第2話 放送室での怪事件
この「モスキート音」の話は、飲み会の中で、ちょっとした話題のつなぎ程度に話されたものだったので、それをずっと覚えている人もいなかったし、この話に興味を持って、後でこの言葉を調べてみようという人もいなかっただろうと教授は思った。
教授自身もただのつなぎだという意識もあり、しかも、その話が、聞き違いは自分だけではなかったという想像していた異常な盛り上がりを見せたことで安心して、それ以上、自分でも調べるようなことはしなかった。
歴史サークルでラジオ配信を始めてから数か月が経っていた。リスナーがどれほどいて、反響があるのかということも、今まではメール程度でしか分からなかったが、サークル内にパソコンに詳しい人がいて、その人がホームページを作ってくれたので、その反響がそろそろ出始めようとしていた。
もちろん、プロのような高度なプログラミング知識があるわけではないので、ボルグやツイッターのような機能は、既存のサイトとリンクすることで、それなりのものを用意することができるようになった。
部員の研究であったり、活動内容など、ネットでホームページに上げることで、これも一種の情報発信になった。
ネットというオンライン上のものと、ラジオというアナログな情報発信とが、相乗謳歌となったのか、結構人気のようであった、
SNSなどには、ホームページを見ている人だけではなく、ラジオのリスナーの人も意見や感想を載せてくれるようになり、実にありがたいことであった。
ラジオ放送は、基本的に部員が毎回抗体でDJを務めている。スタッフは決まっているので、それ以外の部員が交替で勤めるので、実際には八人で回すことになった。
しかも、男女の比率がちょうどいいので、下手にペアを変える必要もないということで、最初に組んだ相手といつも一緒というのが、今では当たり前のことになっていた。
もし、誰か一人がちょうど自分の当番の時、体調を崩したり、どうしても抜けられない用事のためにこられない時は、毎回誰かは八人のうちの一人は見学に来ているので、ピンチヒッターをお願いしているので、放送に支障をきたすことはなかった。
ただ、そのうちに、その状況を逆手にとって、別に用事があるわけではないのに、来ないというやつも出てくることになったが、それも一度、会議をしたことで、その人の考えを改めさせることに成功したのか、それ以降、ズル休みはなくなっていた。
そんな状態の中でラジオ放送もうまく軌道に乗ってきたのだが、そのうちに新しい現象も生まれてきた。
これを悪いことだと思う人はいないだろうが、何か一抹の不安のようなものを覚えた人はいたかも知れない。DJを交替で回すことで同じ人とずっとペアになるというのは、毎回同じ男女ということである。
放送をうまく回すには呼吸を合わせなければいけないというのは、誰もが考えることであり、そのため感情的なところで思わぬ効果をもたらすこともあっただろう。そういう意味で、同じペア同士の人同士が付き合うようになったという話は、聞いたことがあった。
「別に俺たちがアイドルってわけでもないので、お互いにそれでいいのなら、別に問題視することはないんじゃないか」
という意見が主流だった。
問題視した人も、
「ああ、ちょっと考えすぎだったかな?」
とは言ったが、本当に気にしすぎで済むことだったのかどうか、よく分かっていなかった。
だが、その人も、
「まあ、歴史サークルという大学でのことなので、そんなに大げさなことはないだろう」
という思いがあった。
これが社会人で、ずっと付き合っていかなければならないまわりの人たちではなく、後一年とちょっとで、皆離れ離れになる人たちではないか。それに途中で就職活動などもあるだろうから、そうなると、歴サークルの活動どころではなくなり、その時は後輩に後を託すということになるのを分かっていた。
その人は大学時代を社会人になるまでの一定の期間という意識が強かったので、あまり深くは考えなかったのだろう。
だが、大学に意気込んで入学してきた人も三年生も押し詰まってくると、嫌でも就職活動、そして卒業と見たくないと思っても見えてくるもので、そのため、意識していなかったことを意識せざるおえなくなる。
中にはこの三年間というものを、あまり大学生として真面目に勉強してこなかった人間には急激な焦りが走っていた。衝撃だと言ってもいいだろう。
成績は大してよくもなく、何か目立つようなことをしたわけではない。就職活動で、
「歴史サークルで、ラジオ配信をしていました」
と言ったところで、製作やスタッフとして携わっていたのであれば、少しは違うかも知れないが、DJというだけではいかばかりなものか。
もちろん、営業職であれば、そういう言葉を使っての活動に興味を持ってくれる面接官もいるかも知れないが、どこまで興味を持ってくれるかということもよく分からない。
社会人になるまでの間、自分がどれだけの技量を持っていなければいけないのかということを考えると焦らないわけにもいかないのだった。
その思いは一人だけではなく、数名が持っていた。
中には、大学生として十分な生活をしてきたと思える人もいるので、底辺だと自分を見ている人には、追いつける気はしなかった。そうなると、自分独自の考えで、いかに少しでも上を目指せるかしかないだろう。
サークル活動に身が入らない人もいれば、逆にサークル活動に活路を見出そうとする人もいて、両極端であった。
そんな中で、一人の部員が、どうの鬱状態に陥りかけていることを、すぐに理解できた人がそれほどいたであろうか?
どちらかというと、あまり目立つタイプではなく、自分は、
「いつも隅の方にいるだけでいいんだ」
と思っていた。
それが福間恵三だったのだが、福間は自分がいつから鬱状態になったのか、自分でもよく分からなかった。鬱状態になった理由もよく分からず、気が付いたら、孤立していたのだった。
そんな曖昧な精神状態の中で、どうして自分が鬱状態だということに気付いたのかというと、それは、鬱状態に陥ったという夢を見たからである。
その夢の中には、自分が出てきた。
出てきた自分が、誰かに話しかけているのだが、誰に話をしようとしているのか、よく分からなかった。
その相手というのは、明らかにこちらを意識していない。見えていないのだ。
そう思った時、ふとそれが夢だと感じた。
「そうか、これは夢なんだ」
と思うと、先ほどまで自分が話しかけようとしている相手が誰だか分かった。
それを見ると、福間は驚愕した。
「あれは自分ではないか。自分が自分に話しかけようとしている。しかも話しかけられた相手は、話しかけてくる自分の存在にすら気付いていない」
それは当たり前のことであり、もう一人の自分の存在を信じろという方が無理であり、自分で自分に話しかけている方が、
「どうして疑問に感じないのか?」
と思うほどである。
夢の中というのは、そういう曖昧な世界であり、現実世界ではたくさんある縛りのない世界に思える。
しかし常々福間は、
「夢というのは、潜在意識が見せるものなんだから、自分でできると思っていることがすべてであり、いくら夢の中とはいえ、できないと思っていることをすることは不可能なんだ」
と言っていた。
つまりは、
「いくら夢と言っても、現実世界が見る夢なんだから、限界があるのは当然というものではないだろうか」
と思っていた。
福間恵三は、大学時代を後悔していたわけではない、自分なりにしっかり勉強し、身に着けられるだけの知識も身に着けたと思っている。
もちろん、上を望めばいくらでも上がいるのだろうが、そんなことに何の意味があるというのか、福間恵三も分かっている。
大学時代に教授の背中ばかりを追いかけていたような気がした。好きになった女性もいなくはないが、付き合うということはなかった。しかし、細菌、梅崎綾乃から、
「福間君は、誰か好きな人いるの?」
と聞かれた。
綾乃とはDJを一緒にやっている関係で、他の部員たちとは少し違った目で見ていたことは確かだが、福間の方では、さほど意識はしていなかった。
ただ、今まで好きになったことがなかったわけではないと言ったが、その相手が実は綾乃だったというのを自覚はしていたので、綾乃からのこの質問には、聞いた瞬間、ドキッとしてしまったことはいうまでもないだろう。
「いや、いないよ」
と答えた時の綾乃の無邪気な表情、
「あら、そう。だったら私立候補しちゃおうかな?」
といういつもの天真爛漫さに輪をかけた楽しそうあ表情に、福間は天使を見たような気がした。
そして、悩んでいる自分がいささか救われたような気がしてきた。
「俺は一人じゃないんだ」
という思いが頭にあった。
元々、一人が嫌というわけではなく、逆に人と一緒の時の方が煩わしいとすら思っていたのだから、、そういう考えになった自分を不思議に感じたくらいだった。
立候補してくれるのが嬉しくて。すぐに返事をしなかったが、
「私じゃあ嫌?」
と言われると、
「そんなことはないよ」
と必死に否定する。
それを聞いて、
「よかった」
という綾乃は本当に可愛く見えた。
二人は付き合っていたのだと思う。まわりの人はあまり意識していないように見えたが、その様子は分かる人には分かるというもので、意識していないのは、逆に分かっているからだったのだろう。
下手に弄っていい相手と悪い相手くらいなら、普通に分かる。この二人の場合は、神経質な福間と、天真爛漫で楽天的な綾乃との付き合いということで、
「極端に違う性格でも、実はうまくいく」
という事例をあたかも記しているかのようである。
そんな相手を下手に刺激すると、せっかくの二人の間に保たれている均衡が崩れ、バランスを失ってしあうことで、綻びが生まれるのではないかと思う。そう思うとさすがに誰も二人をいじることはないのだが、綾乃の方とすれば、
「本当は、もう少し弄ってくれてもいいのにな」
とくらいには思っていたかも知れない。
そんな二人だったが、お互いに好きだという気持ちはあるのだろうが、相手にハッキリとその言葉を発したことはない。それぞれに、
「言わなくても分かっている」
という思いに駆られていたのだが、本当は口にしなければ安心できないということを分かっていただろう。
それなにに気付かないふりをしているのか、どこまで我慢が続くのかというところであるが、やはり我慢というところでは、福間の方が早く切れたようだ。
一見、女性の方が早く我慢の限界に達するものと思われがちだが、福間のように、神経質で、完璧なものを求めようとする人間は、なるべくなら中途半端でグレーな部分は自分のまわりに作りたくないと思っている。
その思いはほとんどの人がそうなのだろうが、神経質な人には特に強く感じられることであろう。
綾乃は、別に好きだという言葉を言われなくても平気なようだった。それが逆に福間を不安にさせる。
「彼女の方から俺にモーションを掛けてきたんだから、好きだという気持ちに間違いはないはずだ。それなのに、どうして言葉にすることをしないだ?」
確かに、最初に言い寄ってきた彼女は、別に臆面もなく、彼女に立候補するなどという大胆なことが言えたのに、どうして好きだという言葉がいえないのか、疑問に感じるのも無理はない。
だが、それは、彼女が告白のつもりで言った言葉で、
「決めなければいけない決めどころは、ちゃんと分かっている」
ということなのであろう。
告白するということは、
「決めどころを分かっていて、そこを決めた」
ということであり、成功するに越したことはないが、もし成功しなくとも、本当は悲しむことではない。
自分にできたという達成感も少なからず自分の中にあり、告白せずに結局心変わりするよりも、告白して玉砕してしまう方がいいと考える人もいるだろう。
決して玉砕がいいと言っているわけではなく、その人の心の中の決めどころを自分で理解しているかということに掛かってくると言えるだろう。
付き合い始めてから、どうしてもぎこちなさの消えない福間は、ある意味、デートの時もガチガチだった。何を話したのか、五分前のことすら覚えていないほどの緊張に、
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
と、声を掛けたくなるくらいの綾乃は、苦笑いするしかなかった。
普段であれば、そんな苦笑いも気にしない福間だったが、どうかすると急に被害妄想的な気分になり、その苦笑いが、軽蔑の笑いに見えてしまい、いつもと同じ表情をしているはずの綾乃が、急に別人になってしまったかのように思えてくるのだった。
そんな綾乃の態度に福間は少しずつ疑心暗鬼を感じるようになっていった。もちろん、その思いは綾乃にだけ向けられているのではなく、まわりすべてに感じられることだった。最初は綾乃を見ていて始まった感覚だったはずなのに、元々がどこから発するようになったのか、自分でもよく分からなくなっていった。そう思っているうちに、自然と自分のことを、
「鬱病ではないか?」
と感じるようになった。
神経質なだけに、一度考えてしまうと、その思いはどんどん深くなっていって、まるでアリ地獄のようだった。
その思いを今一度感じさせたのが、またしても夢だった。
「前にも見たことがあるような気がする」
と感じたその夢。それはまさしく以前にも見た。
「自分で自分に話しかけようとして、相手がまったくこちらを意識していないという光景を見ているという夢」
であった。
考えてみれば、この夢は当たり前のことであった。
自分が話しかけようとしている相手は、この世に存在しないはずのもう一人の自分。なぜそこにいるのかは分からないが、存在しないはずの人間に話しかけても何も返ってこないのは当たり前だ。
その当たり前にことを今一度自分で納得するために、そんな夢を見たのではないかと思う。話しかけられた方も同じことで、存在しない相手が話しかけてくるはずもない。そう思っているから、返事をしないと思うと、そもそもどちらが本物でどちらが偽物なのかと考える。
だが、どうしても結論を出すことができずにいると、
「両方とも本物ではないか」
としか思えなくなる。
そうなると自ずと見えてくる答えは、
「夢の中では別の時間なのか、別の次元なのか分からないが、本物の自分を二人、見ることができる世界なんだ」
ということである。
何人まで見ることができるのかなどという細かいことは分からないが、そういう理屈で考えると、現実世界では不可能なことも夢の世界では当たり前に起こると考えると、夢の世界への感覚がマヒしてくるのを感じるのだった。
そんな福間が、自分を鬱病ではないかと感じたのは、
「閉所恐怖症ではないか」
と感じた時だった。
高所恐怖症は以前からかんじていたが、これは自分だけではなく、まわりの人にもたくさんいたので、それほど気にはならなかったが、閉所恐怖症だけは、意識してしまった。
あれは、いつだったか、大学の授業が終わって、街に友達と出かけた時だった。夕方だったので、窓のブラインドを皆が下ろしていた。光が差し込む西側の扉は当然だったが、午前中に差し込んだ東側のブラインドもその時偶然すべてがしまっていて。奇しくも電車内のすべての窓のブラインドが下ろされたという結果になってしまった。
それを意識してしまうと、急に息苦しくなった。意識したという感覚はあるのだが、意識したことで気分が悪くなったという意識はなかった。ただ、
「苦しい。息が苦しい」
と言って、喉を掻くようにしていたようだ。
その様子は、
「顔は真っ青だったけど、頬は真っ赤だったし、汗は額から水玉のように湧いて出てきているように見えて、普段とは様子が明らかに違っていたので、それだけでも気持ち悪かったよ」
と言われた。
「そんなにひどかったのか」
と思うと、その様子を想像することができた。
まるで夢の中で、自分の夢を見ているかのような感覚だった。
「お前が閉所恐怖症だったとは思わなかったぞ」
と友達に言われ。
「閉所恐怖症?」
というと、友達は何をいまさらという顔で、
「それはそうだろう。ブラインドが全部降りた状態でお前はちょうど苦しみだしたんだからな。あれは併称恐怖症以外の何者でもない」
と言われて、その時の心境を思い出していた。
「確かにそうだな。あの時、ブラインドが皆降りるのを見て、気持ち悪いと思ったんだった」
というと、
「そんなにたくさんはいないかも知れないが、まわりが見えないことで急に自分の世界が狭まったように感じることで、それまで意識したことがなかった閉所恐怖症を感じることになるというんだ。でも、もうないだろうけどな」
といわれた。
「どうしてなんだい?」
「だって、免疫ができただろう? そのための一回目に感じた時は、免疫を作るための反応だったからさ」
と言われた。
「確かにそうかも知れないが、ただ、それを感じたことがないのは、それから同じシチュエーションがなかったからなんじゃないかって思うんだ。だから何とも言えないんだけどね」
と福間は答えた。
「でもさ、免疫というのは確かにあるんだよ。人間には自己治癒の本能というのがあって、自分の病気を自分で治そうとしたり、一度なった病気にはならないようにしようという本能があるんだ。それを自己治癒能力というんだけど、それが免疫であり、身体の中にできる抗体でもあるんだ」
「抗体?」
「ああ、菌やウイルスから自分を守ろうとするために身体にできるものさ。だから、伝染病なんかでも、一度掛かると二度と掛からないというのがあるだろう? 幼児の頃によく書かるはしかや、お多福かぜなんかが、そうなんじゃないかな? もし抗体がなかったら、毎年のように罹っていたりして、病院はパニックになっているんじゃないか?」
「言われてみればそうだよな」
と言うと、
「だから、お前だって恐怖症を少しでも緩和しようと無意識に身体が反応しているのさ。だから一度驚いたことは脳が覚えていて、もう一度同じ心境になったら。自分でそれが閉所恐怖症だって教えてくれるだけで、かなり恐怖が和らげられるんじゃないかな?」
と話していた。
「なってみないと分からないけど、だんだんその気になってくるから不思議だよな」
と言って、二人で笑ったものだった。
そんな福間と、一緒に話をしていたサークルの仲間が、ある日、放送スタジオの中にいた時のことだった。
スタジオは、メンバーで交替で毎日当番制を組み、掃除をしていた。スタジオの中でも、スタッフや機械のある部屋、そして放送ブース、さらに通路などを手分けして掃除をしていたのだ。
その日はこの二人が放送ブースでの掃除を受け持っていたが、普段は結構話しながら、和気あいあいとした雰囲気なのだが、放送室関係の掃除の時は、二人に限らず皆が寡黙な状態で黙々と掃除をしている。
最初に異変を感じたのは福間だった。
「何か気持ち悪いような気がするんだけど」
と言って、少し息が絶え絶えになってきた。
友達もいつもの彼を知っているので、閉所恐怖症の始まりかと思い、
「表の空気を吸ってくればいい」
と言ってくれたので、福間が表に出ようとした時だった。
「うわっ」
と言って、その横で友達が倒れかけた。
まるで平衡感覚を失って、前を歩いているはずなのに、よろけながら歩いている夢遊病者のようだった。
「どうしたんだ?」
と聞くと、
「何か、何か気持ち悪い」
と言って、彼も息苦しそうだ。
友達が息苦しそうにしているのを見ると、今度はさっきまで気持ち悪く感じていた自分の感覚がマヒしてしまったかのように、福間は自分がしゃっきりしてくるのを感じた。
「まず、表に出よう」
と言って彼を抱えているところに、いきなりブースの扉が開いて、
「どうしたんだ?」
と言って、スタッフルームにいた二人が飛び込んできた。
ここで動いていなかったはずの空気が動き始めたので、少しは楽になるかと思いきや、逆に友達はきつそうだった。
さらに、中に入ってきた二人まで、気持ち悪いようで、
「何だ、これ。気持ち悪い」
と言って、まるで毒ガスでも漏れている場所に入ってしまったかのような錯覚に見舞われていた。
もう一人もすでに床に倒れていて、耳を両手で塞ぐようにしていた。
「何か、音が聞こえる」
と誰かが言った。
するとそこに教授が入ってきて、
「どうしたんだ、皆?」
と言って、ちょうどすぐ横で聞いた今の言葉を訝し気に聴いて、
「何も聞こえないが」
と呟いたのを、遠くの方から声がしているかのような感覚で、福間は聴いていた。
「とにかく、助けを呼ばないと」
と言って、福間が非常ベルのプラスチックの蓋を指で思い切り押すと、やはり遠くの方で非常ベルの音が鳴り響いているかのようだった。
すると、今まで呻くように苦しんでいた連中が急に、
「うわっ」
という叫び声を出して、それまで動かせなかったはずの身体が急に動くようになり、我先にとその場から立ち去ろうとしていた。
教授はそれほどの苦しみはなかったので、自分が誘導して皆を表に出していたが、最後に表に出た福間が何を間違えたのか、表から扉を閉めてしまった。
すると、それまで何ともなかった教授が苦しみ出した。我に返った福間は教授が苦しむのを見て扉を開けようとするが、扉はオートロックになっていて、中からしか開けることができなかった。
教授は苦しそうにのた打ち回っている。何とかしなければいけないと思い中らもどうすてこともできない。そのうちに、教授は苦しんでいたが、しばらくすると、動かなくなった。扉の鍵がもたらされた時には教授は微動だにしていなかったので、ビックリして皆が教授に駆け寄ったが、
「大丈夫だ。気絶しているだけだ」
と一人がいうと、皆ホッとした様子で安堵していた。
救急車の手配はすぐに行われ、警察にも連絡されることになった。
この放送室の怪現象は、結構時間が経っていたと思ったが、実際には数十分程度のもので、手配した救急車や警察の到着の方が長く感じられたほどだった。
救急車が到着してすぐに教授は病院に運ばれたが、それからすぐにやってきた警察に、我々は事情を聴かれることになるが、当然のごとく口裏を合わせる時間などなかった。もっとも口裏を合わせようにも事実しか誰も認識していないので、何が真実なのか分からない、そういう意味でも口裏合わせの意味は最初からなかったと言ってもいいだろう。
こうして、何が起こったのか分からないまま、これが放送室の怪異だとして書き綴るしかなかったのだ。
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