Day6 アバター

 タタン……タタン……タタン……。

 規則正しい揺れ。左から右へと滑らかに流れていく風景。昼下がりの気怠い静寂。平日だからなのか、この車両に人の気配はない。

 私は座って、視線を手元のスマートフォンに注いでいる。

「何を見ているの? ゲーム?」

 突然話しかけられてビクッと肩を震わせた。隣に座っている友人が私の手元を覗き込んでいた。

 おかしいな。乗客は私だけだと思っていたのに。アプリに集中しすぎてたせいで友人の存在をうっかり忘れてしまったのだろうか?

「これはね、[とこよの旅]っていうアプリなんだ。アバターが自分の代わりに世界各地いろんな場所を旅してきて、その体験を共有するっていう……」

 私は友人にアプリの説明をしながら考える。

 そうだ、今は学校からの帰りなんだ。この友人とは帰る方向が一緒だから、こうしていつも同じ電車に並んで座って……て、あれ? 私はもう学校なんて随分前に卒業したはずじゃないかな? おかしいな? 気のせいかな?

「ふぅん、興味深いね。今はどこを旅してるの?」

「それがね……最近、ぼくのアバターはずっと同じホテルに泊まってるんだ。他の場所にまるで移動しようとしない……バグかなぁ」

「それは変だねぇ。それに君のアバターも変わってるね」

 スマートフォンの画面に映っているのは、ホテルの客室に続いていると思われる小さなベランダの風景。私のアバターは、画面に背を向け、チェアに座って眼下に広がる青い海を眺めている。

「うん、急に色がなくなって白黒になっちゃったんだよね」

 鮮やかなマリンブルーが目立つ画面の中、白黒のアバターの存在は確かに異様だ。

「このホテルに入ってからいろいろ変なんだよ。おかしいなあ」

「……おかしくはありませんよ」

「え?」

 友人の口調が急に変わり、声も突然低くなった。私は驚いて隣に顔を向ける。

 目尻の吊り上がった狐顔の男と目が合った。

 おかしい。おかしい。私の友人にこんな男はいないはずだ。

 

「いけませんねぇ、お客様……[こちら側]に来られては。お客様の旅はまだ終わっておりません。ホテルトコヨにももっとごゆっくり滞在くださいませ」

 耳元で男の声が響く。

 視界が明るいマリンブルーに塗りつぶされていく。


 気がつけば、私は客室のベランダのチェアに座り、眼下に広がるのは青い海を眺めていた。

 少し頭がぼんやりする。ほんの一瞬、白昼夢を見ていたような……。

 だが、それもしょうがないかもしれない。

 こんなに穏やかに晴れた昼下がり、何もすることなく、ただ美しい風景を眺め、ゆったりと過ぎる時間の流れに身を任せている。長い旅の中だからこそ許される贅沢だ。

 こんな状況なら、いつの間にか微睡んで夢の世界に入り込んでいても不思議ではない。

 そう、おかしいことなんて何もないのだ。


 タタン……タタン……タタン……。


 寄せては返す波音の中に、ふと、規則正しく繰り返される懐かしい音を聴いた気がしたが、おそらくそれも幻聴だろう。

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