第5話 出題者と回答者

 門倉が久しぶりに恩師に出会っているその時、後ろから留美子が声を掛けてきた。

「門倉さん」

 と言って、近寄ってきたが、そのそばに立っている久保先生に気付いたのか、無言で先生に頭を下げた。

 そしてすぐに門倉の方を見返して、

「今日の講演とっても格好良かったですよ」

 と言って、先生の前だというのに、悪びれる様子もなく、そういった。

 そもそも最初からそういうつもりだったのであれば、途中で変えたりすることのできない性格であることは門倉が一番知っている。それだけ正直者だということなのだろうが、先生であれば、それくらいのことも分かるだろうと、門倉は思った。

 だが、久保先生という人は、少し変わった先生であるのは、在学中からかんじていた。生徒によって、何でも分かる生徒と、まったく分からない生徒の差が歴然としていたのだ。

 門倉を相手にしている時は、なんでも見透かされているという感覚が強くあったのに、隣の席の生徒のことはまったく分かっていなかった。

――先生は生徒を贔屓していたんだろうか?

 とも勘ぐったくらいだったが、先生を見ている限りそんなことはなさそうだ。

 そもそも、よく分かる相手がいる方が特殊であって、

「先生は、よほど人の心を分かろうといつも考えているんだろうな」

 と思っていた。

 そんな先生が今では、留美子の学校の先生をしている。二十年という時間がこれほど長いものだったなんてと、先生の髪の毛を見ていると感じさせられた。

「門倉君も立派になったものだね」

 と言われて、

「いえいえ、そんなことはありませんよ。昔と変わってないのは、先生が一番ご存じなのでは?」

 というと、

「そうだったね。君は昔から正義の味方だったからね」

 と言われて、門倉は一瞬、違和感を抱いてしまった。

――あれ? 先生はこんな皮肉っぽい表現をする人だったのかな?

 と感じた。

「正義の味方」

 という言葉を、皮肉に取ってしまったのがいけないのだろう。

 ただ考えてみれば、正義の味方という言葉は、謙虚な意味にも取れるのであって。自分を決して正義の権化のように言い表すわけではなく、味方という言葉をつけて、あくまでも、

「正義のエージェント」

 とでもいう表現にとどめるにはちょうどいいのだろう。

 警察というところは、正義感をもっていないと務まらない。それを自分の糧にしないと、命を懸けているわけだから、いざという時、思い切った行動を取ることも、肝心な時に瞬時の判断を鈍らせることになるかも知れない。

 それを思うと門倉は、

「俺は、正義に対していつも忠実な気持ちでいないといけないんだろうな」

 と思うようになっていた。

 最近は、少年のような気持ちを失ってしまっていることに懸念があったが、留美子のような前途ある学生を見ていると、自分もまだまだ、若い頃をしっかり思い出していけば、若い気持ちのまま、老練な刑事になれるのではないかと思えてきたのだった。

 そういう意味で、若い気持ちのまま、立派になられている人の代表が、署長なのではないかと門倉は思っていた。

 あの鎌倉探偵であっても、署長にだけは何があっても頭が上がらないような雰囲気だ。やはり所長にはそれだけのオーラが感じられるのだ。

「やあ、門倉君」

 と言って、またしても、門倉刑事は声を掛けられた。

――今日は、よく声を掛けられる日だ――

 と思い振り向いてみると、そこには鎌倉探偵が立っていた。

 またしても、頭に思い浮かべた人がそこに立っている。本当に偶然という言葉だけで片づけられないレベルに思えてきた。

「鎌倉さんじゃないですか」

 鎌倉探偵は、門倉刑事よりも少し年上ではないだろうか。

 今までに何度となく事件で一緒になり、意気投合したことから、プライベートでも結構な付き合いがある鎌倉探偵とは、最初から探偵だったわけではなく、元は小説家だった。有名小説家であれば、小説家の仕事を辞めてまで探偵事務所を開いたりはしないだろう。

 しかも、鎌倉氏の場合は、小説を書く傍らに探偵をしていたわけではなく、たまたま小説家の時に、事件に携わり、その解決に一役買ったことから始めた探偵業。当時の捜査員からも、まさか鎌倉氏が探偵として事務所を開くなどということは想像もできなかったことだろう。

 鎌倉探偵とは、彼が探偵になってからいくつ目かの事件で一緒になったのがきっかけだったが、どの事件だったかを門倉は忘れてはいないが、鎌倉探偵が果たして覚えているかは、疑問だった。

 事件関係以外のプライベートなことになると、結構鎌倉探偵は忘れっぽいところがある。それは門倉刑事以外の一緒に捜査に携わたtことのある人は分かっていることだろう。公然の秘密とでもいうべきか、鎌倉氏の中でも、一種おちゃめなところだと、門倉は認識していた。

「なかなか、上手だったよ」

「いやあ、お恥ずかしい。相手が子供だと思っても恥ずかしいのに、先生がいられると思うと、顔から火が出そうですよ」

 と門倉は言ったが、

「そうかい? 相手が子供という方が恥ずかしいんじゃないかい? 子供というのは、その視線は真剣そのもので、真剣であるがゆえに、恥ずかしいさも倍増するんじゃないかな? 私なんかよりもね」

 というのだが、確かにそれも一理あった。

「でも、楽しいという思いもあったんですよ。いつも胡散臭い連中ばかりを相手にしていますからね」

「それはそうだ。基本的には疑うのが警察の商売だからね。でも、中には一般市民に対しても事情を聴くことだって結構あるだろう? だから、そのあたりをうまく使い分けないと、警察って、本当に疑うのが商売だって思われてしまう」

「ええ、自覚している分にはいいんですが、一般市民にそれを感じられると、寂しいですよね」

「一般試飲だって、警察が疑うのを商売にしていることくらいは分かっているんだよ。だけど、それでも嫌な顔をしないのは、自分たち一般市民を邪険にはしない、守ってくれていると思っているからさ。その期待を裏切らないようにしないといけないんじゃないかな?」

「はい、その通りです」

「実は、この言葉はある人の受け入りでね」

「ほう、それは誰なんですか?」

「君のところの署長さんさ。あの署長さんとは、僕も結構話をするんだよ。表で話をするというよりも、署長室の中での談義が多いんだけど、僕がいくと署長さん喜んでくれるんだよ。署長というと、署員に対してのイメージからなのか、なかなか署員の一人一人と話をするということはないだろう? 事件にも出しゃばることはない。もっともドラマなどでは出しゃばる署長というのが、放送されることもあるけど、なかなかあんなことはない。警察という組織は縦社会だから、しょうがないんだろうけどね。でも、それだけに僕のような部外者で、それで事件解決に一役を買うような人間に対しては、オープンなんだね。でも大っぴらにはできないので、署長室でゆっくりtというわけさ」

「なるほど、そういうことだったんですね」

「ああ、警察署の署員たちは、なかなか署長というと、顔もまともに見たことがない人も多いんじゃないか? 顔を見れば、自分の前を通り過ぎ李まで頭を下げて、上げようとはしないだろう。額に飾っている写真だったり、署内報などでしか知らない顔ということになっているんだろうが、どうも、それも寂しい気がするよな」

 そういえば、署長の顔を、まじまじと見たことがなかったことにいまさらながらに気が付いた。いつも署長室に閉じこもっているというイメージがあるため、それも仕方のないことなのだろう。

「それにしても、今日はどうしたんですか?」

「署長さんから、今日君が講習をすると聞いてね。ちょっと覗きにきたのさ」」

「そうだったんですね。でも、そう思うとまた恥ずかしくなってきましたよ」

「いやいや、そんなに謙遜することはないよ。なかなかいい講演だったと思うよ。自分の体験談や、今の高校生の気持ちを捉えている場面なんかもあったし、彼らには心に響くものがあったんじゃないかな?」

「何か一つでも届くものがあれば嬉しいですね」

「大丈夫だと思うよ」

「そう言っていただけると、嬉しいですね」

「ところで、門倉君は、久保先生とは懇意なのかね?」

 と、鎌倉氏に聞かれて、ふいを突かれた気がしたが、

「ええ、高校の時の恩師なんですよ。一度久保先生に助けてもらったこともあって、それに僕の警察官としての捜査方法なんか、久保先生の教えを踏襲しているところがあるんですよ。僕は特についつい熱くなってしまうところがあるので、頭を冷やしたい時など、先生の顔を思い出したりすると、落ち着きますね。そうじゃないと、すぐに中止力が散漫になるのか、肝心なことを忘れてしまったり、逆に普段なら閃くようなことが閃かなかったりするんですよ」

「それはね、君が頭で考えようとするからではないかな? 考えるのではなくて、感じることが大切だ」

「それは、鎌倉さんもよくおっしゃいますね」

「私が小説を書いていた頃の知恵だね。でも、これも今の探偵という仕事にも生かされるんだよ。探偵などをしていると、材料をたくさん集めてきて、その中で考えようとする。すると材料が多すぎても、その中ですべてを考えようとしてしまうんだ。だけど、その前に取捨選択をする必要がある。忘れてしまってはいけないんだけど、必要なことをまずまとめ上げて、一つの形にしてしまう。その中で事件を解決できればそれでいいんだけど、もし何かの材料が足らなければ、選択した時外したものをもう一度持ってくる。そういう作業を行う時、考えてしまうと、堂々巡りを繰り返してしまうことが往々にしてあるんだよ。だから私は、『考えるのではなく、感じることだ』と言っているんだよ」

 と鎌倉氏は言った。

 まさにその通りだと思った。自分も犯罪捜査をしていて、考えすぎてしまって、堂々巡りを繰り返すことが結構ある。だから、それを整理するためには、一度頭を冷やす必要がある。その時に思い出すのが、久保先生と、今鎌倉氏の言った言葉であった。奇しくも今日という初めての講義を行ったその日に、その両方を意識させられるというのも、面白い気がした。これが犯罪捜査の途中であれば、分からなくもないが、これも偶然というにはあまりにもであった。

「鎌倉さんは、今までに講義のようなことはされたことあるんですか?」

 と聞いてみた。

「前に一度、署長のたっての願いでしたことがあったんだけど、どうも私には似合わない、その一度キリだったかな?」

「それはもったいない。署長からまた頼まれたりしなかったんですか?」

「一度きりの約束だったからね。でも、やっぱり頼んできたよ」

 と苦笑いを浮かべていたが、鎌倉氏のその表情はまんざらでもないという雰囲気だった。

「でも、本当に一度きりだったんですね?」

「そうだね、本当はまたしてもいいんだけど、一度キリというのが一番しっくりくるような気がするんだよ。これはまわりがどうのというわけではなく、自分の中でそう考えるだけなんだけどね」

 と鎌倉氏は語った。

「鎌倉さんは、久保先生を知っていたんですか?」

 と、話を変えた。

「ああ、久保先生とは数年前からね。あれはまだ久保先生がこの学校に赴任してくる前のことだったね。門倉君ともまだその頃は一緒に捜査することがなかった頃、私はまだ駆け出しの探偵だった頃だった。先生は直接事件と関係はなかったんだけど、先生の一言が事件解決に一役買ったことがあったのさ、アドバイスだったんだけど、何か暗号めいた表現で、私は最初理解できなかったんだ。最初から久保先生は部外者だと思っていたからね。でも、部外者の方がある意味で事件を客観的に見ることができるので、そういう意味では久保先生は最初からそのことが分かっていて、そのうえで、私にそのことを思い出させようとしてわざとアドバイスも含ませていたのかも知れないな」

「思い出させたということは、鎌倉さんには意識があったということなんでしょうね。それだけでもすごい気がします」

 と、手放しで鎌倉探偵のすごさを認めた。

「確かに久保先生は、直接的な言葉で何かを伝えるよりも、どこか曖昧さのある表現が多いですね」

「そこが先生のすごいところなんだろうね。相手に考えさせるということもあるし、しかも、考えればその人なら理解できるだろうということを分かったうえで、どこまで話を落とせばいいのかを理解している。そこがすごいんですよ」

 と鎌倉氏は答えた。

 一瞬、間をおいて、さらに続けた。

「高等数学というのは、問題を作るよりも回答を出す方が数倍難しいものがあると言われているけど、それに近いものがあるのかも知れない。久保先生としては、出題者でありながら、回答者の気持ちにもなっているんじゃないかって思うことがあるんだよ。だから、どちらもの気持ちも分かるんじゃないかな?」

 その話を聞くと門倉刑事も

「なるほど、出題者と回答者が同じという発想は考えたことはなかったですね。それはかなり目からウロコが落ちたという思いを感じさせるものですね」

 と、感心することしかりだった。

「門倉君は、数学で、自分で問題を考えて、自分で解いてみるという人がいるのを知っているかい?」

「いいえ、知りませんでした」

「まあ、一部の人のことなんでしょうが、作った問題が本当に回答のあるものなのかどうかというのは分かりませんからね。実際に数学の中には、『解なし』というものも存在するからね。実は、久保先生もそれと同じことをしていたんだよ。これは一部の人しか知らないことだけど、数学研究雑誌などで、数学者が監修となって作られているものがあるんだけど、そこに毎回、問題募集のコーナーがあって、そこでは、問題と解答の両方を募集しているんだ。問題だけだったら、問題を示して、読者に回答を求めるということもしている。久保先生はその雑誌の愛読者であり、この投稿も結構何度か応募しているようだよ」

 久保先生の専門は数学で、ただの数学の教師だというだけではないということは分かっていたような気がする。

 だが、まさかここまですごい人だとも思っていなかった。授業中も熱心でもないし、生徒に教えようという気概は感じられなかった。

 そんな先生であったが、相談してしまったことを、一度は後悔したくらいだった。だが、それは考えすぎで、その時はそこまで思っていなかったのに、時間が経てば経つほど、先生の存在感が増してくるような意見であったと後になって感じさせる力のようなものがあったのだ。

 鎌倉探偵は、そのことをすべて理解したうえで久保先生を見ている、高校時代の自分にそれだけの気持ちの余裕があるはずもなかったということを、いまさらながらに思い知らされた門倉だった。

「鎌倉さんは数学は得意なんですか?」

 と聞くと、

「ああ、苦手ではなかったね。先生ほどではないけど、小学生の時は、数字の公式を自分なりに考えたののだったよ。でも中学になると急に冷めたんだ。すべてが先駆者による公式によってすでに証明されていて、数学というのは、それを元に回答するという学問だろう? それが嫌でね。僕は中学生の途中で数学が嫌いになったんだ。だから小説家を目指したという敬意なんだけど、でも、算数は好きだったね」

「算数のどんなところが?」

「算数というのは、まず基本は答えを導き出すことだよね、求めた答えが合っていることがまず前提になるんだけど、その導き出すプロセスも大切で、ただし、解き方は全くの自由なんだ。極端な話、一つの問題で一つの答えを導き出すのに幾通りもやりかたがある。それもつきつめれば一種類なんだろうけど。例えば、数学のように先駆者が発見した公式に当て嵌めるという方法もある。また、算数の文章題でよくある『○○算』というのがあるだろう? あれなんかがそうなんだよ。それも、回答方法は一種類ではない。つるかめ算でも解けるし、植木算でも解けるという問題だってある。それを思えば、数学のように一種類しか回答方法を求めないというのは、実につまらなく見えるんじゃないかな?」

 と、普通に聞けば愚痴のように聞こえるような話でも、鎌倉氏の口から出てきた言葉には、説得力がある。

 それは信憑性があるからで、鎌倉氏の表現には、何かの裏が含まれていたり、考え方が突飛だったりすることが、聞く人に神秘性を感じさせ、信頼性を与えるのではないだろうか。

 そのことを門倉刑事がよく分かっている。だからこそ、久保先生のことも信頼していたのではないだろうか。

「すごいですね。僕も小学生の頃算数は好きだったんですよ。その気持ちは分かる気がします」

 鎌倉氏ほど考え方に確固としたものはなかったが、概ね同じ考えであった・

「門倉君は、学生時代にもっと久保先生の講義を真剣に聞いていたら、ひょっとすると別の道を歩んでいたかも知れないね」

 と言われて、

「そうかも知れないですね、理数系に進んでいたかも? でも、それでも警察関係の仕事はしていたような気がします。鑑識とか科学捜査などの分野にいたかもですよ?」

「そうだね。門倉君ならそうかも知れない。むしろ、鑑識で活躍している門倉君を見てみたい気もするな」

 と言われて、本当はその前でこの話を終わりたいと思っていたところを鎌倉氏は引っ張ってきた。

「それにしても、出題者と回答者は本当にすごい気がする。犯罪捜査だったり、探偵小説などの発想で考えれば、『一人二役トリック』を思い浮かべたりしますよね」

「そうだね、それ以外には、自作自演なんてのもありえる発想ではないかな? また考え方によっては、叙述トリックとして賛否両論ある、探偵が犯人だったなどという結末を書いた作品だね」

「まあ、実際の犯罪ではありえないことなんでしょうが。もしあるとすれば、鎌倉さんも容疑者の一人になっちゃうじゃないですか」

「ははは、それもそうだね。事件発生前から関わっている犯罪であれば、それもあり得ることかも知れないね。でも、その禁を犯して、探偵が犯人だったなどという結末を書いている探偵小説家も実際にはいるんだよ。それがあるから、物議をかもしているんだろうけどね」

「でも、一人二役のトリックというのは、他の代表的なトリックとは違っていることが多いんはないですか? 例えば死体損壊トリックであったり、密室のトリックなどとはですね」

 ほう、どういう意味だい?」

 鎌倉氏は、ニコッとしながら聞いた。

「一人二役のトリックというのは、他の二つと比べての一番の違いは、最初から分かっていてはいけないトリックということです。死体損壊や密室などは、最初から見えていることですよね。でも、一人二役というのは、そうだと分かった瞬間に、そこでトリックは解けてしまったことになり、犯人のおのずと分かってくることになる。だから、一人二役だと、話の途中では絶対に分かってしまってはいけないんですよ」

 と、門倉は勝ち誇ったように興奮して語ったが、考えてみれば、これは釈迦に説法とでも言おうか、小説家に対して、探偵小説のトリック談義を熱く語っても、そんなことは鎌倉氏には分かっていることに違いないのだ。

 だが、決して自慢しているわけではない鎌倉探偵は、ニコニコしながら聞いていた。顔が、

「そんなことは分かり切っていることさ」

 と言っているように思えるのだが、それでも嫌な気がしないのは、それだけ笑顔に屈託がないからなのかも知れない。

 門倉刑事は今までに一人二役の小説を実際には読んだことはなかった。

「鎌倉さん、実は僕は今までに一人二役トリックって実際に読んだことはないんですが、どんな感じになるんですかね?」

 と聞くと、

「そうだね。あまり殺人事件の中での一人二役というのは、あまりないかも知れない。むしろ、一人二役だけではなく、死体損壊トリックと一緒になっていることが多いような気がするんだ。死体損壊トリックというのは、いわゆる『顔のない死体のトリック』と言われるもので、公式として、犯人と被害者が入れ替わっているというパターンが多いんだけど、そこに一人二役が絡むと、犯人が絶対に捕まらないという完全犯罪に近づくことになるように思うんだけど、実際には、このトリックで完全犯罪を匂わせるものは、いまだ見たことはないな」

 という鎌倉氏の話だった。

「そうなんですね。それでも、一人二役ということが分かってしまうと、トリックはほとんど解明されたようなものだというのは、同じなんでしょうけどね」

「それはそうさ。ただ、そうなると、共犯者というものを必要としそうな気がするんだ。一人二役をするには、誰かが、元々の自分の役をしなければいけない時が必ず出てくる。そう思えば、共犯者を持つことで、犯罪の露呈の可能性が増えるのではないだろうか?」

 という意見を聞いて、まさにその通りだと頭を下げるばかりの門倉刑事だった。

 一人二役という発想もできるくらいの、出題者と回答者が同じだという発想は、こののちの物語の展開上、重要になってくることだけは言っておくことにしよう。

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