ランドリーランドリー
「いやぁ、少し踏み込んだ事を聞き過ぎちゃいましたね。ごめんなさい」
「いえ、別に………」
私のバスタオルを巻き直す姿を見て、大塚は申し訳なさそうな顔だけ作り謝ってきた。
その視線はどこか私を値踏みしているようだった。
そんな大塚の視線から目をそらし、乾燥機の残り時間を見ると五分と表示されていた。
再び大塚の姿を探すと洗濯が終わったのか洗濯槽の中からカッターシャツやインナーなどを取り出し、私の使用している隣の乾燥機の中に投げ入れていた。そして大塚は百円を自分の所に二枚、私の所に一枚入れていた。
私の乾燥機のタイマーが五分から十五分へと変わる。
「ちょっと何をしているんですか?」
「あぁ、ごめんなさいね。二十分だと乾いてないと思いまして余計なお世話だとは思いましたが百円入れさせてもらいました」
大塚は悪びれる様子もなく、乾燥機の操作を終えると再び私の前へと腰を降ろした。
「さて、乾燥機が終わるまで時間が出来たので、もう少し話をしましょうか」
上半身裸の大塚は足を組ながら話を続けてきた。
私は少し考えた後、大塚に話しかけた。
「大塚さん。折角なのでお互いに一つずつ質問するのはどうですか?」
「良いですねぇ面白そうです。そうだ、どうせなら質問に答えられなかったら何でも言うことを一つ聞くと言うのはどうですか?」
「………分かりました。そうしましょう」
「それでは私からでいいですか?」
大塚はそう言うと私の返事を聞かずに「そうだなぁ」とか「会話を楽しみたいしなぁ」等と独り言を話していた。
「先ずは少し話を楽しみたいですしね。最初の質問は簡単に。最近、腹が立った事はなんですか?」
「………腹が立つ事はなかったかなぁ。と言うよりも何も感じ無かったと言うほうが正しいかな」
「何も感じ無かった?」
「そう、何もね。それじゃあ今度は私の番ね。そうだね、大塚さんの営業の外回りのお仕事は何?」
「仕事かぁ、詳しくは言えないけど住宅の防犯に関する契約関係とだけ言っておこうかな。それじゃあ今度は私の番だね。嫌なことがあった時どうやって対処する?」
「嫌なことは毎日あった。私はずっとずっと我慢してた。逃げられないからずぅっと我慢。大塚さんは?」
「それは質問の一つでいいのかな?」
「そうです」
「私は嫌な事、嫌なものがあったらその嫌なもの事を消して無かった事にしますかね」
大塚は考える素振り無く答えた所を見ると、本当に普段から嫌なものを消していき自分の望むものだけを置いてきたのだろう。
大塚の答えを遠くで聞いている耳に再びラジオの声が聞こえた。
(春日井町の通り魔事件の続報が入りました。刺された被害者男性の氏名が公表されました。刺されたのは同じ春日井町に住んでいる
ラジオで被害者氏名が公表された事に私の身体は一瞬、動きを止めた。
二人ともラジオが流れている
私はその間に乾燥機の残り時間が三分と表示されているのに気付き、意外と話したもんだなぁと思った。初対面の相手と喋るのは本当に好きじゃないんだけど、この
まるで原因の分からない
だが、それも後少しにしよう。
私はタイマー見ながら椅子から立ち上がり乾燥機へと向かった。
「おや、もうすぐ乾燥機も終わりですか?では、そろそろ答えにくいような質問をしていこうかな?」
自信ありげに大塚が話しているが、多分困るのは大塚だと思う。
「では、改めて次の質問」と大塚はわざとらしく間を空けて質問をして来た。
「貴方は日比野 保照さんと知り合いですね」
「………そうだね。知り合いと言うか知っているって言ったほうが正しいかな?」
「知っている、ねぇ。それは」
「質問は一つずつでしょ?次は私の番だよ」
大塚の声を遮り「そうでした」と話すのを止めた大塚を横目に、乾燥機の中から乾いた衣類を取り出し質問をする。
「大塚さんに質問。あなた、営業でこの辺りは初めて来たって言ったけど、あれ嘘でしょ?少なくてもこのコインランドリーには来たことがあるはず」
「………嘘ではないよ。すごい昔に一度来たきりだったから忘れていたんだ。言われてみたら確かに見覚えのあるところもあるな」
大塚の眉がクッと下がったのが見えた。
私は乾いたズボンを穿き、インナーに袖を通す。
「つ、次は私の質問。貴方の身体についていた傷はどうしてついたの?それは日比野につけられた傷だ」
この質問にも簡単に答えられる。
「残念。この傷は旦那、いや今は元旦那か。それにつけられたDVの痕だよ」
大塚は目を見開いて驚いていた。私はその姿を見て大塚に次の質問を投げ掛ける。
「大塚さん。そもそも営業の仕事って言うのも嘘ですよね?あなた営業で外回りって言っているのに何も持っていないんですもの。防犯の契約書などはどこに?」
「いや、私の仕事は営業ですよ。契約書などが入った鞄はこの近くの営業所に置いてきたんだよ。そう、置いてきたんだよ」
私は上着を羽織ると髪をゴムで束ねる。服はちゃんと乾いており、雨に濡れた髪もすっかりまとまっていた。
「それじゃあ私の質問だ。貴方は先程ラジオで流れていた通り魔と関係がある」
私は想像通りの質問にニヤリと笑い答える。
「関係が無いわけではない。とだけ言っておこうかな」
「なっ、それじゃあ」
「大塚さん。質問は?」
「一つずつ。でした」
「そうです」
私はコインランドリーの出入口に向かいながら大塚に最後の質問を投げる。
「大塚さん。最初から言おうと思っていましたが顔に沢山の血がついてますよ?」
大塚の顔がひきつり、私もバスタオルを引っ張り出した、誰のものと分からない乾燥機の中からタオルを引っ張りだし何度も顔を擦り始めた。
「大塚さん、質問に返答がありませんでしたね。私の勝ちです。大塚さん、顔に血がついているってのアレ嘘ですよ」
「あっ」と小さい声を出した大塚の手が止まった。そして少し考えてから敗けを認めた大塚が話しかけてきた。
「………貴方の望みはなんですか?」
「私ね、東京タワーが見たいの。今日やっといろんな事から解放されて自由なの。だから東京まで行けるお金を頂戴」
大塚は何も言わず財布の中から一万札を五枚取り出し私に差し出してくれた。
私はそれを受けとり「ありがとう」ときちんとお礼を言うとコインランドリーの出口の扉を開けた。
「さ、最後に。貴方はいったい何をしたんですか?」
大塚がコインランドリーを後にする私の背中に問いかけてきた。私は大塚の方に振り返り答える。
「私は何もしていないよ。ただ、元旦那の嫉妬心を煽っただけ。それじゃあ大塚さん、さようなら。もう二度と会うことも無いでしょうけど」
軽い足取りで外に出た私にラジオの続報の音が微かに聞こえた。
(緊急速報です。先程、春日井町で起きた通り魔事件の犯人が捕まりました。犯人は被害者の家の近くに住んでいた
外の雨はいつしか上がっており、雲の隙間からは日が差していた。
大塚と話せて良かった。いや、コインランドリーシンドロームになって良かった。
チグハグな靴を鳴らし私は東京へと向かうバス停を目指した。
了
コインランドリーシンドローム ろくろわ @sakiyomiroku
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