昔の約束を引きずるのはカッコ悪いのか?

 少年はある決意をしていた。髪をヘアワックスで整え、右手には小さな花束を持っていた。高校二年生の春、高村涼太は人生初の異性への告白を決行しようとしていた。この日のために涼太は綿密な計画と努力を一日も欠かさずに続けてきた。流行りのファッションや物を調べて取り入れ、世間に取り残されないようにした。そして、勉強もスポーツも得意ではない涼太は陰で必死に努力し、今では学年十位以内をキープ、スポーツは球技も格闘技も全般習いガリガリだった体は面影がないほど、綺麗な逆三角形に描き誰が見ても体躯が良くなったといえるほど男らしい体つきになった。

 全てはこの日の為、川口晴へ積年の愛を叫ぶためにやったことだった。涼太が昔行ったアミューズメントパークであった少女、川口晴は数年後、百年に一度の天才子役として役者デビューし、夢を叶えていた。何としても会いにいきたかった涼太だったが、当時は雲の上の存在で会いに行くことは非常に困難だった。だから、会えるその日まで恥ずかしくないように、完璧な人間でいるようにした。そして、とうとうこの日が訪れる事になった。

 現在、晴が子役をやっていたことを知っている者はほとんどいない。子役としてデビューし、小学校卒業まじかで休業を取って以来、晴が役者をやることは無くなった。理由としては中学受験のためと所属事務所のHPには書かれているが、高校生になった今でも復帰していないとなると、何かしらのトラブルがあったのかもしれない。妙な胸騒ぎが感じながらも、高校生になって晴と再会できた喜びが勝った涼太は早速、コンタクトを取ることにした。

 晴の靴箱に手紙を置いた涼太は屋上へ向かっていた。手紙の内容はシンプルに『大事なお話があるので、屋上にきてください』と震えた手で書いて逃げるように靴箱から離れた。涼太の入学した高校、白森高校は今の高校にしては珍しく屋上は常時、開放されて憩いの場の一つになっている。そして、放課後になると告白スポット兼不純異性交遊の場になっていることで生徒と教師たちの間では有名になっている。しかし、誰かに出くわす可能性は限りなくゼロに近い。この日に決めた涼太は誰もよりつかないように、鍵をかけておいたのだ。もちろん晴が入れなくなるのは困るので、手紙には鍵の場所を記しておいた。一歩一歩と重くなる足に喝をいれて歩く。いつもより時間をかけて屋上へたどり着いた涼太は、額の汗をぬぐい大きく深呼吸し肺一杯に空気を取り込んだ。後は扉を勢いよく扉を開けるだけだが……。

 「まずは来ているかどうか、こっそり確認するか……」

 肝心なところで腰が引けてしまうのが涼太の弱点だった。息を殺し扉をゆっくり開けると、そこには涼太の望む光景が映し出されていた。腰辺りまである綺麗な黒髪を春風でなびかせて空を眺める少女、当たり前だが昔に比べて大人びた美少女、川口晴その人がいた。夕陽の光が眩しいのか目を伏せて地面に視線を戻した。

 「で、いつまで隠れてるの?」

 はっきりと聞こえるように声を上げた晴。その言葉に涼太の心臓は異常なまでに高鳴り、全身から汗が噴き出した。覗いていたのがバレていたことに動揺を隠せなかったが、このまま隠れていることもできないと悟った涼太は意を決してドアノブへ手をかけて出ようとするが――。

 「はははっ! バレてたか!」

 爽やかな声と共に長身の美男子が物陰から姿を現した。白馬の王子という言葉がぴったりな青年で、少し長めに伸ばした直毛の茶髪が夕陽に照らされ綺麗な金髪に見えるおかげで本当にメルヘンな世界からきた王子様といった風貌になっていた。想定外の刺客に歯ぎしりする涼太。出るタイミングを見失って、ただただおどおどしながら謎のイケメンの動向を窺う。

 「こんなところに呼び出して何? ふざけた理由だったらすぐ帰るから」

 「そんなに怖い顔しないでおくれよ。せっかくの美人が台無しだ」

 睨む晴に優しく微笑む青年。クサすぎるセリフに涼太は吐き気を催す。現代にあんな少女漫画にでてくるイケメンみたいなセリフを吐く人がいることに驚いていた。それは晴も同意見なようで、少し顔を引きつらせ青年と距離を取っていた。そんなこと気にも留めていない青年は無駄のない動きで、詰め寄ると晴の手を優しく握った。

 「な、何? 急に手なんか触って?」

 「好きだ。川口晴、俺と付き合ってくれ」

 「なっ……!?」

 目の前で跪き、何もためらいなく告白した。その光景に涼太は全身に電気の走った感覚が襲った。飛び出したい気持ちを堪えて、青年の動向と晴の反応を窺う事にした。盛大にフラれて欲しいという涼太は願うが――。

 「いいわよ」

 あっさりと晴は承諾してしまった。

 「そう、良かった。これからよろしくね! 晴ちゃん」

 こうしてまた日本でカップルがまた一組誕生した。この瞬間、涼太は絶望した。吐き出すものを吐き出した後に残ったものは憎悪だった。裏切られた涼太の心は異常なまでに荒れ狂っていた。でも、それを晴や他の誰かにぶつけようとは思っていなかった。それを実行しても何にもならないと涼太は分かっていたからだ。

 ただ、吐き出せない負の感情は毒となり、体を蝕み始める。二日もすれば勉強どころか私生活すらまともに出来ないダメ人間が出来上がった。真っ白に燃え尽きたといった表現が似合う涼太は、机に突っ伏して同化していた。

 「おい! 高村起きろ~!」

 そんな涼太に話しかける人物が一人。

 「ありゃりゃ? 最近、様子がおかしいけど……もしかしてフラれた?」

 『フラれた』そのワードを聞いた瞬間、涼太は声の主を睨みつけた。

 「え? 図星? マジで!?」

 「何で嬉しそうにしてんだ?! 逢坂っ!」

 声の主、逢坂アリスはにやりと笑った。

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