第4話 怪しい女
額から溢れてくる汗は、明らかに湿気を帯びた部屋の中で、密室を感じながら、風もない空気の中で自分の息が湿気を帯びているところから来ているという思いを抱かせた。
教授の部屋に今まで何度も一人で入ったことがあったが、その都度、教授に断りを入れたわけではない。
「ああ、彼女が来て、掃除をしてくれたんだな」
と思わせるだけで十分だった。
それが、自分を健気な少女として作り上げ、妄想の中での自分が、創造されていくのだった。
教授の部屋に入ってからというもの、どこからか聞こえてくる時計の音、今まで気付かなかったが、どこかにアナログの時計があるようだった。
「骨董品に興味があると言っていた教授なので、アナログ時計くらいあっても、別に不思議じゃないな」
と感じたが、どこにあるのか分からないだけに、その音が大きくなったり小さくなったりしているのが気になっていた。
後から思えば、それが胸の鼓動と連動していたからであり、それだけ緊張がピークに達しようとしていた。息苦しさを感じていたはずなのに、息苦しく感じなかったのは、ある種の感覚がマヒしていたからではないだろうか。
果たして二人はなかなか入ってこないと思って、扉に神経を集中させていると、革靴と、女性はヒールでも履いているのか、
「カツカツ」
という乾いた音が聞こえてきた。
その音が乾いていただけに、急に自分に喉の渇きが襲ってくることに気が付いた。
「きっと、声など出ないに違いない」
と思うほど、カラカラに乾いていた。
そんなことはここに潜んでから、湿気を帯びた空気の中で、額から汗が流れている状況から無意識のうちに分かっていたことだろう。
やっと、自分の置かれている立場に気が付いたとでもいうべきか、まっずぐに前を見て、扉のノブに集中していた。
「ガチャガチャ」
というカギが挟まる音が聞こえた。
その時にはすでに、先ほどの乾いた靴音は消えていた。
「やっぱり、あの二人だったんだわ」
と思うと、玲子はいよいよ緊張の高まりが最高潮だった。
カギが回って、中に二人が入ってくる。
玲子が最初に感じたのは、
――私の体温で二人が私という存在に気付くんじゃないかしら?
というものだった。
それくらい身体が熱くなっていたが、それよりも、心臓の鼓動の方がどうしようもないくらいになっていた。気付くとすれば、心臓の鼓動のはずなのに、そんな単純なことに気付かないというのも、おかしなものであった。
「バタン」
という音が聞こえた。これは扉が閉まって、オートロックがかかった音だった。その音と同時くらいに教授のいる応接室の電気がついて、明るい光が真っ暗な書斎コーナーに光が漏れてきていた。
「どうぞ、お座りください」
という教授の声が聞こえて、
「どうも」
という女性の声が聞こえた。
――あれ?
と玲子は感じた。
先ほどの窓から見た、まるで恋人のような雰囲気の二人ではないような気がした。二人はどちらかというと、他人行儀な会話で、応接室の方から胸の鼓動が聞こえてきた。
――これは教授の胸の鼓動だわ――
何度となく、肌を合わせた教授の胸の鼓動は、玲子には分かるつもりだった。
だが、この時の教授の胸の鼓動は、女性を目の前にして、淫靡な状況を想像しての胸の高鳴りとは若干違っていた。
どこか覚えのようなものがあるように感じたのだが、その怯えがどこから来るものなのかまったく分からない。
――どういうことなのかしら?
と玲子は思って、少し向こうの部屋に忍び足で近づいていき、二人を垣間見た。
教授は自分に向かって背中を向けて座っている。
相手の女がこちらを向いているので、どんな女なのか、顔を見ることができた。その女性は化粧のうまい、学生とは思えない落ち着いた雰囲気を醸し出した女性であり、まるで、バーかキャバレーでホステスをしているような雰囲気だった。
まだ空調が効いていなかったので、彼女の化粧の匂いが強烈に鼻腔をついた。
――何なの、この臭いは?
と、鼻の感覚がなくなってしまうのではないかと思うほどのきつい臭いに、玲子は驚愕とともに、吐き気スラ覚えていた。
彼女はそんな玲子の存在に気付いていないかのように、教授を真剣な目つきで見つめている。
教授は向こうを向いているが、明らかに貧乏ゆすりをしていて、その場にいるだけで呼吸困難を引き起こしているのが分かるくらいだった。
本当であれば、この場から逃げ出したいような衝動に駆られているのだろうが、それを玲子は計り知ることができなかった。
ただ、何か様子がおかしいことは分かっていたのだが、目の前に鎮座しているこの女性の真剣な目つきに圧倒されていたというのが本音であろう。
次第に部屋の明かりにも目が慣れてきて、その女性がテーブルの上に、何か一枚の紙を置いているのが分かった。
「何だ、これは?」
と教授が、聞いた。
「見て分からないの? 婚姻届けよ」
と女は言った。
婚姻届けくらい、見ただけですぐに分かるのは当たり前のことなので、教授が言った、
「何だ、これは」
というのは、婚姻届けそのものに対してのことではなく、どうしてそこに婚姻届けがあるのかということを聞いたのだろう。
つまり、教授はこんなところで、婚姻届けが出てくるということを想像していなかったということになる。
だが、その割に、落ち着こうとしている教授の素振りを見ていると、最初からまったく想像していなかったという考えはおかしな気がした。
想像していたから、婚姻届けを見た時に、さほどの驚愕もなく、ただ、気持ちを落ち着かせようという意識が働いているとしか思えなかったのだ。
――私って、こんなにも知らない女性とのシチュエーションについて、想像できるなんて思ってもみなかったわ――
と感じていた。
それは相手が教授だったからなのか、それとも、自分の中に嫉妬のような恨みの気持ちが湧きかえっているからなのか分からないが、少なくとも、その状況を自分なりに理解しようと必死だったことは間違いないだろう。
――それにしても、いきなり婚姻届けを机の上に取り出して、教授に何かを迫っているホステスのようなこのケバい女、一体どこの誰なんだろう?
と玲子は考えていた。
「そんなものは仕舞いなさい。ここをどこだと思っているんだ」
と教授は一喝するかのように言ったが、女性は送すことなく、
「あら? あなたがここに連れてきたんじゃないの。自分のマンションでは困ることでもあるのかしら?」
という。
「何をいうんだ、そんなことはない。君こそ、ちょっと仲良くなったくらいでいきなり結婚を迫ってくるとはどういうことなんだ? わざとらしくこんなものまで用意して」
と言って、まるで汚らわしいとばかりに、近任届の紙を彼女につき返した。
「何するのよ。あなたがそこに署名して捺印してさえくれれば私はこれを役所に持っていくだけだわ」
という女に対して、
「別に私はお金を持っているわけでも、著名な学者というわけでもない。そんな私に結婚を迫っても、君には何ら特になることがないんだよ、それを分かっていてこんなことをしているのかね?」
「ええ、そうよ、あなたは私がまるで金の亡者だと思っているのかしら? 失礼しちゃうわ」
と言って、彼女は憤慨している。
だからと言って、それほど怒っているように思えないのはどうしてだろう? 教授の方が完全にテンパって見えるのだが、普段の教授からは考えられない様子だった。
今の状況で判断できることと言えば、立場が完全に彼女の方が上だということだ。主導権を彼女に握られたまま、どうすることもできない教授は、果たしてどうするというのだろう。
確かに玲子の知っている教授は、自分でも言っている通り、お金をたくさん持っているわけでもない。ホステスごときが一生の相手として結婚相手に選ぶとすれば、金銭的にはあまりにも寂しいと言ってもいいかも知れない。
かといって、教授としても別にその分野で有名というわけでもなく、普通の大学教授というところである。
ビジュアル的にオンナにモテるというわけでもなく、教授という肩書がなければ、ただのしがない親父である。独身なので、年齢よりも若く見えるというくらいで、これと言ってモテる要素があるわけでもなかった。
――教授が言っている、仲良くなったというのはどの程度なのであろう?
自分も教授と肉体関係はあるが、結婚を考えるほどのものではない。
逆に考えると彼女の方が真面目に教授とのことを考えているのだとすれば、自分に彼女を誹謗することはできない。しかし、結婚を迫ってくる彼女に対して教授は、少しでも彼女との結婚について考えた様子は見受けられない。最初から何かを企んで自分に近づいたのだとしか思っていないようだ。
では、何がそんなに彼女を教授に近づけたというのだろう。海千山千のホステスに、何ら得にならない結婚を考えるはずもない。
結婚といえば、一生ものである。それなのに、どうしてそんなに結婚にこだわるというのか、その様子はまるで、
「誰でもいいから、早く結婚してしまいたい」
と感じることであって、それは何かの既成事実として成立すればいいだけのことのように思えた。
その後ろに何かの組織があるのだとすれば、教授はどうすればいいというのだろう?
玲子はいろいろ考えてしまい、彼女の表情を垣間見ようと、少し身体を表に出すようにして部屋を覗き込んだ。
すると、その女性とバッタリ目が合ってしまった。
――しまった――
と思って、目を逸らしたが、すでに後の祭りである。
彼女と目と目が合った時、彼女は確信的な表情をしていた。
――ひょっとして、私がいることを知っていたのでは?
と感じたほどだったが、彼女の顔が瞼の裏に残像として残ったその顔は、実に恐ろしい表情だった、
不気味に感じたのは、その顔が日本人離れしていたからだ、東南アジアかどこかからやってきた外人でなのだろうと思った。
それを見た時、玲子はピンときた。
――そうか、就労ビザが切れたのか何かで不法滞在していることで、日本人と結婚して、不法滞在ではないようにしようという企みがあるのかも知れない――
と気が付いた。
教授はそれに利用されただけなのだろう。
世の中には、お金でそういうことを請け負っている組織も昔からあるという。結婚してすぐに離婚してしまえば、それだけのことであり、教授にもお金が入ってくるということであろう。それを教授は土壇場で拒んだということではないだろうか。
そこまで想像できると、今までのことがまるで見てきたことのように感じられる。リアルさは別にして、辻褄が合っているように思うのは、それだけ頭が回転しているからなのかも知れない。
教授は、闇のサイトを研究するという趣味があった。その趣味は、誰にも知られていないもので、自分の研究とは実際には何の関係もない。しかし、元々こういう闇サイトを見るようになったのは、自分の研究の中で闇で売買されている学説がないかなどという根拠のない猜疑心から生まれたものだったが、闇サイトを見ているうちに、自分のことを誰かがディスっているのではないかという思いに駆られた。明らかに猜疑心の強さがもたらしたものだが、実際には、それほど名前が売れているわけでもないというのが不幸中の幸いだった。
そのうちに、そんな変なサイトに顔を出していると、ここの学生、しかも女の子がキャバクラでアルバイトをしているという情報が書かれていた。誰なのかまでは当然分からないようにしてあったが、大学名のイニシャルと、地域の限定によって、大体のことは分かるというものだ。
教授はそのサイトに吸い寄せられるように、思わずそのお店に行った。源氏名は分かっているので、その子を指名してみたが、相手は一瞬ビックリして後ずさりしかかったというが、教授の方の顔色が変わらなかったことで、教授が気付いていないということが分かったのだろう。
一通りのサービスを受けて、教授は満足して帰途についたが、教授はもう一度足を運ぼうという気にはならなかった、自分は見覚えのない子ではあったが、相手が自分のことを知っていると思うと、何かがあった時、どちらが不利なのかは一目瞭然だからである。
二度と行かないと思っていると、今度は彼女の方が、教授のところにやってきたのだ、
「教授……」
扉をノックする音がしたので、
「どうぞ」
と声をかけると、そう言いながら、扉の向こうには、恐縮するかのように、彼女が立ち竦んでいた。
教授は声も出なかったが、
「とりあえず、中に入りなさい」
と言って、応接セットに座らせた。
「どうしたんだい?」
と聞くと、
「この間は、どうも失礼しました」
と明らかにサービスのことを言っているのは分かっていたが、失礼しましたというのはどういうことだろう?
へりくだるにもこれでは、当てつけに思えてきて、教授は身構えてしまった。
「いや、いいんだ」
とまでは言ったが、それ以上の言葉が出てこない。
「私、教授の狭義を選択しているんですが、卒業には、教授の単位が必要なんです。でも、お店のお仕事があるので、教授の単位取得が難しくなっているんです」
と言った。
「何が言いたいのかな?」
教授も分かっていて聞いた。
「私に単位の取得を約束してほしいんです」
「そんな確約はできないが」
というと、
「そうですか。教授はそれでいいんですね?」
「私を脅迫するつもりかね?」
と言いながら完全に教授の目は泳いでいた。
こういう駆け引きに関しては、若くても彼女の方が何枚も上手であった。ここまでくればあとはズルズル、敢えてここでいちいち説明することもあるまい。
だが、彼女の目的は本当は他にあった。この教授の性格を把握させることで、いくらでも絞り取れるというのが、彼女の裏にいる連中の腹積もりだった。
実際に、後ろにいるのは暴力団でも何でもない学生グループだったのだが、彼らのやり口は、大学教授への狙い撃ちだった。佐藤教授だけが狙われているわけではなく、誰もがターゲットにされているのは自分だけだと思い込まされたところが彼らのやり口だった。しょせん大学生の考えること、お金が絡むとはいえ、そう大したものではない。
そんな中に、法律の穴を抜けるために利用する権利の売買などがあった。車庫証明を貰うための駐車場の場所としての権利を売買するのはまだかわいい方で、今回のように、外人の不法就労のための切れたビザを何とかするための偽装結婚などは、結構扱っていた。
よくこんなことをして、その筋の人たちからクレームがこないのか不思議であったが、教授はそんな学生連中に引っかかったようだ。
元々は教授がネットに書かれている記事を軽い気持ちで見たことが原因だったのだが、そのために教授は結婚を迫られているのだった。
もちろん、そんなことが簡単に通るはずもない。この女がいくら教授を脅迫したとしても、自分の立場が悪くなるだけだ。
実際に、教授はこの女が自分から出てきたことで、自分が安泰であることが分かったようだ。
――あの連中の結束なんて、しょせんこんなものなんだ――
と思ったのだろう。
女に対して毅然とした態度を取っていた。そして最後に、
「お前たちのバックにいる連中がこのことを知ったらどうなるんだろうな。お前だって、自分から表に出るなと言われているんじゃないか?」
というと、相手の女はぐうの音も出ないという感じで、言い返すことができなくなった。
完全に形勢逆転だった。
女は教授室から逃げるように出ていくのを、
「じゃあ、これは破棄させてもらう」
と言って、教授はオンナの目の前に婚姻届けを翳し、ライターを取り出すと、火をつけた。
テーブルの上にある灰皿に婚姻届けが焼却されていく。それを見ながら女は恨めしそうに教授の顔を睨むと、教授の方もしてやったりとばかりに女を睨み返すと、踵を返して逃げていく女に対して、胸を張り、いかにも、
「勝者の凱歌」
でも、歌い始めそうな感じであった。
玲子はそんな状況を見て、自分のSん強がどんどん変わってくるのを感じた。
最初は、
「大事にならなくてよかった」
と思った。
そして次には、
「こんな教授の顔を見たくはなかった」
と感じた。
その次に感じたのは、一種の矛盾だった。
「何かがおかしい」
と感じたのだ。
何がおかしいのかと思った時、自分がタバコを吸わないのですぐにピンとこなかっただけだが、もしタバコを吸う人であればすぐにピンと来たのかも知れない。それは、
「テーブルの上に灰皿が置いてあった」
ということである。
今では、室内での喫煙は原則禁止になっている。したがって、研究室の応接室の机の上に、灰皿が置いてあるというのは、普通であればありえないことであった。それを思った時、
「これは夢なんじゃないか?」
と感じたのだ。
そう思うと、実際に夢であったということが一気に露呈するかのように、自分の部屋で普通に目を覚ました玲子がいたのだ。
「どこからが夢だったのかしら?」
と思ったが、夢のすべてがまったくのウソだったような気はしない。
外人の怪しい女の出現は夢だったのだろうと思ってはいるが、すべてがウソではなかったという理屈の根拠は、玲子の中にある、教授への怒りが原因だった。
とにかく怪しい女だった。最初は気付かなかったが、ケバイ化粧に騙されそうになったが、外人の女というだけで、十分に怪しいではないか。特に、外人を毛嫌いしている玲子にとって、どうしてよりよって、外人の怪しい女の夢を見なければいけなかったのか。そして教授の態度が、最初はそんな女にヘコヘコしているように見えたのが、玲子には許せない理由だった。
夢から目を覚ました玲子は、外人というものを改めて毛嫌いすることをいまさらながらに感じさせられたことと、そんな外人を相手にへりくだった様子の教授を見てしまったことが玲子にそれまでの教授に対しての意識を変えざる負えない感覚に襲われてしまっていたのだ。
布団の中で目を覚ました時、真っ暗だったことで、それが夢だったとすぐに感じたのだが、その感覚が夢の中で味わったことであることに、少ししてから気が付いた。
どうして気付いたのかというと、自分の部屋の空気がいつもに比べて生暖かく、湿気を帯びていたからだ。湿気の中で額から汗が滲み出てくるのを感じると、
「そうだ、あの時、教授の部屋で教授と怪しい女が入ってくるのを息をひそめて待っているあの時の官学ではなかったか」
と思った。
そう思って、女の顔を思い出そうとするが、その顔を思い出すことができなかった。なぜ思い出すことができなかったのかと考えた時、すぐに浮かんできた思いは、自分でも認めたくないものだった。それは、夢の中に出ていた女の顔が、自分だったというオチになったからだ。
これだけは許せなかった。
夢を見て、その夢の中に自分が出てくるというシチュエーションは今までにも何度となくあった。むしろそれが普通だと思えるほどだったのに、今回のこの情景は、明らかにそうではなかったということが言えるのだ。
「なんで、毛嫌いしている外人の女の顔が自分とダブらなければいけないのか?」
それが自分で自分を許せない理由であり、これ以上でもこれ以下でもなかった。
教授を許せないのも、そこにあった。
いくら夢とはいえ、教授は自分をその腕に抱きながら、外人女とそれを取り巻く学生ごとき団体にまんまと嵌められて、もう少しで結婚させられるところまで行っていたではないか。
しょせん、相手の女が外人だったことで、意志の疎通がうまく行っていないことで事なきを得た教授だったが、
「しょせん、教授も同じ穴のムジナ」
と考えたところが玲子の怒りに繋がった。
だからと言って、自分が裏サイトを見て、教授に制裁を咥えようなどという考えは、本末転倒に思える。
元々は教授が裏サイトを見たことから始まったはずだったのに、自分もそこに嵌ってしまうというのは愚の骨頂ではないか。
しかし、これによがしに、いくら偶然とはいえ、喫茶店で裏サイトの話をしている連中に出くわすというのは、いかがなものか。
――まさかとは思うが、あの連中が教授を嵌めたともいえなくもない――
と思えた。
教授がどうして、そんなに簡単にキャバクラなんかに赴いたのか、普段の教授を見ていれば、そんなことなどありえないはずなのに、教授はある時突然に、
「もう一人の自分」
が顔を出すのではあるまいか。
そのもう一人の自分は、普段の自分が極端な表の部分で、もう一人は正反対の裏の部分で、こちらも極端な性格と言えるのであり、まるで、
「ジキル博士とハイド氏」
のようではないか。
ただ、ジキルとハイドの性格は分かっても、いつもジキルが表で、裏がハイドだと決まっているわけではない。時々ハイドが表に顔を出すことで、ジキルも表にいて、自分が表に出ることのできないジレンマに襲われていることだろう。
本当は表に自分も顔を出してもいいはずなのに、顔を出すことができない。それは、
「ハイド氏というものがあくまでも裏の性格であり、ハイドが表に出てきている間のジキルは、裏でじっとしているものだ」
という考えをまわりの人に認識させたいという気持ちがあるのだろう。
そうでなければまったく正反対の性格である、
「ジキル博士とハイド氏」
という物語は成立しないのだ。
これも思い込みからなのだろうが、夢を見ているから思い込みを感じるに違いない。
「夢というのは、同じ夢を二度と見ることはできないものだし、続きも一度目が覚めてしまうと見ることができない」
とずっと思っていたが、果たしてそうだろうか?
起きている時に感じる、デジャブ現象のようなものを夢の中でも感じることがあるのではないか。
夢の中の方がその思いは結構強く、夢に対してかなり強い制限や縛りがあればあるほど、夢を具現化しようと試みる自分がいるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます