やっぱり美化された思い出は砕けない
「まあまあ、一旦落ち着きなよ」
嘲笑ともとれる表情で涼太の顔を覗き込むアリス。慰めのつもりなのだろうか頭をポンポンと軽く撫でた。抵抗する気力もない涼太はされるがままに、頭を撫でられてた。失恋した反動か異性に頭を撫でられる行為が非常に心地よかった。
「それで? 相手は誰なの?」
「死んでも教えるかっ!」
「えっー! いいじゃん! 私達、中学から仲良しコンビなんだし」
逢坂アリス、涼太の数少ない異性の友達で中学から今まで交流が続いている腐れ縁といった関係性だった。健康的な褐色肌にボブの金髪、あからさまにガラの悪いギャルヤンキーといった風貌で、机の上にあぐらをかいて目のやり場に困る状況を作り出していた。
「お前、スカート短いんだからパンツ見えんぞ?」
「ん? 別にいーけど?」
アリスは目の前でスカートをひらひらと仰ぎ始める。少し黒い布が見えていたのを涼太は見逃さなかった。頬を赤くしたのを確認すると、アリスはさらにスカートをぱたぱたと涼太の目の前で扇ぐ。たまらず涼太は彼女の両手を制止する。
「あのな……そういうことばかりしてると勘違いされるぞ」
呆れたようにアリスを注意すると、両手をスカートから遠ざける。ただ、アリスは反省する様子は微塵もないようで、涼太を見てニコニコしている。
「どう? 私のパンツ見て少しは元気出た?」
相変わらず平常運転のアリスを見て笑いがこみ上げた。中学からの付き合いでアリスが少し過激なスキンシップを取ることを涼太は知っていたので、こういった反応をするのは予想通りと言えた。ただ、アリスなりに心配して励ましてくれたことに涼太は温かい気持ちになって内心嬉しかった。アリスもそれを汲み取ったのか嬉しそうに笑った。
「あっ! そうだ! ねえ、せっかくだから、今日ここにいこ!」
急に何かを思い出したように、顔を輝かせるとスマホの画面を涼太へ見せた。画面に映し出されていたのは、昔から隣町にあるアミューズメントパーク、ドリームビリオン。楽しさも夢も規模も十億倍をモットーに作られたアミューズメントパークで誕生から三十年経った今でも絶大な人気を誇っている。涼太の住む地域ではデートスポットとして定番の場所でもある。
「わざわざカップルだらけのとこ行くとか慰める気微塵もないだろ」
「そんなことないって~! よし、決まりね!」
涼太に拒否権はないようで、放課後ドリームビリオンへ行くことが決まった。そして、涼太はドリームビリオンの入り口で来たことを後悔することになった。
「こ、ここは……?」
奥底にあった記憶の風景が目の前でフラッシュバックした。不安で泣きそうになった少年が役者になると宣言した少女と出会い、そして恋をした場所。本来ならノスタルジックな雰囲気になれる場所だが、今の涼太はとてもそんな感情になれる精神状態ではなかった。つまり最悪のタイミングだ。そんな涼太の気も知らず、アリスはハイテンションで園内をはしゃぐ。
「さあさあ! 今日は楽しむよ!」
「……お手柔らかにな」
アリスは腕を掴むと涼太を振り回すように、園内を縦横無尽に連れまわし始めた。園内は昔からそこまで大きい変化はなかった。ジェットコースターなどのアトラクションが豊富で、子供も大人も楽しめるラインナップになっている。二人は空いているアトラクションに片っ端から乗った。平日なのもあってお客はそこまで多くはなかった。二人は色々なアトラクションに乗った。乗り気じゃなかった涼太の顔も次第に楽し気な顔に変わっていった。
「いやー! 久々に行くと楽しいわ!」
「確かに悪くなかったな」
涼太の顔を見たアリスは安心したように太陽のような笑顔を振りまいた。
「良かった。いつもの顔に戻った」
「アリス。ありがとな」
アリスにとって予想外の反応だったのか、目を大きく開いて丸くした。すると遅れて頬が赤みを増して熱を持ち始めた。すかさずアリスは涼太から視界を切った。
「あー! 何だかお腹減った! ちょっと買ってくる!」
「俺もいくぞ」
「いいから! 今日は私の奢りだから座って待ってて」
大きな声で涼太を制すると、そのまま走り去っていった。少し様子のおかしいアリスに首をかしげながらも、素直に近くのベンチへ座った。ベンチに座り風にあたっていると、疲れがどっと体に纏い始めた。ただ、それは心地よくて悪い気分にはなっていなかった。後で埋め合わせをしなくてはと涼太は考えていた。しかし、どういうことをすれば喜ぶのだろうかと女性経験の少ない涼太は頭を捻らせていた。
疲弊した頭を回転させながら風景を見つめていると、涼太の視界にあるものが写った。本来なら見逃してしまうほどの違和感、言葉では分かっているがそれでも涼太が諦めきれずに求めている人物が、遠のく意識の中でもはっきりと明瞭に捉えた。
「おいおい……マジかよ!」
数日前に涼太を玉砕した相手、川口晴が遠くのベンチへ座っていた。
気づくと涼太は立ち上がっていた。さっきまでの疲労はどこかへ飛んでいった。歓喜が体を乗っ取り、興奮状態を作り出していた。引き寄せられるように歩き始める。涼太の視界には晴しか映っていなかった。ゆっくり一歩ずつ春に近づく。『とりあえず晴と話したい』涼太はそれしか考えられなかった。二人の距離が十メートルあたりになった時、涼太は嫌でも正気に戻った。
晴の隣へ座った人物、見事晴を射止めた茶髪のイケメン青年がいたからだ。二人がドリームビリオンにいるということは、言わずもかなデートということになる。しかし、涼太は違和感を覚えていた。デートだというのに晴の表情がずっと暗いままで青年の方はずっとニコニコしたままだったのに気付いたから。青年はスマホを見ると焦った表情で晴の方を向き手を合わせた。
「ごめん。もう帰らなくちゃ! さあ、一緒に帰ろ?」
晴は不機嫌な雰囲気を隠すことなく青年からそっぽを向いた。
「私はもう少しいるから……」
「そう? じゃあ、ほんとにごめんね! 後で埋め合わせするから」
申し訳なさそうに去る青年。その間、晴は一度も青年を見る事はなかった。再び一人になった晴、不機嫌そうに黄昏る姿を見て涼太はチャンスだと思った。何とかして晴に近づけないかと模索していると、見覚えのある着ぐるみが項垂れながら人気のない所へとぼとぼ歩いて行った。
「確かあれは晴が好きなキャラのデニーロ……だったけ?」
電球の明かりが灯った感覚、涼太の中で閃きが生まれた。涼太はすかさずデニーロが消えていった場所へ走った。消えた場所にたどり着くと着ぐるみが散乱していて中身の人間が茹でタコのように顔を真っ赤にして湯気を出していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……何とか……」
熱中症になりかけのおっさんはサムズアップした。おっさんは涼太の腕を力なく掴むと口を開いた。
「それよりも頼む! もうすぐ最後のパレードが始まるんだ……!」
必死そうな顔でデニーロの中に入れと懇願する。おっさんの汗にまみれた着ぐるみにはいるのは、抵抗がかなりあるがこれで晴に近づける。
腹を括った涼太は着ぐるみを被った。それを見たおっさんは役目を終えたと力なく目の前で倒れた。
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