Day13 流しそうめん
「ソウメンクジラが現れたみたいです……ってミヤマさんが言ってます!」
照りつける太陽。青い空。遮るものの何もない海の上でユメの声が響いた。
暑さを避けて屋内で過ごしていた宿泊客達は気だるそうな顔をしながらもゾロゾロとテラスに出てくる。
先日、支配人イガタの一存でホテルトコヨは突然海の旅に出た。
いのちを取り戻す、という目的を持った旅人はともかく、偶然居合わせた他の三人の客達は完全に巻き込まれてしまった状態だ。
しかし、彼らは彼らで「海を漂流するホテルというのも乙なものね」「しかも揺れないから船旅よりも快適にゃん!」「どこまで行くのか楽しみじゃのう」などと言い合って、特段動揺した様子も見せない。
さすが、奇妙なホテルに泊まるだけあって、客達もどこかしら奇妙なのだ。
「ソウメンクジラって何ですか?」
旅人は、テラスの端、海面にギリギリ近いところで魚取り網を構えているミヤマに訊いた。
ミヤマは無言で南東の方角……ちょうどテラスの正面方向を指差した。
「うわ!」
旅人は思わず声を上げる。
ホテルトコヨを一口で飲み込んでしまえるような巨大な白い魚影がすぐ近くで身をくねらしていた。確かにこれは紛れもなくクジラだ。しかも、クジラの表面はノイズがかったようにチリチリザワザワと絶えず揺らいでいる。まるで大量の白いミミズが絡まり合っているようにも見えた。
「さあ、これを持って待っていてくださいね」
ユメは客ひとりひとりに小さい茶碗と箸を配る。
ミヤマが網を振るった。水飛沫が飛び散り、四つの白い塊がぱぁっと輝きながら宙を飛ぶ。
オオー! と宿泊客達の声が上がった。
ぴちゃん! と湿った音とともに白いものは客達の持った茶碗の中に正確に落下する。
「素麺だわ!」
「これは素麺にゃ!」
「美味い!」
旅人以外の客達は早速箸を持って茶碗の中身をずるずる啜り始めていた。
旅人もおそるおそる箸をつける。
ぷるんとした白い糸束が一掴み分……見た目は確かに紛れもなく素麺だった。
一口食べる。ひんやりと冷たく、海水の塩気が効いていて、とてもおいしい。
「なぜ、海に素麺が……」
旅人は首を傾げる。
「それはですねぇ、夏になると世界中の浜辺で皆が流し素麺をやるからですよ」
いつの間にか、隣に立っていたカイエダが答える。客達と同じように茶碗と箸を持っている。
「竹筒に流される素麺を取り損ねてしまうことってあるでしょう? 誰にも食べられなかった素麺はそのまま海に流れて野生化する。その野生素麺達が互いに仲間を呼び合って大きな一頭のクジラの形になるんです。ス○ミーみたいに」
「その通り。麺類は群れを作る習性がありますからね。野生下では集まりやすいんですよ」
カイエダの説明にイガタも頷く。イガタもやはり茶碗と箸を持っている。
二人とも大真面目な顔なので、からかっているわけではなさそうだが……。
それにしても、世界中でそんなにこぞって流し素麺をやるものだろうか? 浜辺で? そもそも素麺の野生化って何なんだ?
旅人の脳内で思考がぐるぐるとまわっているうちに、また、ミヤマがまた網を振るう。ソウメンクジラの体から掬い上げられた素麺の塊は、再びチャポンッと手元の茶碗の中に落下した。他の客達の茶碗にも、イガタやカイエダやユメの茶碗にも……。
皆、美味しそうに素麺を啜っている。
――まぁいいか……美味しいから。
旅人も、それ以上考えることをやめて、素麺を啜った。
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