Day19 爆発
水滴が滴る。
ぽた、ぽた、ぽた……という水音が耳の奥で響いているのは、おそらく幻聴だろう。
なぜならば、水滴の全ては床に届く前に、空気に溶け込むように消えてしまうのだから。
旅人は、カーテンの締め切られた薄暗い部屋……三◯三号室の中で、ひとり、自分の「いのち」を眺めていた。
宙に浮かぶ球体の底に溜まった液体……「いのち」はもう残りわずか。あと数日のうちに尽きてしまいそうだ。
だが、たとえいのちが尽きたとしてそれはそれでよい、と今の旅人は思う。自分でも不思議な程に穏やかに凪いだ心境であった。
自分が一体何者なのかも分からずに旅を続けるのに本心ではもう疲れてしまっていたのかもしれない。
それに、死者の国もそう悪いところではないと分かった。
ここいらで自分も死者達の仲間入りをし、この街でひと時のお祭り気分を存分に味わった後で、冥土に向かって最後の旅に出る、というのも、考えようによっては「良い逝き方」というものではないか。
旅人がぼんやりとそう思った時、背後にふと人の気配を感じた。
振り返り、ぎょっとして思わず仰け反った。
部屋の入り口に佇んでいたのは、のっぺりとした大きな白い仮面を被った人間だったからだ。両目に当たる部分に開けられた穴からは灰色の瞳が覗いている。
「……やっと見つけた」
仮面は旅人を真っ直ぐ見ながら声を発した。低いが、女の声だった。
「どなたですか?」
旅人は怪訝そうに尋ねる。
仮面の奥からクククク……という忍び笑いが聞こえた。
「呼ばれたのだ」
短くそれだけ言う。
「では、貴方が……」
私が会うべきお方なのですか、と聞こうとしたが、その前に仮面の女は旅人の横をスイっと通り抜け、「いのち」の前に立った。
「お前のいのちを返そう」
仮面の女は「いのち」に向かって左手を掲げる。
すると、球体がぶるんっ! と大きく振動した。
ごぼ……ごぼ……ごぼごぼごぼ……
球体の中の「いのち」が、途端に沸騰するように泡立った。
「これは……」
旅人の胸の奥も次第にざわめき、鼓動が速くなってくる。
「一体、何をしたのですか?」
「さっきも言っただろう? いのちを返している」
「じゃあ、私のいのちを盗んでいたのは貴方ですか?」
「盗んでいたとは人聞きの悪い。少々預かっていただけさ」
そう言って、あはははは、と女はけたたましく笑う。
「いのち」の振動はさらに激しくなる。今や球体の中では、無数の泡達が激しく動き回り、幾重にも渦を作っている。
「ふふふ……さすがだな。お前のいのちのエネルギーは……。これは面白いことが起きるぞ」
女の言葉に応えるように、球体の形が歪み、ぶわりと膨張した。
眩いばかりの赤い光が旅人の目を射抜く。
思わず目を閉じた。
次の瞬間……。
ばぁああああん……!
恐ろしい破裂音と爆風が旅人を襲った。
「うわああああー!」
旅人は悲鳴を上げ、衝撃波を全身で受けながら部屋の外へと吹き飛ばされた。
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