第8話 ひねくれ少女は出場する
天気は雲一つない晴れ。絶好の球技大会日和だった。
球技大会と凄そうな名前を掲げているが、その実はクラス対抗でトーナメント戦を行い、学年内で順位をつけるといったもの。
俺たちのサッカーチームは好調で、初戦を五対〇で突破した。いや、チーム内に俺含めサッカー経験者が四人もいればこんな結果にもなる。好調というよりは卑怯と言ったほうがいい。
一回戦目を終えて、他クラスの結果待ちのために暇ができた。だから俺は体育館へ向かうことにした。
一旦、下駄箱で上履きに履き替えてから外廊下を通って体育館へ入ろうとすると、入り口が女子の観戦グループによって塞がれていた。端っこから「失礼します」と小声で通って、何とか入ると室内は女子ばかり。ここは女子が行うバレーの会場だから当然だ。
しかし中には彼女の応援にでも駆けつけているのだろうか、男子生徒がコートのほうへ向けて手を振っていたりもする。
それを横目に約束を果たすため、奈月を探す。あいつ、背が小さいし体は細いし猫背だしで、人混みの中から見つけ出すのは困難だ。
壁に沿いながらコート内を中心に目を凝らし、あの赤みがかった癖っ毛を探していると――
「ねっ」
横から背の低い女子がグイッと距離をつめてくる。このボブヘア……それにこの上目遣い……。俺はつい先日、この人と会っている。
「……由香、さん?」
「…………」
名前を呼ぶと彼女はぼーっと俺を見つめてくる。もしかして名前を間違えてしまったか?
「君って、誰に対しても下の名前で呼んでるの?」
「いや、由香さんの名字を知らないだけで……基本名字にさん付けしますよ」
「へぇ~……。あたしは
気軽にと言われても、急にさん付け無しで下の名前を呼ぶのは緊張する。少し心の準備をしたいので、現段階では鹿波と呼ぶことにしようと思った。
彼女はたれ目がちな目元を細くして微笑むと、前傾した姿勢になり顔を覗き込む。
「で、最近、あたしたちの冬帆ちゃんと仲が良い黒崎くんは、体育館に何の用かな?」
子供がいたずらを考えているような悪い笑みを浮かべながら問うてくる。
「ま、訊くまでもないかなぁ~」
そして彼女は一人で答えを出してから手招きをし始める。
多分、来川目当てにやってきたと思っているのだろうが、俺の第一目標は奈月の応援だ。
だが奈月を探していると伝えたところで、鹿波が彼女のことを知っているとは思えない。「誰?」って言われる未来が想像できたので、まずは鹿波が案内してくれるであろう俺たちのクラスが集まる場所へ行くことにした。
一匹狼奈月でも、流石にクラスから離れることはないだろうと踏んで誘導に従っているうちに来川と目が合う。
来川は壁に寄りかかって休憩していたが、俺を見つけた途端小走りでやってくる。
「冬帆ちゃん、黒崎くんが来てくれたよ」
「あ、やっほー! 黒崎くんも誰かの応援?」
「あぁ、そんなとこ」
「とりあえず、ここで私たちのクラスがやるみたいだから、行こっ」
後についていき、先ほど来川が寄りかかっていた壁に背を預けて、コート内にいる集団を漫然と見渡す。
両チームともビブスを着た女子たちが輪になってお喋りをしている。
一応、寄せ集めの即席チームだろうに、試合開始前から打ち解けている様子を見ると学校行事の効力は
この行事の、新クラスの交友を深めるという名目は実現しているらしい。それゆえに、輪に入っていない者へ自然と目線が動いた。
奈月はつまらなそうに床を眺めながら、つま先をトントンッと下に叩きつけていた。
彼女の状況はあまり芳しくないが、とりあえずのところ参加しているだけ俺は
本人から球技大会へ参加する旨の言葉を聞いたはいいものの、よく考えてみれば、適当に話を合わせていただけで全く出る気がなかった、なんて結末があったかもしれない。
だが、今こうして奈月がコート内に立っている。
ふと奈月と目が合う。俺はちゃんとお応援に来たぞと軽く手を振ったものの、彼女はすぐに目線を逸らした。俺は思わず引きつった笑いがでてしまう。
そうこうしている内に試合開始の雰囲気が漂ってきた。
各々が配置につく。
そしてピッとホイッスルの音が響く。試合開始の合図だ。
まずは相手からのサーブ。背丈の高い女子がボールを高く上げ、長い腕を振ってボールをネットの奥に落とす。経験者であろう彼女の攻撃は、こちらも経験者であろう者に受けられる。
上へあげられたボールは空中を舞い、やがて重力によって下を目指す。それを若干気弱そうな女子が顔を下に向けながら両手で押し返した。
本来、三回目で相手コートにボールを叩きつけるのがバレーのセオリーだが、ボールは高く跳ね上がり既にネットを超えていた。
まあ学校内で見れば、バレー経験者は少数派だ。ドキドキわくわくと、テレビ中継のような息も詰まるスピーディーな試合展開にはならない。
けれども、別の理由ではらはらする。
奈月はコートの隅で行き交うボールを眺めていた。
一歩、また一歩と後ずさりをし、自分は関わりたくない意思を感じられる。
ただひっそりと、試合の成り行きを見守っているだけ。そんな奈月の様子が試合の展開よりも気になってしょうがない。
奈月を心配しつつ、俺もボールの動向を眺めていると、ボールは自チームのブロックによって相手コートに落ちた。
「ナイスー! 未奈ちゃーん!」
来川がコートに向かって歓声をあげる。すれば、お団子ヘアの彼女からドヤ顔サムズアップが返ってきた。
「未奈さんはバレー部なのか?」
「ううん、私と同じテニス部で、バレーはやったことないって言ってたよ」
「まじかよ、すごいな。経験者なのかと思っちゃったよ」
ボールを見定めタイミングよくジャンプし、的確に相手コートへ落としていた。それもあの高いネットから手を出せるほどの跳躍力を瞬時に出せるのはすごい。
俺が感服していると鹿波が独り言のように声を出した。
「未奈ちゃんは身体能力が高いし、体力は半端ないし。かっこいいよね~」
運動神経抜群で、そつなくこなせるのか。これは味方にいたら心強い。
その未奈さんがコートの後ろでボールを片手に構えていた。相手コートをじっと見つめて狙いを定める。
次にボールを高々と前方へ投げ、助走をつけて飛び上がった。そしてシュパッとボールを叩きつけると、真っ直ぐ勢いよく弾丸のように
結局ボールはわずかにコートの奥へ着弾し、相手にポイントを与えてしまったが、弾速、威力を相手に見せつけて、威嚇としては成功と言える。
「ほんとにバレー未経験なんだろうな……?」
「やったことないって言ってたと思ったんだけど……」
「すごいよね~」
観客の俺たちですら恐怖を覚えていた。
次は相手チームのサーブだ。
未奈さんの弾丸サーブに怯えてか、失点をしまいと堅実にしたのか、ボールは高く上がり放物線を緩やかに描く。
遠くまで飛んで行くと、やがて奈月のもとへボールが落下していく。
目を大きく広げ、わなわなと慌てた様子の奈月。俺は不安でいっぱいになる。
固唾を吞んで見守っていると、奈月は高度を下げたボールを両手で押し返した。だが、ボールはネットに当たってしまい、そのまま床へ落ちてしまった。
「おっしー!」
頭を抱えて悔しそうにしていた来川。
「ドンマイ! ドンマイ!」
コート内では未奈さんが気さくに声をかけていたが、顔を俯かせ腕を垂らしていた奈月に届いていたかは分からない。
そんな奈月を見て、俺は胸の内がざわつき始める感覚を体験した。
その後の試合は一進一退で点数が均衡していた。
バレー経験者を持つ相手チームと、持ち前の運動神経だけで無理矢理押し通す未奈さんを持つこちらのチーム。意外にも二チームの実力が同等だった。
序盤は素人同士の穏やかなプレイだったのが、中盤戦になるとお互いがヒートアップしていき、ギャラリーまでもが熱を持ち始めた。
体育館の視線をほとんど集めたとき、サーブの順番が再び未奈さんのもとへ回ってきた。
彼女はまたも前方へボールを上げ、ジャンピングサーブを繰り出した。しかも今度はちゃんとコート内へと狙いが定まっている。たった一回の失敗でここまで修正できるとは……。
なんとかサーブを受け止めた相手チームは慎重にボールを回していき、スパイクの機会を得る。高くトスを上げたのち、長身の女子が飛び上がり体を弓のように反らせる。
その時、俺は気がついた。
体が奈月へ向いている。
奈月も理解したのか、焦り、顔を強張らせていた。だが相手は待ってはくれない。
後ろに引いた腕を一気に降り下ろすと、ボールは奈月のいる場所目掛けて急加速する。
奈月は緊張感が最高潮に達したのか、足元がおぼつかなくなる。
自分の意思で動かせているとは思えない。
ボールを受け止めようと急いで構えようとした。だがその時、奈月の体は衝撃音と共に床へ倒れ込んだ。
突然の出来事に、この場にいる誰もが目を向ける。
俺は咄嗟に奈月のもとへと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「あ……。うん、平気…………」
そう言って奈月は上半身を起こしてから、立ち上がろうとしたが、足を動かした瞬間顔を
「足、捻ったか?」
「平気だって……」
言葉では強がりを見せるも、辛そうな顔をしながら足首を手で押さえていた。
それもそのはず、俺は奈月が足首から着地してしまったのを見た。
そしてさらに追い打ちをかけるように、加速したボールが足に当たったのだ。普段運動をしていない体の細い奈月が平気で済むはずがない。
「どうしたの? 大丈夫?」
来川もただ事ではないと思ったのか駆けつけてくれた。
「ひとまず保健室に連れて行く」
「わ、わかった!」
来川は素直に頷くと奈月のそばでしゃがみ込む。
俺たち一介の高校生の判断では危険と考え、俺は奈月を保健室に連れて行こうと、審判を務めていた教師に事情を説明した。
「肩貸してやるから」
「あ、うん……」
奈月は俺と来川の肩に腕を回して立ち上がる。
体育館を後にする際、俺は周りの人たちの困惑したような表情が印象に残った。
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