第3話 思わぬ死体

 その日は、朝から予約が入っていた。普段は、なかなか早朝というと六時から店を開けていて、すぐにお客さんが来るということも珍しい。ただ、七時くらいから、ボチボチ来る客もいたりする。それは、

「これから会社に行く」

 という人である。

 普通の人だったら、

「わざわざ早起きしてまで、来ないよ」

 という人が多いのだろうが、考えてみれば、早朝には、結構メリットがあるという。

 まずは、

「通勤電車で満員のラッシュに遭わなくてもいい」

 というのがある。

 会社までの通勤経路にあり、会社まで近いとすれば、先に会社の近くまで来ていたと思えばいいだけのことだ。

 しかし、考え方として、朝の通勤時間に店から出ることになるので、

「誰か会社の人に見られないか?」

 というのもあるが、それなら可能性としてなら、夜でも同じだ。

 しかも、駅から会社までの途中にあるのであれば、見つかる可能性もあるが、少し遠回りだとすれば、大丈夫である。

「ここまで来ているのだから、スッキリして会社にいけばいいのだから、ありがたい」

 と思えるのだった。

 さらに、人が少ないという意味で、このあたりを通る人も少なく、それに、まさか、スーツを着て、朝からソープに出陣しようとは、思っていないだろう。変に詮索されることもない。

 そして、早朝だと、その女の子の最初に当たれるということである。これは結構大切なことで、開店を狙う客は、皆同じことを考えているのだろう。

 そして、もう一つ、ここがリアルに重要なところであるが、

「早朝割引の店が多い」

 ということである。

 早朝だと、他のどんな割引よりも最安値だということで、早朝のメリットは、実はこれが一番だった。

 早朝割引を行う店でないと、なかなか早朝から客が入ることは望めない。早朝営業をするのであれば、早朝割引はセットだというものだ。

 ということになると、早朝営業できる店は限られてくる。

 いわゆる、

「高級店」

 と呼ばれるところは、早朝割引などしないからだ。

 なぜかというのは、当たり前のことで、高級店というのは、

「高いお金を払ってでも、サービスを最重要視して、他では味わえないサービスを得たい」

 という願望を持っている客が行くところである。

 少々、サービスの質が落ちてもいいというのであれば、最初から大衆店や、格安店にいけばいいのである。

 つまり、そんな高級店が、サービスを落としてでも、割引をするというのであれば、高級店の意味がなくなってしまうのだ。

 高級店を求めてくる客からすれば、早朝サービスなどをすると、

「高級店の誇りがあって、客に最高のサービスを与えてくれていたところが、なりふり構わない営業を始めるなど、よほど営業が厳しいのか、それとも、大衆店に切り替えようとしているのか?」

 ということを見透かされて、客は来なくなるのは必定だ。

 高いお金を出してでも最高のサービスを受けたい人は、目も肥えていて、そんな露骨な、

「品質や品格を落とすような店には、今後一切来ようとは思わない」

 と思うことだろう。

 客単価を上げるために、数少ない固定客でもいいと思っている店が、顧客を少しずつでも失っていけば、その時点で、店は終わりだといってもいいだろう。

 そういう意味で、高級店における。

「早朝営業」

 というものは、タブーだということであろう。

 したがって、このお店は、大衆店であった。

 この日の客は、夜勤明けの客で、ここ数か月の間に何度か来ていた。

「夜勤明けで来ているので、なるべく早く来て、待合室でゆっくりしている」

 ということであった。

 その店は、事前にアンケートを取る形式をとっていて、要望などがあれば、そこに書くことで、女の子へ直接要望しなくとも、前もって分かるシステムになっていた。

「女の子と会話するのはちょっと」

 という客もいるのだ。

 しかも、相手が風俗嬢ともなると、恥ずかしくて顔を見ることもできないような客も尾いたりするだろう。

「今日は、例のあのお客さんが来られるから、少し早めに、店に行っておこう」

 とイケメンスタッフはそう思っていた。

 普段なら、六時前くらいでもいいのだろうが、三十分前には確実に電話があるのが分かっているので、少なくとも、5時20分までには、店に入っていないとまずいだろう。

 何しろ店側から、

「ご来店。三十分前にお電話を入れてください」

 といっているのだから、三十分と少し前にはいなければまずいのだ。

 店の受付で準備をして、電話を待つ。パソコンの端末の電源を入れておかなければ、そのお客様から、何か問い合わせがあった時に答えられないということもあり、その受付業務が万全にできるだけの時間に余裕を持っておかなければいけないだろう。

 彼はそれくらいの機転くらいはきく方だった。

 まだ真っ暗な中を、車で近くの駐車場に止めたのは、5時過ぎくらいだった。そこから店までは、徒歩で10分、途中でコンビニに寄ってくるので、その時間を入れると、店への入店まで、15分くらい、ちょうどいいくらいであった。

 車を止めた駐車場は、川のすぐそばにあり、川の向こう側には、大型商業施設が見える。ホテルも一緒になった商業施設でもあり、朝は閑散としていると思いきや、家族連れだったり、カップルなどが多かった。

 どうやら、外人たちのようだった。

「外人どもは朝が早いからな」

 と、同僚のスタッフが言っていたが、それを聞いて、早朝勤務の時のお約束の後継なので、思わずうなずいていた。

 駐車場もほとんど車もなく、無人駐車場なので、カギを閉めてから、すぐに表に出ると、メイン国道の横の歩道を、まずはコンビニを目指した。

 少し歩くと、コンビニの明かりが見えてきて、このコンビニの色である、白と青のコントラストが、真っ暗な街を照らしているのだった。

 オレンジジュースと、アンパンとメロンパンを買い込み、いつもの買い出しを終えると、あとは店まで少しだった。

 コンビニが角にあるので、そこを左に曲がって、二つほどビルを通り過ぎると、表に、お店の宣伝の看板が光っていた。

 このビルは雑居ビルなので、数軒のお店の宣伝がされている。そのうちの一つが、彼の店であった。

 いつもように、何んら意識をすることなく、ビルの入り口を入っていくと、そこの奥には、一つ店舗があって、当然のごとく閉まっているが、その右手には、二基のエレベーターがあった。

 節電のためか、動いていないものは、明かりが薄暗いが、上の矢印ボタンを押すと、ちょうど一階に待機していたエレベーターが開いたのだ。

 これもいつものことだが、そのエレベーターに乗り込んで三階のボタンを押した。彼の店は三階にあるのだった。

 三階に降り立つと、目の前に、緑色の大きなバックが、三つくらい置かれている。バッグにはタグが嵌められていて、その様子はクリーニングのようだった。

 三階には、もう一軒お店があり、その店のクリーニングであることは分かった。この辺りは、こういう店が多い関係かクリーニング店も、サービスから、朝に、回収に来てくれるところがあるようだ。隣の店の分は後から取りにくるのだろう。自分たちの店の分は、昨夜出しておいたので、店が閉店後に来たのか、それとも、ついさっき来たのか分からないが。すでに持って行ったのである。

 ただ、たまに、店から要望した時は、6時前という時間を指定して、配達してくれることがある。そんな時は、一人でも結構忙しい。女の子が出したクリーニングが、一気に届いたわけなので、それぞれの仕分けにも結構時間がかかる。他にももろもろある時は、結構大変な作業になったりする。それを思うと、彼は今日の予定がどうだったのか思い出したが、

「確か今日は、洗濯物が来るんじゃなかったかな?」

 と思い、少し憂鬱な気分になっていたのだ。

 車を置いた時、結構風が冷たく、寒いというのを直感していた。だが、朝目が覚めてから、洗面を使い、目が覚めるまで、少し時間がかかった。

 彼は、その時、起きてから今までのことを、おぼろげだった意識を起こすようにして、お意味出していた。ここまで寒いのであれば、もう少し、目が覚めるまで、早かったと思ったのだが、その感覚を感じることもなく、部屋を出るまで、なかなか目が覚めきれなかったのは、それほど、部屋の中が寒いとは思わなかったからなのかも知れない。

 水もそこまで冷たいと思わなかったのだろう。本当に冷たければ、あの瞬間に完全に目が覚めていたはずだからである。

 顔を洗って少しボーっとする時間が必要なほどだったのは、そこまで部屋全体が冷え切っていなかったからだろう。

 そんな日は部屋を出るまでの感覚があいまいだったこともあって、自分で感じている以上に、時間の感覚などなかったのだ。

 それでも、車に乗り込むと、それまで覚めなかった目が一気に覚める。もっとも、これは冬に限ったことであり、部屋よりも、表よりも、何よりも車の中が冷え切ってしまっていることがあるからだ。

 冬というものは、晴れている日の方が、相当に冷え込んでいるようで、それを放射冷却というのだという。

 イラストで勉強したことがあり、その時は理解したのだが、すぐに忘れてしまったのは、

「そんなことを覚えていても、何になるというわけではない」

 という思いがあったからだろう。

 彼は、車の中でエンジンをかけた瞬間、寒さを感じる。車の窓ガラスには霜が降りていて、前が見えないので、デフを使って、窓の曇りを溶かしていた。

「しまった。こんなに寒くなるなら、ワイパーを立てておけばよかった」

 と感じた。

 ワイパーのゴムのところが、凍り付いた窓ガラスにへばり付いてしまい、デフで暖めても、なかなか氷が解けることもなかった。しょうがないから、少し強引にワイパーを動かしてみる。

「ズズー」

 というかすれたような音がして、凍り付いたザラザラの表面をこすっているだけだった。

「ひどいなこれは」

 と思ったが、いまさら部屋からお湯を持ってくる時間もない。

 何とか前が見えるようになるのを待つしかなかった。

「少し早めに車に乗り込んでいて正解だったな」

 と呟いた。

 いつも、遅れるのは一番嫌いな彼は、いつも、定時と思う時間よりも、十分は早く行動するようにしている。店につくのが、予定としては。5時20分を想定していれば、5時前には、川の前の駐車場に停車させなければいけないという計画を立てていた。

 ここまで車で15分あまり、つまり、4時40分くらいまでに、発射させれば、いいという計算だった。

 さすがに寒いことも分かっていて、霜が降りているということは最初から想定内のことだったので、まだある程度の時間に余裕はあった。

 エンジンがあったまってくると、デフの温かさも増してくる。そうなると、氷つぃいていた霜も一気に解けてきてワイパーが普通に動くようになる。まるで雨が降っているかのような状況だった。

 車をスタートさせると、暖房も一気に効いてきて、その頃になると、眠気も覚めていて、あとは、車を走らせるだけだった、さすが早朝、タクシーが多いといっても、道がスイスイ、ほとんど、ごぼう抜きの状態で走ってこれた。

 想定していた時間とほぼ同じくらいの時間に到着し、エンジンを切って表に出ると、

「ふぃー、寒いな」

 と思わず、声に出してしまった。

 それだけ寒いのだが、声に出すことは想定していたが、その声に自分が反応するということまでは想定していたわけではなかった。それだけ、思った以上に車の中と表とで気温差があるようだった。

 たった十五分の距離なので、乗り込む時に比べて、こっちの方が、想像していた以上に寒いということであろうか。

「部屋があるのは、このあたりに比べて田舎だし、こっちの方が海に近いので、温かいと思っていたが、本当に寒い時は、寒暖が、逆転するのかも知れないな」

 と、感じたのだった。

 表に出て、思わず、トイレを終えた時のような震えを無意識に感じたことでも、寒さが厳しいのは分かったのだ。

 それを思い出しながら、店の入っているエレベーターの三階に降り立った。目の前にあるクリーニングを見て、今日の忙しさを想像して憂鬱になるのを感じると同時に、まだ誰もいないことで、さらに寒さがこみあげてきたのを感じると、いつものように、踊り場のスイッチを入れた。

 真っ暗な中なので、初めて朝に来た人は、懐中電灯を照らしても、スイッチの位置は聞いていたとしても、すぐには、スイッチに一直線で辿り着くことはできないだろう。

 彼は、最近、早番が多いので、もう慣れてしまったこともあって、暗いのを怖いと思う暇もなかった。

「世の中には、閉所恐怖症や暗所恐怖症の人がいるというけど、俺だったらどっちだろうか?」

 と彼は思った。

 高所恐怖症なのは、本人も自覚している通りだが、暗所と閉所の、

「怖いとすればどっちだ?」

 と聞かれた時、どう答えればいいのか、すぐには思いつかなかった。

 だが、冷静に考えると、ふと思いついたのだ。

「やっぱり暗所だろうな」

 ということであった。

 理由としては、

「暗い場所だったら、一歩踏み出した時、そこに足場がなくて、奈落の底に一直線に転落していくのを怖いと、最初に感じたからだ」

 ということであった。

 暗所であれば、次の一歩を踏み出すことができない。それは、奈落の底に落ちる恐怖があるからだ。

 それは見えている時であれば、高所恐怖症になるのだが、

「その次は?」

 と聞かれると、

「暗いところだ」

 と答えるに違いない。

 閉所恐怖症もそれなりに理由があって、怖いと思うのだろうが、今のところ、他の恐怖症との共通点を導き出せないから、怖いとは思わない。

 もっとも暗所恐怖症は、高所恐怖症を実感していることによって、比較的すぐに気づいた。しかし、閉所の場合は、

「ひょっとすると、暗所恐怖症と結びついているのかも知れない」

 と思うのだが、実際に暗所で怖いという、リアルな経験をしたことがないので、自分では分からないのだった。

 それが分かるようになってくると、きっと閉所恐怖症も怖いと思うようになり、

「恐怖症の、グランドスラム」

 を完成させることができるに違いないと思うことだろう。

 今日は、寒さから、余計に暗所が怖いと感じ、本来であれば、密室の踊り場なので、風を感じることもないはずなのだが、その日は、明らかに冷たい風を感じたのだ。

 この三階のフロアには、エレベータを降りてから、右と左にそれぞれ、ガラスの自動ドアがあり、電気をつけても、マジックミラーの黒いバージョンという形で、中が見えにくくなっている。中からは、表を見ることができるので、本当にマジックミラーなのだ。

 明るさは、踊り場よりも、店に入った方が明るい。店の内部はそれぞれに、同じつくりなのではないかと感じていたが、実際には、隣の店に入ったことはないので、よく分からない。

 きっと他の人も隣の店がどのような構造になっているのかまでは知らないだろう。彼はそう感じていた。

 そもそも、彼が務めているこの店は、つい最近、一周年記念をしたのだ。ちょうど彼が入った頃から、

「一周年記念があるから、お客さんが少し増えるかもね」

 と言われていて、なるほど、思ったよりも多かったような気がした。

 一周年記念の割引が終了し、次回の割引券の有効期限くらいまでは、確かに賑わっていたが、客というのは現金なもので、割引がなくなってからは、歴然と客が減っていった。

 その頃には、やっと一通りの業務は覚えたので、相当暇になったような錯覚を覚えた。

 忙しい時は、考える暇もなく、必死に食らいついて覚えていたが、暇になってしまうと、今度は時間がなかなか経ってくれないという弊害が出てきたのだ。まだ、つい最近は言ったばかりだと思っていたが、実際には、半年近く経っていたのだった。

 まず、受付に座って、電話の確認を取る、

 まさか、ないとは思うが、夜間の留守電に何も入っていないことを確認し、あとは、サイトの予約状況を確認する。

 店のホームページというものは、基本的に、無料案内所などを経営しているところが、性風俗地区を取り仕切る形でサイトを作成している。そこから、店や女の子を検索もでき、いろいろと情報を更新しているのだ。

 そのサイトは、この地区だけではなく、全国を網羅している。F県以外の風俗全般も検索できるようになっているのは、ありがたい。

 サイトでは、基本的にトップページには、おすすめの女の子、本日出勤者とその時間、そして、女の子の写メ日記、さらには、料金体系や、割引情報、そして、このお店のコンセプトなどを書いていて、それぞれのページに飛べるようになっている。

 写メ日記というのは、女の子が書くもので、来てくれたお客さんへのお礼であったり、スケジュールなどを書き込んだりするところで、写メ日記の更新などを見て、お客さんは、どの子がいいかを決めるのに、重要だったりする。

 予約方法には、電話予約と、WEB予約というものがある、WEBで予約するのは、二十四時間可能なので、朝来てから確認するのは、スタッフの重要な役目である。

 中には女の子の中には急に体調を崩したということで、急遽休みになることもある。その時の対応もスタッフの仕事で、女の子は、写メ日記などに、その事情を説明し、謝罪をしていたりするのだった。

 そういう意味で、サイトは重要な情報源であり、確認するのに大切だったりする。いくら、朝は客が少ないとはいえ、電話予約も、お客さんからの確認などもあるだろうから、そのあたりも結構大変だったりもするのだ。

 そのあたりくらいまでは、何となくの想像がつくが、ここから先は、なかなか客にはシークレットな部分で、客の知らないところで店側の事情があっても、客に悟られないようにしないといけないだろう。

 これは、風俗関係に限ったわけではなく、普通の飲食店などにもよくあることであるが、特に客とのもめごとなどがあれば、他の客に迷惑が掛からないように、そして、なるべく知られないようにしないといけないだろう。

 朝一番はそこまではないが、昼前くらいから夜にかけては、女の子の出勤も重なる時間であるし、客からの問い合わせも多い。

 トラブルが起きないように、たとえば、出口で客同士がかち合わないようにするとか、いろいろ気を遣うこともある。

 しかし、待合室は一つなので、ここでかち合わないようにするのは難しい。そこはしょうがないということであるが、これは聞いた話だが、店によっては、女の子が、待合室まで、客を迎えにいくという店もあるようだ。

 ほとんどのお店は、プレイルームの前にあるカーテンの向こうに、女の子がいて、そこで対面するとか、お部屋の前までスタッフが客を連れていって、扉を開ければ、そこで女の子が三つ指ついて、お出迎えなどという店もある。

 そこは、さまざまなやり方をする店もあるようなので、客がどのシステムが喜ぶかということも、サービスの一環なのではないだろうか。

 その日、彼は一通りの確認を済ませた。一番の客から電話があり、

「五分か、十分くらい前にお邪魔します」

 ということだったので、

「お待ちしています」

 と答えておいた。

 時間からすれば、まだ二十分近くあるので、少しだけ余裕があるだろう。

「今日の女の子の早朝勤務は一人だけだ。だから、客も予約の人だけなので、そこまでバタバタしなくてもいいだろう」

 と思っていた。

 この店は、入り口の自動ドアを潜ると、すぐ右側が、受付になっていて、受付から、少し先にこちらを向いた扉があり、そこが待合室になっている。

 ちなみにトイレは待合室の中にあり、テレビがついているので、テレビを見ながら、待っている人もいたりするのだ。

 そして、待合室の左側にカーテンが敷かれていて、そこを通れば、女の子とのプレイルームに入るのだ。通路は暗めの調度になっていて、部屋は全部で八部屋ほどあった。いつも同じ部屋というわけでもなく、まだ新人の彼には、どういう基準で部屋が割り当てられるのか分からないが、今日の朝一の女の子のお部屋は、入ってすぐの右側の部屋になっていた。

 いつもは、十五分くらい前には来ていて、それから十五分くらいで用意をしているようだ。このお店は、入浴剤や、芳香剤にも凝っていて、客が選べるようになっているところが、細かい気遣いなのだろうと思うのだった。

 そんな芳香剤もスタッフルームの奥に設置してあるので、それを補充するために、女の子たちのプレイルーム兼待機室になる部屋へと入るカーテンを捲った。その先に、台が置いてあって、そこに入浴剤を設置するようになっていた。

 前日にどれだけ使用したかを確認し、補充するためだったが、スタッフがカーテンを開けた時、

「おや?」

 と、何か違和感のようなものを感じた。

 カーテンを開けて、通路の電気をつけたのだが、元々暗いのが分かっていたので、違和感はないはずなのだが、想像していたよりも明るいことでの違和感だったのだ。

「朝一で使う部屋は手前の一部屋だけなので、他に電気がついているはずなどないのだが、何か変だ」

 と感じた。

 その理由が、一番奥の、左側の部屋から、電気が漏れてきていたのだ。

「昨日の女の子が、最後に電気を消し忘れたのかな?」

 とスタッフは思った。

 そもそも、お店の構造として、あくまでも基本的なところで説明するが、部屋割りには、まず、受付があって、その後ろに、スタッフルームがあったりする。そして、あとは、お客さんが女の子の準備が終わるまで待機してもらう待合室があって、その近くに、トイレが設置してある。

 このトイレは、お客さん専用の場合もあれば、スタッフと共用の場合もあるが、少なくとも女の子との共用はないだろう。そして、そこから先が、プレイルームになっているわけだが、店舗型のお店は、ほとんどが、女の子の空き時間、つまり、指名やお客様がついていない時間、待機する場所は、その日割り当てられた自分のプレイルームであることが多い。

 もちろん、場所の関係で、女の子の待機ルームを作ると、その分、それなりの広さの部屋が必要になるわけで、それももったいないということになるだろう。派遣型のデリヘルなどでは、プレイルームがそもそもないので、待機室が設けられているが、やはり店舗型で、プレイルームと待機部屋が別になっているというところは珍しいだろう。

 そういう意味で、女の子たちが、直接顔を合わせるということは、ほとんどないだろう。事情を知らない人は、

「いつも、時間がかぶっているので、女の子同士、仲が良かったりしているのではないか?」

 と思っている人もいるかも知れないが、実際には、ほとんど顔を合わせることはないという。

 考えてみれば、同じ時間にかぶったお客だって、顔を合わせることがないのと同じである。

 もっとも、客が顔を合わさないようになっているのは、スタッフの対応があるからで、それも心遣いの一つなのであろう。

 その日のスタッフは、朝の仕事をそつなく、ここまで違和感なくこなしてきたが、ここにきて、急に何かおかしな場面に出くわした。それだけに、急に不安が募ってきたのは、何かの虫の知らせだったのかも知れない。

 朝一から入っている女の子も、まだ来ていない。お客が来ると言った時間まで、まだ少し時間もあるようだった。

 朝一の作業は、そういう誰もいない時間帯の方がスムーズに進むというもので、彼は気が楽になっていた。

 そんな中で、いつもと違うことがあると、急に不安になるもので、それを押し殺そうと、

「電気を消し忘れるなんて、うっかりさんがいるもんだな」

 と、わざわざ声に出して言ってみたりした、補充する予定の入浴剤の数を頭の中で記憶だけしておいて、電気がついている部屋に入り、自分で電気を消そうと、ゆっくりと歩き始めた。

 普段は、あまり入ることのないプレイルーム、時々、サラッと掃除をするのに、入ることはあるが、基本、プレイルームの掃除や管理をするのは、その日、その部屋を受け持った女の子だった。

 前に使った人が、最後に軽く掃除をして、今度使う人が入室時、お客様をお迎えするために、自分の好きなように若干であれば、模様替えをしてもいいことになっている。だから、あまり、男性スタッフが丁寧に掃除をするということはなかったのだ。あくまでも、備品の補充や、軽い掃除程度だったのだ。だから、まだ新人といってもいい彼には、部屋の電気がついているのには違和感があった。

「帰る時に気づきそうなものなのに」

 と思って扉を開けると、スタッフは息をのんでしまった。

「まさか、こんなことが」

 と、目の前に広がった惨状を目の当たりにし、どうしていいのか分からなくなっていたのだった。

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