Day7 酒涙雨

「今日は随分賑やかですね」

 旅人はホテルマンのカイエダに声を掛けた。

 ホテル一階のラウンジには、いつになく華やかないでたちの男女が集っていた。カクテルグラス等を片手に、楽しげに笑いさざめいている。

「今夜は婚活パーティーなんですよ。毎年七月七日に開催しているんです」

「そういえば今日は七夕かぁ」

 旅人はなんだか羨ましくなった。

「私も参加できないかな?」

「すみません、招待状をお持ちの方でないと参加できないんです」

 カイエダは、垂れ気味のまなじりをさらに下げて申し訳なさそうに言った。

「ああ、いいんだ。そういうことなら」

「それに本来であればお客様はまだ先が長いと思いますし」

「え?」

「招待状は寿命の近い方にお送りしているのです」

 カイエダの不思議な言葉に首を傾げた時、突然、ザァッという大きなノイズ音が空間を包み込んだ。

 雨が降り出したらしい。

「酒涙雨が降り出して参りましたので、これにて本日のパーティーは終了とさせていただきます。皆様、運命のお相手とはお会いになれましたか?」

 ラウンジの中央では、司会進行役らしいユメが声を張り上げている。

「素敵な方と出会えました!」

「こんな楽しい夜は五百年ぶりです!」

 パーティーの参加客達は口々に叫び返す。二人一組になって腕をくんだり手を繋いだりしている者達の姿が目立った。

 月光に照らされた蛙の腹のように白い顔色。

 横方向にくしゃりと潰されたかのように薄く、奇妙に捻じ曲がった体。

 しわとしわが重なり合い、肉がだらんと垂れ下がった細い手足。

 客達は楽しそうではあるが、皆、どこか不健康そうであった。

「ご満足いただけて何よりです。それではいってらっしゃいませ。やっと出会えた織姫と彦星のように……運命のお相手とともに、良い旅路を」

 ユメはラウンジに面した大きなガラス戸を開いた。

 水気を含んだ冷たい風がぶわっと室内に流れ込む。旅人の腕にはぞっと鳥肌が立った。

 辺りが一瞬で真っ暗になる。照明が消されたのだろうか。

 

 ザァ……ザァ……ザァ……。

 

 暗闇の中で雨の音が響き、その合間には、パタパタコツコツとたくさんの靴音が入り混じった。

 十秒ほどしてから、再び明かりが点く。

 もうラウンジにはユメ以外は誰もいなかった。開かれたままのガラス戸の向こうには、ただ静かな闇が広がっている。

 雨音ももう聞こえない。降り出したと思ったのは気のせいだったのだろうか。

「冥婚専用の婚活だったんです」

 何でもない事のように、横に立つカイエダが説明する。

「つまり、生者と死者の婚活パーティーで……」

 そこまで言いかけた瞬間、カイエダはハッとした顔になった。

「ユメさん! 戸を閉めて! 早く!」

 テーブルの上に残されたグラスを片付けかけていたユメは、カイエダの声に弾かれたように、慌ててガラス戸を閉めた。

「……どうやらお相手が見つからなかった方が一名いらっしゃったようで。旅人様がお気に召したのか[あちら側]から覗いていらっしゃいました」

 カイエダは、困りましたね、という顔で笑っていたが、すっと真顔になる。

「これから数日、もしかしたら何かの視線を感じるかもしれませんが無視してくださいね。目が合うと連れて行かれてしまいます」

 旅人は何も言わずに曖昧に微笑み返した。

 もう遅いかもしれない。

 戸が閉められる直前、闇の中に佇んでいた白い影……ぐっしょりと雨に濡れながらニヤリと笑いかけてくる[何か]と、確かに目が合ってしまったのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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