第30話 それじゃ行くぞ、プレデター2。状況開始なのだッ!

――中島由香


 札幌飛行場で警察航空隊のヘリに乗せてもらって一時間弱。

 地上を道沿いに走らなければならない車とは違い、山も谷も飛び越えていけるヘリコプターのおかげで驚くほどの短時間で釧路沖の海上までたどり着くことが出来た。

 目的の海域まで辿り着いた私はシートベルトを外して立ち上がり、ここまで送ってくれたヘリのパイロットに頭を下げる。


「送っていただいて、ありがとうございます。エスコートはここまで十分です」

「十分って!? こんな何もない海の上で何するつもりですか」

「ヘリでイオー・ジマに近づいたら確実に対空ミサイルが飛んでくるのだ。だから、ここからは自力で飛ぶのだ」

「カゲトラさんは飛べるでしょうが、中島課長は……」

「ご心配なく。私は海棲生物に変身できるので海を移動する方が得意なんです」

「そこまで言うなら信用しますよ。上島、ドア開放ッ!」


 機長の命令に従って搭乗員の一人がヘリのドアを開放してくれる。


「札幌に戻ったら海上保安庁に出動準備するよう連絡してください。イオー・ジマを拿捕したら三沢基地に曳航することになると思うので」

「その与太話信じますからね。どうかご武運を」


 ヘリの搭乗員達が敬礼で送り出してくれるのを見ながら、私とカゲトラは闇夜に身を躍らせる。

 パラシュート無しのスカイダイビング。

 普通の人間がやればただの自殺行為だが、私とカゲトラはマジンだ。

 カゲトラは翼を広げてスィィィと闇夜を滑空し、私は着水に備えて両手を揃え身体を垂直にする。

 水泳の飛込競技と同じだ。

 身体を垂直にして指先から入水すれば着水の衝撃は最小限になる。

 ポシャンと小さな水しぶきを上げて海中に飛び込んだ私は、人間への変身を解除する。

 私の身体は着ていた制服を内側から引き裂きながら膨張し。

 泳ぐのに適した海棲生物へと姿を変える。


「こちらプレデター1。ホークアイ、連絡よこせ」


 海上に頭だけ出した私の頭の上にカゲトラが着地する。

 マモノに変身した私は人間の言葉を喋れなくなってしまうが、カゲトラに接触してもらえば骨伝導によって声を聞くことが出来るのでカゲトラが収集した情報を共有することが出来る。

 ちなみにカゲトラは札幌との連絡用にアメリカの〇スラ社が整備した衛星通信ネットワーク、スターリンクに接続できる衛星電話を持ってきている。

 一般回線で話をすれば通話内容が米軍に漏れてしまうが、強襲揚陸艦を追うには別班のナビがどうしても必要になるので情報漏洩することを承知で使うことにした。


「こちらホークアイ。通信確認しました。プレデター1、プレデター2は健在ですか」

「健在、健在、いま私の足元で、準備万端で待機してるのだ」


 カゲトラは私の頭の上で羽をパタパタさせてカラカラと笑う。

 ちなみにカゲトラが話しているコードネーム・ホークアイは別班の梓別班長で、プレデター1とプレデター2は私とカゲトラのコードネームだ。

 現在、強襲揚陸艦イオー・ジマを自衛隊の無人航空機が追跡しており、私達は別班から教えてもらったリアルタイム情報提供を頼りに敵艦を捜索するつもりだ。


「現在、イオー・ジマはプレデター1の現在地から北北東に60キロほど離れた海上を5ノット前後の速度で航行しています。ただ、この通信を傍受されたら敵艦は速度を上げるでしょう」

「問題無いのだ。強襲揚陸艦なんて最高速度20ノットのドンガメだろ。プレデター2なら、楽々追いつけるのだ」

「こちらホークアイ。それだけの自身があるなら何も言うことはありません。ご武運お祈りしています」

「それじゃ行くぞ、プレデター2。状況開始なのだッ!」


 梓別班長から情報提供を受けて、私とカゲトラの強襲揚陸艦拿捕作戦が始まった。



――ジェームス・ホルダー


 全てを飲み込むような真っ黒な海面を見つめ続ける。

 隣では後輩の副機長が、同じように黒い海面の中に何かが潜んでいないか探っていた。

 艦長からデフコン1(総員戦闘配置)が発令されたのは、つい20分前のことだった。

 同盟国の領海内でデフコンの発令が出るのは前代未聞の事態だが、上層部は何者かが強襲揚陸艦イオー・ジマの襲撃を計画していることをつかんだらしく、周辺警戒に適したオスプレイに全機発艦が命じられた。

 現在、イオー・ジマを取り囲むように仲間たちが空から海中に潜む敵を探し回り、さらに対機雷戦用の水上ドローンが警戒監視を続けている。


「機長、目を凝らしていても水面しか見えません。この監視網本当に意味あるんですかね?」

「知らん。お前が神に愛されているなら敵艦の影が見えるかもしれないぞ」


 ジョークを言って誤魔化してみたものの、副機長の気持ちはよくわかる。

 もし、敵が水上艦ではなく潜水艦で襲撃を目論んでいるなら、海面をライトで照らして目視で敵艦を探すなんて索敵方法は泣きたくなるほどナンセンスだ。


「しかし、接近して来る敵の詳細は不明らしいですが、襲撃があるとして敵はどうやって仕掛けてきますかね?」

「どうって――どう考えても潜水艦で狙って来るだろ」


 イオー・ジマと戦う場合、潜水艦を使えば圧倒的に有利だ。

 強襲揚陸艦イオー・ジマの艦載機は大半が対地攻撃を目的として搭載されている。

 F35は戦闘機としては非常に強力だし、ヴァイパー攻撃ヘリは非常に強力な対地攻撃力を有している。

 俺達が操縦するオスプレイだって多数の海兵隊員を迅速に上陸地点に送り届けることが可能だ。

 だが、対艦戦、特に対潜水艦戦となった場合、途端に話が変わって来る。

 強襲揚陸艦イオー・ジマは強力な対地攻撃力と引き換えに潜水艦の捜索に適した艦載機はなく、対潜水艦に対する防御力は低い――というより皆無に近い。

 対潜哨戒機の支援が得られれば問題無いと割り切ったのかもしれないが、実際に海上で襲撃を受けそうなってから慌てている辺りワキが甘かったとしか思えない。

 とはいえ、帰る家を失うわけにはいかない。

 俺と副機長はせめて魚雷の航跡だけでも見つけようと、目を凝らして黒い海面を監視する。


「機長ッ! 海面に波紋が」


 副機長が見つけたのは敵艦の放った魚雷が作る白波ではなく、海面を大きく震わせる巨大な波紋だった。

 海面に波紋が広がる要因はいくつか考えられるが、これほど巨大な波紋が広がるとすれば可能性は一つしかない。


「舐めやがってッ! 敵さん、堂々とアクティブソナーを打って来たぞ」


 アクティブソナーとは、強力な超音波を発射して音の反射を観測することで敵艦の位置を探る潜水艦の索敵装置だ。

 敵艦の位置を正確に把握できることと引き換えに、音の発信源を逆探知されれば自艦の位置を敵にさらしてしまう諸刃の剣。

 つまり敵艦は、自分の位置を知られてもなんの問題も無いと思っている。


「目を凝らして敵艦の魚雷を探せッ! アクティブソナーを打ったってことは魚雷が6発、一斉にこっちに来るぞ」


 アクティブソナーで敵艦の位置を確認した後に、魚雷を斉射して一気に敵艦を撃沈するのが潜水艦の基本戦術だ。

 俺と副機長は、敵艦の放った魚雷を一つでも見つけようと目を凝らす。


「なんだ……あれは?」


 俺と副機長は海水をかき分けながらイオー・ジマに接近する物体を目撃した。

 それは魚雷ではなかった。

 潜水艦が発射する魚雷よりも10倍以上巨大な何かが黒い水面を切り裂いてイオー・ジマに近づいてくる。


「クジラみたいに見えますが……」

「クジラじゃないッ!! 速すぎる」


 俺達の前に姿を現したアンノウンは50ノットを超える超高速で航行していた。

 イオー・ジマは機関に火を入れ最大戦速で回避しようとしているが、とてもじゃないが逃げ切れない。


「司令部、オスプレイ4号機。イオー・ジマに接近するアンノウンを発見しました。艦の真後ろから近づいてきます。迎撃してくださいッ!」


 副機長の苦し紛れの報告を聞き入れてくれたのか、艦尾に装備された対空機銃が発射される。


 ブルブルブルブルッ!!!


 機内にまで響き渡るモーターが激しく回転する轟音と共に発射された20ミリ機関砲の砲弾がアンノウンに命中する。


 チュン! チュン! チュン! チュン! チュン!


 しかし、アンノウンは止まらない。

 20ミリ機関砲の砲弾をポップコーンのように弾き返し、アンノウンはイオー・ジマの船尾に突撃する。


 金魔法≪ハガネノツチ≫


 ドゴォォォォォォン!!!!!


 アンノウンがイオー・ジマの艦尾に激突し、砲弾が炸裂したかのような轟音が辺り一帯に鳴り響く。

 周辺警戒のために発艦を命令されていた俺達は幸運だった。

 アンノウンが直撃したイオー・ジマは4万トンを超える船体を大きく震わせた。

 激しい振動に耐え切れずF35戦闘機1機とヴァイパー攻撃ヘリが1機、加えて甲板上に立っていた作業員が数名、海に投げ出されていく。


「ジーザスッ! なんてことだ」


 状況は最悪ではない。

 今の攻撃が一撃で潜水艦から発射された大型魚雷ならイオー・ジマは撃沈されていた。


「機長どうしましょうか?」

「どうしようもない、この機体にはアンノウンを攻撃できる武装は無いんだ」


 だが、最悪一歩手前の状況なのは間違いない。

 アンノウンは体当りだけでイオー・ジマに大ダメージを与え、いまだ無傷で艦の船尾に張り付いている。

 俺達がなす術もなくアンノウンを見下ろしていると、体当たりでアンノウンを引きはがすつもりなのか1機の水上ドローンが最大速度で突っ込んでいく。

 その攻撃にアンノウンは素早く反応した。

 身をひるがえして水中から顔を出し、大きく口を開いて突撃して来る水上ドローンに食らいつき、鋭い牙でチーズの様に噛み潰した。

 ようやく俺達はアンノウンの正体を知ることになる。

 アンノウンは全長20メートルを超える巨大な歯クジラだった。

 だが俺の知ってるマッコウクジラではない。

 マッコウクジラはダイオウイカのような深海の柔らかい生き物を食べるために上アゴの歯が退化しているが、アンノウンは上下のアゴにビッシリと先の尖った鋭い牙が立ち並んでいる。

 あれはイカを食うための歯ではない、自分の仲間であるクジラを、分厚い筋肉と脂肪を切り裂き噛み潰すための牙だ。


「リビアタン・メルビレイ」


 副機長がポツリと、真下にいるバケモノの名をつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る