Day14 お下がり
二階へと続く階段の踊り場に一本の腕が落ちていた。
自室に戻ろうとしていた旅人はぎょっとして立ち止まった。
「あらーごめんなさい! うっかり左腕を落としてしまったわ」
どてどてとうるさい音をたてながら階段を降りてきたのは、旅人と同じ二階に宿泊している客だった。名前は、確か、トラコ。
二十代前半くらいで、背中の真ん中まで伸びた黒髪が美しい女性だ。
けれど、時折、腕や足がありえない方向に曲がって転倒したり、手足や首をてんでばらばらな方向にうねうねと動かしながら床の上をのたうち回っていたり、今回のように、ふとした瞬間に体のパーツがもげ落ちたりすることがある。
その度に旅人はびっくりして心臓が跳ね上がるのだが、当の本人はたいして気にしている様子もない。
「この体、お下がりなのよね」
トラコは旅人に説明する。
「私の前は姉が使ってたわ。その前は叔父が……叔父の前は祖母が……祖母の前は曽祖父が……その前も……分からないけど誰か使ってたと思う。だから古くてガタがきてるんだわ。でも、私、これ結構気に入ってるからなかなか捨てられなくってね〜うふふふふ……」
不思議なことにトラコは喋る時に全く口を動かさない。それに、声だけ聴くと、いかにも快活そうでよく笑うのに、表情は常に悲しそうなままだった。
「じゃあまたあとでね、旅人さん! 今夜の夕食は何かしら? ミヤマさんのお料理はいつも美味しいから楽しみなのよね〜ふふふふ……」
トラコは右手で握った左腕をぶんぶん振り回しながら踊るように体をくるりと回転させた。
その瞬間、長い髪の毛がふんわりと翻る。
髪の毛の間から、ぱっくりと開いた頭皮の裂け目が見えた。
トラコが何かを喋る度に、その赤黒い裂け目がぱくぱくと開閉しているのだ。まるでもうひとつの口のように……。
トラコは旅人に背を向けて階段を上っていく。
裂け目は動き続けている。
「……からだ……あたらしいの……ほしい……あのおとこの……から……だ……いいかも……」
トラコが視界から姿を消す直前、いつものトラコの声とは明らかに違う、嗄れた低い声を聞いた。
旅人はこれからはあまりトラコに近づくのは控えようと思った。
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