Day20 甘くない

「大丈夫ですか、お客様?!」

 ユメの声が聞こえる。

 しかし、体は動かない。瞼を開けることすらできなかった。

――何が起こったんだろう? 仮面の女が現れて……そして、私のいのちが爆発を起こして……ああ、そうか……やはりいのちは尽きてしまったのだ。随分と派手な終わり方ではあったけど……。きっと私はこのまま……。

「お客様! 起きてください!」

 唇に何かひんやりするものが押し付けられた。口の中に異物が侵入してくる。

 舌を刺す刺激。

 鼻まで通る清涼感。

 一気に頭が覚醒する。

 旅人の瞼がカッと見開いた。なぜだか目元までスースーしている。

「ああ……良かった! 目が覚めましたね!」

 気がつけば、床に倒れ伏している旅人の顔をユメが覗き込んでいた。心底ほっとした表情で微笑んでいる。相当心配してくれたのだろう。

「お客様が失神されていたので、失礼ながら、気付け薬代わりにこのミント50倍キャンディをお口の中に入れさせていただきました」

 口の中に残るキャンディを舌先で転がしながら、旅人は、なるほど、と思った。キャンディとは名ばかりで甘味はほとんどゼロ、むしろ辛いくらい、かつ、口いっぱいに氷を詰め込まれたような北極圏レベルの刺激……これはもはや劇薬と言っても過言ではないが、おかげで生死の淵から生還することができた。

「ありがとうございます、ユメさん。あの……仮面の女性は一体?」

「……仮面の女性?」

 ユメは怪訝な顔をして首を傾げる。

「ホテルトコヨの宿泊客ではないんですか?」

「いえ……本日お泊まりのお客様は、旅人様を含めていつもの四名様のみとなっております」

「でも、呼ばれたって言ってました。イガタさんが呼んだのではないのですか?」

「おかしいですね……支配人は用事があるとのことで今朝から外出したきり、まだ帰っていません。新しくお泊まりになられるお客様がおられるような話も聞いていませんし……」

「じゃあ、あの人は勝手に入ってきたのかも……。あっそうだ! 部屋は……建物は大丈夫なんですか? 私のいのちが爆発して、きっとめちゃくちゃに……」

 ユメは眉根の皺をますます深める。どうやらひどく戸惑っている様子だ。

 旅人は慌てて体を起こす。

 目に飛び込んできたのは、普段と変わらぬホテルトコヨの廊下の風景。そして、扉が開け放たれた三◯三号室だ。見たところ、やはりどこも変わりがない。……いや、ただひとつだけ、爆発前と比べて大きな差異点があった。

「いのちが……なくなってる」

 がらんとした客室を旅人は呆然と見つめていた。


 ……と、その時。

「旅人様、ユメさん! 大変な事が起きています!」

 階段を駆け上がってきたカイエダの声が廊下に響き渡ったのだった。

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