第2話 小説談義

 少年は連行され、その後、警察署での取り調べが行われたが、ここにはそれを詳細に列記する必要は、この物語の性質上、なくてもいいと思っている。ただ、少年が初版ということもあり、保護観察となることは間違いないという見解だった。

 門倉は彼女のことが気になってしまった。その時、人質になったことで、念のためにということで医師の診察を受けたが、医師の話として、

「高校生という多感な時期に、こういう経験をすると、その意識が強烈に残ってしまい、その場から逃げられなかったという意識が、彼女を自ら束縛するような精神状態に陥らせることがあります。被害妄想になったり、今まで感じなかったものに対して恐怖を感じるようになったりですね。それがどれほどまでに強い影響を与えているのかというのは、今の段階では分かりません。したがって、これからも定期的に彼女には診断が必要になるのではないかと思っています」

 ということだった。

 それを聞いた門倉は、別に自分が悪いというわけではないのだが、彼女に対してどこか贔屓目で見てしまう自分がいるのに気が付いた。

――誰かに似ているんだよな――

 という意識はあるが、それが誰なのか、ハッキリと分からなかった。

 彼女の方も、門倉には助けてもらったという恩義があるようで、それからすぐに二人は気を通わせるようになり、メールなどで時々連絡を取り合い、たまに会ったりもしていた。

 門倉とすれば、

「刑事として、気になっている元被害者」

 という意識で見ていたのだが、相手の女の子の方がどう見ていたのか、分からなかったが、決してお互いに嫌な気がすることはなく、会話もそれなりに弾んでいた。

 彼女が安斎留美子だったのだが、門倉がそれから少しして捜査で忙しくなり、なかなか彼女に連絡を取ることがなくなると、彼女の方も遠慮してか、連絡をしてくることもなくなってしまった。

 お互いに少し距離を保ったということなのだろうが、距離を保つこと自体は、別に問題ではなかっただろう。いずれは彼女が落ち着いてくれば、次第に疎遠になってくるのは仕方のないことであるし、二人ともそのことは分かっているつもりでいた。

 お互いい男女としての意識があるわけでもなく、留美子の方も、その頃は普通の女子高生と変わらぬ毎日を過ごしていた。

 留美子は、数回病院に通ったようだったが、

「もう大丈夫かな?」

 と先生がいうので、とりあえずそこで通院は終了ということになった。

「とりあえずは、定期的な通院はこれで終わるけど、もし自分でちょっとでも変だと思ったり、悩みを抱えるようなことがあったら、遠慮せずに私のところに来るんだよ」

 と先生から言ってもらえたことは、留美子も素直に嬉しいと思えた。

 普段から、

「病院というところは怖いものだ」

 と思っていたが、実際に行ってみると、先生は優しかった。

 それもそのはず、精神的な病を気にしての診察なので、それも当然のことである。ただ、それを留美子が理解していたかどうか、ハッキリと分からない。

 留美子が病院通いしていることを、留美子自身の口から門倉には知らせていなかった。そのため門倉も、彼女が精神のどこかを病んでいるという意識はなかったのだ。

「心細くなっているだろうから、この僕でよかったら、心の支えになれればいい」

 というくらいのもので、合っているうちに、次第に、

「これが僕の役目なんだろうな」

 と思うようになっていた。

 ただそこに義務感というものはなかった。義務感を持ってしまうと、きっと彼女に対して押し付けの気持ちを示すことになり、せっかく落ち着いている気持ちの中で、相手に追い詰められる精神状態に引き戻されてしまうのであれば、

「それはまったくの本末転倒というものだ」

 と言えるのではないだろうか。

 彼女はまだ高校一年生、家族や学校の先生は、あまり彼女を意識していないようだ。なぜなのか、門倉には分からなかったが、それが留美子という女の子の、

「相手によって、態度が一変する」

 という性格というか、性質のせいだったのだ。

 門倉は、その頃、つまり病院に定期的に通院しなくてもよくなってからのことになるのだが、それまで聞いたことがないような話を彼女の口から聞くことになった。

「私、生まれ変わるとしたら、何になりたいかあって、結構いろいろ考えたりするのよ」

 ということを言った。

 門倉は一瞬何のことを言っているのか分からなかった。

 一つに生まれ変わるという発想が、

「今生まれ変わるとしたら」

 ということなのか、それとも、死んでから生まれ変わるということなのかの判断がつかなかったからだ。

 それともう一つが、彼女がそんなことを言い出すきっかけになったその発想をいつから抱くようになったかということである。前から思っていて、誰にも話せずに心の中に貯めておいたのか、それとも今思いついたことなのか、そこも疑問点の一つだった。

「生まれ変わるというのは、どういうことなんだい?」

 と聞くと、

「その通りの言葉の意味よ。生まれ変わるというのと、生き返るというのとは違うの。あくまでも、自然の摂理の発想なのよ」

 というではないか。

「自然の摂理ということは、将来自分が死んだ後、死後の世界に行ってから、生まれ変わるという発想なの?」

「ええ、そういうことになるわね。だから、何に生まれ変われるかって分からないでしょう? 人間ではないかも知れないし、ひょっとすると、また私が生まれてくるのかも知れない」

 と彼女は言った。

「最初の、人間か人間でないかというのは、別にして、自分に生まれ変われるかどうかというのと、それ以外とでは、大きな差があるような気がするね」

 と門倉がいうと、待ってましたとばかりに、

「そうなのよ。それを私も強調したいの。つまりね、もう一度生まれ変わってから、もう一度自分が生まれたとしても、それは時代が違うわけでしょう? 同じ人間であっても、きっと前世の記憶なんかあるはずないんだから、自分だという意識もあるはずないのよ。でもきっと思い出すきっかけさえあれば、前世を思い出すことのできる一番可能性があるはずなので、私なら、きっと思い出すんじゃないかって思うの。これって危険な発想なのかしら?」

 というではないか、

「危険というのは、僕にはよく分からないんだけど、でも、思い出したとして、それをどうするかなんて、まったく考えられないはずなので、すぐに自分で忘れようとするんじゃないかって僕は思うんだ」

 と、門倉は自分の意見を話した。

 門倉は、自分では現実主義者だと思っている。警察内で事件についてのリアルな話をしたり、過去の事件を引っ張り出して、事件論議をしたりなどというのは結構あるが、架空な話や。夢の話などしたことがなかった。

 まわりにそんな話をするだけの人がいなかったというのも事実だが、実際にそんな話が好きな人を前にして、考えたこともない話が続けられるという自信はまったくなかった。

 自分に自信が持てない話を継続することは今までにはなかった。何とかして話の腰を折り、それでも相手に嫌な思いをさせないように、いかにして話を終わらせるかというのが、門倉の発想であった。

 だが、その時の留美子との話には、いつになく自分から積極的に話の中に入っていったものだ。自分でもどうした心境の吹き回しなのか、解釈に困っていた。

「門倉さんとお話していると、私が言いたいことを見透かされているようで、怖いことがあるの。でも、嫌な顔一つせずに話に応じてくれているのを見ると、これほど安心できる気がしてこないものなの」

 と、留美子は喜びを満面に表しているようで、そんな表情を見せられると、自分もまんざらでもない表情になっていると思っただけで、顔がほころんでくるというものだった。

「そう言ってくれると、本当に嬉しいよ」

 と、自分の顔が紅潮してくるのを門倉刑事も分かっていた。

 女の子に褒められるのが、これほど嬉しく、そして恥ずかしいものだということに初めて気づいたのだった。

「門倉さん、赤くなってるわよ」

 と微笑みながら、茶化すようにいう、留美子の顔は幼さに満ちていた。

 これまで見せたどんな純粋な笑顔よりも、幼く見えたその表情を門倉は、

「ずっと忘れることのできない顔」

 と感じるようになってしまったのだった。

 留美子と話をしていると、時々、

――自分の気が変になったのではないかと思う――

 と感じることがあった。

 だが、それは錯覚で、本当はそれだけ留美子が頭のいい子だったということであった。まだ高校生ということもあって、何にでも興味を示す、ごく普通の女の子だと思っていたが、実際には頭がよかったのである。

 それは頭の回転が早いということなのか、キレているということなのか、ハッキリとは言えなかったが、少なくとも人のできない発想をするのが得意で、その発想が結構的を得ていたりする。やはり頭の回転が早いのは間違いないようだ。

 彼女は、密かに探偵小説を書いているということだったが、それを知ったのは、偶然だった。彼女の友達が話しているのを影で聴く機会があったことで知ったのだが、それを本人に確かめる気にはならなかった。

「言いたくなったらいうでしょう」

 というのが門倉の気持ちで、ある程度のことはほとんど話をしてくれる留美子が敢えて話そうとしないことであれば、話題にされたくないと思っているからなのかも知れない。

 しかし、彼女が試験中でもないのに、忙しそうにしているのを見ると、

「新人賞にでも応募する作品を書いているのではないか?」

 と感じた。

 なるほど、もしそうだとすれば。新人賞を取ることができて、初めて話そうと思っているのかも知れない。もし取ることができないとしても、いずれは話してくれるだろうから、こちらから聞くのは、やはりやめておこうと、気を利かせることにした。

 留美子は、さすがに新人賞には輝かなかった。さすかにプロを目指して努力している人の中から選ばれるのは至難の業であろう。それも分かっている。

 だが、それから少しして留美子の方から、

「私、黙っていたんだけど、実は小説を書いているのよ」

 と言い出した。

 どうした風の吹き回しなのかと思ったが、

「ほう、そうなんだ」

 とまるで、最初から知らなかったかのように振る舞った門倉刑事だったが、そんなことはどうでもよかった。留美子が自分から話をしてくれたことが嬉しかったのだ。

「私ね。大それたことをしたのよ。小説の新人賞に応募したんだけど、しっかりと撃沈しちゃったのよ。でもね、初めての投稿だったんだけど、二次審査まで通過したのよ。これってすごくない?」

 というではないか。

 かなり興奮していた。その様子を見れば、本当は二次審査を通過したところで言いたくて言いたくてたまらなかったのではないかと思わせるほどだったことを印象付けていたが、そもそも二次審査を通過するということがどういうことなのか、小説に興味のなかった門倉にはハッキリと分からなかった。

 そんなキョトンとしている門倉を見て、少しでも自分が興奮しているということを知らせて、二次審査を通過したことが、どれほどの喜びに値するかということを、門倉に教えたかったのだろう。そのために、普段使わない女子高生の言葉を使ったに違いない。だが、本来の女子高生というものは、こっちが本物だと言えるだろう。門倉は今留美子を見ていて、自分が知らなかっただけなのか、それとも初めて留美子の本当の姿を見ることになったのか、どちらなのかを考えていたのだ。

 そのうえで留美子は続けた。

「その新人賞というのは、プロへの登竜門って言われていてね。だから、初めての投稿なので、最初から新人賞が取れるなんて思ってもいないのよ。最初だから、腕試しみたいな気持ちと、実際に自分の実力がどこまでなのか、少しでも分かればいいと思って応募したのよ」

 と言っていた。

「そうだね、一次審査も通過しない人が結構いるんだろう? そんな人は自分がどのあたりにいるのかはまったく見当がつかないのだろうけど、少しでも通貨していくと、自分の段階がどこなのかって、叙実に分かってくるよね。しかも、最初に最低ラインにはいないと分かっているだけに、気も楽になるというものだ」

「ええ、その通りなの。だから、私は応募して、その評価がもらえたことが嬉しいのよ。次には大賞を狙いたいって思えてくるでしょう?」

「そうだね。僕も応援したいと思っているよう」

「ありがとう」

 その顔には笑顔がみなぎっていた。

「私、ミステリーを書こうかと思って、今いろいろと勉強しているところなんだけど、門倉さんは本物の刑事さんなんだから、いろいろな事件をご存じなんでしょう?」

 と聞かれて、

「まあ、普通の事件とかは結構扱ってきたけど、そんな探偵小説などのような奇怪な事件なんて、そんなにあるもんじゃないよ」

「でも、事実は小説よりも奇なりっていうでしょう? 実際には変わった事件なんかもあるような気もするんだけどな」

「どうなんだろうね?」

 という会話から、探偵小説談義に変わっていった。

 門倉刑事も学生の頃には結構探偵小説というものを読み漁ったものだった。今はどんどん新しい小説が出てきているので、さすがに古くなった小説を留美子が読んでいるとは思ってもみなかった門倉刑事だったが、

「えっ、そんな古いのを読んだりするの?」

 と、門倉刑事が驚くほど、古い小説を留美子は読んでいた。

 留美子が読んでいるという小説は、大正の終わり頃から昭和初期にかけての、本当の意味の探偵小説と呼ばれるものだった。門倉刑事はその頃の小説が結構好きで、実は部屋の本棚には、昔敢行された本が所せましと並んでいた。今ではまったく本屋で見ることはできなくなってしまった代物なので、これだけの蔵書は、他の人にはないと思い、門倉刑事のお気に入りでもあった。

「ねえ、門倉さんは、昔の小説のどこが好きなんですか?」

 と聞かれて、

「そうだね。まずは時代背景かな? 僕は歴史も好きなので、大正から昭和にかけての激動の時代というのを勉強するのが好きだったんだ。だから、想像させてくれる探偵小説という意味合いもあるし、そんな時代にいかなる風俗習慣があったのかというのを知りたいという思いも探偵小説に自分を引き付けるきっかけになったんじゃないかな?」

 というと、

「それはあくまでもきっかけという意味ですよね?」

「ああ、そうだよ。留美子ちゃんは、っじゃ、どういうところに興味を持ったの?」

 と聞くと、

「私はね、その時代のことは確かに他の本で読んだりして興味もあったんだけど、きっかけではなく、読んでいくうちに分かるようになったということなの。もちろん、面白くて惹かれるようになったのは事実なんだけど、私がその時代の探偵小説をよく読むようになったのは、トリックなどの幅が広いというのが、一つの理由かしらね?」

「というと?」

「私は今のミステリーも結構読んできたり、サスペンスなどをテレビで見たりしてきたんだけど、どうもトリックなどの謎解きなどを強調しようとしている作品が多いとは思うんだけど、何かが物足りない気がしてきたの。それはたくさん読めば読むほどそう思えるのんだけどどうしてなのかしらね?」

 という留美子の疑問は、もっともであった。

 門倉は、ゆっくりと諭すように話が自メタ。

「それはね。まず一つには、今までにたくさんの探偵小説やミステリーが発表されてきて、トリックというものが出尽くしているというところにあるんじゃないかって思うんだ。ちょうどさっき話に出た大正末期から戦後すぐくらいまで活躍していたある小説家の先生のお話なんだけど、もうすでにその時点で、ほとんどのトリックは出尽くしていて、あとはバリエーションの問題だっていうことを言っているんだ。だから、却って難しいんじゃないかな? トリックを前面に出すんじゃなくって、いかにトリックで引き付けておいて、人間関係であったり、動機などを主題にして、いかに意外性を発揮できるかというところが当時の探偵小説の考え方だったんじゃないかな? それに時代的な発想として、当時は動乱の時代だったということもあって、猟奇的であったり怪奇的な小説が結構あったりしたでしょう? 例えば精神異常に見せかけたような話だったり、登場人物が異常ね性癖を持っていたりしてね。それも特徴だったと思うよ」

「それはあるかも知れないわね」

「それともう一つは、これは今の最初の話に続くんだけど、今は科学や医学が発展しているということがいえるんじゃないかな? トリックの種類の中でも、今では実現不可能だと思えるようなものも結構あるだろう? 例えば、『死体損壊トリック』というのがあって、故意に被害者の顔や身体の特徴のある部分を切り取るなどして、被害者が誰か判別できないようにする犯罪なんだけど、今だったら、指紋がなかったとしても、DNA鑑定なんかがあるから、意外と被害者が特定できたりするよね。それにアリバイトリックの中でも、昔だったら、証人だったり、信頼できる人の証言だったりが必要だったけど、今では防犯カメラが至るところに設置されているので、アリバイなどをトリックに使うのも難しいでしょう?」

 というと、

「最後のトリックなんだけど、防犯カメラというのは微妙なもので、それを逆手に取って、例えば死角になる部分で欺瞞を要すれば、人を欺くこともできるんじゃないかな? 特に最近はパソコンを皆が扱えるから、立場によっては、防犯カメラの映像を操作することだってできる人もいる。だから一概には言えない気がするわ」

「そうなんだよね。それがバリエーションなんじゃないかな? 一つのことに捉われるわけではなく、いろいろ考えてみる。何もトリックは物理的である必要はない。心理的なトリックというのも立派なトリックだよね?」

 と、門倉刑事はいった。

「それに昔の小説が、本格的だったような気がして仕方がないのは、気のせいでしょうかね?」

 と留美子は言ったが、

「そうですね。留美子ちゃんは『本格探偵小説』という言葉を知っていますが?」

「ええ、よく本なんかに載っていますよね、作品紹介なんかでよく目にしたりしますけど」

「そうなんだけど、その意味は分かるかい?」

「さあ、漠然とした言葉なので、何と表現したらいいのか分かりませんが、トリックが大げさであったり、事件が大きかったりとか、そんな感じですかね?」

 というのを聞いて、門倉刑事はにんまりと笑って、

「そう思うでしょう? 実は違うんですよ」

「違うんですか?」

「まあ、この発想は、純文学と大衆文学という言葉の違いにも近いものがあるんですけどね。本格探偵小説というのは、いわゆる謎解きやトリックに重点を置いた形の作風を本格という表現をするんですね。それ以外の小説を変格という表現を使ったりします」

 それを聞いた留美子は少し怪訝な表情になり、

「それ以外というのはどういうお話なんですか?」

「いわゆる探偵小説からの派生していくジャンルへの橋渡しのような作品ですね。つまりは、猟奇的な殺人だったり、変質的な性癖を持ったりする犯人に焦点を当てた小説のことです」

「ああ、何となく分かります」

「そういう小説は、ホラーだったり、どこか幻想的な小説と見られがちで、ミステリの枠を超えている感があるでしょう? それを言うんですよ。純文学と大衆文学の分かれ目にしても、人によっては、純文学が道徳的な作品をいうような錯覚をしておられる人も多いと思いますが、実際には純文学というのは、『小説の中で文学的な表現で形づけられた作品を刺す』らしいんですよね。大衆小説の中には、道徳的な作品も多いですし、逆に、純文学の中にも変質的な作品もあります。それと同じ感覚ではないでしょうか?」

「難しいですね」

「しかも、本格探偵小説という表現は、最初からあったわけではなくて、ある探偵小説家が、猟奇殺人や変質的な性癖を持つような作品に、「ケチ」をつけて、論争が巻き起こったらしいんですが、その時にケチをつけた作家が、初めて本格探偵小説という言葉を提唱したということなんです。それを思うとなかなか面白いでしょう?」

「ええ、その通りですね」

 留美子はその話を聞いて、目からウロコが落ちたかのように嬉しそうだった。

 目が輝いていたのを覚えているくらいだ。

「本当に小説って面白いですよね。私もだから、自分でも書いてみようと思ったんですよ。実際に書けるようになるまでには苦労はしましたけどね」

「ほう、やはり難しいですか?」

「はい、難しいです。何と言っても、まず集中力が大切ですからね。それに小説を書く時って考えたらダメなんです」

「どういうことだい?」

「考えてしまうと気が散ってしまって、集中できていないことを自分でも自覚するんです。だからどんどん先を書けるように考えるのではなく、感じることが大切だと思うようになったんです」

「なるほど、それは大切なことだね。小説家は、そのアイデアを捻出するのも、感性だって言っているのを聞いたことがあるけど、きっとそういうことなんでしょうね」

「ええ、私もそう思います。感性という言葉がどこまで重要なのかは難しいところではあると思いますが、感じるという意味の言葉が使われているので、それだけでも私には共感できるものがあるんですよ」

 と、身を乗り出すように話す留美子だった。

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