第3話 贈り物
「ていうかお前……じゃなくて、一夏。その腕やっぱ目立つな」
階段を下りて駅からショッピングモールへ向かう途中、タオルでぐるぐる巻きにした一夏の腕がどうしても気になった俺は、途中にある古着屋で一夏の服を買うことにした。幸い、タオルの表面まで血が滲んでくることはないようだったが、雨で服も濡れているし流石にこのままの姿で歩かせるわけにはいかない。
駅周辺はそれほど都会というわけでもないが、田舎と呼ぶほどでもない。必要最低限のものは大抵揃う不便のない場所だ。目的の古着屋にもすぐに到着した。
カラフルなステンドグラスがはめ込まれた洒落た木製ドアを手前に引くと、愛想がいいとは言えない店主が手元のタブレットに視線を落としたまま、「らっしゃい」と奥のレジで低く呟いた。俺はアパレル業界のやたら話しかけてくる愛想のいい店員が苦手なので、これぐらいぶっきらぼうな方が俺にとっては好都合だった。長時間何を買おうか悩んでいても声をかけてくることはないので、ここにはよく通っている。それに、じっくり探せば新品同様に綺麗な状態の安い服が手に入るときがあるのだ。
「なんでも好きなの選んでくれ。そんなに高いのは買えないけど」
高いといっても大体三千円以下で買えるものがほとんどなのだが、何せアルバイトで必死に食い繋いでいるのであまり金銭的な余裕はない。
あれこれ手に取って楽しそうに服を選ぶ一夏を見ていると、本当に死にたいと思っていたのか疑ってしまうぐらい、どこにでもいる普通の女の子のように見えた。
「ねえ。このブラウスとこのTシャツ、どっちがいいかな?」
淡い黄色の袖口がふんわりとしたブラウスと、胸元に小さな兎の刺繍が施された白いTシャツを鏡の前で交互に合わせていた一夏は、俺に意見を求めてきた。正直言ってファッションには無頓着すぎていつもジャージばっかり着ている俺には、どっちがお洒落かとか似合っているかとかよく分からなかった。
適当にはぐらかそうかと思ったが、子供のように目をきらきらさせて俺の意見を待っている姿を見るとそうもいかなくなってしまった。
「そっちの、黄色い方」
特にこれといって理由はないがなんとなく、じめじめした季節には黄色い服がぱっとしていいかなと思ったのだ。
「じゃあこれにする!」
話すことができるようになってきた赤ん坊かと思うくらい無邪気に笑って見せた顔が、あまりにも明るくて俺には眩しかった。
「ズボンも買えよ。……あんま分かんねえけど、これとか、いいんじゃない」
ただ服を選び終わるのを立って待っているのもなんだか急かしているようで居心地が悪かったので、ふと目にとまった白い細身のスラックスを勧めてみた。
「へえ。祥平ってセンスいいね」
「……別に」
意外だね、と言いたげな顔でお世辞なのか本音なのか曖昧な褒め言葉を俺にプレゼントしてくれた一夏は、気に入った様子でスラックスを手に取る。
そのままレジで会計を済ませて、試着室で着替えていってもいいか、と店主に尋ねたところ快くオーケーしてもらえたので、一夏は新しい服を持って試着室に入った。
しばらく経ってから、試着室のカーテンが勢いよく開かれた。
「じゃーん!どう?似合ってる?」
ゆっくりと一回転してお披露目をすると、ぴょん、と軽快に試着室から出てきた。一夏がもともと履いていた白いサンダルのヒールの音が小気味よく響く。
「いいんじゃない。……似合ってる」
面と向かって人を褒めた経験なんてほとんどなかったので、小っ恥ずかしくなって奥歯の辺りがむずむずした。
「すごく気に入った。ありがとうね、祥平」
これまた面と向かって人から感謝をされたことなんてほとんどなかった俺は、ますます恥ずかしくなって、一夏が手にしていた紫陽花色のワンピースを強引に奪うと、今貰ったビニール袋に入れてトートバッグにしまった。
「早く行くぞ」
俺は足早に店の扉へ向かった。
「ありがとさん」
店主が右手をひょい、と挙げて俺達に会釈した。俺一人で来る時は大抵無言なのだが、今日は一夏もいるからかほんの少し愛想がよかった。
店を出た瞬間、一夏が俺の横をスキップで通りすぎたかと思えば、少し進んだところで立ち止まり振り返って、俺に向かって手招きをした。
「早く行こ!祥平!」
さっきまで曇っていたはずの空には、いつの間にか晴れ間がさしていて、雲と雲の隙間から洩れた太陽の光が一夏の頬を染めていた。
なぜ一夏は死にたいと思ったのだろうか。俺が一夏の腕を掴んで引き止めたあの瞬間、すごく辛そうな目をしていた。今は平気そうに振舞っているが、本当は心のどこかで虚しさを感じているに違いない。
別に、人の痛みが分かるフリをしたいわけではない。でも、一夏が抱える痛みを俺は少しだけ理解できるような気がした。
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