Day18 占い
「死者の国と言っても賑やかなもんじゃなぁ」
旅人の隣を歩くべべが言った。
「そうですね。もっと暗くて陰気な場所かと思っていましたよ」
旅人も頷く。
旅人はべべとともに死者の国を観光中だった。先日の件以来トラコとはあまり近づきたくないし、ポッタラ氏はメス猫の幽霊に声を掛けるのだと言って一人で出かけてしまった。
ホテルトコヨは漂着した浜辺で営業を続けているが、支配人のイガタの姿も今朝以来見当たらない。彼の言う「あのお方」を迎えに行ったのかもしれない。
ぴぃぴぃぴーよろ……どんどんつくどん……つくつくどんつく……ぴーひゃら……ぴぃぴぃ……。
この街を包み込むお囃子の音は途絶えることなくずっと続いている。
通りには様々な店が軒を連ね、沢山の人々が行き交っていた。笑い声、泣き声、罵声、ひそひそ話……。無数の声とお囃子の音色が混じり合い、賑やかさと活気の渦を作り出している。
死んで間もない者達は死者の国で数日間過ごした後に彼岸へ渡るのだという。
しかし、この賑わいを見る限り、ここにいる者たちのほとんどが死者なのだとはなかなか信じられない。
「魂が冥土に旅立つ前のほんのひと時だけでも、お祭り気分を味わえるよう、粋な計らいをしてくれているのかもしれんのう」
「……誰が?」
「カミサマ、かもしれん」
旅人とべべは喋りながら当てもなくぶらぶらと歩き、やがて川沿いの道に出た。
川はとても大きく、対岸は靄に隠されてよく見えない。深緑色の水が海に向かってゆったりと流れている。
[目玉占い]
白い文字でそう書かれた赤い幟が目に入った。木造の古い建物の前だった。扉は開け放たれている。中は薄暗いが、人の気配があった。
「ほほう、面白そうじゃのう」
べべは躊躇うことなく中に入っていく。旅人も後に続いた。
「いらっしゃい」
部屋の奥に店主と思われる青年が俯きがちに腰をかけている。
店の床には、大人の男の腕で一抱えするくらい大きなたらいが五個、無造作に置かれていた。どのたらいにも水がなみなみと水が張られている。
ぴちゃ……ぴちゃ……ぴちゃん……
この店にはお囃子の音も届かないらしい。静寂の中、時折、たらいの中で水飛沫が上がる音が響いている。
中で泳いでいるのは魚だろうか?
「そん中から好きなヤツを選んでくれ」
こちらが何かを言う前に、店主は目の前の五個のたらいを指差した。
旅人とべべはたらいを覗き込む。
「ほお! 目玉が泳いでおる!」
べべが感嘆の声を上げた。
べべの言う通り、水の中には、大小の丸い眼球達が神経の尾をくねらせながらまるで金魚のように泳ぎ回っていたのである。
「目玉を……選べばいいんですか?」
「ああ」
旅人がおそるおそる確認すると、店主はただ頷いた。
「わしはこれかのう」
べべはもう自分の分を選んだようだった。手にはつやつやと濡れた球体が握られている。
旅人も戸惑いながらも、なんとかして、目玉を選んだ。冬の曇天のような灰色の瞳を持つ目玉だった。
「選んだかい?」
「はい」
「じゃあ、選んだやつを持っていきな」
「え? 占ってくれるんじゃないんですか?」
「お前さん達が選んだ目玉は、お前さん達がこれから出会うべき誰かを暗示している。運命は目玉が教えてくれるってわけさ」
まるで騙されているかのような気分になって、旅人は眉根に皺を寄せた。
文句を言ってやろうかと口を開きかけたその時、今まで俯いていた店主が顔をすっと上げた。
真っ直ぐに旅人の顔を見る。吸い込まれそうな程に黒い瞳に射すくめられ、旅人は思わず言葉を失った。
「誰かに会うために死者の国に来たんだろう? 会えるよ……もうすぐ」
店主はそう言って、ふわりと柔らかく微笑んだ。
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