悪魔の取引
暗い物置のような部屋の中、静かに眠る弟の顔を撫でながら少年は薄く微笑む。少年は弟から目を離し、音をたてないように部屋にある段ボールと壁の間にそっと手を伸ばす。ここには様々なものを隠してあるのだ。少年はその中で目当てのものである不思議な模様の描かれているコインを探り出し、床に置いた。
それから少年は、普段の自分の荷物の中から紅白帽を取り出しコインを隠すように被せると、手をギュッと前に組み縋るような面持ちで祈りだした。
すると突然紅白帽がふわりと持ち上がり、ボフンというう音と煙と共に紅白帽をかぶった紳士のようなものが現れた。
「ふむ、これは何ともちんけな帽子で喚び出されたものだ。召喚者は君かね、少年よ」
少年はあっけにとられた顔で頷くと、ハッとした顔で部屋の扉、それから弟の顔を見て紳士に向かって唇に人差し指を当てる。
紳士は何とも愉快そうに笑い、少年に告げる。
「心配するな、少年よ。私たちの会話は余所の人間に漏れることはないよ。それで、私を喚び出したということは少年には願いがあるのだろう。私に教えてごらん」
不安そうに眼を泳がせる少年を、紳士は優しげな顔で静かに見守る。暫しの沈黙の後、少年は紳士の顔をギッと見つめて口を開いた。
「僕たちを助けてほしいんです」
「ふうむ…もう少し具体的でないと難しいな。私はどうすればいいのかね」
紳士は顎に撫でながら少年を見下ろす。
「じゃあ、僕たちをあいつらから逃がしてください」
「ふむ、あいつらというのが誰かわからないが、その人間に見つかることのないようにすることはできるぞ」
「見つからないように、というよりあいつらから離れて安全に暮らしたいんです」
「ふむ、安全というのはどうすればいいのかね。私はあまり人間には詳しくなくてな。もっと具体的な願いでないと叶えられないよ」
笑みを崩さない紳士に見下ろされながら、少年は眉間にしわを寄せて考え込む。
「じゃあ僕のお父さんとお母さんを生き返らせて」
「ふうむ、人間を生き返らせるのか。しかし残念だが少年よ、生き返らせるのは意外と面倒でな。1人だけならいいぞ。お父さんとお母さん、どっちがいい」
「そんな…」
少年は困った顔を浮かべるが、紳士は黙って見下ろすのみ。
「じゃあ、この家にいる僕と弟以外の奴らをみんな消してよ」
「ふむふむ、人間を消すのは簡単だ。しかし叶えられる願いは1つだ。1人しか消せない」
いよいよ少年は絶望した顔を見せる。紳士は笑みを深めて言う。
「少年よ、そろそろ時間が来てしまうよ。なんでもいい、なにか願いを言うんだ」
「…お父さん、お母さんとお話しすることはできる?僕と弟と4人で話したいんだ」
「ふむ、お父さん、お母さんに声を届けるとなると願いは1つではない。駄目だ」
「じゃあ僕の声を両親に届けて」
「両親でひとくくりにしても無駄だよ、少年」
ずっと変わらない笑みを浮かべる紳士を少年は睨み付ける。
「生き返らせるにも、消すにも誰か1人を選ばなきゃいけないの?」
「その通りだ、少年。よく考えるといい。じっくり考える時間は無いがな」
少年は少し考えて言った。
「わかったよ。じゃあ、りょうしんを」
「ん?」
「僕の良心を消してよ」
それを聞いて紳士はニンマリと、笑みというには不気味なほどに口角を上げて叫んだ。
「お安い御用だ、少年!では、今すぐに君の良心を消してあげよう!」
紳士が手をかざすと、少年を不思議な光が包む。
「これで君は良心のない人間になった。思うが儘に生きるといい。さらばだ」
喜色満面の笑みを浮かべて紳士はふわりと消えていった。
残された少年も、同じような笑みを浮かべている。
少年は床に落ちた紅白帽を拾い、部屋のドアに向かって歩き始めた。
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