Day21 朝顔
「とにかく外を見てみてください」
カイエダに促され、旅人とユメは三◯三号室のベランダに歩み出る。
そして、息を飲んだ。
まだ昼下がりだというのに、空も海も鮮やかな毒々しい赤紫色に染まっていた。
いや……空だとか海だとか、そんな区別すらもはやないように見える。
上下も分からない、ただ混沌とした空間に、ホテルトコヨは浮かんでいた。
「いったい何があったんですか、これは」
旅人は異様な景色を眺めながら尋ねた。
「異次元……みたいです」
「いじげん?」
「どうやら突然、ホテルが[異次元の穴]に放り込まれてしまったようで……」
海の次は異次元だとは、このホテルは一体どこまで行くのだろう?
もはや呆れるばかりだが、原因はもしや先ほどのいのちの爆発なのだろうか?
仮面の女はそれを分かった上で旅人のいのちを爆発させたのか?
仮面の女を見なかったか、とカイエダに訊こうとして、旅人は思わず「あ!」と叫んだ。
そこには、垂れ目がちで人の良さそうなホテルマンの青年の姿はなかった。
代わりに一匹のもふもふした獣の姿がある。
「カイエダさん、大変! 変身が解けています!」
ユメが慌てて茶色の毛皮に包まれた愛らしい動物……タヌキを抱き上げた。
「ああ……本当だ! いつの間に……」
タヌキからカイエダの声が出た。タヌキはいかにも困ったようにバッタバッタと尻尾を振り回している。
「カイエダさん……実はタヌキだったんですね」
「そうなんですよ……流石、旅人様。理解が早くて助かります」
タヌキ……いや、カイエダはふごふごと鼻先を動かした。
「と、とにかく……! 状況を確認しなくては! 他のお客様の様子も気になりますから、下に参りましょう!」
カイエダを抱えたユメが踵を返す。
旅人も後に続こうとする。
しかし、何かに足を取られて転倒した。
「旅人様?!」
駆け寄ろうとするユメに、大丈夫です、と応じようとしたが、なぜか起き上がれない。
ぞわりとした不快感が足元から脳みそに向かって走り抜けた。
何かが旅人の体を這い回り、拘束している。
辛うじて視界に入る右手を見た。
しゅるしゅるしゅる……、と細長い蔓植物のようなものが掌も指先も覆い尽くす勢いで絡みつきつつあった。
蔓はあっという間に旅人の体中を縛り上げ、やがて首元にも巻きついた。
――苦しい……!
助けを求めようにももはや声も出ない。
再び遠のいていく意識の中、酸欠ゆえの幻影か、瞼の裏で赤紫色の花が揺れていた。
――死にたくない。
旅人は、今、強くそう思った。
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