主犯と共演者の一致

森本 晃次

第1話 第一の殺人

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。ご了承願います。


 門倉刑事はその日、当直として警察署に泊まりこんでいた。つい最近まであれだけで暑くて、毎朝苦痛を舐めていたにも関わらず、今では半袖では寒いくらいになっていて、しっかり毛布を掛けていないと、風邪をひくレベルにまでなっていた。最近は当直をしていても、一日電話がなることもなく、夜中は平和な毎日を過ごせていた。昼間は相変わらずであるが、夜中に叩き起こされることがないだけマシだと言えるだろう。

 そんなことを思いながら当直をしていたので、さすがの門倉刑事も、早朝に鳴り響いたけたたましい電話の音に、身体がビクッと反応し、反射的に受話器を取った。

「はい、刑事課です」

 と言って、時計を見ると、時間は早朝の五時前だった。外はまだ真っ暗で、時計を見なければ真夜中だと思ったかも知れない。

「あの、人が殺されているみたいなんです」

 という相手の声にビックリした。

 その声は細く消え入りそうな声であったが、殺されているという部分だけがやけにリアルに聞こえ、しばらく耳から離れないのではないかと門倉刑事が感じたほどだった。

「それは、どういうことですか? 場所はどこなのでしょう?」

「市内の観音町にある観音通りコートというマンションです。そこの四階なんですが、部屋の扉が開いていて、浴槽で女の人が首を絞められて死んでいるんです」

 というではないか。

「分かりました。ただちに急行します」

 と言って、門倉刑事は、同じ刑事課の上司や同僚に連絡を入れ、自分もそのマンションに向かった。

 到着してみると、すでに交番から警官がやってきていて、立ち入り禁止のろーーぷが張られ、衝動操作の連中が来ていた。

「ご苦労様です」

 と言われて中に入ってみると、なるほど、電話での通報通り、浴室で女の人が首を絞められて死んでいる。

 その様子はまるで恨みの籠ったような目線が虚空を見つめていて、バスタオルを身体に巻いたまま、浴槽に浸かっていた。手首は水の中に浸かっておらず、空にある何かを掴もうとしているかのように見え、その様子は誰かと争ったわけではなさそうだが、死にたくないという意思を表しているようで、それだけに、気の毒に感じられた。

 殺人現場というのは、いつのことでもあるが、その場には死んでいった人の何かのメッセージが残されているような気がして、科学捜査とは別に、独特の感覚を持ってみるように、門倉刑事は考えていた。

 一つ気になったのは、お湯の栓が開いていて、熱湯がすっと注がれていた。浴槽から水が溢れ、排水溝に吸い込まれていく。一番強い勢いで噴出しているのか、音も結構なものであり、熱湯であるがゆえに、湯気で浴槽は白く煙った状態だった。

 普通に入ってしまうと足を火傷しそうになり、門倉刑事が現場を見た時点で、初動捜査の担当者が、

「もう、お湯の栓を締めてもよろしいでしょうか?」

 というので、

「ああ、そうだね。これを締めて、捜査の方をお願いします」

 と言って、いよいよ初動捜査が始まった。

 通報があってから、二十分くらいでここまでやってきたので、初動捜査の連中が来てからも、十分くらいではないだろうか。捜査をテキパキと始める捜査員を横目に見ながら、門倉刑事は、表で立ち入り禁止の札の張られたロープの近くに直立不動で立っている警官に近づいた。

 この警官とは、よくパトロールの時に話をすることがあり、気心が知れている相手であったが、さすがに殺人事件という緊迫した場面であるので、彼もそれなりに顔が強張っていた。

 それでも殺人事件は初めてというわけでもないので、落ち着いているのも確かだった。門倉刑事が中から出てきたのを見て、さらに律義に背筋を伸ばし、反射的に敬礼をしていた。やはり顔は強張ったままであった。

「第一発見者の方があちらで待機されておりますので事情聴取されますか?」

 と警官がいったので、

「うん、まずはそこからだ」

 と言って門倉刑事は第一発見者というその女性に遭ってみることにした」

「私は門倉というものですが、あなたでしたか、通報していただいたのは?」

「ええ、私でございます。とにかくビックリして、まずは警察をと思いまして」

「まだ息があるとは思われなかったんですか?」

「ええ、私はこれでも看護師の免許を持っておりますので、見た目にもすでにダメだということも分かりましたし、頸動脈を触ってみると、すでに脈もありませんでしたので、死んでいるのが歴然でした。そのために、警察に通報した次第です」

「分かりました。ところであなたはどうしてこの遺体を発見されたんですか?」

「私は、隣の部屋に住んでいるものなんですが、今朝は珍しく早く目が冷めまして、涼しかったこともあったので、通路側の部屋の窓を少し開けておいたんです。それが四時頃のことでした。私は不規則勤務が多いので、真夜中でも目が覚めることは珍しくないので、そんな時は、そのまま目を覚まして行動することが多いんです。それで、その時にも気づいていたんですが、お湯が勢いよく流れる音が聞こえてきたんです。最初は扉でも開けているのかなと思っていただけだったんですが、そのうち、一時間近く経っても、その音が収まる感じがしないんですよ。さすがにどうしたんだろうと思って、表の通路まで出てみたんです。そうすると、扉は開いていて、うちのマンションはチェーンの代わりにU字型の金具を使っているので、それをつっかえ棒のように使うと扉が閉まらないようにできるので、その仕掛けを使っていたんですね。それで、お隣さんの部屋の様子を眺めてみると、どうやら浴室の扉も開いているのか、音が結構激しかったんです。声を掛けてみるが反応はないんですよ。これは完全におかしいと思って、扉を開けて中に入りました。ひょっとしてお風呂場でのぼせているのかも知れないと思ったからですね」

 とそこまでいうと、一度言葉をつぐんだ。

「なるほど、表のノブを開いて中に入ってみられたわけですね?」

 と聞くと、

「ええ、隣の部屋なので、うちとは間取りは一緒ですが、左右が対称になっているので、少し違和感はありましたが、中に入ってみると、洗面所の入り口の扉だけではなく、浴室の扉も開いていました。もう洗面所の手前あたりから、湿気もすごくて、そのあたりから、こっちも気分が悪くなりそうだったんですが、それでも明らかに様子がおかしいと思ったので、進むしかありませんでした」

 と彼女は言った。

「おかしいと思うのは、扉と言う扉がすべて開いていたことがですか?」

「ええ、その通りです。室内の扉が開いている分には別に問題はないと思いましたが、入り口の扉も、閉まらないように、つっかえ棒のようにしてあったんですから、明らかに何かの意図があるのかなと思うじゃないですか。それで中に入ってみると、あの状態だったんです。生前の彼女の顔は見たことがあったので、あんなに白目を剥いてどこを見ているのか分からないような表情には、いくら看護師をしている私でもビックリさせられました。あまりにもいつもと違うからですね。浴槽だったので、最初は手首を切ったのかと思いましたが、すぐに違うのが分かりました。血の臭いがしませんし、真っ赤に染まった痕もない。だから、反射的に首筋を見たんです。すると、首には紫に染まった明らかな扼殺の後が見える。絞殺されたんだって分かりました。それで急いで脈を図ってみると、すでになかったので、警察に連絡をしたというわけです」

 と言った。

「よく分かりました。それでは、あなたが知っているこの被害者のことを教えていただけますか?」

 と門倉希恵児が聞くと、

「あまり詳しいことは知りませんが、名前は確か、赤嶺佐緒里さんという方です。確か最近大学を卒業したばかりでしょうか? あまり話をすることはなかったんですが、大学在学中から、急に派手な格好をして夜出かけることが多くなったんです。ケバい化粧を施して夕方くらいから出かけるので、それらしいアルバイトか、お仕事なのかって思っていました」

「このお部屋への他人の出入りはどうでした?」

「先ほども申しました通り、私は看護師をしている関係で、仕事は不規則なので、あまり知らないんですよ。でも、ほとんど人が尋ねてくることはなかったと思いますよ」

 と言った。

 不規則勤務ということは、昼間いることもあれば、夜いることもある。どちらもそれぞれに部屋にいるのだから、誰かが訪ねてくれば分かるというのが、門倉刑事の考えであった。彼女のいうことには、それなりに信憑性はありそうだ。

「あなたは、お隣さんとは仲が良かったんですか?」

 と聞くと、

「仲がよかったということはありませんでしたが、たまに通路で出会って、挨拶をすることはあります。その時の表情はニッコリと笑ってくれているんですが。その表情には別に社交辞令は感じられないんです。それを思うと、ひょっとすると、彼女とは友達になれたかも知れないと思ったことがあったくらいだったので、彼女に対して嫌な印象はなかったですね」

 と言った。

「あなたは、このマンションは長いんですか?」

 と聞かれて、

「ええ、ここに住んで五年くらいになりますね。このマンションでも結構古い方なんじゃないかしら?」

 という。

「じゃあ、赤嶺さんが入った時には、すでにあなたはここに住まれていたんですか?」

「ええ、そういうことになります。彼女が入ってきたのは、大学に入学した時だったはずなので、私が入居してきてから、それほど時間が経っていなかったと思いますよ。この近くには大学が多いですから、大学生と言われても別に違和感はなかったんですが、オートロックがついていないとはいえ、そんなに安いわけではないこのマンションに住めるというのは、結構家がお金持ちなんじゃないかって思いましたね」

「そうですか。その時と彼女は今では変わりましたか?」

「ええ、途中から急に派手になりましたからね。でも、それもこのマンションの家賃を払うことを考えれば、それも仕方のないことかも知れないと思いました。最初は親のすねをかじっていると思っていたんですが、きっとその頃から自分で払うようにでもなったんでしょうね。私はそう思っていますよ」

 と、彼女は言った。

「他に何か気付かれたことはありましたか?」

 と門倉刑事が聞くと、

「いいえ、それくらいですかね。ただ、殺された彼女は真面目な女の子だったのは分かる気がします。派手な格好ではあったんですが、節操のないような雰囲気ではなく、まるで王女様のような雰囲気がありました。気品とでもいうんですか? 私はそんな彼女を羨ましいと思っていたくらいだったんです」

 と彼女は言った。

「最後になりましたが、あなたのお名前と年齢、職業をお聞かせな願いますか?」

 と、若干形式的な声のトーンになった門倉刑事が聞いた。

「私は、服部京子といいます。さっきも言ったように看護師をしていて、この先の観音総合病院に勤めています。年齢は三十歳で、独身の一人暮らしです。後はよろしいでしょう?」

 と、ばかりに彼女は開き直って見せているように感じた。

「ええ、結構です」

 と言って、手帳を閉じた門倉に対し、

――どうせ警察は私のことを疑うだろうから、調べようと思えば、いくらだって調べられるでしょう――

 と言いたげだった。

 警察に挑戦するつもりは毛頭なかったが、彼女はそれなりにミステリーファンだったりするので、つい相手が警察だとすると、どこか挑戦的な態度を取るのではないかと思い、急にハッとしてしまうことも、今の会話だけでも実際にあったのだ。

 第一発見者の彼女との話はそれほど期待できるようなものはなかった。隣人というだけで、それほど親しくもないというものであり、もちろん彼女の話を鵜呑みにするのであれば、彼女がこの事件に関係しているということはないだろう。

「第一発見者を疑え」

 という言葉もあるが、どうもこの事件には当て嵌らないような気がしていた。

 門倉刑事は、目が覚めてから、この現場に入り、第一発見者である服部京子と話をするまでの一連の行動で、完全に目が覚めていた。

 そのうちに、初動捜査も佳境に入ってきていて、同僚の刑事たちも続々とやってきていた。

「ご苦労様です」

 と言って、挨拶を交わすと、捜査員の腕章をつけた背広の刑事が慌ただしく行動していると、いかにも犯行現場だという殺伐とした息苦しさを感じられる現場となってきた。

「門倉君、どんな状態だ?」

 と、課長に聞かれて、

「現場は発見したままの状態で、保存しています。ただ、お湯は流しっぱなしになっていたんですが、捜査二支障をきたすので、今は栓を締めています。それ以外はそのままにしています。初動捜査の人が捜査に当たっていて、鑑識の人も先ほど到着し、捜査に入っています。私は、通報者で第一発見者である隣の部屋の女性に話を先ほど聞いたところでした」

 と報告すると、

「よし、分かった。第一発見者の女性というのはどうしたんだい?」

「まだ待たせてイアス、でもさすがにちょっとイライラし始めているようなので、聴取をするなら早い方がいいかと思います」

「そうか、じゃあ、少し話をさせてもらおう」

 と言って、課長は服部京子に会うことにした。

「また同じことを話せと言われるんですか?」

 と言う皮肉を言ったが、その表情はイライラしてはいたが、避けているような様子ではなかった。

 逆に聞かれることは分かっているので、どうせなら早い方がいいと思っていたようで、課長が来たことで安心したような表情にもなっていた。

「すみません、これも職務なので」

 と、これも刑事ドラマなどでよく聞くセリフを吐いた課長だった。

 ここで、課長の話をわざわざ書く必要はないだろう。追記する部分もなく、門倉刑事と同じ質問を投げただけだった。もちろん二人の間で事前に申し合わせがあったわけではないので、同じ質問になったとすれば、それは教科書的な質問だったに違いない。それだけ誰もがするような質問で、そこに奇抜な質問など存在しなかった。

――しょせん、公務員なのよね――

 と、二人の質問に対して、もっと奇抜なものがあってもよかったと思っていた服部京子は少しがっかりしていた。

 そんな彼女の気持ちなど知らぬ二人は、大した情報も得られなかったということで、とりあえず、何かあったら、警察に遠慮なく来てほしいと言い残して、彼女をそのまま帰したのだった。

 服部京子の話を聞いた二人を待っていたのは、課長に少し遅れてやってきた捜査員の上野刑事だった。

「課長、鑑識の報告として分かったことを報告します。死因は首にあった搾状痕で分かるように、絞殺です。ただ、最初は細い紐で絞めたんでしょうね、その後で、今度はタオルのようなもので、再度占め直しています。どうしてそんなことをしたのかは分かりませんが、監視の話としては、どういう見解だそうです」

「では、死亡推定時刻は?」

「実はそれが曖昧でして」

「どういうことだ?」

「何しろ、熱湯がずっと死体に当たっていたので、正確なところは分からないだろうということです。今の科学でも、ここまで熱湯がずっと当たっていれば、少しの幅ができたとしても、それは仕方のないことだろうということでした」

「なるほど、私はお湯が出ていた場面を見ていないので何ともいえないが、そんなに熱いものだったのかね?」

「ええ、この洗面所は完全に湿気に満ちていて、湯気で真っ白になっていました。ここまで湿気と熱さはまるで熱帯のようでしたね」

 と門倉刑事は言った。

「それは本当にひどかったんだな。だけど、この事件現場は分かりやすいようで、謎が多いような気がする。分かりやすいというのは、あまりにも奇抜な演出は、犯人がこしらえたものだということが一目瞭然だということであり、分かりにくいというのは、もちろん、その趣旨が分からないということでだね。犯人が何を企んでいるのか、これほどいろいろ細工をしてあった中に、果たしてどれほどの真実があるというのか、そのあたりが問題なのではないだろうか?」

 この課長の言葉、どこまで課長の自信を持った言葉なのか分からないが、かなり的を得ていた発言であったのは、後になって分かったことだが、この時にはそこまでとは誰も思っていなかったので、課長の話を聞いていながら、

「これもただの捜査の一巻としての訓示だ」

 と思ってしまっていたのが、後になれば悔やまれるところでもあった。

 しかし、犯罪捜査というのは、案外こういうものなのかも知れない。ところどころにターニングポイントがあり、それをしっかり掴めるかどうかで捜査の進展が決まっていく。門倉も課長も分かっているのだが、これだけ犯罪の多い現実から、なかなかセオリーを抜け出すことはできないというものだった。

「一つ気になることがあるんですけどね」

 と、門倉が話し始めた。

「なんだい?」

 と、課長にも興味があるようだった。

「ちょっとした矛盾なんですが、この事件は、熱湯を垂れ流していたことで、犯行時間をごまかそうとしているように感じられるんですが、だったらなぜ、扉を閉めておかなかったんでしょうね。まるで早く発見してほしいような行動に思えるんですが、何となく矛盾のようなものを感じるんですよ」

 と門倉がいうと、

「それは確かに言えるよね。でも、扉を開けておいたのは、湿気がたまりすぎるのを警戒したからなんじゃないかな? 湿気がたまりすぎると、何か犯人にとってまずいことでもあったんじゃないかな?」

 と、課長は漠然と言った。

 もちろん、その言葉に信憑性はない。どちらかというと、クリ紛れの言い訳に近かったと本人も思っているほどだ。

 しかし、これも案外と的を得ている言葉でもあった。今回の事件は案外、課長の推理が今後の捜査二大きな影響を示すのではないだろうか。

 自信過剰なところのある門倉は、話を聞いてはいるが、あまり課長の意見を参考にすることはなかった。いつも一緒にいることの弊害が、二人の間にはあって、そのせいもあってか、どこか二人のギクシャクした関係が、見え隠れしている時がある。

 そのことを分かってはいるが、決して口にしないのが、鎌倉氏だった。たまに警察で厄介だと思える事件が勃発すれば、門倉刑事は自分で解決できないと思った時点で、頭をすぐに切り替えて、鎌倉氏に頼ることが多かった。

 しかし、課長はそこまで警察力というものに見切りをつけているわけではない。自分の立場においても、何とか警察力だけで事件を解決に導きたいと絶えず思っていた。

 それでもどうしようもない時は頼るしかないのだが、何でもかんでも自分中心に先走ってしまう門倉刑事に、半分閉口していたのも事実だった。

 ある日、課長が鎌倉氏の事務所を訪れて、談笑に時間を割いた時のことだったが、普段は門倉刑事と鎌倉氏という構図の部屋が、課長が相手ということで、どこか違う部屋に感じられるほど、門倉氏のイメージの沁みこんでいる部屋でもあった。

「門倉君には困ったものだ」

 と、課長は、鎌倉氏にはその気持ちを打ち明けていた。

「私は来る者は拒まない方なので、協力しますが、私の場合は警察の問題というよりも、私が気に入った事件なのかどうかで判断しますからね、それが警察と民間探偵の違いと言えるかも知れないですね:

 と鎌倉氏がいうと、

「だから、いつも窮々言っているわけですよね。鎌倉さんにも困ったものだ」

 と言って課長は笑うが、頭を掻くしかなかった鎌倉氏も、苦笑いするしかないのだった。

「門倉君というのは、どんな人なんですか?」

 と鎌倉氏が聞くと、

「彼は、ある程度真面目なタイプでね。あれでも、警察学校ではトップクラスの成績だったんですよ。キャリアであってもいいくらいなんでしょうが、彼は警察署で現場がやりたいということを直訴して、今は現場で頑張ってくれていますけど、そのうちにキャリアに戻ると、あっという間に上に上りつけてもいい人なんでしょうね」

 という話だった。

「そういえば、現場はいいよなって言っていたことがありましたね。深い意味では受け取らなかったですけどね」

 と、鎌倉氏は言った。

「警察官になる人にはいろいろな人がいます。正義感に燃えて警察官になる人、キャリアを目指す人、もちろん、ドラマなどを見て警察官に憧れる人もいますね。中には被害者の親族などもいて、自分の無念な気持ちを警察官になって晴らそうとする人もいるでしょう。門倉君を見ていると、そのどれでもないような気がしてくるんですよ。だからこそ、余計な棘のようなものがなくって、話しやすいし、付き合いやすい。だから、鎌倉さんも彼を買っておられるんでしょう?」

 と課長がいうと、

「まあ、そんな感じでしょうかね。僕も元小説家ということもあって、犯罪捜査に関しては、他にたくさんプロの方がおられるので、偉そうなことは言えませんけどね。でも、犯罪捜査は経験も大切ですが、ひらめきも大切だと思います。そういう意味で、ただ長いだけでベテランという称号をいかに使っても、閃かなければ、同じなんじゃないかって僕は思いますね」

 と、鎌倉氏は言った。

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