第5話 警察の聞き込み
いろいろなことを考えているうちに、女の子には、詳しい説明もせず、ただ待機してもらうことにした。どうぜ、警察が来て分かることなのだが、最初の客について、どういうかそこが問題だった。
「すみません、今日お相手の女の子、急遽、ご対応ができなくなりました」
などというと、その女の子がまるで悪いように思われるし、かといって、本当のことも言えないし、途方に暮れていたが、女の子の方が察してくれたのか、
「私が急病になったっていえばいいのでは? 私が頃合いを見て、写メ日記で、大したことなかったと言えば、事なきを得るのでは?」
と提案した。
「それでいいの?」
と、スタッフは彼女に気を遣ってそういうと、
「いいですよ。これが一番いいことだって聞いたことがあったので」
と、彼女はいうではないか。
「うん、分かった。そうさせてもらうよ。ありがとう」
といったが、遅かれ早かれ、店に何かが起こったということは、常連の知ることとなるだろう。
下手をすると、いろいろなウワサが飛び交うことで、今回の対応が裏目に出るかも知れないが、今のところの最善の策は、彼女の言ってくれた申し出しかないのだから、やはりここは、彼女の意を汲むしかないだろう。しばらくするとやってきた常連客に対して、先ほどと彼女に言われたことをそのまま話すと。
「大丈夫なのかな? 俺が心配していたって伝えておいてね。今日はしょうがないと思うんだけどね」
と言って、彼はあっさりと引き下がった。
彼が帰ってから、十分くらいしてであろうか。表にパトカーのサイレンが聞こえ、
「いよいよだ」
とばかりに、スタッフは身構えていた。
パトカーの音が、静寂を突き破ったかと思うと、音が最高潮になったところで消えてしまった。目的地はここであることは明白で、ゴーストタウンの歓楽街の朝をパトカーのサイレンが告げるというのは、実に皮肉なことだった。
もし、これが、昼間だと、場所が場所だけに、
「男女の痴情のもつれ」
しか考えないだろう。
しかも、それが性風俗街ということで、この業界を知っている人はそれぞれに、恐怖を感じることであろう。
まずは、疑似恋愛の上での痴情というと、
「勘違い客が、女の子に好かれているという思いで、凶行に及んだ」
といえるのだろうが、一つ気になるのは、
「ここで、騒ぎを起こしても、店の中なので、犯人は袋のネズミだ」
ということだ。
それを分かっていて、犯行に及ぶのだから、却って恐ろしいことだといえるのではないだろうか。
そんな状態でさらに怖いのは、
「そこが密室だ」
ということだ。
確かに犯人は袋のネズミで、犯行に及んでも捕まるのは必至であるが、そんなことは百も承知のはずなのに、どうして犯行に及んだのかということだ。
犯行を行っても、すぐに捕まることは分かっている。しかし、犯行を行うには、これほど都合のいいことはない。何しろ密室なのだから、殺傷は簡単だということだ。
ということは、犯人には、
「犯行さえ犯すことができれば、そのあとは捕まってもどうなってもいいのだ」
ということである。
それは、憎悪に満ちた復讐ということであれば、それでいいだろう。男の方とすれば、
「彼女となら、心中をしてもいい」
とまで思っているかも知れない。
「可愛さ余って憎さ百倍」
とは、よく言ったもので、この二人の関係は、
「殺しても殺したりないが、殺したのだから、俺も一緒に罰を受ける」
と思っている場合もあるのではないだろうか。
パトカーの音が消えてから、スタッフは受付にあるモニターに目を移した。そこには、一階部分、エレベーターの前が映し出されていた。どうやら防犯カメラが設置してあって、その内容を、見ることができるようだ。一階のあの部分をこの店が見ることができるのだから、このビルに入っている店には、同じ仕掛けがしてあるのではないかと思われた。
防犯カメラの設置は以前からあったのだが、それぞれの部屋から見れるようにしたのは、このビルにテナントとして入っている店は、半分以上がソープランドであり、それ以外はスナックやバーであった。そして、ビル管理を行っている会社は、同業他社の親会社になっている。
そういうことなので、管理会社としても、ソープランドなどの経営を分かってのことなので、特に、一階エレベータ部分を公開する形で、モニターを通して監視することができるようにした。
一つの理由としては、数年前に流行った伝染病による緊急事態宣言下において、営業を自粛する店、それぞれだったのだが、スナックやバーなどは、店を閉めていたが、ソープの場合は、売り上げと協力金を考えて、さらに女の子の生活を考えると、店を閉めるわけにはいかない。
だから、ソープは経営しているが、スナックや、バーは、閉店していた。
スナック、バーは、当然のことながら、ソープとは別の階にあった。
以前は、防犯にそこまで厳しくなかったせいもあってか、他の階ではソープランドが経営しているにも関わらず、バーやスナックに、泥棒が侵入するという事件があった。そこで、経営者は、二つの方法を考えた、
一つは、エレベーターのセキュリティを強化し、
「ワンフロアのすべての店の防犯がかかっていれば、エレベーターはその階には止まらない」
という仕掛けを導入したのだ。
これは、ビジネス街ではある意味、常識ともいえる警備であるが、それだけ、ここは警備が甘かったということである。なんといっても、緊急事態宣言が出ていることで、職を失ったり、借金にまみれた人にとっては、閉店している店に泥棒に入ることくらいは、
「このまま何もせずに、死ぬことを思えば」
ということで、ほとんど罪の意識などないに違いない。
そして。防犯の意味を込めて、さらに、他の階から、一階を覗くことができれば、さらなる防犯になると考えたのだろう。
さらに、もう一つの理由は、性風俗店ではどうしても、必要な部分からであった。
ソープで働いている女の子は、中には掛け持ちで働いている子もいる。昼間はOLをすていたり、大学生だったりする子もいて、彼女たちにとっては、
「身バレ」
というのは、一番怖いところであった。
せっかく、昼職についているのに首になる。大学も退学になるなどというのは、実際に死活問題だ。
「ソープで稼いでいるのだから、そっちを本業にすればいいじゃないか」
という人もいるかも知れないが、いろいろな事情で務めている女の子たちである。
中には、借金のある子などは、
「借金を返しきったら、店を辞めて、今の昼のお仕事を続けることで、幸せな結婚をして、幸せな家庭を築いて」
と思っている子もいるだろう。
そういう子にとっては、昼の職を首になるのは実に困ることである。
大学生の女の子もそうである。
アルバイト感覚なのか、それとも、男性に奉仕するのが単純に好きだという理由、あるいは彼女たちも借金があったりするとしても、たぶん、大学を卒業して、OLになれば、この仕事を辞めて、昼職一本と考えている子が多いだろう。
そうなると一番困るのは、
「身バレ」
である。
特に家族や、会社の人になどバレるのは、本当に困る。それを店の方も気にしているのだ。
下手をすれば、家族ともめごとを起こすというのも、望んでいないことなので、彼女たちが、気持ちよく仕事ができるように、店の中で、マジックミラーか何かで、こっそり女の子が受付や待合室にいる客を確認するなどということは結構以前からやっていただろうが、ここでは、今回の防犯という意味を込めて一緒に考えたのが、モニターによる、相手の確認だったのだ。
この映像をむやみに公開すれば犯罪だが、防犯と自己防衛という意味においては、犯罪ではない。別に盗撮ではないからだ。
そんな目的で設営さえた映像を覗き込んでいると、エレベーターに数人の捜査員が乗り込んできていた。中には警官もいれば、腕章をつけた人が金属のケースを肩から掛けている。鑑識の人たちであろう。
一階に二台のエレベーターがあり、一台は最初から一階にあったが、もう一台は、この三階にあった。それも当然のことで、先ほど、自分が上がってきたエレベーターだからである。
最初に、警官とスーツの捜査員がやってきた。エレベータを降りると、するに電気がついているのが、左側の店だと分かると、ゾロゾロと入ってきた。
警官が敬礼をして、
「先ほど通報をいただいた、森脇さんでしょうか?」
と訊ねると、スタッフは、
「ええ、私が森脇吾郎といいます」
と答えると、今度は後ろに控えていた刑事が割って入り、お約束の警察手帳を提示すると、
「さっそくですが、現場を見せていただけますでしょうか?」
と言って、警官の前に立ちふさがった。
「ええ、ではさっそく。こちらになります」
と言って、スタッフは、カーテンを開け、暗い調度の通路をゆっくりと刑事を導くように歩いた。
「あの一番奥の、左側の部屋になります」
と、森脇は刑事に指で示した。
刑事が来るまでは、一人で心細さがあったが、刑事が来たら来たで、今度は緊張からか、指先が震えているのだった。
今度は後ろから、後のエレベーターで上がってきたのだろう。鑑識の面々、四人くらいいるだろうか、薄暗い通路に入ってきた。こちらから見ると、表の方が明るいので、逆光になってしまっているので、顔が分からない。
もっとも、帽子をかぶっているので、そもそも顔は分かりにくいだろう。無言で、一糸乱れぬような動きは、
「統率された一団」
という雰囲気を醸し出していた。
ガサガサという音を立て、しかし無言で、テキパキと動いている鑑識の人たちを見ていると、
「闇に紛れて暗躍する忍者」
のように思えてきた。
実際の忍者と呼ばれる人が、テレビで見るような忍者装束を着て、手裏剣を投げるような感じだったのかどうか実は疑問に感じている森脇だった。
現場では、鑑識が写真を撮ったり、指紋の採取を始めながら、刑事が、死体の身元を示すものでも探すのか、ポケットなどを物色し始めた。明らかに死んでいるのが分かったので、刑事も慌てることはしなかったが、見ていると鑑識同様に、無駄な動きが一切ないように見えたのだ。
「森脇さんは、この被害者と面識はおありなんですか?」
と刑事が聞いてきた。
最初は、その断末魔の恐ろしさから、相手が誰かということをそれほど気にすることはなかった。一見して、店の人ではないということが分かったので、疑問はいくつも沸いてきたが、それよりも、今は自分のなすべき善後策のことで頭がいっぱいだったのだ。
「いいえ、私は分かりませんが」
というと、もう一人の刑事が、手前の部屋から女の子がチラチラ覗いているのが分かったようで、
「じゃあ、彼女に聞いてみましょう」
と言って、彼女を部屋の中から引きずり出した。
彼女というのは、言うまでもなく、今日の早番の女の子のことである。
引きずり出したといっても、そう見えるだけで、扱いは丁寧だった。
「お嬢さん。この人をご存じですか?」
と、なるべく、顔をそむけるようにしている彼女に、少し強めにいうと、彼女も観念したかのように、恐る恐る被害者を見た。
「この方は、丸山さんです。以前、ここでスタッフとして働いていました」
というではないか。
ということは、森脇にとって先輩にあたる人? しかし、どうしてそんな人が今、ここで人知れず、殺されていなければいけなかったのか、森脇の頭は混乱していた。
そういえば、まだ入った頃のことだが、今は辞めてしまった女の子がいたのだが、その子がよく森脇のことを、
「丸山さんなら、ちゃんとしてくれたのに」
と、よく言っていたのを思い出した。
その子は、この店では、一年前のオープン時からいる子で、ここに来る前は他で働いていたという。いわゆる、
「引き抜き」
だったのかも知れない。
その彼女が、何度、その、
「丸山さん」
という言葉を口にしたことか。
だから、名前だけは憶えていたのだったが、だからと言って比較されたこっちは面白くない。わざと気にしていないふりをしながら、その女の子のことを、嫌っていたのだった。
一度引き抜きに遭うと、何度も同じことを繰り返すのかも知れない。彼女が辞めた後、スタッフ内でもウワサになった。もっと、給料にいいところに引き抜きにあったということを公言していたという。彼女の口からハッキリと聞いたことはなかったが、
「あんた、ちゃんとしてくれないと、私はもっといいところに行っちゃうわよ。私や、他の人気嬢が抜けると、あなたたちも困るんじゃないの?」
と、暗に、自分も人気嬢だということをひけらかすような言い方をしているところが憎らしかった。
だが、それも本当のことであり、それだけに、明らかな上から目線に、呆れるばかりだった。
そんな彼女も、本当に移籍してしまった。最後は、逃げるようにして辞めていったのだが、ひょっとすると、店長や女の子ともめたのかも知れない。
ウワサとしては、彼女が、移籍を決めた時、手土産のつもりか、他に数人を引き抜いていこうとしたのだ。だが、これも、本当に相手がほしかったのは、その子ではなく、彼女が引き抜こうとしたナンバーワンの子だったようだ。
自称、ナンバーツーを自任していた彼女は、
「私が言えば、ついてくるわよ」
とタカをくくっていたようだ。
何しろナンバーワンの子が、控えめな性格で、自分の意見をあまりいう方ではないのだが、癒し系としては、
「神の領域」
とまで、お客さんの口コミがあったという。
いくらか盛ってはいるのだろうが。それを差し引いたとしても、彼女の癒し部分は、束にかかってもかなうものではない。
そんな彼女を引き抜こうなど、できるはずもないのに、
「自分ならできる」
という自惚れと、向こうの店から、
「君ならできる。やってくれ」
とおだてられたに違いない。
もちろん、相手もできるわけはないと思っていたかも知れないが、店のスタッフが客として行って引き抜く行為は、違反行為である。それを犯してまでやるよりも、
「女の子が友達を誘った」
というような形にしておけば、もしバレても、こちらは痛くも痒くもないというわけであった。
店舗間でいろいろな問題が起きるだろうが、ライバル関係にあるところは、大なり小なりそういう問題はつきものなのだろう。要するに、
「やったもん勝ち」
とでもいうべきであろうか。
だが、引き抜き作戦は失敗したが、やはりしこりは残ってしまったのだろう。彼女も利用されたと思ったかも知れないが、店にはいられるわけもなく、向こうが嫌だとしても、このままなら、下手をすれば、
「すぐに引き抜きに遭う」
あるいは、
「店に簡単に利用されるキャスト」
ということで評判になり、どこも雇ってはくれないだろう。
それであれば、今はしょうがないので、予定どおりに移籍して、ほとぼりが冷めた時、また他を探すしかないだろう。
そんなことを思っていた彼女のことも、きっと警察が捜査して、彼女に辿り着き、事情を聴かれることだろう。
それよりも、今は自分のことで精いっぱいだ。正直、見たことも聞いたこともない男なのだから、それさえ分かれば、自分が捜査線上から消えることは分かっていることだ。そう、あくまでも、自分は、第一発見者でしかないのだ。
警察と鑑識が、最初はそれぞれで捜査をしていたようだが、そのうちに、今度は、刑事の方が、鑑識を相手に指揮を執り始めた。
「このあたりを、もうちょっと気にして調べてください」
というような指示を出しているのだろうか?
様子を見ながら、刑事がテキパキと指示を出す。それを見ていると、この刑事がさぞややり手な刑事であるかのように見えたのだ。
自分と、女の子は。その様子を見ながら、警官の人から、身元の話を聞かれていた。
「お二人は。今日の早番の方なんですか?」
と聞いてくるので、
「ええ、そうです」
と答えると、
「今日の早番は、お二人だけなんですね?」
と聞かれたので、
「はい。そうです」
と、代表して、森脇が答えた。
こういう時は男性が答えるおのだと相場は決まっているのだ。何を答えていいのか分からないと思いながらも、女の子を不安にさせてはいけないという思いを持って、何とか毅然とした態度をとっているつもりだった。それを、女の子は横目で見ていたが、不安そうにしてはいたが、その目は森脇を頼もし気に感じて見ているようだった。森脇もそのことを感じていたのか、少し彼女は今までにない大きな森脇を見たような気がしていた。
「ところで彼女のお名前は?」
と聞かれた、女の子は、
「ええっと、りえといいます。あっ、これは源氏名なんですけどね。本名は、柏崎れいなといいます。年齢は、二十三歳です」
と答えた。
彼女を見ながら、もうひとりの刑事が、店舗に来てから客の指名用に用意されている、カード型の、パネル写真を手に取っていたが、その中から、「りえ」のパネルを取り出して、
「ふーん、りえちゃん、ここには、19歳となっているけど、年齢サバ読んでいたんだね。それに、パネルとかなり違っているようだけど?」
と、皮肉たっぷりに言った。
どうやら、この男は、ソープは結構常連なのではないだろうか。だから、年齢のサバを読んでいることも、パネマジのこともよく分かっている。
「ああ、そうだね。写真があまりにも本人に似ていると、身バレがあっちゃうかもね? 部屋では、だいぶ暗くしてお客さんの相手をしているのかな?」
と、プレイスタイルにまで言及するなど、男の風上にもおけないと思ったが、相手が警察で、しかも、今捜査の真っ最中ということであれば、むやみに苛立つこともできまい。
「まあ、そういうことです。もういいでしょう」
と、不快な気分を前面に出して、森脇は、刑事を睨んだ。
睨まれた刑事は、ニヤッと笑って、
「これはただの挑発だ」
とでも言わんばかりの様子で、森脇を見た。
その雰囲気は、いかにも自分は余裕のある刑事だといっているようで、森脇は、真逆に思えてならなかったのだ。
「ところで、りえちゃんは、そこで殺されている男と面識はあるようだね?」
と言われて、さらに怯えたりえが、
「ええ、面識はあります。あの人は、以前ここで務めていましたからね」
というと。
「ここを辞めてからは?」
と聞かれて、
「いいえ、辞めてからは会っていません」
というと、
「じゃあ、辞めた理由については、何かご存じかな?」
と聞かれたので、りえは即答で、
「いいえ」
と答えた。
「でも、店の女の子と、ウワサがあったのは聞いたことがあるわ。その人も辞めちゃったけどね?」
とりえがいうと、
「じゃあ、りえさんはその女の子とは仲が良かったんですか?」
と聞かれて、さらに、ムッとしたりえは、さらに即答で、
「いいえ」
と答えたのだ。
前述にもあるように、こういうお店だと時間が違えば、まったく会うことはない。しかも、同じ時間であっても、接客がまったく違っていれば会うわけもないし、同じ時間であっても、客が表でかぶったり、違う女の子と自分についた客を会わせるわけにもいかないだろう。
なぜなら、今日はたまたま、その子だっただけで、普段は、かち合った女の子がお気に入りだったりなんかすると、お互いに気まずかったりするだろう。そうなると、その常連さんは、もう来てくれなくなる可能性だって無きにしも非ずということで、こういうお店では当然の配慮だといえるだろう。
お客の方も分かっていて、当然のごとくの気遣いだと思っているだろうから、気まずさを感じると、よほどのお気に入りでもない限り、次は他の店に行ってしまうのではないだろうか。
客にとっても、一度にかかるお金がかなりのものなので、一度の対応が、一気に夢から覚めるきっかけを与えてしまうことになるのだろう。
だから、女の子同士、意外と話もしたこともなければ、会ったこともないという人も大いに違いない。会社務めをしているサラリーマンには、ちょっと最初から想定できていることではないだろう。
刑事もそこまで想定していなかったかも知れない。だから、りえのこの回答に対しても、心の中で、
「何か、冷たい女の子だな」
と呟いたかも知れないが、自分たちも仕事なので、聞かなければいけないことは、しっかりと聞くしかないと思うのだった。
ただ、りえという女の子は、そんなに他の女の子に敵対心を抱くような子ではないと、森脇は思っていた。素直で優しく、気遣いもできる女の子というイメージだったので、それだけ、警察からの聴取が嫌なのか、それとも、殺された男性や、関係のあったという辞めていった女の子に嫌悪感を感じていたのかということではないだろうか。
こういうお店では、ソープに限らず、キャバクラなどでもおなじみだが、店の女の子と男性定員の恋愛はご法度である。
テレビドラマなどでも、
「女の子は店の商品だ」
などというセリフをよく聞くのだが、今ではそんなことをいうと、セクハラやパワハラに一発でなってしまうことだろう。
だが、昔からの、
「しきたり」
は、当然のごとく守られているだろう。
さすがに、女の子を商品だなどということはしないだろうが、恋愛禁止というのは当然のごとくである。
アイドル業界だって、似たような掟があるではないか。
もっとも、アイドル業界というのは、お店の場合と勝手が違っているのかも知れない。
確かに、アイドルも会社からすれば、商品であり、関連グッズや、握手会などの売り上げもバカにはならないだろう。
それなのに、もし、彼女たちに彼氏がいると分かればどうだろう? ファン離れがすごいのではないだろうか。絶対的センターであれば、ファン離れは少ないかも知れないが、アイドル業界に激震が走り、その影響は計り知れない。そういう意味での罪深さはあるだろう。
それ以外の女の子であれば、今の世の中、SNSがあるおかげで、ネットにおいて、かなり叩かれることになるだろう。ファンからすえば、
「裏切られた」
という思いが強く、グループのメンバーであれば、
「他の真面目に掟を守っている人たちに失礼ではないか? 脱退するか芸能界を引退するしかないのではないか?」
というのが、大方の意見だったりする。
こういうのは、時間が経っても、ファンは憶えているものであり、次に何かあった時は、まず誰も擁護してはくれない。
「前の反省もしていない」
ということで、干されてしまうことになるだろう。
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