第4話 深沢の証言
「今は、正直、警察の方とすれば、自殺でほとんど固まっていますが、我々数人だけが、少なくとも自殺の原因をハッキリさせないといけないと思って動いています。その理由はいくつかありますが、あなたも知っていることとすれば、ストーカーの存在というところでしょうか? 彼女の手首にはいくつかの躊躇い傷があって、過去にも自殺を試みたことがあると思うんです。だから、一種の自殺の常習犯として、一緒の精神的な病気なのではないかと思いました。そこに私は自殺を疑う根拠のようなものを見つけたんです」
と、門倉刑事は言った。
「それはどういう感覚ですか?」
と深沢が聞くと、
「もちろん、今あなたがおっしゃった、感覚にすぎないことなんですが、自殺常習者が自殺をすることを病気のようになっているのだとすると、今回に限って、自殺を成就したということは、それなりに覚悟があってのことだと思うんですよね。逆に常習者であればあるほど、自殺を日課のように考えて、死にきれないということに理不尽さを感じながら、ひょっとしたら、生き残ったことにホッとしているかも知れないという発想ですね。だから死ぬにはそれなりの覚悟が必要だと思うんです。それなのに、今回彼女は遺書というものを残していない。もし死にきれなかったとすれば、その遺書はその時点で処分すればいいだけで、書いたからと言って、損をするわけではない。そう思えば自殺常習者の彼女が自殺を遂げたのだとすれば、そこに遺書の存在がないことに違和感と矛盾を感じたのです」
と、門倉刑事が自論を言った。
それを聞いていて、隣の清水刑事もしきりに頷いている。この二人の意見はここまでは完全に一致していることに間違いはない。
ここまで話したうえで、門倉刑事は深沢に訊いた。
「深沢さんは、水島さんが何度も自殺を繰り返していたということをご存じでしたか?」
と訊かれて、深沢は、
「ええ、全部が全部知っているわけではないかも知れませんが、数回自殺未遂を行ったという話を聞いたことがあります。一度自殺を試みた人は、その後も自殺を試みることがあるという話を聞いたことがあったので、私なりに気を付けていたというのも事実になります、だから、知らなかったということはありません。そういう意味では確かに彼女が自殺をしたということを信じられないともいえると、私も思ってはいました」
と、答えた。
「ちなみに、先ほどあなたは彼女が自殺ではないという根拠をお話くださいましたが、あなたが彼女の自殺に完全な疑念を抱いたのは、彼女が精神的に、つまり今私が言った、自殺常習者の感覚と、実際にあなたが持っておられる、死体が他から運び込まれたという考えとどちらが、最初に彼女を自殺ではないと考えられたのでしょうか?」
と門倉刑事が訊ねると、
「最初に気付いたという意味では、自殺常習者としての精神的な矛盾ですね。そしてその思いがあったからこそ、死体が他から運ばれたのではないかと思ったんです。もし他に犯人がいるとすれば、犯人にとってそれが都合がいいのではないかと感じたからですね」
と深沢が言った。
「でもですよ、死体を移動させるということはそれなりのリスクがあります。移動させるには何かの根拠がないと成り立たないと思うのです。例えば犯人にとってのアリバイ工作のためだったり、本当の犯行現場を知られては困る、つまり犯人を特定できる場所であったりすれば、計画が水の泡ですからね。そういう意味では、それなりの根拠がなければ、今の深沢さんの話を鵜呑みにはできないということですよ」
と門倉刑事が言った。
「そうだとすれば、今門倉さんがおっしゃられたような理由が犯人にはあったのかも知れませんね。私が最初に死体を動かしたのではないかと考えたのは、まずは単純に、彼女が自殺ではないという疑念を抱いたことからです。もし彼女が自殺ではないのだとすれば、あの場所で自殺として簡単に処理されるだけの証拠しか出てこなければ、明らかにあの場所が犯行現場ではないと思ったからです。だって、少しでも争った跡があれば、警察は他殺を疑うでしょう? それを疑わなかったということは、被害者は何ら争った跡がない。普通に殺されたということになる」
と深沢は言った。
「なるほど、あなたの理論は理路整然としていて、推理としては、完璧なように感じますね。実際に私も感嘆しました。でも、本当の根拠、いわゆる物証としてのものではないということが分かると、あなたのいうように、他から運び込まれたということを、これから操作で立証しなければいけません。あくまでも今のあなたの証言は、虚空の空論であり、根拠ではない。参考意見として伺っておくことにするとしか言いようがありません。ただ、今も言ったように、参考意見が出てきた以上、その裏付けは必ず取ります。そこはご安心いただきたい」
と、門倉刑事は、警察側としての建前を言いながら、本音もしっかりと相手に伝えていた。
「よろしくお願いします。私としては、彼女が殺されたと思っていますので、門倉刑事さんと清水刑事さんを信じてお願いするしかありません。どうか、かおりの無念を晴らしてあげてください」
と言って、深沢は深々と頭を下げた。
二人の刑事も恐縮し、深沢に敬意を表するように頭を下げた。いろいろと意見を戦わせもしたが、相手は重要参考にであったり容疑者なのではない、善意の第三者として(この場合の深沢を第三者と言えるかどうか分からないが、この時点では第三者だったと言えるだろう)扱わなければならないが、少し余計なことを言ってしまったのではないかと門倉刑事は少し考えていた。
この後、深沢は帰る前に、もう一つ衝撃的な内容の話をしたのだが、それは後述に回すことにしよう。
捜査自体はほとんど進んでいなかったので、相手に話したことはほぼ、門倉刑事の頭の中にある推理であったり、下手をすれば空想のようなものだった。深沢が帰った後で、清水刑事との話の中で、
「門倉刑事、彼にあれだけの話をしてしまってよかったのでしょうか?」
と言われたが、正直そう言われて初めて、
――言い過ぎたかも知れない――
と感じた。
「あくまでも、まだ立証されたことというのは、自殺の裏付けばかりで、自殺を全面的に信じるとすれば、少し矛盾がそこにはあるという程度のことなので、別に問題はないと思うのだが、清水刑事は、私が言いすぎたと思っているかね?」
と聞くと、
「正直話をされている時は、ドキドキしました。彼に変な先入観を与えることを怖いと思いましたからね。でもそのうちにお互いに根拠のない話に辻褄を合わせているように思えたんですよ、だから、捜査の話を少しはしないと、門倉さん側に立って考えると、話が続かないように思えたんです」
と、清水刑事は答えた。
「そうか、そのあたりは私も気を付けるようにしよう。ところで清水君は彼の話を聞いてどう感じた」
と、本題に入った。
「そうですね。正直驚きました。まさか、死体を移動させたなどということはまったく発想もしていませんでした。ただ、これは他殺を意識に置いているというよりも、現状じさつの方が圧倒的に強いということを念頭に入れているから思いつかなかったのですが、彼のように、最初から他殺しか考えていないのであれば、思い浮かぶことだったのかも知れませんね。その根拠につぃいてはかなり薄いものでしたが、ちゃんとこちらの質問には答えていましたからね」
と清水刑事がいうと、
「そうなんだ。こちらも他殺を疑ってみてはいるが、その根拠はかなり薄いもので、その薄いものの積み重ねが自殺を否定するだけの根拠を持っていない中で、やつの根拠は一つしかないが、その一つでも我々のいくつかの状況から判断した意見よりも信憑性がある。やはり水島かおりを以前からずっと知っているという強みが我々よりもあるという証拠なんだろうね」
と、門倉刑事は言った。
「だけど、彼の話が奇抜だっただけに、その根拠はかなり薄く感じられたのも正直なところです。門倉さんはそのあたりをどう感じましたか?」
「深沢という男は、かなり水島かおりという女性に入れあげているという印象だったね。ただそれは彼女として、恋人としてという感覚ではなく、別の意味での新感覚なだけに、その思いがどれほどのものなのか、判断がつかないんだ」
「私もそうなんですよ。慕われているという感情は何となく分かるんですが、恋人でもないのに、そこまで入れ込めるのかと思うと疑問に感じます。特に彼女に決まった彼氏がいない場合はそれでいいのだと思いますが、好きな人ができてしまえば、今までナンバーワンだった気持ちが揺らぐはずなんですよ。彼女にとって、新しくできた彼氏と、深沢の間でジレンマのようなものが起こったとすれば、ひょっとすると彼女の中で、どちらかが邪魔な存在になってしまうということも究極ありえるんじゃありませんか?」
「そうなると、清水君は、どちらを邪魔な存在に考えると思うかね? あくまでも君の私見でいいのだが」
と門倉刑事がいうと、
「私なら、深沢氏の方を邪魔に感じるでしょうね。それはまだ若い女性だからという理由もありますが、もし彼女が新鮮さを求める女性であったとすれば、彼氏ができてしまうと、もはや深沢氏には新鮮さを感じませんからね」
と言った。
「結構、君はドライなのかな?」
と言われた清水刑事は、
「そうかも知れませんが、男性よりも女性の方が計算高いという一般的な意見を考えると、新鮮味というのは結構重要なポイントだと思うんです。つまりは新鮮味がなくなった相手を排除することは、消去法の基本であり、言い方は悪いですが、スーパーなんかの陳列で言われている『先入先出』というような感覚を計算として考えるなら、一番当て嵌まる考え方ではありませんか?」
と清水刑事が言った。
「なるほど、一般的な女性をイメージして考えたんだね?」
「ええ、私の私見で考えるならば、やはり統計的に高いものだったり、一般的という言葉を優先してしまうところがありますからね。そういう意味では奇抜な発想には向かないのかも知れませんが」
と言ったが、門倉刑事には、そんな清水刑事の性格が、警察官として向いているところだと思っているので、一応聞いてみたのだが、自分の中で清水刑事が何と答えるかというのは分かっていたような気がした。
「ありがとう。君の意見は大切に考えさせてもらうよ」
と門倉刑事は言った。
さらに今度は門倉刑事が自分の意見を述べた。
「私の中では、深沢氏というのは、結構計算高い人物ではないかと思えたことなんだ。したたかなところがあって、いかにも失言したなと思えるところも、まったくそのことに気付いていないような素振りで、実は彼の方は一番ドライではないかと思えるんだ。だから、彼の意見をすべて鵜呑みにしてしまうのは危険な感じがするし、例えば、意見ではなく実際に見たと言っていることも、果たしてそうなんだろうか? と疑ってみるくらいのつもりでいないと、痛い目に遭ってしまうのではないかと思える。だから、そういう意味では、きっと水島かおりは、彼氏ができたとしても、絶対に深沢を離すことはないだろう。それは水島かおりの意志ではなく、うまく深沢に誘導されるものであり、しかもその意識がないんだ。つまりはうまくマインドコントロールされるんじゃないかと思うんだ」
と門倉刑事は言った。
それを聞いて、清水刑事はきょとんとしている。こんな態度を彼がとるのは、話の内容が分かっていないからではない。まったく自分が思ってもいなかった発想を相手にされてしまうと、清水刑事の頭の中の回路がしばし止まってしまうのだった。そこから先どのような解釈をしていいのかに迷ってしまい、前にも後ろにもいくことができないというそんな発想である。
もちろん、そんな清水刑事の性格も門倉刑事は分かっている。そこが清水刑事の数少ない悪いところであるということもであった。
それでも清水刑事の原状回復のスピードは、他の人に比べて段違いに早い。頭の切り替えが早いからなのだが、その早さが功を奏することになるのだが、
「転んでもただでは起きない」
というのが、清水刑事である。
そんな悪い状態に落ち込んでから立ち直る時には、落ち込む前には思ってもいなかった新たな発想を手土産に戻ってくることが多い。それを分かっているので、門倉刑事も清水刑事を自由にさせているのだ。
門倉刑事は、ベテラン刑事であるが、ベテランとしての特徴をたくさん保持していた。それがこの、
「部下を見極める力」
であり、上司として一番備わっていなければいけない特徴であるということを理解したうえで、自分にその能力があることを分かっている。
つまり、それだけ自分自身のこともよく分かっているという証拠である。
そんな二人は、実にいいコンビであった。実際に数年前、つまり辰巳刑事がある程度一人前になるまでは、この二人がエースだったと言ってもいい。門倉刑事の方は出世し、主任としての上の立場になったことで、清水刑事が一番のエースになった。そこに辰巳刑事が入り込んできたわけだが、これまた清水刑事とは正反対とも言える性格なので、門倉刑事も清水刑事がどのように辰巳刑事を成長させていくか、その手腕に期待している。しかもその期待はかなりの信頼性を持っていることで、門倉刑事は楽しみにしていた。
――こんな話の中で辰巳刑事だったら、どういう意見を持っているだろう?
と考えなくもなかった。
これまでの捜査の中で、辰巳刑事の一言であったり、考えていることを遠慮なく喋らせると、彼の意見が一番真実に近かったということも多かった。ちなみにここでいうのは、
「真実」
であって、
「事実」
ということではない。
事実が違っても真実を捉えた発想ができるというのは、ちょっと矛盾した内容に感じられるが、それは見た目の視線を変えることでいくらでも事実にない真実に近づくことができるのだろう。そのことを教えてくれたのも辰巳刑事であり、やはり二人にとって辰巳刑事は決して無視することのできない大切な相棒としての見方が強かった。門倉刑事は別に自分が相棒を直接勤めているわけではないが、まるで自分の片腕、いや分身といっても過言ではないと思っている清水刑事の相棒なのだから、自分にとっても相棒だという考えに至ったのが、辰巳刑事その人だということだろう。
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