第2話 門倉刑事の過去

 その日には分からなかったことが、その翌日には少しずつ分かってきた、捜査本部では課長が捜査の指揮を取素ということなり、門倉刑事も張り切っていた。

「では、まずは鑑識報告からいこうか?」

 と課長がいうと、前列の二人のうちの一人が手を挙げて立ち上がり、

「では、私から報告させていただきます。死因は細い紐状のものだそうです。独楽の糸くらいのものではないかということでした。死亡推定時刻は、やはりあれだけ熱湯を浴びていたので、鑑識でも、どうしても幅を持たせなければいけないそうです。たぶん、死後6時間から十時間くらいではないかということです」

 と一度そこで話を切った。

「ということは、昨日の夕方から十時頃までということになるのかな? それにしても、凶器が独楽の糸くらいの太さというのは、何とも中途半端なものだね」

 と課長がいうと、

「はい、確かに中途半端です。しかも犯人は殺害後、さらにタオルで済め殺しています。どうしてそんな回りくどいことをしたのか、よく分かりませんね」

「凶器はどうなったんだ?」

 と聞くと、

「いやあ、現場にはありませんでしたし、付近からも発見されませんでした。ゴミも漁ってみましたが、こちらも空振りです」

「そうか、凶器はでなかったわけだな」

「はい」

「じゃあ、死亡推定時刻がそれくらいの時間だとすると、そのあたりの時間に被害者の家を誰かが尋ねてきたとか、争うような物音を聞いたとかなかったのかい?」

「この自坊推定時刻を元に、第一発見者の方にも聞いてみましたが、誰かが訪ねてきたということも、物音を聞いたということもなかったそうです。昨日は発見者の女性は、昨日お休みだったようで、夕方くらいからは家にいたと言います。人が尋ねてきたかどうかまでは何とも言えませんが、物音や振動はなかったと言っています」

「まあ、それはそうかも知れないな。何しろ夜中に熱湯が勢いよく流れる音だけで、いくら夜中に扉が開いていたとはいえ、気になって覗いてみるきになったんだから、かなりの聡いタイプの人間なんだろうな。その彼女が気付かなかったというのだから、信憑性はありそうな気がするな」

「そうなんですよ。念のために、反対川の隣の人に聞いてみましたが、そっちはまったくの無関心な人でして、警察というだけで、露骨に嫌な顔をしましてね。開けてもくれませんでした。ただ、見ていないというだけで、まあ、答えてくれただけいいんでしょうけどね」

 と、捜査員も、やれやれという顔で話をした。

「いや、むしろこっちの方が普通なんだよ。この第一発見者のように自分からいろいろ話をしてくれる人なんて珍しいくらいだ。だからこそ彼女の意見は貴重ではあるが、あまり鵜呑みにできないところもある。慎重に捜査しないといけないと思うぞ」

 と課長は話した。

 これに関しては門倉刑事も同じだった。あまり事件に深入りしてくる民間人というのは、あまり信用できるものではないと、門倉も今まで経験から分かっているような気がした。

「じゃあ、次は、被害者についてだが、何か分かったかな?」

「はい、それは我々で調べました」

 と、後列の二人のうちの一人がメモを手に、立ち上がった。

「被害者は赤嶺佐緒里、二十三歳、去年、近くのK大学を卒業し、現在hキャバクラで勤めているそうです。何でも就職活動がうまくいかず、学生時代からアルバイトをしていたキャバクラで、そのまま働いているということです。給料は少々色を付けてもらっているということですが、あくまでもアルバイトなので、貰える額は知れているそうですね。就職活動の方は地道に続けていたようです。お店の仲間からは、あまり悪く言われていることはないようで、ただ、いい話も聞きません。要するに、相手にされることのないほど、目立っているわけではないということでしょうか? ただ、彼女を真面目な女の子だという意見は、皆持っているようで、もっと他に働き口くらいありそうなものだって言っているくらいでしたね。とにかく目立たないタイプで、指名もそんなにはついていなかったようです」

「でも、常連はいたんだろう?」

「ええ、彼女ばかりを指名する客もいたようです」

「そういう客はどれくらいいたんだ?」

「二、三人というところでしょうか?」

「どういうタイプの客なんだ?」

「聞いたところですが、真面目な人で、人とあまり喋るのが苦手なタイプの客が二人くらいと、もう一人は皆が好きになるような女の子を指名するようなミーハーではないと豪語する男性だということですね」

「なるほど、何となく、生前の彼女がどんなタイプだったのか、想像できそうだな」

「ええ、その通りです。我々は引き続き店から他の情報を引き出せればと思っていますが、並行して、さっきの客も当たってみようと思います」

「ちなみに彼女の勤めているお店は、会員制じゃないんだろう?」

「ええ、キャバクラなので、会員制ではありません」

「じゃあ、客の特定というのは難しいのでは?」

「そうでもないんですよ。女の子に対して名刺を置いていく客もいるし、名前も本名を名乗っているので、意外と分かりやすいんですよ。彼女は自分についてくれる常連さんが少なかったこともあって、彼らからもらった名刺は自分の部屋に大切に保管していました。名前を店の他のキャストに確認したんですが、おかげで全部会社と氏名までは分かりました」

「そうか、それはよかった。じゃあ、彼らへの事情聴取はお願いしようかな。丁重に頼むよ」

 と課長は言った。

 門倉刑事は、近所の聞き込みを行っていたようで、

「じゃあ、次は近所の聞き込みはどうだったかな?」

 と、門倉刑事を目配せした。

 門倉刑事が立ち上がり、今までの二人と同じようにメモを見ながら答えた。

「被害者の赤嶺佐緒里ですが、彼女は近所づきあいはほとんどなかったようですね。マンションの他の部屋の人に聞いても何も返事は返ってきませんでした。返ってきたとしても、ほとんど話をしたことがないという、こちらの期待に沿えない回答ばかりですね」

 と報告すると、

「そうか、まあ、そういうことであれば、逆に彼女の性格も分かってくるというものだ。近所づきあいにおいても、お店の中においても、どちらにしてもパッとしない性格で、その性格が一貫しているということが分かっただけでも、収穫なんじゃないか? 彼女がそういう性格の女性だということが分かると、彼女の交友関係も、そして、彼女が殺されなければならなかった理由もおのずと分かってくることなんじゃないだろうか?」

 と、課長は言った。

 今回の課長は、いつになく乗り気で捜査をしていた。今までも別に気が抜けていたわけではなかったが、ほとんどを捜査員に任せていたのに、今回はどうしたことか、自分が率先しているように感じられた。この感覚は捜査員皆にも分かっていることであり、それだけに一本ピンと下線が張られているようで、捜査本部も緊張に満ちている気がしたが、課長は自分では別に特別な意識を持っているわけではなかった。

「まわりの皆がなかなか捜査に、非協力的なので、よくは分かりませんでしたが、管理人が一度面白いことを言っていたことがあったんですが、それというのも、彼女が一度公園のベンチに座って、何やら参考書のようなものを見ていたといんです。しかも、それが高校生の見る参考書だったんだそうですが、管理人も、ちょっと不思議に思っていましたね」

「それはいつのことだったんだい?」

「数か月前ということでしたので、大学は卒業していました。就職のための一般教養の私見のためと言えば分からなくもないんですが、それなら公務員試験などの本を見るような気がしたと管理人さんは言ってました。それで少し調べてみると、彼女が大学時代に在籍していた学部というのが、教育学部だったらしいんです。彼女は先生を目指していたんでしょうか?」

 と門倉刑事は報告した。

「それはあるかも知れないな。卒業しても、教員になりたいと思っていて、今は無理でもいずれはと思っていれば、それもありなんじゃないかな? 特に彼女は真面目な性格だというだけに、あり得ることだと思う。そんな話を聞くと、応援してあげたくなるような人だったんだろうね」

 と、課長は少し、本音を混ぜるかのように言った。

 それに課長は、門倉刑事の気持ちも分かる気がしていたのだ。彼と一緒に以前飲んだことがあったのだが、その時、

「自分は、子供の頃は、本当は学校の先生になりたかったんです。勉強も好きだったし、好きな勉強を生徒に教えたいと思ったんですね」

 それが、何を間違えた(?)のか、警察官になってしまったという。

 だが、今はその警察官が結構楽しいと思っていた。事件などで、鬱状態になるほど、やり切れない事件もあるにはあるが、一人ではないということが、彼にどれほどの勇気を与えるか、

 しかも、一つの事件が終わっても、事件というのは、まるでトカゲの尻尾切りのように切れ目なく出てくる。それが却って余計なことを考えさせないのがいいのだった。

 門倉刑事は、聖人君子というわけではない。嫌いな人間もいれば、許せないタイプの人間もいる。そんな人に対してどのように接すればいいのかが、最近ではずっと悩みだったりしている。

 ただ、この悩みを相談できる相手はそれほどたくさんいるわけではない、最近では鎌倉氏がいるので、相談に相手には困らないが、相談相手がいないと、どうしていいのか分からないくらいだった。

 そんな門倉刑事は警察学校で成績優秀だったということは、鎌倉氏には想定内のことだった。話をしていても、どこか秀才的な言葉が飛び出してくる。語彙力に対しても、一目置く存在だった。

 今までは、どうしても鎌倉探偵の助手のようなイメージが強く、警察内でも、二人のコンビは有名だった。そのたびに門倉刑事の方がいつも鎌倉探偵に助けられているというイメージがついていることを、鎌倉氏は憂慮していた。

「本当はそんなに私ばかりの手柄というわけではないんですけどね」

 と、課長と一緒にいる時には何度か話をしたことがあった。

「彼は不器用というわけでもないんですが、甘んじて助手のような役割を喜んで引き受けるところがあるんですよ。それが彼の頭の様さを裏付けているんじゃないかと私は思うんですが、どうでしょうね?」

 と課長がいうと、

「そうかも知れないですね。でも、それは課長が、門倉君の過去を知っているからそう思うのであって、他の何も知らない人からみれば、彼は道化師のような存在に見えるかも知れませんね。怖い道化師ではなく、愛嬌のある道化師ですけどね」

 と鎌倉氏は言った、

「確かに、私は彼のことを知っているから、そう言えるんでしょうね。でも、それだけではないような気がします。門倉君には、彼にしかないいいところがきっと他の人よりもたくさんあるような気がするんですよ」

 と課長はいった。

「門倉君というと、私が最初に解決した事件では、結構活躍されていましたよ。本人にどこまで自覚があったのか分かりませんが、私の推理の糸を手繰り寄せてくれたのが彼の一言だったんです」

「そんなこともありましたね。私がまだ現場を飛び回っていた頃だったですおね。あの時、鎌倉さんに捜査の依頼を言い出したのは、この私だったですからね」

「そうそう、確かに課長さんでした。あの時は、私も探偵になりたてで、どのように捜査をしていけばいいのか、半分困っていたんですよ。その時に課長さんから掛けてもらった言葉も忘れもしません。確か『こちらが相手を見えないように、相手もこっちが何を考えているか、分かっていないでしょうから、焦ることはないと思いますよ』という言葉でしたよね。私はあの言葉で気が楽になったんですよ」

 と鎌倉探偵がいうと、

「そうでしたね。あれは私も鎌倉さんが焦っているのに気付いたので、何とか焦りを沈めて、その気持ちを闘争心に結び付けられたらいいと思って言った言葉でした。うまく行きましたかな?」

 と課長が笑いながらいうと、

「ええ、もちろんですよ。あの言葉があったから、僕は事件解決に一歩も二歩も近づいたんですからね」

 という鎌倉氏に対して、

「あの時は、本当にいいパートナーでしたな。今ではその役目を門倉君が受け持ってくれていますよ。ちょっと頼りないところがありますけどね」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。今でも門倉君の言葉は、いつも事件のクライマックスにおいて、大いに刺激になることが多いんですよ。事件の真相に近づく一言しかり、この僕を啓発してくれること、またしかりですね。本当に彼は助手というよりも、いい相棒なんですよ」

「そう言っていただけると、私も嬉しいですよ。私にとっても、門倉君が私のよき継承者になってくれていると思うと、これほどの気持ちがいいことはない。私の部下でありながら、鎌倉さんにお預けしているというイメージになっているので、その鎌倉さんからおほめいただくと、これほどの喜びはありませんよ」

 と、二人は門倉刑事の話題が尽きない様子だった。

 鎌倉氏にとって、門倉刑事というのは、傍から見ていると、本当に助手というイメージなのだが、それは逆に彼の刑事としての手腕が優れているからだと言えるのではないだろうか。

 事件の情報を捜査してくるのが、警察官である門倉刑事の仕事、集まってきた内容を元に、犯罪を組み立てていって、真相に近づく頭を発揮するのが、探偵としての鎌倉氏の仕事ではいだろうか。

 警察官としての仕事をまっとうしている彼は、警察官であるまわりから、

「助手みたいだ」

 と言われるのは、どこかおかしな気がしているのは、鎌倉氏であったり、課長だったりするのだが、当の本人は逆に分かってやっているだけに、まわりから何と言われようとも別に気にすることはない。

 助手と探偵というと、シャーロックホームズにワトソン氏が有名で、日本の探偵小説としては、日本の三大名探偵の一人、明智小五郎と婦人である文代さん、そして小林少年があげられる。そしてもう一人の名探偵と言われる神津恭介には、松下研三(実は、真壁氏)というのもいるが、またもう一人の名探偵として有名な金田一耕助にも、実は助手がいる。彼の七十七に及ぶ探偵記録の中で、数個ほど助手が出てくる事件があるが、これも一人ではないので、要注意(偶然、名字が一緒だったりするが)。また金田一と同じ作者の生み出した、由利先生の助手として三津木俊介がいる。それぞれにどこか頼りないところがあるが、人間味に溢れているところがある。やはり探偵小説の登場人物としての探偵助手は、人間味に溢れているというところが必要不可欠な部分なのではないだろうか。

 そして、もう一つ言えるのが、探偵が困った時に、何かのヒントを与えるというのも助手の重要な仕事の一つだ。

 そう毎回毎回、ヒントを与えることはできないかも知れないが、探偵小説なのだから、それもありだったりする。助手という意味合いは、結構幅広いものであったりするのではないだろうか。

 そんな門倉が、先生を目指していたと聞いた時、鎌倉探偵は、

「なるほど」

 と思った。

 鎌倉探偵も実は、小説家を目指す前は、漠然とではあったが、

「学校の先生になりたい」

 と思った時期があった。

 それなりに成績もよく、特に算数から続く数学にもスムーズに入ってこれたことで、理数系にはかなりの自信を持っていた。

 それなのに、どうして作家になどなったのかというと、そこも不思議なところで、一歩間違っていれば、今頃はしがない教師として、高校生に勉強を教えていたかも知れない。

 教室では、教壇に立っているが、勉強を教えているのか、それとも自習させているのか分からないほどのつまらない授業をしていた可能性があると思っている。

 彼は、理詰めで相手に迫っていくタイプなので、探偵という職業のように、

「相手が大人」

 でないと、その力が発揮できない。

 相手がまだ高校生のように子供であれば、相手になめられたとしても、それを跳ね返すだけの知力はあっても、相手にそれが通用しない。まるで真綿で首を絞めているかのようである。

 今の鎌倉氏には、その光景が目に浮かぶようだった。

 そういう意味で小説家になったというのは、成功したわけではないが、それなりによかったと思っている。今の探偵という職業を、聖職だと感じているのであれば、

「小説家になったのもm聖職につくための一つのプロセスだったんだ」

 と言えるだろう。

 教師などにならなくてよかったと思うのは、今だからであって、小説家をしている時までは、

「教師という選択肢もあったんだな」

 と思っていたのだ。

 今の門倉氏がどのように思っているのか分からない。だが、きっと門倉氏も同じように思っているような気がした。

「教師になどならなくてもよかった」

 その言葉を門倉刑事から聞かれることはないと思うが、もし、そう思っているのだとすれば、やはり、

「彼こそ私の本当の意味での助手と言えるのではないか」

 と、鎌倉氏は考えていた。

 助手という意味では、鎌倉氏も学生時代に経験があった。それは大学時代にゼミの先生の助手を務めていたことがあったからだ。

 小説家になる前の少しの時期だけであったが、これは非常にいい経験だったと自分では思っている。

 基幹的には半年もなかった。もし半年以上の期間があったとすれば、それはそれで長すぎるのであって、教授の影響を受けすぎていたのではないかと思っている。

 鎌倉氏の欠点として、

「他人の影響を受けやすい」

 というところがあった。

 そのおかげで、今はその教訓を胸に刻んでいることで、探偵として独自の動きが取れるのだろうと思う。もし自分が警察内部の人間であれヴぁ、なるほど、他人からの影響を受けることで、うまく溶け込むことができたであろうが、却ってその分の独自性は失われ、ただの面白くない捜査員の一人として、そのまま残ってしまっていただろう。捜査の解決に何ら役立つことはなく、せめて、誰かの助手として人生を終わっていたかも知れない。それだけは自分でも嫌だった。

 しかし、門倉氏は自分とは違って、人の影響を受けても、それは彼の特徴を生かせるものであった。彼は自分が助手を務めているということを分かっているはずだ。それは鎌倉氏が大学時代に感じていたもので、しかし一番の違いは、鎌倉氏の大学時代がたったその半年くらいで、最初と最後の感情は全く違っていたというこtだ。飽きが来ていたというものかも知れないし、自分が助手には向いていないと気付かされたからなのかも知れない。しかし、門倉刑事にはそんな変化は見られない。だから彼は敢えて自分が助手に甘んじていることを分かっていて、それに徹しようと思っているのだろう、その気持ちは不変なもので、色褪せることはないと鎌倉氏は感じていた。

 そのおかげで、鎌倉氏はいい助手を得ることができたと思っている。門倉刑事も慕ってくれているし、自分が探偵としてやってこれたのも、署長や課長の理解があったらkであり、現場では門倉刑事といういい相棒に恵まれたことが幸運だったと言えるだろう。

 門倉刑事はそんな鎌倉氏に対して、相棒などというおこがましいことは思っていない。あくらでも自分は助手であり、鎌倉氏の手柄をサポートするだけだと思っている。これがもし彼の美学だとすれば、鎌倉氏は門倉刑事を相棒としてではなく、助手として使うことに専念すればいいのだろう。

 だが、助手としての尊敬の念を忘れることなく、彼の助言も大切にすることが大切だと思っている。

 門倉刑事も同じことを感じていた。

 彼は彼なりに鎌倉氏の様子をじっと観察していて、何か声を掛けてほしい時など見ていれば分かるのだ。

 そんな門倉刑事は、警察内部では、捜査員として立派に独り立ちをしている。鎌倉氏の助手という印象は警察の組織捜査の中ではありえないのだ。

 彼にはそんな二面性があったが、全国の警察広しと言えども、彼のような役割を持った刑事は他にはいないのではないか。しかも、それを隠すこともなく、改札所すべてに公認になっていて、しかも非公式として、上司からもその役目を担っているかのようである。そんな彼を上層部も期待していて、彼の評価はうなぎ上りであった。

 警察としての仕事、そして鎌倉探偵の助手としての彼の立場は、今では誰からも何も言われない。

 最初こそ、

「あいつは何をやっているんだ?」

 と捜査員の中から、課長に抗議の声も上がっていたが、実際に事件が解決していくと、まわりの先輩刑事も、彼を認めざる負えなくなってくる。それを鎌倉氏は、

「門倉君は、ある意味幸福な人ですね。自分をすぐにまわりに認めさせることができるという素晴らしい性格を持っている」

 と言っていた。

 人の影響を受けやすい鎌倉氏にとってみれば、それは羨ましい限りであった。

「門倉君は、僕が警察の捜査に協力しているということを肌で感じることで、僕から何かを学ぼうという探求心もあるようですね」

 と、課長に話すと、課長は実に嬉しそうに、

「そうかそうか、彼にはそんな探求心をまだ忘れているわけではなかったんだな」

 というと、

「もちろんですよ。人の助手になろうとする人には二種類あって、ただ助手に甘んじるだけの人と、表向きは変わらないが、実際には助手として勤める相手から貪欲に何かを盗もうと考える人の二種類ですね。門倉君は後者であり、それは私には最初から分かっていたことだったんですよ」

 と、鎌倉探偵は答えたのだ。

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