの真実を、別々に存在するものだと思うんだ。だから、別々の真実も、実は大きな一つの真実だとも言えるのではないかと思う。一つの事件の中に二つの真実が入っていることもありではないだろうか」
と、門倉刑事はしみじみと話をした。
この、
「二つの真実」
という考え方が、実はこの事件の中で大きな意味を持っていることにnあるのだが、そのあたりは、もう少し後の方での後述になるのであった。
三人が捜査方針について映像を見ながら話をしていると、次第に、
「事実と真実」
についての話になってきたのだが、ちょうどその頃、この事件に関係があることなのかどうか、まだまったく知られていない事件が発生しようとしていた。
それはこの署での交通課のことであったが、二人の婦警が、交通取り締まりでミニパトに乗って、巡回していることのことだった。いつもの時間にいつものように巡回をしていたが、それは、本当にいつもの行動ということだった。
一台のトラックが駐車場所でないところに駐車しているのを見た。運転手は不在で、あたりを見渡してみたが、運転手らしい人はどこにも見当たらない。
トラックの大きさは、二トン半くらいなので、さほど大きいわけではないが、軽トラほど小さいわけではないので、十分に駐車違反に該当するレベルだった。
近くには有料路上駐車スペースがあるにも関わらず、運転手が帰ってこないどころか、運転席の窓も開いていて、車のキーも差しっぱなしである。
「何て不用心なのかしら?」
と一人の婦警がいうと、
「そうよね、どうしましょうかしら? このままレッカー呼んじゃう?」
ともう一人が言ったが、本来であればそれでも十分なのだが、
「とりあえず一度だけ待ってみましょうか。十分が限度だけどね」
と言って、カギを外して、
「不用心なので、カギは預かっています。十分で戻ってきますので、誰もいなければ、このまま違法駐車としてレッカーで警察に移動させます」
と書いて、自分の名前を署名しておいた。
「これでいいでしょう」
と言って、二人は通常業務として、このあたりをちょうど十分で回ってこれるところを回った後で、十分を少し超過したくらいの時間で、元の場所に戻ってきた。
「まだ、あるわよ」
と言ったが、カギを取っているのだから当たり前のことだが、ミニパトを降りてから運転席にまわると、そこにはやはり誰もいなかった。
「じゃあ、ここからはレッカー要請ね」
と言って、二人は通常の違法駐車手続きに入った。
トラックをレッカー車に預けて、そのまま通常業務に戻ったが、こんなことは日常茶飯事なので、一時間も業務をしていれば、こんなトラックがあったなどということを忘れている程度であった。
警察に運ばれたトラックは、会社名も載っていないし、どこが所有しているのか調べようと、助手席の前のコンソールボックスを見ると、車検証などの書類がどこにもなかった。一式を入れたカバーごと持っていたようである。
「どうしてこんなことをするんだろう? まるで車を路上に捨てたみたいじゃないか」
と言って、交通課の主任は訝しがった。
荷台を調べてみると、中にあるのは、少々大きめのカバーであった。何かの袋のようにチャックがついていて。指紋でも採取できるかと思い鑑識に回したのだが、鑑識から今度は刑事課の方にその話が伝えられた。
「どうしたんですか?」
と、清水刑事が、鑑識の人がやってきたのを見て聴いた。
「例の自殺者の事件で、何か新たに分かったことでもあったんでしょうか?」
と聞くと、
「いいえ、そうじゃないですよ。実は今日、交通課の方で不審なトラックをレッカー移動させてきたようなんですが、身元が分からないので、荷台に置いてあったシートというかカバーのようなものを調査してほしいと、たぶん、指紋でも取れるかということできたようなんですが、私たちが調べていると、そこにはかなりまとまった髪の毛が落ちていたんですよ」
というではないか。
「ほう、それはおかしいですね。その髪の毛は男性のものなんでしょうか?」
と聞くと、
「長さから見れば女性のもののようですね。でも、シートの中から女性の髪の毛がまとまって落ちているというのは実におかしなことですよね。そのシートというのは、チャックがついていて。まるで寝袋のような形なんですよ。長細くなったようなですね」
と鑑識がいうと、
「じゃあ、その中に閉じ込められていた女性がいたということで、我々に捜査をということで来たのでしょうか?」
「ええ、その通りです」
清水刑事は、何とも言えない気持ち悪さを感じた。
どうも、例の自殺した女性のマンションで、男三人が重たそうに運んでいたのも、寝袋のようなシートではなかったか。もし、あの中に水島かおりが閉じ込められていたとすれば、このシートは、あの画像の裏付けということになる。
清水刑事は門倉刑事に報告し、すぐに髪の毛と自殺した水島かおりの髪の毛の照合をしてもらうように依頼した。
幸いまだ葬儀は行われておらず、警察の死体安置室に置かれていたので、すぐに調査はできるだろう。
門倉刑事は、昨日見たえいぞうw緒鑑識の人に見てもらった。
「シートは、この映像のものと非常に近いですね。見た感じでは同じものだと思ってもいいかも知れません。それではさっそくシートの中にあった髪の毛と、水島かおりの髪の毛を照合することいたします」
鑑識は見た限りでは同じものだと言っていた。
そうなるとどういうことになるというのだろう? 深沢の証言が正しいということになるのだろうか。
「どうなんでしょうね。もしこれが同一のものだとすれば、我々は考えを急激に変えなければいけない感じになりますね。私などは、基本的には自殺だと思って捜査し、自殺ではないと思われる証拠を一つずつ潰していくくらいの気持ちでいましたので、あの髪の毛が水島かおりのものだと断定されれば、今度は自殺という線を打ち消して考えていくことになる。いや、逆に自殺の線を打ち消すのは難しいので、殺人の線を何とか暴き出さなければいけなくなってしまいます。となると、最初から捜査のやり直しということになりかねませんね」
と、辰巳刑事は苛立っていた。
辰巳刑事でなくとも、ここにきてまったく捜査方針を変えなければいけないというのはかなり精神的に無理を要してしまう。ベテラン刑事でも。ここにきての方向転換はかなり厳しいものがあると思えた。
だが、事実であれば、それを無視するわけにはいかない。事実の積み重ねが真実なのだからである。
それから少しして、鑑識が報告にやってきた。
「どうでしたか?」
緊張の一瞬である。
「あの髪の毛は、十中八九、水島かおりさんのものに間違いありません。ただ、あの袋からは血液反応は出ませんでしたので、他で殺されて運ばれてきたということではないと思います。たぶん、睡眠薬で眠らされて、あの袋で運ばれたんでしょう。そう考えると、あの映像も彼女が睡眠薬を服用していたというのも合点がいきます。ただ、そうなると、誰かが彼女を彼女の部屋に運んで、自殺に見せかけた殺人という線が濃くなったということではないでしょうか?」
と、鑑識は言った。
睡眠薬から目を覚ましてから、自殺を試みるというのもおかしな話なので、やはり彼女は運ばれてきてから、この部屋で殺されたと見るのが一番だろう。そうなると、またしても、おかしな状況がいくつか出てきたことは否めないだろう。
鑑識から調査報告を貰い、鑑識主任が戻ってから、三人はまた応接室に入り込んだ。
「これはどういう風に考えればいいんでしょうね。彼女が自殺ではなく、殺されたのだとすれば、被害者であり、加害者と言う名の容疑者が必ずいるということになりますよね。それにしても、不思議なことが多すぎる」
と辰巳刑事がいうと、
「そうだね。気になるのは、こうも簡単に被害者が殺されたということが分かるということなんだ。確かに深沢の証言がなければ、防犯カメラをそんなに注意して見ることもなかっただろう。シートを運ぶ三人組は怪しいと思うかも知れないが、直接事件と結びつけたかどうかだよね。自殺であらかた固まっていた頭の中で、不審点が若干あるというだけで、実際にはその不審点を覆す裏付けさえ取れれば、それで我々も納得したはずなんだ。だから、あの映像を見ただけで、本当にこの事件に結び付けたかどうか、分からないよね。すべてのきっかけは深沢の証言からであり。やつの証言があったから、シートのことを気にするようになり、さらに、今回の駐車違反のトラックに積まれたシートから髪の毛が見つかったということであっても、普通なら、自殺したと思っている人の髪の毛だなどと思いはしない。これもあの防犯カメラの映像が、証拠として歴然と存在しているからなんだよね」
と、清水刑事が言った。
「そうなんですよ。そう考えると、あのトラックの違法駐車というのも、わざと警察に不審に思わせて、あのシートを発見させ、そこに、これ見よがしに被害者の髪の毛をつけておいた。ただ抜けただけというには、かなりの本数だったということなので、どこかに作為があったんだろうな。だから、あのトラックは我々に遅かれ早かれ見つけさせ、不信感を抱かせることで、事件とを結びつける。そうなると、俄然深沢という男が犯人であるか、犯人でなくとも、何か大きな役割をこの事件に負っていると思ってもいいのではないでしょうか?」
と、辰巳刑事は言った。
「この事件では、なぜかということが多いが、そのほとんどは、我々警察に何かを気付かせて、そっちに誘導するような作為が感じられるような気がするんだ」
と清水刑事がいうと、
「でも、こちらの意図している事件の進み方と違う動きを事件が見せた時、私はまるで犯人に翻弄されているような気分になることが往々にしてありますが、それと理屈的には違うんですか?」
と辰巳刑事は聞いてくる。
「それは私も考えたことがあるが、それとは少し違う。犯罪は生き物のようなもので、犯人という相手のあるものなので、こちらの思っているような形で進まないことも多いだろう。でも、それは相手も同じで、相手が思っているように進む時というのは、こちらもどこか犯罪としての流れに納得して進んでいるように思うんだ。今回の事件にも何か作為的なものは感じるのだけど、どこもこれも、あからさまな気がして、そこに納得できるものがないんだよ。もし、辰巳君のいうように、誘導されていると感じるのであれば、もう少し流れに納得が行くような気がするんだよ。言葉ではハッキリというのは難しいことなんだけどね」
と、清水刑事は言った。
「確かにそうですね。今回のトラックの件でも、あたかも、警察に取り締まってほしいと言わんばかりに車を放置しています。まるで子供の頃に読んだ探偵小説の冒頭のような流れに何か怪しさを感じはしますが、ここまであからさまなのは、今までには経験がないですね。実際に捜査してみると、こちらの思っていた通り、この事件と関係があった。でもそれは、後から考えると最初から分かっていたかのように思わせられる。何か癪に障る感じがするんですよ」
という辰巳刑事に対して、
「でもね、相手が捜査を誘導しようとしているとは思うんだ。だが、その誘導された先に何があるか、それを見き分けなければいけないということを最初から感じていないと、今辰巳君が言ったように、最初からそう思っていたかのような錯覚を植え付けられてしまって、真実を見失ってしまうのではないかと思うんだ」
と、清水刑事が返した。
「そういえば、この事件で被害者である水島かおりの友達に意見を聞いたんですが、彼女はストーカーに狙われているということを、結構いろいろな人に話して、怯えていたことがあるというんです。その時期というのが、深沢が言っていた時期と重なるので、彼女が結構いろいろな人に相談していたらしいんです。もっとも相談と言っても、親身になってもらえる相手は、深沢かママさんくらいのものだったようですが、彼女は性格的に、本当に怯えていると、誰彼構わず、話をしてしまう性格のようです」
と、辰巳刑事が報告した。
実はこのこともこの事件に大きなかかわりを持つ話でもあるのだが、これも後述することになるだろう。
「それだけ、水島かおりが臆病な性格だったということなんじゃないのかな?」
「それは言えると思いますが、どうもそれだけではないようなんです。詳しいことはまわりにもよく分からないようですが、彼女は時々、性格的に自分が似ている相手だと思うと、たまに頭の中で混乱してしまうことがあるようなんです。具体的なこととしては、まわりの人もどういえばいいのか分からないようでしたが、これも本人が自己分析の中で話したということです。私が聞いた人でそれに関しての経験をしたことがある人はいなかったので、何とも言えませんが、昔からの知り合いだったりすれば、分かるんじゃないかということでした」
と辰巳刑事がいうと、
「じゃあ、深沢なんかには、分かる範囲の水島かおりの性格なのかも知れないな。今度深沢に遭った時に訊いてみることにしよう」
と、清水が言った。
この事件は、今までずっと自殺だと思われてきたが、さすがにトラックの一件から髪の毛が採取され、それが自殺をした水島かおりの髪の毛であり、しかも水島かおりの髪の毛が付着していたシートが、彼女のマンション、つまり死体発見現場の踊り場にある防犯カメラの撮影した映像に残っていたシートと酷似しているという事実だけで、すでに警察内では大きな問題になりつつあった。
何しろ、殺人事件をもう少しで自殺として片づけようとしていたからだ。門倉刑事、清水刑事。辰巳刑事の三人の疑念と、努力がなければ、きっと自殺で処理されていただろう。もし、深沢の供述があったとしても、真剣には聞いていないだろうし、トラックが見つかって、その中に髪の毛が残っていたとしても、その一件とこちらの一件を結び付けるカギは防犯カメラの映像を見なければ分からない。
それも、見た映像が、
「自殺を裏付ける証拠」
として見ていたものであるとすれば、怪しい三人組を発見したとして、果たしてそれを殺人として今回の事件と結び付けようとするだろうか。
それを考えると、偶然とまではいかないが、どこか綱渡り的な何かが存在していることは確かだろう。この感覚が先ほど辰巳刑事が感じたという、
「犯人が誘導している」
という意識に繋がったとしても無理もないことだ。
清水刑事も、反論はしたが、否定をしたわけではない。ただ自分の中で納得できないものがあったことが、違和感となって存在しているということであった。
「彼女が結構たくさんの人に何かを相談していたのだとすれば、大久保泰三なんかどうなんだろうね?」
少し沈黙があった中で大久保泰三の話題を口にしたのは、清水刑事であった。
「大久保泰三というのは、ママさんからは、水島かおりと仲が良かったと言って、名前を出された人であり、深沢からは、それこそ犯人呼ばわりされた人のことだよな?」
と門倉刑事は言った。
「ええ、そうです。あれからまだ話は聞けていませんが、この事件が殺人事件だということになると話は別です。こうなってくると、重要参考人としてのレベルに達している人ではないでしょうか?」
と清水刑事がいうと、
「そうですね。今までは自殺だと思われていたので、犯人捜しという観点ではなかったので、聞いた内容もそれほど深入りしたものではなかったですが、今度はそうもいかないですよね。今も名前が出た、勤めていたスナックのママさん、それからわざわざ証言しにきた深沢と、疑えば怪しく思える人が出てきますからね」
と辰巳刑事は言った。
「そういう意味でいくと、深沢という男は微妙ですよね。彼がいなければ、まず間違いなく自殺で処理されていたはず。一番自殺を怪しいと感じていた関係者は深沢ですからね。犯人だとすると、どこかおかしな感じがしてみますよね」
「そういうことなんだ。考えてみれば一番怪しいはずの彼が、殺人事件になったとたん、犯人として疑えないかのような状態に陥る。これも一種の矛盾のようなものではないかな?」
清水刑事はそう言ったが、辰巳刑事は違うようだ。
「いえ、それでもやっぱりやつは怪しいです。その怪しさが私は誘導されているような感覚に陥ったんですよ。犯人であるかどうかよりも、やつには何かの作為を感じます。しかも、その作為はきっと事件の全貌が明らかにならないと分からないことではないかと思えるんですけどね」
というのが、今の時点での辰巳刑事の考えだった。
彼の考えは、いつも抽象的だが、それは直感的なものであり、他の人の抽象的な意見も直感によるものが多いのかも知れないが。彼の直感は前を向いている。前を向いた直感なだけに後ろや横には気づかない。そのあたりを、
「猪突猛進」
という言葉で表されるのが、辰巳刑事なのだろうが、それは彼が表に勧善懲悪な精神を曝け出してるからだった。
そんな猪突猛進な辰巳刑事も、時々その直感のまま突っ走ったことで、見事に事実に最短距離で行き着いて、あっという間に真実を見抜いてしまったという離れ業を演じたこともあった。
「まるで神業だな」
と清水刑事に言わしめたこともあり、それが辰巳刑事の誇りでもあった。
清水刑事は清水刑事で、そんな後輩を持ったことに誇りを持っていて、お互い認め合っているところが、
「いいコンビ」
としてまわりに写り、門倉刑事の信認の厚さというものに繋がっているのではないだろうか。
三人はそこで一度解散したが、翌日になり、この事件が本格的な殺人事件だとして、正式に捜査本部が置かれ、実際の現場の責任者として門倉刑事がつくことになった。
最初から殺人を疑っていたということも、彼が適任者だという話になり、他の捜査に加わっていた人員も捜査本部に加えられたことで、いよいよ捜査はやりやすくなった。
捜査の中心は清水刑事と辰巳刑事の二人であることは間違いない。さっそくこれまで捜査された部分の話を二人の口から捜査本部という正式な場所で報告された。
後は、犯人を突き止めて、追及するだけである。ただ、そのためには捜査本部を納得させる必要があり、いよいよ本格的な事件捜査に入ったことを自覚した二人は、さらに気を引き締めるのであった。
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