第7話 ひねくれ少女は考える

 昼食を終えた俺たちは、授業に遅れないよう早めに校舎裏から離れて教室へ戻ろうとしていた。


 が、階段を上り終えたときだった。偶然目の前に先ほど出会った二人がいた。

 彼女らと目が合うと、俺たち四人は一様にして動きを止め、その場に立ち尽くす。

 そして見つめ合うこと数秒、先に動き出したのはあちらの方だった。


 俺たちが二人でいるところを見つけたお団子ヘアの彼女は、ニヤリと悪い笑みを浮かべ。

 隣を歩いていたショートボブの彼女は、口元を手で覆ってこれまた悪い笑みを浮かべていた。


「あれあれ? 二人ともほんとに仲が良いみたいだね?」


 大股で勢いよく迫ってきたのはお団子ヘアの、確か未奈みなさんと言ったはず。


「だね~? どこに行っていたのかな~?」


 手を後ろで組んで、ゆっくり穏やかに歩を進めるも目は決して逸らさない彼女。短い髪型のほうは由香ゆかさんだったはず。


 俺と来川が気付いたときには壁まで追いやられて、さながら草食動物が肉食動物に襲われる寸前の構図となった。


「ちょ! 誤解誤解! 未奈ちゃんと由香ちゃんが想像してるようなことはないってば」


 絶体絶命の状況で声をあげた来川。


「え~ほんとう~?」


 しかし由香さんの目線が来川から俺へと移った。


「ただ二人で昼ご飯を食べていただけですよ」


 下から覗き上げるように上目遣いを受けた俺は緊張から少々声が裏返ってしまう。

 なんかこの人怖い。尋問されているような感覚だ。


「なんで敬語だし。うちら同じクラスなんだからタメ口でいいって」


 由香さんに怯えている間、今度は未奈さんから肩を叩かれる。なるほど、来川の言う通りぐいぐいと距離感を詰められる。

 だが生憎、俺は未奈さんみたいにフレンドリーに振る舞うことはできなかったので「うす……」と自分でも聞き取れないぐらいの声量しか出せなかった。


「はいはい黒崎くんを困らせないで!」


 来川は未奈由香の腕を両脇でしっかりホールドして二人を強制的に引っ張っていった。


「照れ隠し?」

「照れ隠しか~?」

「ちがうっつーの!」


 二人にからかわれて来川はさらにホールドを強くした。


「黒崎くんごめんね! また放課後!」


 そして顔だけこっちを向いた来川に俺は手を振った。


 嵐のようにかき混ぜ、嵐のように去っていった未奈由香。親友と謳っていた来川は大変そうだ。

 でも同時に、一緒にいて楽しいからこそ来川は彼女らと親友でいるし、趣味を打ち明けづらいのだろう。

 大切なものを失いたくないために。


 俺も教室へ戻ろうかと、足を動かそうとすると――


「うおっ!」


 角から顔だけ出した人物と目が合って、声を張り上げてしまった。


「奈月……いつからいたんだよ…………」

「……今さっきだけど」


 正体はストーカーでも幽霊でもなく、赤みがかった癖っ毛のショートカットをした少女、七海夏希だった。


「つーか、昼休みに教室を出るなんて珍しいな。どこ行ってたんだ?」

「……いや、別に……トイレだけど。それよりアンタこそどこ行ってたのよ」

「俺は来川と外で昼ご飯を食べていた」

「きたがわ……。あぁ、あの最近仲良さげな女子ね」


 意味深にボソッと言いつつ、廊下の向こうで未奈由香を教室へ連行する来川を、奈月は腕を組んで見ていた。


「な、なんだ? 何かあるのか?」

「なんでもない」


 吐き捨てるように即答した。だが、ムスッとした表情をしている奈月を見て、本心はなんでもなくないことを感じ取る。

 来川とは関わりがないはずだが、奈月にとって何かあるのだろうか。


 性格的に来川とは合わないということなのか?


 奈月は一人を好むためにああいう活発な人、いわゆる陽キャを苦手とする。いや、敵視している面も薄々感じられる。


 本人からの話でほんのちょっと聞いた程度だが、奈月は学校生活で嫌な経験をしてきている。主に人間関係のトラブルで。

 それが彼女にどんな傷を負わせて、どんな影響を与えているのか。俺は今も深く踏み込めずにいた。


 もし、過去の記憶が奈月を苦しめているのなら。緩和するか、できることなら完全に取り除いてあげたい。

 大人になる前に、少しでも嫌な記憶を払拭できればと。


 だから俺はもう一度、球技大会の話を持ち出した。


「ところで奈月、球技大会の件なんだが……」

「…………」


 だが奈月は何もなかったかのように、平然と歩き始める。


「ちょいちょい無視はないだろ」

「出ないから」


 無視されなくとも対応は厳しいものだった。


 けれども、ここで諦めはしない。仮にも一年間は奈月と同じクラスで関わってきたんだ。こんなのかすり傷にもならない。


「たかだか球技大会だし、勝ち負けとか気にしないで自分の好きにやればいいんだって」

「……」

「あの、ほら……! 俺、応援に行くからさ」

「…………」


 前言撤回、心が折れそう。


 何も返答が来ないというのはつらいものだ。


 別のアプローチをするべきかと頭を悩ませ、手詰まり状態に陥り無意識に足を止める。すると奈月も立ち止まっていた。


「……応援、来るの?」


 奈月はその華奢な腕と脚を組んで、伏し目がちに問うた。


「あぁ、行くよ」


 目を見て俺は頷く。

 なんだかよく分からないが、初めて奈月から好感触な返答が聞けた気がする。

 目線を動かし続けて考えている奈月に期待をしていると――


「今回だけね」


 奈月はそう言い残して振り返った。


「来てくれるのか?」


 彼女の背中に向かって確認すると、小さい首肯が返ってくる。


 彼女の心境に一体なんの変化があったのかは分からないが、とにかく奈月を球技大会に参加させることはできそうだ。


「ふぅ」とため息をついて、ようやく俺は教室へ戻ることができた。

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