第4話 自責の念
「わあ!何年ぶりだろう?懐かしいなあ」
ショッピングモール入口の自動ドアを抜けると、一夏は感嘆の声を漏らした。
「昔はよく来てたのか?」
「小学生ぐらいの時ね。でもやっぱり、久しぶりに来るとお店も随分変わっちゃってるね」
確かにこのショッピングモールができてから数回、店の契約期間が過ぎたとかそういうのでテナントが入れ替わった店も多くある。実際、俺が気に入っていた店も数年前に三店舗ほど閉店してしまっている。
「メロンパフェのお店、まだあるかな?」
メロン……。これは多分高いな。もしかして育ちのいいお嬢様なのか?と内心思ったが、小さい時から美味いものを食わせてやりたいという単なる親心だった可能性もなくはない。俺は僅かに漏れそうになった嫉妬心をぐっと飲み込んだ。事ある毎に自分と他人を比べてそれぞれの幸せを天秤にかける癖は昔からで、もはや習性のようなものなのでどう足掻いても治らない。
このショッピングモールは、一階にはフードコート、七階にはインド料理やらラーメン屋やら、様々なジャンルの食べ物屋がずらりと店舗を構えている。七階は一階フードコートと比べて少々値が張る店が多い印象だ。どうやら一夏が言っているメロンパフェの店は七階らしい。
一夏が急に、「健康の為に七階まで階段で行こう」などと突飛なことを言い出したので、俺は必死で一夏を引きずってエレベーターに乗り込むと、素早く「閉」のボタンを押した。俺の住んでいるボロいアパートの二階までの短い階段でさえも息が上がってひぃひぃ言っているというのに、七階まで階段を上って行くなんてことをしたら間違いなく俺は途中で死ぬだろう。大体なぜ一夏はあんなに元気なんだ。……いや、俺の体力がただ単に老人以下なだけなのだろうか。
エレベーター内に流れる無機質なアナウンスと共に七階へ到着した。降りて数歩進んだだけで色んな料理の匂いが鼻先をかすめ、今までは何ともなかったはずが急に空腹感に襲われた。
「ええと確かこっちに……。あったあった!」
一夏が指さす方を見やると、やけにまあるい書体で
店内はたくさんの家族連れや若者達でわいわいとしていた。楽しそうとか嬉しそうとか賑やかとか、そういう陽の雰囲気が心底苦手なので、俺はそそくさと逃げるようにして一番奥の小さなテーブルへ向かった。
よく使い古されたメニュー表をテーブルに広げると、ちょうど真ん中辺りにメロンパフェの写真が載っていた。マスクメロンパフェ、二九八○円。……思っていたより高い。一夏にバレないようにこっそりとテーブルの下で財布の中身を確認すると、残高はざっと数えて四二○○円。なかなかきつい状況だったが、一夏に悟られないように俺は歪みかけた表情を一旦リセットした。
「これこれ。懐かしい〜。頼んでもいい?」
そんな風に言われて断る男がどこにいるんだ。もちろん俺は「いいよ」と余裕の表情で答えて、自分はというと五四○円のホットサンドセットを頼んだ。ぎりぎりモーニングの時間だった。
朝からイレギュラーなことが起こりすぎて無意識に神経を尖らせていたのか、席に着いて注文を済ませた途端、自分でも気づいていなかった緊張が一気に解けた。ワインレッドのレザー製の背もたれにだらしなくもたれかかって、俺は一度だけ大きく深呼吸をした。新鮮な酸素が脳を巡って少しだけ頭が冴える。
──そうだ。さっきからどこか当たり前のように一夏と過ごしているが、冷静に考えてみればおかしな話だ。本当なら俺は今日も面白みなんてものは一つもないいつも通りの日常を惰性で過ごすはずだった。そして一日が終わる頃、代わり映えのないワンルームでたった独り、薄いカーテンの隙間から射す夕日に炙り出されたホコリを眺めながら己の人生をただひたすらに悔やむはずだった。
だがどうだ。そんな惰性を切り崩すように一夏が現れた。駅のホームに身を投げようとしていた彼女。そして俺は残酷なことに彼女を救ってしまった。いや、救ったのではない。無理やりこの世に留めてしまったのだ。本人の意思をまるっきり無視して、己の内側に湧きでたほんの少しばかりの興味と偽善のためだけに一人の少女の決意を無駄にした。決して許されることではない。でも、どうしてか、目の前の彼女は今俺の前で笑っている。死ぬよりも辛い現実に引き戻されたというのになぜ笑っているのだろう。彼女の屈託のない笑顔が俺の胸をじわじわと締めつけた。
──こんな行き場のない後悔に苛まれるならば、いっそのこと恨まれた方が楽だと、逃げとも取れるようなことを心のどこかで感じてしまった。
遮断機の向こう側は雨 阿久津 幻斎 @AKT_gensai
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