第7話 カウンセラー

 留美子が取材で自分の母校の高校を訪れた時、高校時代の同級生が、カウンセラーとして赴任していた。

「あなたが、まさかカウンセラーをしているなんてビックリだわ」

 彼の名前は三角良平と言った。

 元々、クラスの中では中心的な男の子で、クラス委員も何度か勤めていたが、ただそれはどちらかというと、まわりから押し付けられたものだった。

「三角の奴は、嫌とは言わないからな。あいつにやらせておけばいいのさ」

 と、多数決では皆三角に手を挙げたのだ。

 三角もバカ正直にクラス委員の仕事を遂行していた。たまに融通が利かないこともあって、まわりの生徒と険悪なムードになったこともあったが、

「俺たちがいたから、クラス委員にもなれたんじゃないか」

 と誰かがいうと、とたんにそれまでの勢いと信念が萎んでしまうところが彼の欠点だったのだが、それ以外では、非の打ちどころのないクラス委員だったのではないかと思えた。

「クラス委員なんて貧乏くじ、よく続けられるよな」

 と押し付けたくせに、クラスの男の子は、平気でそんなことがいえる。

 やはり、自分でやってもいないことなので、何とでも言えるのだろう。そんな連中を見ていると、その主体性のなさにうんざりし、ヘドが出るほどの思いを感じる留美子だったのだ。

 あれは修学旅行の時だったか、自由行動中に、一人の生徒が行方不明になったことがあった。集合時間までに帰ってこなかったのだが、次の土地への移動迄、昼食を含め、集合時間から二時間ほどだったので、少し焦っていた。

 行動は当然、班ごとの行動だったので、行方不明の生徒は途中で一人になったのだろうが、彼がいつ一人になったのかなど、数人の犯だったにも関わらず、誰も気づかなかったという。

「そんなことってあるのか?」

 と三角は思ったが、とにかく、待つしかなかった、

 知らない土地で勝手に行動しても、迷うだけである。とりあえず、次の土地への移動までに彼が帰ってこなければ、警察に捜索願を提出するということだけは決まっていた。

 果たして彼が帰ってきたのは、皆が昼食を摂り終わってからの、集合時間から一時間後だった。

 普段は賑やかな彼が殊勝な顔をして、

「申し訳ありませんでした」

 と誤っていたので、とりあえず昼食を摂ってから、その後の行動は皆と同じようにしていた。その時、先生も特に理由を言及しようということはなかった。もちろん聞いてはみたが、必要以上に責め立てることはなく、様子を見るしかないと思ったのだ。

 知らない土地の自由行動で行方不明になることがどういうことなのか、分からない彼でもないだろう。それでもどこかに行くしかなかった心境を問いただしても言おうとしないのであれば、それはしょうがないことだ。それは先生たちにも分かっていたのだろう。

 修学旅行はその後無事に済み、また普段の恰好生活が始まった。その時行方不明になった生徒の事情を、どこかから伝わってきた話を聞いて、

――なるほど――

 と感じた三角だったが、その事情というのが、

「彼の家庭は半年前に両親が離婚しているんだって、今は父親と暮らしているんだけど、母親が修学旅行の彼がいなくなった街に住んでいるらしいの。どうやら彼は会いに行ったようなのね。でも、会うことはできなかったんだって」

 という話を聞いて、

「お母さん、お忙しかったのかしら?」

 と聞くと、

「そうじゃなく、会いたくなかったんだって、理由は分からないけど、彼はかなりショックだったようだよ。どうしてなんだろうね」

 ということだった。

 この話が留美子にも伝わってきたが、この時、三角はかなりショックを受けていたようだと、留美子は思った。それが三角の責任感から来るものなのか。自分に何もできなかったという力のなさに憤りを自分に感じていたのではないかと思うのだった。

 留美子が取材に訪れてみると、そこにいたのが、クラス委員をしていた三角だった。三角は、すぐには留美子のことが分からなかったようで、どうして彼女が驚いているのか、最初は分からなかったようだ。

「三角君、お久しぶりね」

 というと彼もやっと分かったようだった。

 一人の雑誌社の女性が取材にやってくるという話は聞いていたが、その人がどういう人なのかというところまでは聞いていなかったようだ。カウンセラーのような仕事をしていながら、自分に関係のないことにはあまり興味を示さないところは、昔と変わっていないと、留美子は感じた。

 取材と言っても、仰々しいものではなく、日ごろの高校生の生活を簡単に紹介する程度の記事なので、自分の母校がちょうどいいと思って、先生に久しぶりに連絡を取れば、それは構わないということだったので、やってきたのだった、留美子の在学中も結構オープンな校風だったので、しかも卒業生ということおあり断られることもないと思っていたので、そこは安心だった。

 カウンセラーをしている同級生を見ると、頼もしいと思うのだろうが、留美子は三角を見る限り、そんなに頼もしく見えるわけではなかった。

 高校時代に行方不明になったという経緯もあってか、それは先生も、

「まあ、しょうがないとして、次からは気を付けておかないとな」

 と大目に見てくれたにも関わらず、彼本人には、あまり感動のようなものがなかった。

 そんな彼を見ていて、クラス委員である三角は、自分がクラス委員である意義に少し不審を抱いていたのかも知れない。

――誰だっていいんじゃないか?

 という思い、それを打ち明ける人もおらず、過ごしていた高校時代。

 この話は、彼が唯一気持ちを打ち明けるとすれば、この人しかいないというべき、彼の幼馴染の女の子からの情報だった。信憑性はあったに違いない。

 そんな三角は、高校時代と雰囲気はまったく変わっていなかった。

――相変わらずだわ――

 と感じたが、そこからは、昔の彼ではなかった。

「ひょっとして、安斎留美子さん? いやぁ、見違えちゃったよ。綺麗になって」

 と、普通の人から言われれば、お世辞を言われても、適当に受け流すのだが、まさか彼の口からお世辞が出てくるなど、想像もしていなかったので、ビックリして唖然となった。

「いえ、そんな」

 と、思わず恐縮してしまい、身体を小さくした留美子だったが、留美子がそんな態度を取るなど今まででは自分でも考えられないことだったので、三角に対してというよりも、そんな態度を取った自分にビックリさせられた。

 実際の取材というインタビューは一時間もなかっただろうか。

「今日、これから時間があるなら、呑みにいかないか? 僕の行きつけのお店があるんだけど」

 と言ってくれたので、

「ええ、そうね、再会を祝してということで」

 と、すぐに決定した。

 店に着いて、席に座ると、三角から言われたが、

「何でも聞いてくださいね」

 というセリフも彼には似合わない、一体何を聞けばいいというのだろう。

「三角君はどうしてカウンセラーになろうと思ったの?」

 と聞くと、

「理由は二つかな? 一つは修学旅行で一人行方不明になった生徒がいただろう? どうも離れて暮らしている母親に会いに行ったらしいんだけど、その時、母親に会うことを拒否されたらしいんだ。それでショックを感じてしまって、戻ってきた時には何も喋らない状態だったんだけど、僕はその時に何もできない自分が苛立ったんだ。理由の一つはそれだね」

「どうして、母親は会おうとしなかったのかしら?」

「ハッキリとは分からないけど、すでに母親はその時、新しい生活を初めてから、再婚を考えている人に出会ったらしいんだよ。その人への遠慮と、自分の前を向いているという意識を逆行させることに対しての葛藤があったんだろうな」

「なるほど、で、もう一つというのは?」

「あれは、一度学校に防犯講習に警察から来てくれたことがあっただろう?」

「ええ、覚えているわ」

 と留美子はいうと、

「あの時からだったかな? 話の内容としては、そこまで僕がカウンセラーを目指すと

意識があったわけではないんだけど、最初は話の内容も無視していたのに、気付けばどこか引き込まれているのを感じたことが、今までにはなかった自分の気持ちを引き出してくれたような気がして、何か自分が変われそうな気がしたんだ」

 と、彼はいった。

「それで、何かが変わったの?」

「変わったような気がしたんだけど、何がどう変わったのか自分でも分からない。それで大学に入ると、心理学の勉強をしてみようと思うようになったんだ」

「心理学って難しいでしょう?」

「うん、難しいけど、でも、勉強しているうちに、言葉としては難しいんだけど、実際には普段から考えていることを自分の中で復習しているように思えることで、それほど苦になることもなくなったんだ。確かに何とか現象だとか、何とか症候群などという言葉が限りなくあって、本を読むと簡単に理解できないことばかりなんだけど、でも、何かを専門で勉強するということは、どの学問であっても同じようなものなんじゃないかって思うんだ」

「そうかも知れないわね。でも、カウンセラーになってこの学校に戻ってこようと最初から思っていたの?」

「戻ってこれるものであれば、戻ってこようと思ったんだ。僕は中学時代まで野球をやっていて、高校生になったら、高校野球で甲子園を目指したいなんて思っていたんだけど、肩を痛めてね。それで痛めなければ、ひょっとすると推薦で野球の強い高校に行けたのかも知れないくらいの自信があったんだけど、中学時代にいきなりの挫折を味わった。高校時代、僕がクラス委員はしているけど、どこか投げやりに見えたというのは、そのあたりの諦めの心境が強かったのかも知れないな。実際に目標を失って、何もする気になんかならない時期だったからね」

「そうだったんですね」

「目標を問題もなく持てる人間はいいよ。自分が感じていることはまわり、誰にでも感じることができると思い込んでいるからね。挫折している人間がいるなんて思いもしない。前しか向いていないんだからね」

「確かにそうだわね」

「で、修学旅行の時、母親に会いに行ったやつもそうさ。あいつも、きっと母親は自分に会いたがっているだろうから、訪ねていけば、喜んで迎えてくれるとでも思っていたんだろうよ。でもね、実際にはそうはいかなかった。母親の真意までは分からないよ。ひょっとすると、本当は息子に会いたかったのかも知れない。でも今は過去の自分と決別して、新しい自分を作ろうとしているのに、そこに過去の自分を嫌というほど思い出させる存在の息子が現れれば、それは拒否るだろうね。それでも、母親には葛藤があったのだろう。少しきつめに断ったというからね。やっぱり、簡単には割り切れない思いが母親にもあったんだ。そいつは、卒業の時にはそう言っていたよ。僕は彼からその話を聞いて、ここまで考えられるようになれるだけ、修学旅行のあの日から成長したんだと思うと、本当にすごいと思った。僕もこのままカウンセラーを目指して、心理学を勉強しようと思う気持ちを後押ししてくれた気がしたんだ」

「なるほどね」

「僕だって、中学の時、野球ができないと思った時、本当に辛かったからね。明日から、いや、たった今から何をすればいいのか、まったく見えてこなかった。何をやっても虚しいんだよ。僕にとってやっていて楽しいことは野球しかなかったんだ。だから、逆に野球ができないとなると、野球に関係することは見るのも嫌になった。その気持ちは分かってくれるだろう?」

「うん、分かるわ」

「本当は、こう言って分かるなんて返事をされると、本当に分かっているのかって言い返す人もいるようだけど、僕はそんなことはしない。だって、自分が味わってきたことを、他の人も大なり小なり味わっているんだって思うようになったんだ。それはきっと自分の挫折が中学時代という比較的子供に近い頃だったからではないだろうか。それからの自分は目標は失ったけど、精神的に弱くなったと思っているから、人が悩んでいることや苦しみが分かる気がしたんだ。それは怪我をして不自由な状態になった時、例えば松葉づえをつきながら、ギブスの足を引きずっているようなね。そんな状態で他人を見れば、何ら不自由のない人が、自分と同じようになったらということを想像してしまうんだよ。そんな時、自分は人の痛みが分かるんじゃないかって感じられたんだね」

 と彼はしみじみと言っていた。

「私もそれは思うわ。人の気持ちを分かってあげようなんて感情は、自分の思い上がりなんじゃないかって思ったこともある。以前の私、子供の頃なんだけどね、まわりの気持ちを私は分かっているんだって思い込んでいたことがあったの。それを違うと指摘された時、本当に頭を金槌か何かで殴られた気がしたことがあったわ。顔が真っ赤になって、それこそ、『穴があったら入りたい』なんて気分になっていたんでしょうね」

 と留美子がいうと、

「要するに、僕が思っているのは、『自分のことを分からない人が、人のことが分かるというのはおこがましい』ということなんだろうけど、でも、実際には違う気がするんだ。それはね、きっと自分のことを分かるということが、本当は一番難しいことだと考えているからだって思うんだ」

 と三角は言った。

「私ね。あの時の講演してくださった門倉刑事とは仲がいいのよ。そしてその時に一緒におられた鎌倉探偵さんもその時に紹介してもらって、今でも懇意にしていただいているの」

 というと、

「ほう、それはいいことじゃないか。実は僕も門倉さんとはあれから少し面識があるんだよ。いろいろなお話もさせてもらうこともあってね、で、僕も門倉刑事を通して、鎌倉さんも紹介してもらって、今では鎌倉探偵の話し相手になっているくらいなんだ」

「それはすごいわね。私も一度二人の会話の場面に居合わせたことがあったんだけど、結構難しい話をしていて、途中からついていけなかったわ」

「うん、そうなんだ。あの二人は仕事柄、犯罪に関しての話が多いので、少し専門的な話になってくるとなかなかついていくのも難しいからね。でも、確か君は小説も書いていると聞いたので、話に入りやすいんじゃないのかい?」

 高校時代は、書いているというほど書けるわけでもなかったので、誰にも言ったつもりはなかったのに、どうして三角が知っているのか分からなかったが、ひょっとすると、門倉刑事と昵懇だということで、そこから話が漏れたのかも知れない。別に隠しておくほどのことでもないので、彼が知っていたとしても、別に何ら問題があるわけでもなかった。

「うん、興味を持って聞いているわよ。二人とも話が白熱してくると、私がそばにいても気にすることなく熱くなっているので、私も見ていて思わず吹き出してしまうこともあるくらいなのよ」

「僕もそうなんだけどね。でも二人の話は僕が専攻した心理学の分野にも大きく入り込んできていて、実に参考になるんだ。犯罪心理学というのもあるくらいだからね」

 学生時代に同じクラスでも話もしたことのなかった二人だったのに、まるで昔を懐かしむと言いながら話をしていた。きっとお互いに、こんなに親密に話をするのが初めてなどということが信じられなかったことだろう。

「私は、確かにお二人の話を聞いていて、自分でも何かミステリーでも書いてみたいと思うことも結構あったわ。でも、なかなか焦点が定まらなくて」

 というと、

「じゃあ、僕と一緒に考えてみるかい? 二人は奇しくも別々に門倉さんと鎌倉さんの犯罪談義を聞いている仲間でもあるじゃないか。それぞれに感じるところ、自分ならこう思うなどというところがあるだろうから、そこを深く、掘り下げて考えてみようじゃないか」

 と、三角は話した。

「私がこの間聞いていた話は、確か交換殺人について話をしていたような気がするわ」

 と留美子がいうと、

「僕の時には一人二役の話をしていたような気がするんだ」

 と言った。

 前述でのように、本当はこの二つの話を織り交ぜながら話をしていたはずなのに、それぞれを単独で二人の前で、その一つずつを披露したというのだろうか?

「交換殺人というのは、小説ではよくあるけど、実際には起こり得ないんじゃないかというお話だったわ。でも、それも同じ時間に犯罪を犯すことに成功し、さらにアリバイを完璧にできれば、交換殺人もあるいは現実にもあり得るのではないかという発想だったのよ」

 と、留美子が言った。

 まさにこの間門倉と鎌倉氏が話をした通りの、交換殺人の部分の話であった。

「そうだね。交換殺人については、僕も実は考えたことがある。それは心理学という勉強をする意味でのサンプルとして、考え方を考察してみたんだよ」

 と、三角は言った。

 心理学という言葉は、実に犯罪と密接に結びついている。いや、犯罪だけではなく、市民生活の中に浸透していると言ってもいいだろう。しかし、犯罪というのは特殊な感情から生まれるもので、日常生活の感情とは切り離して考える必要があるのかも知れない。

「心理学の上では交換殺人というのは、どういうことになるのかしら?」

 と、留美子が聞くと、

「僕の個人的な意見だけど、不可能を可能にしようとするような心理なんじゃないかって思うんだ」

「不可能を可能に?」

「うん、交換殺人というのは、一見、被害者とまったく利害関係のない自分が実行犯なので、発想としては面白いと思うんだけど、そのためにはリスクが大きすぎる。まず最初には脳を実現するために、もう一人の犯人を見つけなければいけない。これが一番大変で、最初が一番大変だという意味で、この犯罪は不可能だと思える。リスクという意味では、自分は実行犯でもありながら、実行犯のために犯罪を計画するという意味での殺人罪もある。つまりは、二つの殺人について、一気に関与することになるだろう?」

「ええ、そういうことにあるわね」

「しかも、同時に相手を殺してしまわないと、先に殺した方は、実行犯で逃れることはできないが、相手は自分のアリバイを証明させて、しかも他の人が殺してくれたんだから、危ない橋を渡す必要はなくなった。だから、これ以上相手のために何もしないことだってありえるんだから、やるんだったら、同じタイミングでやらないと、交換殺人というのは成立しないんだ。だったら、それを成立させるためには、不可能と思えることを可能にする。つまり、いかに同時に殺人を可能にして、お互いに同じ立場に相手を追い込み、自分も追い込まれるかということを考えないといけない。そこが犯罪を犯す人間の心理としては一番の醍醐味であり、いかに不可能を可能にできるかというのが、キーになってくるんだよ」

「うん。言っていることはよく分かる気がするわ。でも、交換殺人というのは、すすねば進ほど、後戻りはできなくなって、精神的に追い込まれてしまうような気がするんだけど、そうなると精神的に不安定になった場合、どうなるか分からないわよね」

「そこが難しいんだけど、そのためには、他にもいくつかの逃げ場のようなものを見つけておかなければいけないよ。二人で一つの犯行を犯すのが、共犯だとするなら、二人で一緒に二つの犯罪に手を染めるわけだから、共犯というわけでもない。あくまでも、表向きには二人の関係はまったく利害関係のないところに置いておかなければいけないものだよね」

「そうね。それが不可能を可能にするということは、完全犯罪を目論んでいるということになるのかも知れないわね」

 二人は、門倉刑事と鎌倉探偵が話していたことを、留美子は思い出しながら、三角は、

「二人なら、こんな話をするのではないか」

 ということを考えながら、話した。

 前に門倉と鎌倉探偵の話を聞いていた留美子だったが、自然とこういう話を頭の奥に封印されていったが、三角と話をする中で、どんどん思い出してきて、まるであの時聞いた話をまた聞いているかのような既視感に見舞われていたのだった。

 似たような言葉が出てくるたびに、今ここに門倉刑事と鎌倉探偵がいるのではないかという思いもあり、まるで三角に二人が乗り移ったのではないかとまで感じたほどであった。

 三角の方も、二人の話を直接聞いたわけでもないので、最初は、二人がいいそうなことを想像しながら話していたが、そのうちに、自分としての意見を、心理学の観点から話していたが、話しながら、やはり、

――二人であっても、同じことをいうに違いない――

 と思った。

 それだけ、二人の発想と、自分の心理学からの観点とは、似た考えであるという思いがあり、その発想を口にして、二人の話を実際に聞いていた留美子が感心して聞いていたのだから、自分の考えが二人と同じなのだろうと感じるのだった。

「じゃあ、一人二役については、君ならどう感じている?」

 と、三角は聞いてみた。

 留美子はしばらく考えていたが、

「一人二役というのは、まるで自分のことのような気がするの。それは二重人格というような意識はないんだけど、何か自分の中にもう一人が潜んでいるような気がするのね。その人が自分の気付かない間に急に出てきて、何かをしているんじゃないかって思うの。でも、それを他の人は私だっていう意識を持っていないから、二重人格に見えていないだけだって思うのね。だからまわりからどう見えるかということが違う、二重人格と言えばいいのかしら?」

 と言っていた。

「二重人格というのは、本人が自覚していることが重要なんだって思うんだけど、きっとまわりが自覚していないように、本人もほどんど自覚していないというのが、留美子さんが話一人二役という発想なんだろうね。なかなか個性的だと僕は思う。門倉さんも鎌倉さんも今の君のような発想はしていなかったんだ。でも僕は心理学という観点から考えると、今の君の話には大いに興味がある。もっと、そのあたりを掘り下げて考えてみたいと考えるよ」

 と言っていた。

 その日、二人は門倉刑事と鎌倉探偵の話を交互に思い出しながら、二人が考えている内容を出し合って話をしてみた。この会話は思ったよりも面白く、特に留美子の方が大いに興味をそそられたようだった。

「どれにしても、三角君はどうして、カウンセラーになろうと思ったの? クラス委員も申し訳ないけど、何か気合が入っているように見えなかったので、誰かのために行動するようには見えなかったんだけど、そのあたりの心境が正直気になるところなの」

 と、失礼とは思いながら、思ったことを口にしてしまった留美子だったが、留美子としてもこんな口のきき方をして三角が嫌な気にはならないだろうという意識があってのことであった。

 実際に三角も嫌な気がしているわけではなかったが、っすぐに返事ができなかったのは、今までにそんなことを考えたこともなかったからなのかも知れない。

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