第29話 ミ・ミカ、私、あの子達を助けたい
――ハ・マナ
無人航空機の撃墜を確認したアイリスさんと恵子は、正面に陣取る子供兵の囲みを迂回して白藤の滝へと向かうというメッセージが投下された。
もう空からの監視の目は無いので、2人は問題無く白藤の滝にたどり着けるだろう。
私とミ・ミカは今のところ自分達の存在をアピールするように威嚇射撃を避けながら、木と木の間をチラチラと動き回っている。
何十発もの銃弾が飛んでくるので全てをかわすことは難しいが、彼らが撃ってくる小口径の弾丸なら肉体強化の守りで完璧に防ぐことが出来る。
私達はこれから30分くらい今の膠着状態を維持して、2人が逃げる時間を稼げばいい。
そうすれば、この戦場で子供兵を殺すことも、殺されることもなく任務達成だ。
(これでいいのか?)
頭の中がザラザラする。
アイリスさんは、お医者さんなのでいつも安全マージンを強く意識して作戦を立てる。
戦果よりも仲間の命を、富や名声よりも健康を。
それは悪い考えじゃない。
富や名声を捨てることで、ハ・ルオやミ・ミカの戦死や大怪我するのを防げるのであれば、私だっていくらでも捨てる。
富や名声は要らない。
でも、私は今対峙している子供達を助けたい。
アイリスさんから、子供兵の存在について簡単な説明を受けた。
親に捨てられ明日食べることさえ難しい子供達を集め、銃の撃ち方を教えて戦場に送り込む。
子供兵は体力的にも技術的にも未熟なので戦場での死傷率は非常に高いが、たとえ死んでも代りの子供はいくらでもいる。
吐き気をもよおす、おぞましい話だ。
子供兵の囲みの後ろには、彼らに人殺しをするよう指図している大人が居る。
そう考えると、腹の底から煮えたぎるマグマのような怒りが沸き上がって来る。
「ミ・ミカ、ミ・ミカ応答してッ!」
私はオトリとして山の斜面を逃げ回っているミ・ミカに音声通信をリクエストする。
「なんですか、ハ・マナ? 私も銃撃されたら逃げなきゃいけないんで、あまり余裕ないですよ」
「ミ・ミカ、私、あの子達を助けたい」
「助けるって、いま戦ってるあの子達ですか? どうするんです!?」
「子供達を戦場に送り出してる指揮官を拘束する。指揮官が降伏を宣言すれば、子供たちは銃を捨てると思う」
子供兵の素性を考えると士気が高いとは思えない。
指揮官を拘束すれば、大半の子供たちが投降するだろう。
「危険ですよ。包囲網を強行突破したら死傷者が出るのは避けられません」
ちなみに危険なのは私達ではなく子供達の方だ。
ケモノノハドウを使って強行突破を仕掛ければ、子供達の囲みに強力な人間砲弾を叩き込むことになる。
肉体剛性強化によってミ・ミカの身体は硬鉄の塊みたいになっているので、直撃すれば死者が出るのは避けられない。
「それはわかってる。だから、地上を強行突破するんじゃなく上から抜けるわ」
「カゼカケリですか、体力持ちます?」
「それは……手持ちのカ〇ピス全部飲んで、あとは頑張る」
カゼカケリで空中に足場を作って、飛石を渡るように移動すれば空中を長距離移動することが可能だ。
しかし、小休止を挟まず連続して魔法を使い続けるのは魔力と体力の消耗が激しい。
ゲームのようにステータスが表示されたら魔力や体力の管理もしやすいが、現実にはそんな便利なものは無いので無茶をすると決めたら根性でなんとかするしかない。
「多分、こんな無茶したら。アイリスさんや、衛さんに、こっぴどく叱られますよ」
「でしょうね。それでも私は、あの子達を戦場に送り出す理不尽な人達から助けたい」
「付き合いますよ。私は、なにをすればいいですか?」
私とミ・ミカは独断で敵の指揮官の拘束するために動くことにした。
作戦の内容は単純だ。
私とミ・ミカは少しずつ下山しながら合流し、私達の目の前に立ちはだかる子供達を一か所に集める。
そうやって、敵が一か所に集まったところで私はカゼカケリを使って上空から敵の防衛ラインをすり抜ける。
「じゃ、はじめましょうか。くれぐれも、威嚇射撃から逃げてるフリをするの忘れないでください」
「わかってるわよ。防衛線の突破を狙っていると気取られたら元も子もないからね」
私とミ・ミカは、いままで通り威嚇射撃を避けながら木と木の間を縫うように少しずつ下山する。
子供達は私とミ・ミカが被弾しても傷一つ負わないバケモノだとは夢にも思ってないらしく、前進する私達を追いかけながら少しずつ後退していく。
動きを見ていても子供兵が兵士として未熟なのがわかる。
十分な訓練を受けた兵士なら私達が防衛ラインを押し上げるように誘導していることに気づいたかもしれないが、子供達は暗い山の中で私達を追いかけるので精一杯らしく自分達が徐々に後退していることに気づかない。
そうやって、子供兵を引きつけながら下山を続けていると、視界隅に私と同じように子供兵を引きつけながら下山しているミ・ミカの姿が見えた。
「こちらハ・マナ。ミ・ミカ聞こえます?」
「ミ・ミカです。聞こえています」
ミ・ミカは後ろに振り向いて私の姿を確認する。
「いま、私の7メートル後方にハ・マナが居るのを確認しました。子供達の大半はここに集まったみたいですね」
私を追っていた部隊と、ミ・ミカを追っていた部隊が合流し左右から十字砲火が飛んでくる。
私達が常人なら絶体絶命の状況だが、悲しいことに彼らの持つ豆鉄砲ではミ・ミカに傷一つ負わせることが出来ない。
「私はここから跳ぶわ。ミ・ミカ、悪いけどもう少しだけ逃げるフリをしてちょうだい」
「了解しました。ハ・ルオ、頑張ってください」
私はワタボウシを垂直に立てて深く深く息を吸いゆっくり吐き出す。
これからやるのは、肉体強化魔法と、カゼカケリを組み合わせた曲芸まがいの合体技だ。
私は息を吐きながら、魔法を使う手順とタイミング、そして最適な魔法出力を強く強くイメージして――跳ぶッ!
風魔法≪カゼカケリ≫
風魔法≪カゼカケリ≫
風魔法≪カゼカケリ≫
跳躍した状態でカゼカケリを使いさらに上へ前へと跳ぶ。
ボールの様に山なりの軌道で跳びながら魔力を練り、重力の影響で高度が下がり始めたところで再びカゼカケリを使って空中を前進する。
やっていることは、目隠しをして綱渡りをしているようなものだ。
眼下に広がるのが夜の闇に包まれた黒い森。
道標はなく、魔力が尽きれば真っ逆さまに墜落してしまう。
割に合わないリスクを冒している自覚はある。
だけど……
「私は、クサリクの正義を貫くッ!」
カゼカケリで飛び続けること十数回、30エン(約1000メートル)近い距離を空中移動した私の視界に4台の車両が人気のない県道に駐車しているのが見えた。
「大型バス1、大型トラック1、小型トラック2」
私は大型トラックに狙いを定める。
無人航空機のコントロールや、子供達に指示を出す機材が搭載できそうな車両は大型トラックだけだ。
なら、敵の指揮官は大型トラックに乗車している可能性が高い。
「外道、イナンナ様の裁きを受けろッ!」
風魔法≪コノハオトシ≫
私は降下を開始すると同時に全身に風をまとって加速し大型トラック目掛けて突撃した。
ドゴォォォォンッ!!
強大な運動エネルギーを叩きつけられたトラックは横転し、そのままアスファルトをガリガリと削りながら横滑りし、街路樹に叩きつけられてようやく動きを止める。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
息が苦しい、視界がチカチカと明滅する。
これは低血糖症の症状だ。
カゼカケリを使った空中の長距離移動に、トラックを破壊するためのコノハオトシ。
カ〇ピスの原液をがぶ飲みして魔力に変換できるエネルギーの嵩増しをしたけど、限界を超えて魔法を使い過ぎた。
「ここで倒れるわけにはいかないッ!」
この場を制圧して指揮官に降伏の指示を出させないと子供達は救えない。
視界をグルリと巡らせると、ピックアップトラックの荷台に機関銃の射手と思われる男性が立っているのが見えた。
彼は指揮官の乗る大型トラックが突然横転し森の中に突っ込んでいったのを見て、驚きのあまり呆然となっている。
「エネルギーをよこせッ!」
この隙を逃す手はない。
私は最後の力を振り絞ってピックアップトラックの荷台に取りつき、ワタボウシの切先を兵士の太ももに突き刺した。
草魔法≪キュウシュウ≫
植物が地中の栄養分を根から吸収するように、草魔法には他の生物からエネルギーを奪い取る魔法が存在する。
キュウシュウによって体内のエネルギーを吸い取られた兵士は顔色を土気色に変えて気絶する。
ヤバイな。
もしかしたら人を殺してしまったかもしれない。
「貴様、何者だ!?」
仲間が倒れたのを見て、もう一台のピックアップトラックの荷台に乗っていた兵士が重機関銃の銃口を私に向ける。
「悪いけど手加減する余裕はないの」
私がもう一台のピックアップトラックに向かって突撃すると兵士は、荷台に接地された重機関銃を容赦なく発砲する。
草魔法≪コウカ≫
カンッ! カンッ! カンカンカンカンッ!
いくら肉体強化が万能とはいえ、車両に搭載された12.7ミリの大口径弾を無傷で凌ぐのは難しい。
だけど、大木の幹の様に全身の細胞を固い細胞壁で守り、その上で剛性を強化すれば話は別だ。
生物をたちどころにミンチに変える12.7ミリ弾が豆鉄砲のように弾き返されるのを見て、機関銃を撃つ男の顔が恐怖に歪む。
「あなたも私の糧になれ」
弾幕が途切れたのを見計らって私は機関銃を撃ってきた男の脇腹にワタボウシを突き刺した。
草魔法≪キュウシュウ≫
「かっ、かはあ……」
傷口からエネルギーを吸い取られた男は悲鳴をあげることすら出来ずに気絶する。
「はぁ、はぁ、はぁ……これ、ヤバいかも……」
キュウシュウで吸い取れるエネルギーは細胞内のミトコンドリアで作られたATPだ。
吸い取ったATPをエネルギーロス無しで魔力に変換できるのは大きな利点だが、血液中に糖分が補給されないので低血糖症が治まらない。
人間の代謝活動というのは厄介なもので、エネルギーが残っていても糖分を補給しないと低血糖症で気絶してしまう。
ギュギュギュギュッ!
不意にスパークプラグが点火しエンジンが始動する。
荷台に居る機関銃手が倒されたことに気づいた運転手がピックアップを発進させようとしている。
「逃がすかッ!」
風魔法≪キリサキ≫
私は気絶した機関銃手を荷台から引きずり降ろし、間髪入れずにピックアップトラックの荷台を魔法で切断する。
ガタンッ!!
荷台毎、後輪を切り離されたピックアップトラックは車体をガリガリとアスファルトに擦り付けながら数メートル移動して足を止める。
私はワタボウシの石突で身体を支えながらフラフラとした足取りでピックアップトラックの運転席に向かう。
「ちっ、近づくな、バケモノッ!」
運転手は窓から身を乗り出して発砲するが、震える手で握った拳銃の弾は避けるまでもなく明後日の方向に飛んでいく。
運転席にたどり着いた私が頬をワタボウシの石突で殴りつけると運転手はあっけなく気絶した。
「なにか……糖分を補給できるなにか……」
運転席を物色した私の目に、ドリンクホルダーに立てかけられたエナジードリンクのアルミ缶が飛び込んでくる。
「ラッキーッ! まだ中身残ってる」
幸運なことにエナジードリンクは飲みかけで、まだ半分くらい中身が残っていた。
少し炭酸が抜けたエナジードリンクをガブ飲みすると、チカチカと明滅していた視界がモザイクが剥がれるように晴れていく。
「たっ、助かった……」
戦闘中に魔法の使い過ぎで低血糖症に陥ったことは過去にもあるが、敵の目の前で視界が明滅し、気絶しそうになる恐怖は何度味わっても慣れるものじゃない。
運転席を物色してカロリーメイトとチョコレートを探し出した私は、ガリガリと噛み潰して強引に胃に流し込む。
「これで、しばらくは保つ――あとはッ!」
糖分を補給した私は、横転した大型トラックの元に足を運び、ワタボウシの石突を白いコンテナに思いっきり叩きつける。
ガゴンッ!!
スチール製のコンテナが甘細工のように曲がり、ワタボウシの石突がコンテナの縁に深く食い込んだ。
「子供を盾にする卑怯者出てこいッ! お前にイナンナ様の裁きを下してやる!!」
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