第4話 紅羽とダンジョン配信者

「儂は………う~むなんじゃったか、エンシェントドラゴンてのは覚えとる………」

「ド、ドラゴン!!!!」

 

 彼女の言葉に衝撃を受ける。

 

「お、思い出せないのか?」

「うむ! 種族しかわからぬぞ?」


 やはり、自分の名前を忘れたみたいだ。

 彼女は顔を隠していた手を解き、ずっと悩みこむ。

 すると、なにか思いついたのか、考えるのをやめたみたいだ。

 

「あ、そうじゃ。儂の名をつける権利を旦那様にやろう」

「いきなり名前つけろて言われてもなぁ………」


 配信画面に目線を移す。

 するとそこには、ずらずらと彼女の名前候補が流れ始めていた。

 白い髪に金色の瞳か………。


《やっぱ龍たんじゃね?》

《いやそれあだ名だろ》

《唯香とか?》

《真面目な回答が出てきたぞ………。》

《龍たんの瞳なんだか夕日ぽいよなぁ》

《確かに》

《なるへそ》


 夕陽………夕焼け………

 紅の夕焼け………。


「紅羽なんてどうだ?」


 ぴょこっと少し彼女はねる。

 いきなり言ったからびっくりしたのだろう。

 だが、気に入ったのかまるで子供のように喜び始める。

 

「良い名じゃ! さすがじゃの」


 彼女が一瞬、夕陽のようにきれいな笑顔を見せる。

 その瞬間、一瞬だけだがドキッとしてしまった。

 同様なことが視聴者たちにも起こっていたのか、コメントが一気に流れ始める。


《何この神配信》

《紅羽たん。はぁはぁ》

《ちょ、ま、笑顔可愛すぎ!》

《かわええええ》

《やばい。鼻血出てきた》


 コメント欄を見てすこし笑ってしまった。

 俺にとっては常連リスナー達が相変わらずばかげたことしているのが好きだ。

 ベッドから立ち上がろうと、布団をどかす。

 すると失った両足がイモリの尻尾の様に再生していた。

 なぜこんなことになっているのか困惑する。

 だが、コメント欄は全くあれていなかった。

 知っていたのだろう。


「む? まだ立たないほうが良いぞ。完全に治ったとはいえ、一時的な回復力を限界まで高めたのだからの」


 立ち上がろうとすると、俺はその場に倒れこんでしまった。

 柔らかい絨毯が下敷きとなってなんとか怪我すらしなかった。

 慌てた様子で彼女が俺のもとに駆け付けてくる。


「だから言ったのじゃ! ほれ、貸してやるからベッドで寝ころぶのじゃ」


 彼女に支えられながらベッドに座り込む。

 一気に力が抜けたことが正直驚いている。

 なんだか、ふっと魂が抜きかけたみたいに。


「すまん。助かった」

「うむ。なぜ立とうとしたのじゃ?」


 彼女は首をかしげる。

 俺は、その答えが何なのかわからない。

 ただ、無くしたはずの足でもう一度立ってみたかったのかもしれない。


「わからない………ただ、立ってみたかったんだ。この足で」


 全く傷がない足を見つめる。

 彼女は、くすっと笑うと俺の目の前でしゃがみ込む。


「な、なにしてんだ」


 彼女に両足を触られる。

 突然のことに動揺する。

 配信画面がいつの間にか、配信が切れていたことに気付く。

 こんなとこ写っていたらまずいし、いいか。


「む? ただの法術よ。 ほれ、もういいぞ。立ってみよ」


 彼女は俺から少し距離を置く。

 言われるがままに、ベッドから慎重に立ち上がる。

 立った途端、さっきとは全く異なり、力が抜けることが一切なくなった。

 ほんとに彼女はいったい何者なんだ………。


「す、すげぇ」


 立った途端の一言がそれだった。

 感動してる俺の前には、満面の笑みでこっちを彼女は見ていた。


「うむ。さすがじゃの、全治五年はかかるのを二年で治すとは………」

「全治五年て、そんなヤバイ状況だったのか?」


 全治五年なんて滅多に聞いたことすらない。


「そうじゃ。旦那様の身体はほとんど機能停止していての、儂の一部を身体の中に入れ何とか一命を取り留めたのじゃ」

「身体の機能がほぼ停止て………足だけだろ!」

「ダンジョン内の魔素によって旦那様の身体が汚染されておった。仕方なかったのじゃ」


 せっかく立ってのにもかかわらず、膝から崩れ落ちる。

 一度死んだのか………。

 

「じゃあ、紅羽。お前は大丈夫なのか?」

「真っ先に童の心配とは、さすがだのう。大丈夫じゃ、童の身体には魔素など入っとらん」

「そうか………」


 なぜか彼女の「大丈夫」という言葉に安心してしまった。

 まだあって数分しかたっていないのに。

 いや、身体は二年前に会っているのか。


「てか、なんで儂から童になってんだよ!」

「あ~それはのう。旦那様の治療に力を使いすぎたのじゃ」


 よく見ると、彼女の身長が少し低くなっていた。

 羽織もなんだかたるんでいるように見える。


「ほんとすまん。マジ助かった」

「いいのじゃ。旦那様をみつけた童の宿命じゃ!」

「てか、ここて一体どこなんだ?」

「ふむ。何といえばよいのじゃろう」


 首をかしげて黙り込んでしまった。

 回答を待つ間周りを見渡す。

 タワーマンションのように広い部屋のようだ。

 豪華な家具や家電。

 窓の外は、空ではなく白い靄がかかっているだけだった。

 

「そうじゃ! ここはダンジョンの中といえばわかりやすいかの?」


 ダンジョンの中………。

 マンションの部屋にしか見え何この部屋が、ダンジョンだと?

 石畳の床や石の壁などない。

 それにモンスターすらわかない。


「つまりだ。紅羽のダンジョン内の部屋てことか?」

「うむ。試しにあの扉を開いてみるとよい」


 彼女が指さす先には、玄関だった。

 見た目は、住宅の玄関と同じだ。

 靴箱があったり、鏡が端に置いてあったり、傘入れあったりした。

 玄関の扉を開け外に顔を出す。

 

 その先は、石造りで出来たダンジョンが広がっていた。

 見間違いだとおもい、玄関の扉を閉める。

 そして再び開ける。

 

「ダンジョンじゃん………」

「だから言っておるじゃろ。ダンジョンだと」


 彼女が自身気に言う。

 疑っていた俺も悪い。

 ダンジョンにこんな部屋があるなんて普通思わないだろう。


「あ、そうじゃ。そこから一歩のでるでないぞ。二度とこの部屋には戻れぬ」

「え、いや、ダンジョン攻略したいし、戻りたいんだけど………」


 俺がそう言うと、彼女が突然涙目になってしまう。

 慌てて玄関から離れ、彼女の頭を撫でる。


「ごめん………紅羽のこと考えてなかった」

「許さんぞ。馬鹿者」


 彼女は俺に抱き着いてきた。

 一人でいるのがやはり怖いのだろう。

 

 突然強烈な痛みが右肩に走る。

 右肩の方をみつめるとそこには、肩に噛みついている彼女の姿があった。

 

「痛いんだけど………」

「………」


 俺が何言っても返事が変えてこなくなってしまった。

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