第5話 過剰な遊び
上野刑事は岡崎静香の殺害されていたのを発見した様子を説明した。必要以上のことは言わず、ただ、相手の反応を見たい内容に関しては、少し入り込んだような聞き方をした。
「そうでしたか。岡崎君はうちに入社して一年くらいだったでしょうか? 元々AVをされていたことはご存じでしょう? 今では熟女女優というのも増えては来ているんですが、それも熟女としてデビューしたりする人が多いようで、彼女のように若い頃から女優をしていると、そのイメージを持ったファンがいることもあって、相変わらずファンでいてくれる人もいるようですが、熟女になってまで、彼女の濡れ場は見たくない。かつての栄光を胸にというのは、本人よりもファンに多いようですね。結構なファンがそうやってまだAVを続けている彼女から去ってしまったようです。彼女としてはショックだったでしょうね。ファンが離れて行くこともそうだったでしょうし、年を取ってくることだけは誰にでも訪れる平等なことですからね。彼女が悪いわけではないんですが、そんなわけで、結構本人は粘ったつもりだったんでしょうが、VA業界からの引退を余儀なくされたというわけです」
と上司は話してくれた。
「そうですか。大変だったんでしょうね。ところであなたのところに、彼女から何か相談を受けるようなことはありましたか?」
「ハッキリとしたものはありませんでしたね。でも、うちの事務所は実は元AV女優という人も何人かいるんですよ。それで彼女もここに来たんでしょうが、AVからの転身者も最初の頃は珍しいということだったんですが、そのうちに増えてくると、その珍しさも色褪せてきて、彼女に対して、誰も気にかけなくなっていたんですね。彼女としては、せっかくつてを頼って入ってきたのに、これではどうにもうまくいかないと思ったのか、いつもイライラしているように見えました。若いことからAVでちやほやされてきた彼女とすれば、そんな自分を想像できたでしょうか。特にAV転身組というのはプライドが高いですから、こちらも扱いにくいんです。一度捻くれると、ご機嫌を伺うのも大変で、そのうちに誰も相手にしなくなるんですね。そんな状態だったので、私も他の社員と彼女との間で板挟みのようになって、大変でしたよ。でも、そのうちに結婚して退職するという話になったので、正直ホッとしているところでした」
という本音を聞くと、
――なるほど、これであれば、彼女が殺されたという話を聞いても驚かないわけだ。彼女なら殺されるくらいのことぉしていても不思議はないという思いと、さらに自分の今の本音を見透かされると犯人の一人として疑われると思ったのだろう。だから、逆に自分の立場を正直に話して、理解してもらう方が得策だと思ったに違いない――
それが彼の作戦だとすれば、
――この男も、海千山千な男だな――
と感じるのだった。
そう思うと、また岡崎静香という女性の本性に近づいた気がした。本当に上司が思っているように殺されても仕方のないようなことをしていたのかも知れないと思うと、この上司を最初に疑うのは、間違いだと思うようんなってきた。
あくまでも岡崎静香という女性がこの会社とは関係のないところで起こした事件であり、彼女の殺害に何ら関与があったとは思えないくらいに感じていた。ただ、それは会社の仕事をしている分に感じてのことで、プライベートで仲良くしている人がいれば話は別だった。
「誰か、彼女と仲が良かったり、今でも繋がっているような人をご存じでしょうか?」
と聞いてみた。
「いないんじゃないかと思いますよ。本当にプライベートな話になると私もなんとも言えませんけどね。何しろ相手は新婚で、しかももう若いわけでもない。会社を辞めたそんな人と今でもお付き合いをしている人がいるとは思えませんけどね」
という話だった。
「分かりました。ありがとうございました」
と言って事務所を後にしたが、正直、情報はほとんど得られなかった。得られたとすれば、彼女の性格的なものが垣間見えたことと、それは想定内のことであり、それが裏付けられたとでも言えばいいだろうか。
上野刑事はその足でAV事務所に顔を出した。事務所は少し離れているようで、中に入ると、一つの事務所に何でも押し込んでいるかのようで、奥の部屋には簡易スタジオまでもがあった。
「いやあ、ホテルにしてもどこにしても、撮影許可をもらうには少し面倒だったりしますからね」
と言っていたが、AV事務所なるところはここでなくとも、大概はこんなものではないかと上野刑事は分かっていた。
会社名も、何とか企画であったり、何とかエージェンシーなどという名前をつけていて一般の人は分からないと思っているのかも知れないが、ちょっとAVを見たことがある人間なら、舐めだけである程度納得できるくらいであった。
「彼女が殺されまして」
というと、ここの代表は驚いていたようだ。
――これが普通の反応だよな――
と感じたが、死んだということに驚いただけで、彼女がというわけではなさそうなのは分かった気がした。
「さっそくですが、彼女はどういう作品に出演していたんですか?」
「彼女が二十代の頃からうちで働いてくれていましたので、息も長かったし、ファンも多かったんですよ。年間百本以上の作品に出演したこともあったし、AV業界のイベントには若い頃はよく呼ばれて行ったものですよ。でも年には勝てません。人気はすぐに若い子に持っていかれて、いわゆるお局様状態でしたね。特に彼女はいかにもお局様が似合っていたような気がします。彼女の出演で多かったのは、アブノーマル系が多かったでしょうか? 企画ものとでも言えばいいのか、確かに若い頃はイメージビデオのようなものも出ていましたが、そのうちに人気女優がたくさん出てくるバラエティ色の豊かな作品が多くなり、そういう作品というのは、女優同士で男優を誘惑する競争をしたり、羞恥な行為を平気でするような作品だったりするんです。そのうちに彼女も羞恥系と呼ばれる作品が多くなって、企画もので暴行だったり痴漢だったり、SM系だったりのアブノーマルが多くなってしました。でも彼女は決して嫌がったりはしなかったんですよ。きっとそういうのが元から好きだったのかも知れませんね」
と言っていた。
「なるほど、彼女のビデオの宣伝写真などを見ると、どこか妖艶さが滲み出ているので、そんな感じではないかと思いましたが、やはりそうだったんですね」
「ええ、そういうことです。でも、彼女はだからと言って自分をそんな女優だとは思っていなかったようなんです。清楚とまでは行きませんが、以前のようなノーマルな作品でも十分通用すると思っていたんでしょうね。でも、実際にはそうでもなかった。彼女の仲での葛藤が目に見えてくるようですよ」
「大変な業界なんですね」
「これは一般の芸能界でも同じかも知れません。それまで清楚な女優で売っていたテレビドラマなどではよく脇役で出ていた女の子などが、いつの間にかAVの世界に転身していたなどとよく聞くでしょう? だから元からいたVAのいわゆる生え抜きの人たちには結構目障りだったりするんですよ。だから逆にAVから転身してきた彼女に一般の芸能界では、さらに風当たりが強かったんはないでしょうか?」
と、代表はそう言った。
芸能事務所もたくさんあるが、AVというのはさらにたくさんの会社があるのではないかと上野刑事は思った。
「作品を作り続けなければ、存続はない」
と言われているのか、年間の発売本数たるやどれほどのものなのか、想像を絶するものであろう。
上野刑事はそれを思うと、業界で事件が多いのも無理もないことのように思えた。殺人、自殺、事務所と所属俳優とのトラブルなど、これでは芸能雑誌が売れ続けるのも分かるというものだ。
上野刑事は岡崎静香の捜査をしながら、次第に虚しさを感じてくるようになった。こんな気分は久しぶりな気がする。人が殺されてその人の人生を顧みることは多かったが、その背景に芸能界や、AV業界が絡んでいると思うと、何か、
「夢も希望もあったものではない」
と思うようになっていた。
AV業界でも、芸能界でもすでに彼女の居場所はなかったのである。それを彼女は最初から分かっていたのだろうか?
分かっていてそれを承知で生きようとしていたと思うと、本当に切なく感じる。彼女がどういう人間なのか、本当の正体を知らないが、同情的な気持ちになったのも無理もないことだったが、この感覚が上野刑事がここまで鋭かった感覚を鈍らせることになるとは、思ってもみなかったのだ。
彼女のことが分かったような気がしていたが、時間が経つと、どうも感覚が違っているのではないかという思いに陥ったのも、少し感覚を鈍らせることにもなった。
AVの事務所で聴いた時、
「彼女はアブノーマルな羞恥モノや、企画ものが多かった」
と聞いた時、どこかに違和感があった、
だが、その違和感を払拭する事実が聞き込みが終わって署に帰った上野刑事を待っていた。
捜査本部の奥で、門倉刑事が待っていたところに、先ほどの報告をしたとことで、門倉刑事も、
「なるほど、そういうことか」
と言って、何か自分だけで納得したかのようだったので、
「何か新しい情報でも出てきましたか?」
と聞くと、
「うん、鑑識からの情報なんだけど、どうも彼女はクスリの常習犯だったようだね。それもかなりの常習性があったようで、やはりAV業界というのは、そういうものなのかね?」
と聞かれたが、そこにどう返答していいのか困っていると、
「まあいい。とにかくクスリを打ちながら何かのプレイに興じていたとすれば、それはやはり彼女が得意と下プレイなんだろうね。SMプレイなんかでは、首を絞めたりもするんじゃないか?」
と門倉刑事に言われて、
「そうかも知れません。これは計画的な殺人ではないと門倉刑事も思っておられるのでしょうが、そう考えると、事故というか、プレイが行き過ぎて、過失致死だったということもあるかも知れませんね」
「じゃあ、どうして逃げたりしたんだい?」
「それは怖くなって逃げだしたのか、それとも、その人間には何か後ろめたさがあったのか、それとも、一緒にいるところがバレるとまずい状態、それなりに立場のある人間だったりしたのかも知れないですね」
「例えば、奥さんが会社社長の令嬢か何かで、気に入られて結婚した、いわゆる逆玉というやつだろうか?」
「そういうのもあるかも知れませんね。あるいは、不倫がバレることでまずいということ、つまりは旦那とも面識があるという人なのかも知れないですね」
「そうであれば、事件は結構分かりやすい形になるんじゃないかな?」
と門倉刑事がいうと、上野刑事は逆に考え込んだように、
「そうでしょうか? 逆に見えにくくなったかも知れませんよ。誰かが何かを隠したいと思っていることがあるとすれば、それだけではなく、その奥にはもっと知られたくない秘密が渦巻いているかも知れません。それを思うと、そう簡単に事件は解決しないような気がするんです」
と、上野刑事は言った。
「考えすぎなのでは?」
とk毒ら刑事は答えたが。
――いや、彼の言う通りかも知れない。意外と上野という男は鋭いところを掴んでいるのかも知れないな――
と、彼に対して頼もしさが感じられ、若いということで、行動派を想像していたが、意外と頭の回転も早く、勘の鋭さも並々ならぬものがあるような気がしてきた。
門倉刑事は、
「被害者が薬中だったということを聞いた時、最初は案外楽な事件かも知れないと思ったが、上野刑事の報告と彼の意見を聞いて、若干の考え違いがあったことに気が付いた。
――この事件も、一筋縄ではいかないかも?
という思いと、上野刑事に期待する思いが交差して、さらに、世の中の見たくない部分を見さされているような気がして、不思議な気がしていた。
――そういえば、マンション殺人事件の捜査の時、被害者に勉強を教えてもらっていたという青年がいたが、彼が勧善懲悪なる言葉を口にしていたな――
というのを思い出した。
向こうの事件の方が、いかにも殺人事件という感じのものだから、マニュアルに沿った捜査を行うのが定石なのだろうと思ったが、果たして、セオリー通りの一遍通りの捜査方法が果たして有効なのかとも考えていた。
謎が多いのはマンション殺人事件の方で、例えば、どうしてお湯を出しっぱなしにしていたのかということも解決していない。確かに死亡推定時刻が広がるというのは確かなのだが、ではその広がった間に容疑者の数や可能性が広がったのかと言えばそうでもない。まだほとんど何も分かっていないということになるのだろうか。
そちらの捜査も進展がないまま、まずは、この事件からおさらいすることになっている。ホテルの事件は、案外と簡単な事件なのかも知れないという思いが次第に捜査本部の中ででも固まりつつあった。
彼女が使用していた麻薬というのは、媚薬としても使用されていたようで、
「GHBという麻薬成分の入った媚薬を使用」
というのが、鑑識の認識だった。
だから、薬物は媚薬として使用されており、本人が麻薬と知っての使用だったのか、それともあくまでも媚薬としての使用だったのかは分からないが、
「すでに身体に沁みこんでしまっていて、彼女にとって少なくともセックスの最中は、なくてはならないものとなっていたことだけは確かなようですね」
というのが、鑑識の話だった。
「ということは、かなり陰湿なプレイだったとみていいのでしょうか?」
「いいと思います。実際に彼女はかなりの頻度で使用していたようですね。かなり長い間の常用ではないかと思われます」
という鑑識に対し、
「彼女がAVに出ていたのが数年前までだから、じゃあ、AVをやっている頃から常用していたとみていいのかな?」
「いいと思います」
というと、上野刑事は、
「チッ」
と舌打ちをし、苛立ちを隠せない顔になり、
「なんだよ。だったら、あのAⅤ会社もグルだったということか?」
と、訝しそうにいうと、
「そういうことかも知れないな。君の聞き込みでは、彼女はアブノーマルが多かったわけだろう? そういう時って、いわゆるトランス状態に自分を持って行かないと、羞恥の気持ちを少しでも持っていたら、身体が持たなかったりするんじゃないかな?」
「ええ、そうだと思います。少しでも羞恥を忘れて、自分に酔うような状況にもっていかなければ、いくらお金のためとはいえ、精神的に破壊されますからね。ただ、だからと言ってドラッグに嵌るのは怖いですよね」
「でも媚薬として使用しているだけだと言えば、彼女も信じたんじゃないだろうか? もっとも信じないまでもしなければいけないということになっているのだから、当然媚薬でも何でも使って、その場をやり切らないと、彼女の中にプロとしてのプライドがあったのだとすれば、それは使用するだろう」
と、門倉刑事は言った。
「となると、やっぱりあの会社、胡散臭いわけだ。自分のところの女優を何だと思ってやがるんだ」
上野刑事の中の正義感が燃え上がってきた。刑事をしているのだから、耐えがたいことも結構あるのだが、こんなにやるせない気分になったのは久しぶりだった。
改めて、
「麻薬の恐ろしさ」
と身に染みて感じられ、身体がワナワナと震え、歯ぎしりしてしまうそうなくらいの怒りがこみあげてくるのを感じた。
その時、また思い出したのが、
「勧善懲悪」
という言葉だった。
またしても、あの少年の顔が思い浮かんでくる。上野刑事は自分が子供の頃と被って見えてくるようで、あの少年のことも忘れられない一人であった。
ただ、今は可哀そうに、馬車馬のようにこき使われ、ボロ雑巾のようになって捨てられた静香を思うと、胸が張り裂けそうに感じられるのだが、彼女の死が間接的にであるが、AV制作会社の犠牲になってしまったかと思うと、またやり切れない気分にさせられたのだ。
だが、今回は彼女は誰とこのような行為をしたのだろう? この行為が常習的なもので、相手はいつも同じ相手なのか、違う相手なのか、もし違う相手であれば、毎回違うということにもなり、必ずしも知り合いとは限らなくなる。
いつも同じ相手ではもう耐えられなくなり、毎回違う。しかも、知らない相手だということに興奮するようになっているとしたら、彼女もすでに、末期症状だったのかも知れない。
「せめて、相手がいつも同じ人であってほしいな」
と上野刑事は言ったが、門倉も同じ思いであるのは、間違いなかった。
もし、そうであったとしても、これが殺人ではなく、過失致死だったということになればどうなのだろう? もっとも罪状などは、犯人が逮捕され、拘留中に起訴が決まり、そこからの裁判で、検察側からの求刑、そして、裁判長、あるいは裁判員による最終判決で罪が決まるものである。
その中には情状酌量やなどが考慮され、減刑されることもあるだろうが、この場合、一番問題となるのは、殺意ということになるだろう。
もし、殺意なき場合はまず過失致死になることは間違いない。ただ、この場合、被害者を見捨てて帰っているので、救護に対する義務違反と、死体遺棄殿二つが罪状に含まれても仕方がない。この二つを、まったく意識がなかったなどということは無理なことであるから、弁護士はきっと殺意だけを持ち出してくるに違いない。完全な無罪というわけにはいかないだろうが、少なくとも殺人でなければ、執行猶予というものもあり、執行猶予がつけば、裁判では弁護側の勝利と言えるのではないだろうか。
しかし、もう一つの問題は、
「ホテルという密室なの中で何が行われていたのか?」
ということも問題になる。
特に媚薬という名の麻薬が使われていたのは事実だし。その麻薬をずっと被害者に与え続けていたのが加害者だということになれば、話はまったく違ってくる。下手をすれば、殺人罪よりも卑劣な犯罪ということになるのかも知れない。
――犯人が、被害者を残して立ち去ったのは、そのあたりの事情を知られたくないということがあったのかも知れない――
このことが明るみになると、犯人の社会的地位どころか、麻薬の流れが警察に知られることとなり、下手をすれば、犯人が組織から消されるということになるとすれば、それは逃亡くらいしても当然だと言えるだろう。
ただ、この犯人が麻薬を流していたのだとすれば、実は経済的には裕福な人間かも知れない。
麻薬など、一介の主婦、それも女優崩れの一人の女に、そんな常用できるほどのお金があるとは思えない。
そうだ、逆に、
「女がセックスのために、クスリを利用していたというわけではなく、クスリを常用するために、お金がほしいということで、お金儲けのために、男に身を任せていたという考えもあるんじゃないか?」
と、門倉希恵児は考えた。
「なるほど、そういう考えもありますね。AV女優をしていたくらいなので、セックスに関しては、一癖も二癖もあるだろうから、そのテクニックを使って、男を手玉に取っていたとすれば……」
と、そこまで言った上野刑事だったが、急にテンションが下がってしまった。
「どうしたんだい? 上野君」
と言われて、
「ええ、確かにそう考えればある種の辻褄は合うのかも知れないんですけど、それだと殺された女が可哀そうに思えてきてですね。確かに見えている事情は、彼女に不利な点が多いですが、もしその見えている部分が少しでも違うのであれば、我々は大きな間違いを犯してしまいかねないですよね。僕の感じたやりせなさと辻褄が合っていないという考えは、そういうところへの警鐘ではないかと思うんです。そういう意味で、この捜査は慎重にしなければいけないような気がします」
と上野刑事は言った。
門倉刑事も上野刑事と気持ちは一緒だった。自分で意見を口にしながら、どこか後ろめたさもあったからだ。
「確かにそうだとは思う。しかし、事実は一つしかないんだ。その事実を探して解明してあげるのも、ある意味亡くなった人への供養なんじゃないか?」
と門倉刑事は言った。
「そうですね。それが僕たちの仕事でした。それを忘れるところでした」
と言って、頭を照れ臭そうに描いている上野刑事だったが、
「とにかく、まずは、ホテルから立ち去った男が何者なのか、知る必要がありますよね。ところで残っていたと思われる指紋の照合はどうだったんですか?」
と上野刑事が聞くと、
「無理なようだな、前科者にはいないようだ」
という話だった。
もっとも指紋が一致したのであれば、今頃総出でその男のところに向かっているはずである。期待していなかったわけではないが、やはり照合が無理だったということは、ウスウス気付いていたことでもあったのだ。
ただ、今のところ手がかりというとそれしかない。そう思っていると、落胆するものではないというもので、まったく予期していなかったところから、指紋の照合ができることになった。しかし、それはありがたいことではなく、余計にこの犯罪を複雑にし、そして怪奇な印象を与えることになってしまうなど、誰が創造したことであっただろうか……。
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