Day16 レプリカ

「お近づきのしるしに魔法の壺を差し上げよう」

 白髪に長い白髭、眉毛まで真っ白な老爺が旅人に声をかけた。老爺の名前はべべ。

 べべもホテルトコヨの宿泊客の一人だった。部屋は三階の真ん中……旅人のいのちが保管されている部屋とポッタラ氏の部屋の間だ。

「魔法の壺」とは、これまた胡散臭いキーワードではあるが、べべの仙人のような神秘的な容貌を見ていると、ある程度は信頼性が持てるような気になってくる。

 警戒心よりも好奇心が上回った旅人は、結局べべの部屋についていくことにした。

「べべさんは……壺屋さんなのですか?」

 べべの部屋に足を踏み入れるなり、旅人は目を丸くしてそう訊いた。床もテーブルも、ベットの上まで、縄文土器のような土製の壺が所狭しと埋め尽くしていたからである。しかも、全て同じ形に見える。

「いやいや、作る方が本業なのですじゃ」

 べべはニコニコと笑っている。

「しかも、ここにある壺のほとんどが模造品……つまり、レプリカです」

「レプリカ?」

「さよう。本物は5000年前に作られた、紛れもない魔法の壺。壺作り職人であったわしは100年ほど前に魔法使いからその壺を譲り受けたが、それが運の尽き。魔法の壺に魅せられて、なんとかして同じものを作りたいと願い、そして実際に作り続けた。しかし、所詮はレプリカじゃ。どんなに精巧に作っても、いや違う、何か違う……とどうしても感じてしまう。そうして、わしは魔法の壺のレプリカを作ることに生涯のほとんどを費やし、ついに死んだ」

 やはりこの人も死人なのか、と旅人は思った。

 そして、隣の部屋にある自分のいのちのことを考えて、だんだんとソワソワしてきてしまう。

 一方、べべは旅人の動揺には全く気がつかない様子で、熱い口調で語り続ける。

「しかし、わしは後悔はしておらん。作ったレプリカのひとつひとつは大切な作品……我が子のようなものじゃ。ここにあるのは、生前作ったもののうちほんの一部にすぎないが、特によく出来たレプリカじゃ。冥土の土産に持っていこうと思ってなぁ」

「そんな大切なものをいただいてしまってよろしいのですか?」

「ああ、もちろん。お前さんはどうやらまだ生きているらしい。わしの渾身の作品が生きている人の手元に残り、大切にしてもらえるのならこんなに嬉しいことはない」

 べべの申し出を素直に受け取り、旅人はひとつだけ壺をもらっていくことにした。

「あ、そうそう……壺を選ぶ前に言っておくことがあった」

 壺まみれの部屋の中を慎重に歩きながらどれを持ち帰ろうかと物色している旅人の背に、べべが声をかけた。

「この中には本物の魔法の壺が混じっておる」

「え!?」

「あまりにも精巧なレプリカを大量に作りすぎてしまったせいで、恥ずかしながら、わしにももうどれが本物でどれがレプリカなのか分からなくなってしまったのじゃ。だから、お前さんが手に入れるのは、運が良ければ、本物の魔法の壺かもしれん」

 べべはにやりと笑う。

 旅人の目の色が変わった。そういうことであれば、何としても本物を手に入れたくなってくるのが人情というもの。

 改めて真剣にひとつひとつの壺を吟味することになった。

 そうして、ようやく見つけた。

 ある壺からふんわりと翡翠色の光が漏れ、クスクスクス……と誰かの笑い声が聞こえてくるのだ。これは魔法の壺に宿る精霊の気配に違いない。

「これにします!」

 旅人は目を輝かせて壺を抱え上げた。

 だか、その時……。


 ふふふふ……くすくすくす……ははははは……うふふふふふ……くすくす……くす……


 なんと他の壺からも精霊の笑い声が聞こえてきたのである。しかも、どの壺も、旅人が選んだ壺と同様、淡い光を放っている。

 どうやら、べべは、魔法の壺の形だけでなく、魔法の壺に宿る「精霊のレプリカ」まで作り上げてしまっていたようだ。

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