Day15 解く
「私はもう死んでるはずなんですけどね、生前にかけられた呪いが解けなくて、未だ冥土に向かえないんですよ」
旅人がテラスの端に腰をかけて海に釣り糸を垂らしていたところ、同じく隣で釣りに興じていたポッタラ氏が突然身の上話をし始めた。
ポッタラ氏はホテルトコヨ三階、階段を上がって一番手前の部屋の宿泊客である。一見、普通の中年男性だ。あえていうなら、頭髪が後退気味でやや小太り気味でもある。
「呪いにかけられる前の私の姿です」
ポッタラ氏はいかにも悲しそうな顔をして、一葉の写真を旅人に差し出した。
全身が真っ白で金色の目を輝かせ、首元にピンクのリボンを巻いた可愛らしい猫が映っていた。
「人間になる呪いをかけられてしまったんですよ」
ポッタラ氏ははぁっとため息を吐く。
その時、ちょうどポッタラ氏の釣り糸がピクピクと海に向かって引っ張られた。
「おっとっと……」
水飛沫が飛ぶ。ポッタラ氏は「んなあーお!」と叫びながら両脚を踏ん張り、苦労しながらも大物を釣り上げた。
そして、釣り針から外す時間も惜しいように、両手で素早く魚を押さえつけると、ガブリとその腹にかぶりつき、ガリガリベチョベチョと音を立てて食べ始める。
その姿は確かに猫っぽかった。
一方、旅人は釣果がなかったので大人しく部屋に戻ることにした。
「ポッタラさんも大変ですねぇ、猫なのに人間の姿になってしまう呪いだなんて……」
旅人はフロントの前を通りがてら、デスクで何やら書類整理をしていたイガタになんとなく声をかけた。
「ああ、あのお方は……」
イガタは顔を上げて、チラリとテラスの方へ視線を投げた。
「人間ですよ。自分が猫だと思い込んでいるだけで。その思い込みが呪いと言えば言えないこともないですけど」
「えっそうなんですか?」
旅人も思わずテラスの方を振り返る。
ポッタラ氏は口に魚を咥え、腹を上に向けて寝そべりながら釣竿に夢中でじゃれついているようだった。
「自分が本当は猫ではないと気がついてしまうと、絶望のあまり悪霊と化してしまうおそれがあります。なので、呪いを解くにしても、このホテルを出た後にしてほしいですねぇ」
イガタは淡々とそう言って再び視線を書類の上に落とした。
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