高村涼太、仕事の辛さを知る。

 涼太はすでに絶望していた。ぬいぐるみバイト初日、デニーロの着ぐるみをきた涼太だったが、すでにこのバイトの洗礼を受けていた。

 「喰らえ! ミラクルキッーーーク!」

 「えい! 膝カックンだあ!」

 園内を徘徊していると、小学生と思われる少年たちに取り囲まれる。それだけならよかったが、子供というものはテンションが高ぶると自制が聞かなくなるもので、涼太は囲まれるなり、蹴る殴る、タックル、膝カックン、カンチョ―と子供たちのイタズラに翻弄されることになる。衝動的に殴ってしまいそうになるぐらい、頭に血が上りつつあるが、そこはぐっと堪えた。さすがにバイト初日で暴力沙汰になるのは、まずいし、計画の破綻に繋がりかねない。それでも、目の前の子供達に対してヘイトが溜まっているのも事実でどうしようかと悩んでいると、そこに近づく新たな着ぐるみがいた。

 「ああ! バルバルだ!」

 「ねー!ねー! おんぶして!」

 急な新キャラの登場で人気ナンバーワンのデニーロから子供達が離れていく。開演前、涼太は着ぐるみのおっさんからキャラの名前と設定はある程度は聞いていた。目の前にいるキャラはバルバル。バルバルとは省略された名前で正式名称はバルディ・ヴァルチャー、ピンク色のちょっとだけ強欲な中年ハゲワシという設定のキャラだ。  

 中年設定なのだがラグビー部みたくガタイが良い。子供を背中におぶって空を飛んでいるように駆け回っていた。結構激しめに動いているので、ちょっとしたジェットコースターのような感じなのだろう。子供達は大声を上げて歓喜の声を上げている。親たちからのクレームは大丈夫なのだろうか?そんな一抹の不安を感じながらも、バルバルと子供達を見ていた。

 バルバルと子供達の戯れが終わり、午後最後のパレードが始まる。涼太はセンターで場を盛り上げる。バイトを始めるにあたって、涼太はダンスを独学でさらに練習した。プロの領域には届いていないが、観衆の足を止めその場に留めさせることはできた。他に大事な事、それは目立ちすぎないこと。デニーロだけが目立っていても意味がない。他のキャラクターがいてこそのデニーロで、デニーロ以外のキャラの見せ場もちゃんと作る。いわばパレードはチーム戦で、皆で作る一つのアート。バルバルや他のキャラクターにバックダンサー達、全員が主役で一本の柱。

 パレードは終盤、キャラクター達が一か所に集まる。

 そして、派手な巨大クラッカーが鳴り響いた瞬間、それぞれがポーズをかっこよく決めた。拍手が快感で体が変にびくついた。


 「いやー! 今日も盛り上がった! 最高だ!兄ちゃん!」

 着ぐるみのおっさんが上機嫌に笑い、涼太の肩を組んだ。

 今日もパレードは大成功に終わり、SNSでかなりバズっていた。デニーロに対しての書き込みが多かったが、その次に多かったのはバルバルの書き込みだった。『なんかバルバルいかつくなってて草』『絶対プロレスラーはいってんだろ』など主にバルバルのマイナーチェンジについての書き込みだった。そういえば涼太はバルバルの中身を見たことはなかった。気になってバルバルの方を見つめていると、視線を察したのかバルバルの頭をゆっくりと上に上げた。

 「そういえば挨拶してなかったな。よろしく!」

 バルバルの中身は想像以上に爽やかなイケメンが入っていた。見た瞬間の印象は垢抜けたチャラい大学生。特徴的なのは肩まで伸びた金髪で頭を外した瞬間、煌びやかに宙を舞った。さらに着ぐるみを脱ぐと体は筋肉の鎧を纏っていて、腕はプロレスラー並みで下半身に関しては丸太のような太さと表現しても差し支えない大きさをしていた。この体形なら喧嘩なんて一切売られないだろう。百八十を超えた身長もあって迫力が凄まじい。握手を求められた涼太は恐る恐る手を握ると、想像以上に力強く顔が歪んだ。しかし、バルバルの中身は太陽みたいな笑顔で涼太を見ていた。

 「彼は速水大河君で大学生だ。兄ちゃんより少し前にバイトとして入ったんだ。仲良くな」

 「よろしくお願いします。速水さん」

 涼太が苗字で呼ぶと、さらに強く握り返してくる。白い歯を見せると、高らかに笑う。

 「よろしくな!涼太! あ、俺の事は大河でいいぞ!」

 冗談抜きで笑顔が眩しい。ほぼ初対面の人間に対して下の名前呼びは少し抵抗があったが、本人が良いと言っているならと涼太はおぼつかない声で大河と名前を呼んだ。大河は嬉しそうに肩を組んできた。ものすごい量の汗をかいているはずなのに石鹸のいい匂いがした。


 バイト終わり涼太は帰る準備をしていると大河に話しかけられた。初バイトで早く帰って寝たかった涼太は少しダルそうな雰囲気を大河に放つ。失礼な態度だとは思うが、睡眠を優先させたかった涼太は心の中で謝罪しつつ、帰ることを優先事項とした。ただ、大河は涼太の雰囲気に気づいていないのか陽気な声で肩を組んで親指を突き立てる。

 「涼太、せっかくだから飯でも行かないか! 金の心配はしなくてもいいぞ」

 ほぼ初対面でご飯のお誘いを受けてしまった。何とかして退避しようと考える。

 「お誘い嬉しいですけど、早く着替えてシャワーを浴びたいので遠慮しときます。」

 そう言って早足で距離を取ろうとしたが、それより先に太い腕が涼太の肩をがっしり掴んだ。

 「それなら最近、出来た銭湯に行こう! 飯はその後だ!」

 「えっ? ちょっと? 大河さん!?」

 太い腕に掴まれたら最後、涼太はなす術なく強制連行になった。

 大河はガハハと強引に笑っていた。

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