第10話 負のスパイラル

 続編の最初は、まず、自殺をした被害者の部屋からノートが見つかったことから始まる。そのノートというのは、その中に遺書が入っていて、その遺書と一緒にノートを持ち去ったのは、例のニセ医者だった。

 彼は、被害者の男性を知っていて。彼が以前から死にたいと言っていたことも知っていたのだ。考えてみれば、彼は自殺だったので、被害者という表現はおかしいが、表に現れている事実となっていることは、確かに

「殺された」

 ということになっていた。

 事実と真実が一致しないという例である。

 女は肉体的な関係として切っても切り離せない仲だと思っていたが、ニセ医者の方は、この男確かに医者としては偽物であるが、医学の知識は結構ある。大学では心理学を専攻していたこともあり、知り合いからは結構相談を受けたりしていた。この被害者からも相談を受けていた関係で、主人公の女よりも親密だと言ってもいいかも知れない。

 この男のノートには不思議なことが書かれていた。それが何かの暗示のような感じになっているのだが、ニセ医者の彼は、それをしばらく考えていた。

 そのノートには、女性について書かれていた。誰か一人を固定して描いているわけではないが、モデルになる誰かがいるのは分かっていた。雰囲気として主人公の女ではないことは分かっていることだが、そのノートに書かれている内容というのは、

「写真写りがいい悪いというのがあるが、第一印象から慣れてくるに違って、まったく違った印象を受ける人がいる。その人のことを最初に写真で見ていて、可愛い子なので会ってみたいと思っていたが、実際に会ってみると、本当に同じ人物なのかと思うような、特徴のない雰囲気に感じられた。しかし、慣れてくると、本当に写真写りのような女の子の雰囲気に変わってくるのだが、最初はそれがなぜなのか分からなかった。だが、見ているうちに、何かの動物に似ているというイメージを受けた。それがタヌキ顔だということに気が付いたのだが、よくよく考えてみると、女性の顔、いや、男性も含めて人間のそのほとんどの顔は、何か愛玩動物に似ているような気がするのだ。イヌだったり、ネコだったり、タヌキだったりキツネだったりと、よくどの動物に似ているかということを言われると、必ずどれかに当て嵌まる顔をしている」

 というようなことが書かれていた。

 途中までしか書かれていなかったのは、どうやらこの人が毎日少しずつ考えながら書いていることで、まるで日記をつけているようなイメージではないだろうか。

 そこに遺書も挟まれていたのだが、実は遺書も途中で終わっていた。ニセ医者は遺書を先に見てしまったので(まあ誰でもそうであろうが)、どうして遺書を途中までしか書いていないのかが不思議で仕方がなかったが、このノートを見るとその気持ちも分かる気がした。

「ひょっとすると、彼は死を意識はしていたが、すぐに死んでしまおうという気ではなかったのかも知れないな」

 と感じた。

 だからと言って、死に対して躊躇っていたというわけではない、あきらかに死ぬつもりでいたのは間違いないが、タイミングを図っていたのかも知れない。それなのに、どうして多目的トイレで自殺を企てることになったのか、ニセ医者は不思議で仕方がない。

 前作では、あくまでもこのニセ医者が、

「稀代の大悪党」

 という目線で書いたが、続編では、このニセ医者を主人公にして、話も途中から被るところも作って、ニセ医者の悲哀を描くことを考えていた。

 それは、事実として自殺から始まるのだが、違う世界を創造するというパラレルワールドを形成することを考えていた。

 調和の取れている服を着ているにも関わらず、実際にはその場の雰囲気に特化した服装になっているイメージも頭に湧いてきた。それと人間の顔を動物になぞらえて、その性格を計り知るという意味で、ニセ医者の心理学の知識を引き出す内容に仕上げようと考えていた。

 その内容は、まだ固まっているわけではない。ただ、今回の作品は以前に書いたように、完璧なプロットにするつもりはなかった。どちらかというと、ところどころの重点的な部分だけはカチッとした内容に仕上げ、全体の流れを漠然とした形で書いていこうと思ったのだ。

 続編といっても、書き方の視点を変えるのが、今回の目的なので、前作となるべく違う書き方にしようと思うのだった。

 それがパラレルワールドの発想であり、坂崎にとっての、

「続編」

 の意義であった。

 ニセ医者は、続編では女を脅迫などしなかった。女を助けようとするのだが、女に対しての立場を悪くするような行動しかとれずに、女からひどい目に遭わされているという意識を持つのは前作と一緒だ。今度は勧善懲悪の話ではなく、ニセ医者の思惑が思い通りにいかないことを憂いているというような作品が頭の中に思い浮かんでいる。

 この話を書いていると、坂崎は、

「この小説は、ひょっとすると、今までの自分の人生の縮図なのではないか?」

 と感じていた。

 時として、最初の作品の主人公である女のように、精神的な面と肉体的な面とでの多重人格性。ニセ医者の稀代の大悪党ぶり、さらに何を理由に自殺をしなければいけなかったのか分からない謎の男、登場人物すべてが一貫しているようで、実はこれほど漠然とした人物描写もないものだ。

 続編は、パラレルワールドを描くことで、その曖昧で漠然としている部分の、曖昧さか漠然としている部分のどちらかを払拭するような作品に仕上がるように考えている。

 一つ一貫したテーマとして、

「いかなる理由」

 と、

「自殺」

 を組み合わせた考え方がこの二作品の骨子になっていると言ってもいいだろう。

 多目的トイレは、いかなる理由があっても、女性が入っている場所には男性が入れないという貼り紙、さらに、自殺に関しては、時代背景として、最近増えている自殺に対しての考え方を、坂崎なりに考える。それが坂崎にとって、

「続編を書く意義」

 と言えるのではないだろうか。

 もう一つ続編に入れたいと思っているテーマとして、これも自殺に関連したことであるのだが、

「自殺が多発する時期や。地域があり、自殺は連鎖する」

 という発想である。

 特に列車での飛びこみなどを考えるから思い浮かぶことであった。

 最初に発想が戻ってきたが、これも一種の、

「負のスパイラル」

 なのかも知れない。


                  (  完  )

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続編執筆の意義 森本 晃次 @kakku

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