第5話 自殺か他殺か?

 門倉刑事と清水刑事に、まさかこんな訪問者があったなどとは知る由もない辰巳刑事は、聞き込みに奔走していた。近所はもちろん、スナックの客で紹介してもらえそうな人にアポイントを取って、会える人を探してみた。

「警察ですが」

 というと、相手は身構えたが、水島かおりが自殺をしたというと、ビックリして、その勢いからなのか、話に応じてくれる人もいたりして、それだけ、水島かおりの自殺が皆には意外だったのか、それとも、自殺であるにも関わらず警察が動いているということに違和感を抱いたことで、興味本位からか、警察が会いたいと言っているのであったら、

「逆にこっちから情報を引き出してやろう」

 というくらいに思っている人もいるのではないだろうか。

 そう思うと、お互いに利害は一致する。腹の探り合いのようになるかも知れないが、それも分かってのことだった。

 最初に反応があったのは、K商事に勤める大久保泰三という男で、ママがいうには、

「お店のお客さんの中で一番仲がよかったのは、この人だったんじゃないでしょうか?」

 ということだった。

 ママも本当はここまで警察は細かく捜査するなどとは思ってもいなかったので、少し意外に感じていた。

 辰巳刑事が訊ねた時、ちょうど仕事が一段落したのか、少し顔が上気してはいたが、ホッとした雰囲気にも見えた。ただ、さすがに辰巳刑事の顔を見た時から、緊張が戻ってきたような気がする。その様子を見て、

――この男、結構分かりやすい男のようだな――

 と思った。

 だからこそ、話を聞くとどんな話が聴けるかというのが楽しみだった。

 しかもママの話では、一番仲が良かったというではないか。ひょっとすると付き合っていたというのは、この男なのかも知れない。

 だが、実際に会ってみると、この男、外見だけを見ていると、とても、女性にモテる顔には見えない。母性本能を擽るタイプではないかと思える雰囲気なのは、まるで愛玩動物のようなイメージがあったからだ。人間の男性としては、だらけているというイメージが強く、誰かしっかりした人がそばにいて面倒を見てあげないと、やりっぱなしになってしまいそうに感じられた。

 もちろん、話をしてみると少しは違うのかも知れないが、どうしても、男性として女性から慕われる雰囲気には見えない。

 もしこの席に深沢と面識のある門倉刑事と清水刑事がいたとすれば、そのイメージは変わってくるに違いない。

 深沢という、水島かおりが絶対的に慕っている男性がそばにいるからこそ、この男が選ばれたということであろう。逆に深沢がいなかったら、この男も水島かおりの眼中にはなかったかも知れない。そういう意味では、深沢がかおりに彼氏ができたとしても、そう大した心配をしていないという考えは分かるような気がした。

 辰巳刑事はそんな深沢の存在を知らない。知らないで目の前に鎮座している男性を見ると何とも言えない気分になった。

「お忙しい中、お時間を設けていただいて、ありがとうございます。私は辰巳というものです」

 と言って警察手帳を提示した。

 それを見て、興味深そうに大久保は、警察手帳を見ていた。この男は、警察官というよりも警察手帳に興味を持ったようだ。その様子を見て、

――こいつ、ヲタクなじゃないか?

 と感じた。

 辰巳刑事は、ヲタクというものを知らない。知ろうとは思わないのだが、別に偏見を持っているわけではなかった。しかし、目の前に鎮座している大久保ということ男が第一印象の通りのヲタクであったとすれば、偏見こそないが、少なくとも友達にはなればい相手ではないかと思うのだった。

「私は、大久保泰三と言います。今日はどういう用件でしょうか?」

 といきなり、本題を聞いてきた。

 ということは、この男は小心者ではないかとも思えた。ますます辰巳刑事の中でイメージしているヲタクと酷似してくるのだった。

 ただ、思い込みというものはある。そのイメージで考えていると、ヲタクに対して小心者という連想がリンクしていたのだということになり、ヲタクという思い込みが小心者という発想を呼び起こしたとも言えなくもない。そうなると、その意識がいかに実感と結びついてくるかで、真実と見失わないようにしないといけないと思った。

 辰巳刑事は、

「犯罪捜査というのは、事実を掘り起こすのが目的ではなく、真実を浮き彫りにすることが目的なんだ」

 と思っていた。

 事実というのは、真実を理解するための一つのアイテムのようなものであり、逆に事実にはないが、真実として生きているものがあると考えられるものも少なくないということが分かっていた。

 それを教えてくれたのが、清水刑事であった。

 新人刑事として刑事課に配属された頃の辰巳刑事は、

「事実というものがすべて真実に含まれる。逆に真実もすべてが事実に含まれるものだ。したがって、事実と真実は同じものなのだ」

 と思っていた。

 しかし、実際の犯罪捜査ではその発想がすべてではなかった。事実を積み重ねることで真実に近づくということを知ると、事実にない真実もあるということを新たに発見した。そのことが今の辰巳刑事を形成していると言ってもいい。その道は誰もが通るもので、清水刑事もそれを教えてくれたのが、門倉刑事だったのだ。言葉で教えたわけではなく、あくまでも言葉はヒントである。本人がいかに解釈するかが一番なのだった。

「この間、水島かおりさんがお亡くなりになったのはご存じでしょうか?」

「ええ、スナック『コパン』のママさんから聞きました」

 スナック『コパン』というのは、水島かおりが勤めているスナックのことである。

「そこでいくつかお伺いしたいんですが?」

 と辰巳刑事がいうと、

「構いませんが、私はそんなに水島かおりさんのことはよく知りませんよ」

 と言った。

 この言葉が真実なのか、犯人として疑われたくないという思いからの言葉なのか、第一印象からは、とても、ウソをつけるような肝が据わった人間には見えなかった。

「大久保さんは、あのお店は常連なんでしょう? いつ頃くらいからの常連さんなのですか?」

 と辰巳が訊ねた。

「三年くらいだと思います。最初は会社緒の上司に連れて行ってもらったんですが、気が付けば私の方が入り浸るようになったという感じですね」

 と大久保はいう。

 この証言の裏は最初からママさんに聴いていたので、その話とは矛盾していないことから、最初の質問で彼がウソをついているわけではないということは分かった。

「ということは、水島かおりさんがあのお店でホステスを始める前からの馴染み客になるんですね?」

「ええ、ママさんが彼女に私のことを、常連さんという表現で紹介してくれたくらいだったですからね」

 と大久保は言ったが、これもその通りだった。

「大久保さんは水島さんを贔屓にしていた。それは店のホステスと客という関係よりも、深い関係になりたかったということですか?」

 と訊かれて、

「ええ、私は彼女に好意を寄せていました。付き合ってほしいとも思っていて、実は一度告白をしたんですが、その時は、今はそんなことは考えられないと言われたんです。完全にフラれたわけではないので、男って情けないですよね、まだ店に通ってしまうんです。でもこれを自分では未練だとは思っていないんですよ。まだまだこれからだって感じています」

 ママからは、大久保が告白をしたという話は聞かれなかった。それを自分から話すというのだから、これもウソではないだろう。そうなると、大久保という男はウソをついているわけではない。

「大久保さんは、亡くなった水島かおりさんが、ストーカーに怯えていたという話をご存じですか?」

 と辰巳刑事は少し突っ込んだ質問をした。

 すると、大久保は最初思ったよりも平然と、

「ええ、知っていましたよ。彼女が打ち明けてくれました。時々誰かにつけられているような気がするってですね」

「それを聞いてあなたはどうしました?」

「僕は臆病者なので、さすがに彼女のボディガードができるわけもないし、何よりも交際を断られた男だという意識もありますので、自分が彼女のためにそこまでする義務もありませんからね。誰もがするようなアドバイスとして、警察に相談することを進めたくらいです」

 というと、

「それで彼女は納得しましたか?」

「納得したかどうかは分かりません。相談してくれたのは嬉しかったんですが、こっちも余計なことに関わりたくはないですからね」

 というではないか。

 勧善懲悪の考えが強い辰巳刑事は大久保の話を聞いていて、少しイライラしていたが、考えてみれば、これが普通なのだ。ただの知り合いとしての応対であれば、彼の示した回答が、

「模範解答だ」

 と言ってもいいのではないだろうか。

 それも、彼の話し方を聞いていると、すでに彼女と自分は関係ないとでも言いたげで、自殺したことを気の毒だとも感じていないのだろう。その証拠にこの男は、質問されたことに答えるだけで、ただの知り合いだとしても、彼女の自殺を機にしているのであれば、当然知りたいはずの、

「自殺の原因は何ですか?」

 ということを聞くはずなのに、一言も聴こうとはしない。

 それを考えると、

――この男がストーカーだったのではないか?

 と思っていた疑念も会ってみると、

――この男にはそんなことはできないだろう――

 と思えた。

 ストーカーをするような人間は、小心者で、相手に近づけないが近づきたいと思っている気持ちと、何よりも相手を愛しているという気持ちが少なくとも自分の中では疑うことのできない事実として持たれているはずだった。

 だが、この男は一番肝心な、

「彼女を愛している」

 という感情がすでに失せているように思える。

 こんな男にストーカーの真似事ができるはずもないと思えた。確かに自分が疑われたくないという気持ちから、彼女への無関心を装っているのではないかという気持ちもあるのかも知れないが、すでに彼女は亡くなっているのだ。いまさらストーカー行為がバレたとしても、警察がどうこうできることではない。それよりも、警察がどうして今頃事情を聴きに来たのかということを考えると、死について何かの疑問を抱いているからではないかと考えられる。それが、自殺への疑念だとすると、ストーカー疑惑どころの話ではなくなってしまう。余計なことに関わりたくないと思っている大久保は小心者であるがゆえに、結構頭の回転が早く、切れる頭を持っているようだ、その回転の早さと、何か自分への危険度に対して察するものがあったのか、刑事に対しては堂々と渡り合えるという自信のようなものがあったのかも知れない。

「今日はこれくらいにしておきます。またお伺いすることがあるかも知れませんが、その時は、また一つよろしくお願いします」

 と言って、大久保の聴取を終え、この日は署に戻った。

 署では、辰巳刑事の知らないところで、清水刑事と門倉刑事がいきなり深沢という男から、新たな話が聴けたということで、そのことについて話が行われていた。そこへちょうど辰巳刑事が帰ってきて、今日の報告を行った。

「なるほど、君は大久保泰三の話も聞いてきたんだな? 君は大久保という男をどう思ったかね?」

 と清水刑事に訊かれて、

「どうもこうも、彼がストーカーを行っていたということは考えにくいような気がしました。ママさんもきっとそれは同じだったのではないでしょうか? それにあの男を見ている限り、どうも彼女の自殺に彼が関わっているということもないような気がします。小心者というイメージが強いので、そう感じるだけなんですけどね」

 という報告に対して、納得したのかしないのかを言明しなかった清水刑事だったが、その代わり、今日署の方に訪ねてきた深沢の話をされた。

「なるほど、興味深いお話ですね。特に死体を動かしたなどという発想、どこから出てきたんでしょう。よほどの確証がなければ、わざわざ警察までは来ないでしょうし、もしそれがウソだとすると、どこからそんな発想が出てきたのかと思うほど、そう簡単に思いつくような話ではないですよね」

 と言った。

「そうなんだ。そういう意味では、あまりにも唐突すぎるので、笑い話のように聞き捨ててしまう人もいるかも知れないが、少なくとも私と門倉刑事の間では、そんなことはできなかった。逆に、その言葉が頭から離れなくなったくらいだ」

 と清水刑事は言った。

 それを聞いて、今度は門倉刑事が口を開いた。

「ところで、この深沢という男が帰る前に一言衝撃的な話をしていったのだけど、その内容というのが、この事件に大きく関わっている人間がいるというのだ。それがこの大久保泰三だというのだよ。深沢に訊くと、大久保とは面識がないということで、大久保の方はおそらく、自分のことは知らないだろうと言っていた。もし知っているとすれば、水島かおりが話さない限り知るはずはないのだが、それはありえないという。だから、大久保が自分のことを知っていることもありえないだろうというんだ。その前提となる話があったうえで、彼は衝撃的なことを口にしたんだ。もしこれが殺人だということになるのであれば、一番の容疑者は大久保になるんじゃないだろうかっていうんだ。深沢の口から大久保についての人間性を語られることはなかったので、ひょっとすると面識がないと言っていたので、それこそ彼のことを知っているとしても、ウワサの類くらいしかないのでないだろうか? そう思うと、信憑性は薄い気がするのだが、何とも言えないよね」

 というのが、門倉刑事の話だった。

 そこで清水刑事が、

「私も、この突飛すぎる話に信憑性をなかなか感じることはできなかったんですが、それよりも気になったのは、どうして深沢という男が、大久保という男を名指しできたかということですよ。今回の深沢の話の中で信じがたい話は多かった。死亡した場所が別だったなどと、どこに根拠があるのかと思ったんですよね。私が思ったのは、まず彼にとって水島かおりが自殺をしたということをどうしても認めたく無かったんじゃないかということなんです。つまり、自殺をしたのではないとすれば、誰かに殺されたことになる。あの状態で事故ということはありえませんからね。だとすると、まず必要なのが犯人ということになる、その必要な犯人役として考えたのが、大久保ではないかという考えですね。そして、今度は殺害されたのだとすれば、そこに自殺に見せかける理由がいる。もちろん、犯人などいないということが一番の理由なんでしょうが、それでも何かの伏線が必要だと考えた時、物理的なこととして、他で殺されたのではないか考えたとすれば、彼の言っていることも分からなくもないです」

 と言った、

 それを聞いた門倉刑事は、

「なるほど、分からなくもないけど、その発想はあくまでも深沢寄りの発想だよね。あまりにも突飛すぎる発想を、いかに正当性に近づけようかと考えた時に出てくる発想。それが今の君の意見ではないかと思える。一種の妄想に近いものではないかな? でも、そういう意見をわざわざ警察に言いに来ている以上、そのウラも取らないといけないだろうから、二人にはご足労を掛けるが、一つこちらの信憑性についても確認してくれたまえ:

 と言った。

「でも、私も少し不思議には思っていたんですよ。今の清水さんの話を聞いても感じたんですが、深沢という男が大久保を犯人だという、まったく根拠がないとも思えなかったんです。たとえば、動機があるとかですね。ひょっとしたら、本当にストーカーだったのかも知れないですよね。私は今の段階で、どうにも事件が分からなくなってきたような気がしてきました」

 と辰巳刑事が言った。

 辰巳刑事のように勧善懲悪の男にとって、今回のような何ひとつとしてハッキリとした事実のない事件は、もっとも苦手なものであっただろう。一つでも分かっていることがあれば、それをきっかけにまわりをどんどん広げていき、そして、真実に辿り着く。その執念に掛けては、清水刑事も門倉刑事も舌を巻くほどであった。辰巳刑事が、

「分からなくなった」

 という気持ちも分からなくもないが、少なからず、門倉刑事も清水刑事も気持ちは同じだった。

 だが、露骨に辰巳刑事ほど意気消沈することはない。それが今まで培ってきた経験であり、その経験を生かして捜査を進めればいいという、誰かに教えられたわけではない自分で身に着けたノウハウが彼ら二人を支えていると言ってもいいだろう。

 門倉刑事は、もう一度鑑識に問い合わせてみた。

「あくまでも可能性の話なんですが、あの死体が、他から運ばれてきたというような可能性はないでしょうか?」

 と聞いてみると、

「絶対にないとは言えないと思います。ただ、限りなくゼロに近いと思いますが。状況から見て自殺と考えるとすべてが状況に当て嵌まるというのが一番大きな理由です。そこを百パーセントとして見るのであれば、例えば何かの疑惑が十パーセントあったとします。すると全体的な可能性が百から十を引いて、九十になるというそんな単純計算ではないんです。表に見える部分が十であっても、隣の事案と綺麗に結びついている線が壊れることで、その壊れた線が五であれば、全体的には八十五になってしまう。つまり、百というのは、全体、つまり表に見えているものを百とするならば、実際には百五十なのか二百なのかという発想ですね。でも、実際には百までしかないので、百と言っているだけなんですよ。すべてが完璧にできあがっているものを崩そうとするなら、そこに信憑性はどんどん崩れていくと思った方がいい。そういう意味で、今回は私は自殺であり、死体を他から運びこんだなどということは、妄想の類に近いのではないかと思うんですが、いかがでしょう?」

 という返事が返ってきた。

 実に分かりやすくてハッキリとした回答である。

 門倉刑事は、この話に加算法と、減算法という考えを思い出した。

 何もないところから発想をどんどん積み重ねていくやり方が加算法、それは絵を描いていくような感覚であろうか。もう一つの減算法は、実際に目に見えているものの中で必要なものだけを取り出して、そこから真実を探求するというものである。どちらかというと、減算法の方が、世の中では圧倒的に多いのではないかと思えたが、そんな中で発想したのが、将棋や囲碁の世界のことだった。

 これはテレビの何かの番組で見た記憶のあるものだが、そこには将棋の名人のような人がトーク番組のゲストとしてきていて、インタビュアーに回答していた内容で、逆に相手に面白いことを聞いていたのが、印象に残っていた。

「将棋の布陣の中で、一番隙のない布陣というのは、どういうものかご存じですか?」

 と訊かれて、

「ちょっと分かりませんが」

 と答えると、棋士は言った。

「それは最初に並べた形なんです。つまり一コマ動かすことに、そこに隙ができるということですね」

 と言っていたのを思い出した。

 これはまさしく今回の鑑識の人が言った話にそのまま当てはまるではないか。最初に見えている形がすべてを表しているのであれば、無理にそこから不要なものを削る必要などない、すべてが必要なのだという考えである。

 そして門倉は今自分で感じた、加算法と減算法の考えだが、それは囲碁と将棋にそのまま当てはめることができるのではないかとも思った。将棋は知っているが、囲碁をまったく知らない門倉刑事ではあったが、最初から隙のない布陣の将棋と、盤面に何もないところからどんどん石を積んでいく囲碁はまったく違うものであり、対照的だと思える加算法と減算法の考え方に当て嵌めることのできる一番身近な発想に違いないと思うのだった。

「やっぱり、鑑識のいうとおり、この事件はどこをどう切り取っても、自殺としてしか見ることができないんだろうか?」

 と考えていた。

 刑事課に戻ると、清水刑事が戻ってきていて、机の上に一台のノートパソコンが用意されていて、そのすぐ横に小さな何かが置かれていた。

 よく見ると、それはデータ保存などに使うUSBメモリーであり、どうやら門倉刑事が帰ってくるのを待っているようだった。

「どうかしたのかね?」

 と門倉刑事に訊かれた清水刑事は、

「私は、深沢の証言にあった。死体を動かしたのではないかという証言を元に、防犯カメラの映像を管理人から入手してきたのですが、そこには、犯行の日の夜、不審な人物が数人写っているのを見つけました。それがこの映像です」

 と言って、USBメモリーをセットして、その中の営巣ファイルをクリックすると、再生ソフトが起動し、映像を移し始めた。

 映像は、入り口から正面のエレベータに向かって全体が映るようになっている。これだとよほど死角になっているごく狭い部分を忍者のように壁にへばりついてうまく移動しないと、顔までは分からなくともその存在は見逃すことはないという作りになっている。そんな中で、最初はまったく微動だにしなかった映像の中に、数人の怪しい連中が玄関のロックがかかっているはずの扉を開いて入ってきた。何か大きな袋のようなものに包まれたものを皆がまわりから持っているという様子である。運搬している人たちは帽子を目深にかぶりマスクをしている。マスクに関しては時代が時代なので、まったく不審でもないのだが、目深にかぶった帽子のおかげで目も見ることができない。その袋も透明ではないので、何が入っているのか分からないが、そんなに小さなものでもなければ、三人で重たそうに持っていることから、それなりの重量があることは分かるというものだ。

 エレベータに乗り、三階で降りたのは分かったのだが、三階の踊り場には監視カメラはあるが、一階のロビーのような視界の広さはない。降りてしまえば、その後はどこに行ったのか分からない世界だ。

 エレベーターを降りるところまでは確認されているこの映像、この後どうなったのか分からないのだが、水島かおりの死体を運んだとも考えられなくもない。中身が見えないだけに何とも言えなかった。

「門倉刑事は、この映像をどう、思われますか?」

 と清水刑事に言われて、

「うーん、何とも言えないが、こんな映像が残っているということは無視はできないということにはなるだろうね。でも、私の中では、正直、ほぼ自殺に固まりかけていただけに、そういう意味でこの映像には衝撃というのが、本音かも知れないな」

 と門倉刑事が答えた。

 門倉刑事は、鑑識から聞かされた話を清水刑事に聴かせたが。清水刑事も門倉刑事以上にその話に興味を持ったようだ。おそらく清水刑事という人も、この鑑識のような性格であり、その考えを抱いている刑事の一人なのだと思えた。

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