第6話 引き抜き
ただ、アイドル業界にて、
「恋愛禁止」
ということの理由は、
「ファンのため」
というよりも、実際にはその女の子のためであった。
ファンというのは、独占したいという感情から、ストーカー行為に走ることがある。恋愛しているなどと分かると、失望するファンがほとんどであろうが、彼らはファンを辞めるかも知れないが、それだけのことである。
もちろん、ファンが減ることはアイドルとしては、死活問題であるが、ファンの中には、
まだ恋愛感情のようなものがあるとすれば、そこに妬みとのジレンマが生まれると、ストーカー行為に走ってしまう人もいるだろう。
「俺の、〇〇ちゃんが、他の男と……。そんなことになるくらいだったら、この俺が」
という気持ちになって、逆恨みに発展することで、彼女に危険が降りかかってきてしまうことだろう。
そんなことになれば、誰一人幸福になれず、皆不幸に陥る羽目になる。本人だけでなく、彼女もそうだ。
付き合っているとされる男、さらには、事務所や関係者。誰一人として、救われることはないだろう。
それを分かっていても、抑えることができないのが、ファン心理ではないだろうか。
「元々それを押し付けたのは、彼女であり、芸能事務所だ」
と考える人がいれば、それはストーカー予備軍といえるだろう。
だが、ファンというものはそういうもので、だからこそ、芸能界は危険と背中合わせなのかも知れない。
「私のファンは、私を神のように崇めてくれるので、そんなファンが私の不利になるようなことは決してしない」
というのは、完全な思い上がりである。
ファンというものは、人によって違うという前置きをしたうえで、そのほとんどは、
「自分中心主義」
である。
「アイドルが活躍できるのは、自分がいるからだ」
と、普通は思っている。
だから、自分の中で作り上げた偶像を崇拝しているに過ぎない。あくまでも、アイドルが偶像でしかないことを理解している。だから、誰のものでもなく、自分のものだといえるのだ。
アイドルがアイドルである間はそれでいい。しかし、そうではなくなった時、ファンは、ひょっとすると裏切られたと思うかも知れない。
勝手に好きになって、勝手にフラれたと思うのであれば、それはしょうがない。しかし、そうではないだろう。
あくまでも、
「自分のものだ」
と思っている間だけ、自分のアイドルなのだ。
そう思えなくなると、最初に浮かんでくるのは、裏切られた気持ちなのかも知れない。本当はアイドルとファンは、お互いにメリットを感じあえるという意味での疑似恋愛の対象なのだろう。だから。ファンは本当の恋愛はできないと分かっているからこそ、疑似恋愛を求める。それすらできないとなると、ファンは裏切られたとしか思えない。そう思わないと、自分がファンである意義がなくなるからであった。
「最後は彼女の人生を応援する。これまで癒してくれてありがとう」
という気持ちで、自分が現実世界に戻っていくのが一番いいのだ。
引き際がよければ、それが一番スッキリくるというもので。少しでも歯車が狂うと、余計な考えが頭に浮かんでくるものであろう。
そんな時に、逆恨みであったり、ストーカー行為を起こすのだ。それが無意識であるから、感情というのは厄介だ。無意識でも、感情は反応するもので、こんな時にしか、
「意識が、感情を凌駕する」
ということにはならないだろう。
実に恐ろしいことである。
何かの法律や規則、さらに縛りができる時というのは、本当に自分を縛ったりするということも、目的の一つとしてあるのだが、その逆に、
「自分を守る」
ということが、副次的に、諮らずとも叶ってしまうことがある。
それは、実際の目的は一つでも、目指すところとしての目標は表裏で二つある。そうつまりは、
「目指すものは、目的も目標も同じなのだが、表に見えない副次部分は、目標という形で達成されることになるのではないだろうか?」
という考え方もありだと言えるだろう。
「じゃあ、殺されている丸山さんと、その付き合っていたことをウワサされた女の子は同じ頃に辞めていったのかな?」
と、刑事が聞くので、
「いいえ、女の子の方が先でした。実はウワサが立ったのは、その女の子が辞めた後からなんです。だから、私は余計に信ぴょう性があるような気がしたんですよ」
と、りえは言った。
「どういうことですか?」
「もし、二人が付き合っているのがウソで、その女の子か、丸山さんを陥れるのが目的だったとしましょうか? もし彼女をターゲットにしたのであれば、辞めてからウワサを流してもまったく意味がないわけですよね? じゃあ、丸山さんを陥れるためだと考えた時、理由として、丸山さんと付き合っている女の子を別れさせるのが目的だとすると、結局辞めた後では意味がない。そうなると、丸山さん個人への嫌がらせだとしても、辞めた人をターゲットにするのは、なるほど、火のないところに煙を立てるという意味でいいかも知れないですが、逆に、付き合っていたということが本当はなかったんだということを証明しているようなもの。そう考えると、このウワサは何のためだったのか、まったく分からなくなる。他に目的でもあったのではないかと思ってですね」
とりえは言った。
それを聞いた森脇は、
「ほう、このりえという女の子はなかなかの洞察力を持っているんだな」
と感心してしまった。
刑事もメモを取るのを一瞬やめて、りえの姿に見入っていたようだ。
相変わらずの、不愛想な感じだが、なるほど、これだけ洞察力があるのだから、ツンデレ系であっても、不思議はない。この不愛想な雰囲気は、作られたものではなく、そもそもの癖のようなものではないかと、刑事は思っていた。
「その丸山さんとウワサのあった女の子というのは、どういう子だったんですか?」
「私も実際には知らないんですが」
と、前置きをしたのは、前述の理由からだが、簡単にこの業界を知らない人間に言っても理解できるかどうか分からないので、
「変に時間を無駄にするよりは」
と思ったのか、話を割愛していた。
「彼女はウワサによると、自信過剰なところがある人だったようです。それが自分の容姿に自信があったのか、それとも、客から人気があることで自信を持ったのかわかりませんが、雰囲気からもそんな自信過剰なところがにじみ出ている気がしましたね」
と、りえは言った。
「じゃあ、あなたは、その女の子と話をして、どう感じましたか?」
と刑事に聞かれ、
「いいえ、話をしたことはありませんよ。一度か、二度、お店の中ですれ違った程度です。彼女も私を無視していましたし、私も無視しました。そういう意味では挨拶すら交わしていません」
「へぇ、そうなんだ。それで相手の性格がよく分かるね?」
「そうですね、でも、彼女はその目を見た時、私と限りなく似ているところがあると思いました。それが自信過剰なところだということも分かったつもりです。だから、私は彼女のことを自分で嫌いなんだと思いました。自分と似ているところのある人、特に同性であれば、よくあることではないでしょうか?」
というのだった。
「それは、ライバル視という意味ですか?」
「それもあると思いますが、女性の場合は特に、嫉妬の部分が大きいと思います。ただ、それだからといって、嫉妬が憎しみに代わるということはありません。却って嫉妬を抱いている相手の存在は、自分のモチベーションに繋がる場合がありますからね。これはある意味ですが、「仮想敵」というイメージに当てはまるのではないかと思います」
と、りえは、どこか含み笑いをするように言った。
りえは、何かを知っているのか、それとも、女性特有の、女性にしか分からない感性のようなものなのか、それとも、天才的な閃きや、推理力を持っているのか、他の人とは、目の付け所が違うように思われた。
今まで森脇は自分のまわりにいなかったタイプなので、どこか新鮮な感じがした。しいていえば、小学生の頃に、ませた女の子がいたような気がしたが、背伸びしていたその子に、いつしか憧れを持っていたような気がした。
今でこそ、ソープのスタッフをしていたが、高校一年生の頃までは、大学進学を目指し、普通に会社勤めをするつもりでいた。一体どこで間違ったというのだろう?
森脇は、中学の頃には、推理小説を結構読んでいた。長編は疲れるので苦手だったが。短編の推理小説をよく本屋で買ってから読んでいた。
「ネットで見ればいいのに」
と言われていたが、
「いや、やっぱり本を買って読むのがいいんだよ」
といって、今でも本棚に、中年前によく読んでいた文庫本がたくさん並んでいる。
ただ、マンガも同じくらい好きだったので、それも捨てることなく本棚に並んでいるが、あれもちょうど小説を読んでいたのと同じ頃だった。
森脇という男は、今までの人生で一番輝いていたのは、中学時代であり、それ以外の人生は、ほとんど惰性で生きていたといってもいいかも知れない。
小学校を卒業してから中学に入った時、森脇の中で、
「中学生になった」
という意識とともに、何かが弾けたような気がした。
小学生の頃は、最初から自分がまわりに遅れていることを自覚していたので、
「俺はこのまま、追いつけることはないんだ」
という諦めのような気持があった。
その頃は、
「小学生なら、何人かに一人はこういう考えを持っているのが当たり前で、自分はその中の一人だ」
ということで、自分の思い込みが、余計に、まわりに追いつけないということを信じて疑わなかったのだ。
それが、
「中学生になる」
という感覚が、急に自分を何かに目覚めさせたような気がした。
それも、そのタイミングでなければ思いつかないような感覚があり。そのタイミングを逃していれば、どうなっていたか分からないというものだ。
おかげで中学に入ると、いろいろなことに興味を持ち、読書もその一つで、時間があれば、本を読んでいたものだった。
しかし、中学も三年生になると、高校受験というものが、目の前に広がってきたのだ。
その頃の森脇は勉強が嫌いだったわけもないので、結構、楽しく勉強に勤しめたものだった。
成績は結構よくて、三年生の頃には、
「お前は本当に努力したんだな。今だったら、進学校だって行けるさ。一年生で入ってきた時はどうなるか心配だったんだが、本当に何かのきっかけをうまく掴んだんだろうなって先生は思うぞ」
と担任の先生は言っていたが、その言葉にウソはなかった。
まさにその通りだと思ったので、先生を信じて、進学校を目指すことにしたが、ちゃんと受験にも成功し、合格できたのだった。
中学校では、先生たちから、
「よくやった、おめでとう」
と言って、褒めてくれた。
もちろん、本人は有頂天であり、まるでこの世に敵はないような気がしているほどになっていたのだ。
高校に入ると、
「あれ?」
と思うようになった。
それはそうだ。皆レベルの高い人が集まってきたのだから、中学時代にはトップクラスでも、高校に入ってしまうと、そもそものレベルが違うのだから、自分がそんなエリート集団の中に入ってしまったことを自覚するようになる。
「こんなはずではなかったのに」
という思いはまさに、それまでの自分を否定されたような気がした。
特に中学生に入ってから、急に伸びた自分には、
「またしても、底辺に落ち込むのか?」
と、底辺だった時代がまるで昨日のことのように思い出されて仕方がないのだった。
「人というのは、こうやってグレていくのかな?」
と、まるで他人事のように感じた。
彼がグレなかったのは、このような発想が原因だったのかも知れない。グレるということに最初から気づいてしまったことで、いきなりの脱力感が襲ってきたことで、自分のやろうとしていることが見えているはずなのに、それだけに他人事になってしまった。
きっと、森脇は頭がいいのだろう。それだけに、自分の立場が分かっていて、どうしようもない立場に立たされていることで、他人事として考えることを、逃げだと思わないと正当化してしまおうとしているのだろう。
それが自分にとっての、
「言い訳」
であり、言い訳をしたくないから、他人事として捉えるようになる。
自分の考えていることがすべて、空回りしていて、堂々巡りをしてしまっている。堂々巡りが他人事だと思うことで、本当は逃れたいと思わなければいけないはずなのに、居心地の良さを求めてしまうことが、他人事に感じることだと分かると、楽な方に逃げようとする本能に走ってしまい、
「負のスパイラル」
から抜けられなくなった。
それが、今までの森脇の人生だった。
「何がどうなって、こうなったのか?」
そんなものを一つ一つ覚えているわけなどないだろう。
そんなことを考えていると、ソープランドで働いている女の子のことが、よく分からなくなってきた。
「どうして、あんなに楽しく挨拶ができるんだ?」
と思えるような能天気な女の子もいると思えば、
「そうそう、そうやって、頭を下げることで、いかにも重たい頭に腰が耐えられないのかと思うような歩き方が似合うような、卑屈に見えるそんな雰囲気こそが、こんな店にふさわしいのではないか?」
と勝手に思い込んだりするのだった。
ただ、そんなことを思った次の瞬間、何とも味気ない気分にさせられる。
「俺はあの子たちに何を求めているんだ?」
と考えるのだ。
自分の惨めさを、さらに自分以上に底辺にいる人を見つけることで、自分がそれほどでもないということを証明したいとでも思っているのか。もし、そうだとすると、これ以上の自己嫌悪はない。そんなことを証明しようとすることほど、俺は、情けない人間なのかと考えてしまうのだった。
だが、この店には自分が考えているよりも、もっと想定外の女の子たちがたくさんいる。
「あんたなんかに、どうせ私のことなんか、分かりっこないわよ」
と言わんばかりに、完全に上から目線であったり、
「チェッ」
とばかりに、一瞥するだけで、気持ちのすべてを表現できるような子だっているのだ。
「こんなにも、表現力の豊かな人たちだったなんて」
と感じずにはいられない。
今、一緒に警察を相手にしている、りえさんだって、普段は、
「これほど、人に気を遣える人はいないだろうな。あの人のことをすぐに気遣える発想は、いったいどこから来るんだろう?」
といつも思っているような女の子なのに、警察に対しての態度は、180度違った形で見えてくるのであった。
ここで森脇は仕事をしながら、今までのつまらないと思っている人生の中でも、まだ、
「どんどん底辺に落ち込んでいってるんだな」
と思っているのだが、その割には、
「前のことを思い出そうとするのって、意外と面白かったりするんだよな」
と感じるのだった。
それは、
「思い出す」
ということが面白いのではなく、
「思い出そうとすることで、意外と前の人生が思っていたよりもつまらなくないのではないか?」
と思えることが、面白かったような気がする。
「りえさんは、その人に嫉妬していたんですか?」
と刑事が聞くと、
「ある意味嫉妬だったかも知れませんね。ただ、それは、「そうなりたい」というような嫉妬ではなく、むしろ、そうはなりたくないというくらいの気持ちなんですよ」
とりえが答えた。
「というと?」
「彼女は、容姿に相当な自信を持っているようでしたが、それも自他ともに認めるところだったんです。自分だけが認めていれば、自惚れなので、嫉妬にもなりはしないですし、まわりだけが求めるから、嫉妬になるんですよ。でも自他ともに認めていることに対して、
「そうなりたい」と思ってしまうと、自分がまわりに流されていることを、自分で証明していると感じるんです。だから「そうなりたくない」という反対の意見を持つことで、自分を正当化させようとしているんでしょうね。それを私は嫉妬という言葉では言いたくないんですよ」
かなり語気を強めて口にしているりえの言い方に森脇は、
「男前さ」
を感じるのであった。
「なるほど、かなり個性的な考え方をお持ちだ」
と刑事が明らかな皮肉をいうと、りえもその表情に反発するかのようにして、刑事を睨み返した、
ただ、その表情にはどこか、納得しているかのような雰囲気が垣間見ることができて、
「まさかとは思うが、この会話は、りえが誘導したものではないか?」
と思えるほどだった。
「ところで、前にいたその彼女というのは、どういう子なんですか?」
と聞かれたりえは、
「源氏名を、つかさという女の子で、丸山さんが辞めてから、一か月か、二か月くらいして辞めていったと思います。ただ、あの頃には結構、辞めていく女の子もいたので、しかも、それに伴って、新人もたくさん入店してくる。そうなると、入れ替わりが激しくて、いちいち誰がいつ、なんて覚えていないものですよ」
と、いうのだった。
「まあ、それはそうでしょうね」
と刑事は言ったが、またそこで少し考えているようだった。
りえがいった、つかさという源氏名の女の子は、確かに丸山のことを一番口にしている女の子だった。
そう、前述の、
「丸山さんはしっかりしていた」
と、言って、まだ新人の頃の森脇を苛めていた女の子だった。
どこか、高飛車で上から目線の、
「嫌な女」
だったが、まさか、こんな形でまた思い出すようなことになろうとは思ってもみなかった。
「そのつかさという女の子と、今回の被害者のつかさという女の子にウワサがあったということかい?」
と、りえに聞くと、
「はい、そうですね」
というではないか。
その言い方は、完全に断言している。その言葉を聞くと、それまで、半信半疑だった人も、その瞬間に考えを確定させることになるであろう。それほど、りえの言葉には重みのようなものがあるのだった。
「ところで、森脇さんも、そのことに気づいていたんですか?」
と聞かれて、
「あっ、いいえ、私が入店したのは、丸山さんが辞めた後でしたからね。丸山さんの補充という形だったんだと思います。つかささんに関しては、一か月ほどの面識しかないんですが、どこか上から目線で、嫌な思いをしていました。ただ、よく私のことを、丸山さんと比較して、揶揄していたものです。私は人に比較されるのが嫌な方だったので、嫌いでした。しかも、その比較する相手が、私の知らない相手でしょう? どうすることもできないということが分かっていて、それで私に対して、新人苛めをしているのではないかと思っていました」
「まるで、姑いびりですね?」
と言って、若い刑事は笑った。
森脇の気持ちはさらに、苛立ちがこみあげていったのだ。
「なんと言われようが勝手ですが、警察って皮肉を言ってなんぼの商売なんですね?」
「ふふふ、ありがとうと言っておきましょう」
という余裕ぶっているのを聞くと、
「こいつ、こっちをわざと怒らせて、隠していることがあれば、本音を言わせようとしているんじゃないか? 見え見えなんだよ」
と、森脇は思った。
しかし、彼は思ったことを隠し通せるほど、したたかな人間ではない。
頭はいいが、百戦錬磨の人間を相手にすると、なかなかその対応が難しかったりするのだ。このまま、警察に誘導尋問をされるかも知れないと思うと苛立たしかったが、逆に、
「これで警察に協力していることになるんだったら、少し忌々しいが、それもありかも知れないな」
と、自分を納得させていた。
「森脇さんは、この二人の関係を、本当に男女の関係だったとお思いですか?」
と聞かれて、
「そうだったんじゃないですか? ここでのりえさんの話もそうでしたし、つかささんが辞める前にも、いつも丸山さんの話をしていましたからね」
というと、
「そうでしょうか?」
と、今度は、りえが口を挟んだ。
「りえさんは、聡明だから、私が何を考えているのか分かっているようですね?」
というと、りえは、軽く会釈をして、
「森脇さん。つかささんは、森脇さんを相手に、丸山さんと比較されたんですよね? 森脇さんは丸山さんを確かに知らないけど、自分が丸山さんの補充要因であることは百も承知ですよね? だから、必要以上に、知らないだけに意識してしまい、誇大評価を頭の中で抱いていませんか? そんな森脇さんを相手に、つかさんも、森脇さんが丸山さんのことを知らないのを承知で、文句を言っている。これって、わざとらしいと思いませんか? つまりですね、つかささんは、森脇さんに必要以上に丸山さんを意識させた。そして、過剰評価している丸山さんに対して、文句の一つも言わせたかったのかも知れないですね」
とりえは言った。
「どういうこと?」
と森脇が聞くと、
「つかささんだって女です。丸山さんのことが本当に好きだったとすれば、何か苛立つことだってあると思うんですよ。だから、当時二人はいざこざがあったのかも知れない。ひょっとすると、二人が何かを企んでいてグルだったとすれば、つかささんが辞めるタイミングをお互いに図っていたのかも知れない。そこで、二人の意見がすれ違って衝突したとしましょう。そうなると、女心として、丸山さんに文句の一つも言わせたいでしょう。そんな苛立ちの中で、新人の森脇さんの態度は鼻についた。うっとうしいとでも思ったのかも知れませんね。だから、森脇さんを怒らせて、丸山さんの悪口を言わせることで、一石二鳥の自分のストレス解消に使おうとしたというわけです」
「そんなことだけで」
と森脇がいうと、りえは、
「まだ、分からないんですか? 今のお話の中で一つ言えることがあるじゃないですか。二人の間でいざこざがあって、それを森脇さんにぶつけているのだとすれば、そこに、何かいざこざがあったということは証明されたも同然ですよね? そしてそれは、男女の痴話げんかのようなものではなく、二人が何か計画していて、その途中だったということですよね。ただ、それが今回の殺人事件にどんな影響があったかはわかりません。何しろ、ここで死んでいた丸山さんも、つかささんもすでにここを辞めているという事実ですよね? でも、その辞めた丸山さんがどうしてここで死んでいたのか? ということを考えると、何かまだこの店に影響を与える何かのカギを握っていたということになるんじゃないでしょうか?」
と、りえがいうと、先ほどの刑事が、手を合わせて、ゆっくりと拍手をしていた。
見方によっては、バカにしているように見えるが、表情を見ると、どこか尊敬の念も見えることから、
「この刑事、負けず嫌いなところがあるんだろうな」
と、森脇は感じた。
「それはいったい何なんでしょうね?」
と刑事が聞くと、
「今もその話が続いているのかは分かりませんが、丸山さんを中心に、この店から他の店に、大規模な引き抜きというのが行われているとは聞いたことがあります。正直私も、一度丸山さんから、移籍を考えていないかということを匂わすようなことを聞かれたことがありましたね」
と、りえは言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます