第27話 PMCが、孤児を雇って戦わせているという話を聞いたことがあります
――ハ・ルオ
『敵が子供ってどういうことですか? 敵は私達と同年代ってことですか』
姉さんがグループチャットに投下して来た情報の真意を確かめたくて、私は質問をグループチャットに投下する。
日本の常識では、私と姉さん、ミ・ミカの3人は子供だ。
異世界生物対策課や外務省の人達は、十代の子供が命がけの戦いで食い扶持を稼ぐのは良くないことだと考えているらしく、私達がマモノハンターだと伝えたら驚きや賞賛ではなく、すごく心配されたことを覚えている。
『違う、もっと幼い。私が捕虜にした敵兵は10歳くらいの女の子よ』
「なにそれ!? 本当に子供じゃない」
敵兵が10歳の女の子だと知らされて、私は思わず叫び声をあげる。
ニビルの常識でも10歳は子供だ。
大人は子供を守るのが常識だし、当たり前だが子供を戦争やマモノ退治に駆り出したりしない。
「アイリスさん、アメリカでは10歳の子供に戦争させるのが当たり前なんですか!?」
「当り前じゃありませんッ! アメリカでは18歳の以下の未成年は軍隊に入れません」
「だったらなんで10歳の子供が銃を持って私達を攻撃してくるんですか!?」
私の質問に対してアイリスさんは頭を垂れて小声でブツブツとつぶやき始める。
しばらく独り言で考えをまとめたアイリスさんは、クイッと私と目を合わせて話始める。
「チャイルドソルジャー。日本やアメリカを問わず、未成年を兵士にするのは国際的に違法とされていますが、中東やアフリカといった紛争が絶えない地域では10歳くらいの子供が兵士として戦うことを強要されている実態があります。あと、これはウワサですがPMCが、孤児を雇って戦わせているという話を聞いたことがあります」
「PMC?」
「プライベートミリタリーカンパニー。国家から報酬を受け取って、軍隊の代わりに戦争を行う民間企業のことです。金を稼ぐために戦争をする会社なので、人件費を節約するために薄給で雇える孤児を兵士する可能性はあると思います。特に相手がまともに戦ったら勝ち目の薄いマモノやマモノハンターならなおさら……」
アイリスさんは、苦虫を噛み潰したような顔で子供兵の実態について説明してくれる。
「なにそれ!? 信じられないッ!」
アイリスさんの口から発せられたのは、人間の欲望と悪意をギュウゥゥッ!と強く握り固めたような話だった。
まともに戦っても勝てない相手だから子供を使い捨ての弾避けとして戦場に送り出す。
子供兵の実態と、今の状況を付き合わせると、そんな反吐が出そうな敵の思惑が見えてくる。
「ごめんなさい。地球には人を殺してもなんとも思わない悪人がたくさんいるんです」
アイリスさんが、地球人を代表して私達に謝罪する。
『謝るな。アイリスはなにも悪いことしてない』
「そうだよ、悪いのは子供を戦争させてる敵の指揮官で、アイリスさんはなにも悪いことはしてない」
それに、アイリスさんは地球には悪人がたくさん居ると言ったが、きっとニビルにも人を殺すことを何とも思っていない悪人はたくさん居る。
人の悪意と、理不尽が詰まった今の状況に腹が立って仕方がないが、私達は現実を受け入れて打開策を考えなくてはならない。
『どうする? 敵兵が子供なら、なおさら殺したくないよね』
恵子がグループチャットに自分の気持ちを書き込む。
ただのお気持ち表明だが、メッセージを見ている全員が同じ気持ちを共有している。
『当初の作戦通りいきましょう。ハ・ルオがバイラクタルTB2を撃墜したら私と恵子はこの場を離脱して白藤の滝に向かいます。ハ・マナとミ・ミカは、30分くらい敵を引きつけたあとハ・ルオと合流して白藤の滝に向かってください』
『本当に敵を引き付けるだけでいいの?』
何が不満なのかわからないが、姉さんが何か言いたげに確認メッセージを送ってくる。
『陽動だけでいいです。敵が最も恐れているのは、私達が子供兵の囲みを突破して指揮官を直接攻撃することだと思うので、強行突破を図らなければ子供達は威嚇射撃しかしないと思います』
『わかった。ハ・ルオ、無人機の撃墜お願いね』
「姉さん、プレッシャーかけるようなこと言わないでよ」
最後に余計なことを言ってきた姉さんに一言文句を言ってやろうと思ったが、メッセージを投下する寸前に思いとどまる。
「まあ、いいか……」
姉さんは容赦なくプレッシャーをかけてきたが、私は少しホッとしていた。
アイリスさんの状況分析が間違っていなければ、姉さんとミ・ミカは子供達を傷つけずにこの戦場を離脱できる。
「正直、子供兵相手にするのに比べたら、機械相手に戦う方がよっぽど楽なんだよね」
100メートルの高度を維持して飛んでいる飛行機を撃墜するのは簡単なことではないが、相手は血の通っていないただの機械だ。
子供兵と対峙して、敵と自分、両方の命を守ろうとしている姉さんとミ・ミカはもっと大きなプレッシャーにさらされている。
「バイラクタルを撃墜して二人を助けるッ!」
私は無人航空機を撃墜するためトビサソリを上空に向けた。
まずは照準器の望遠倍率を2倍に設定、広い視野を確保してて上空を旋回する無人航空機を探す。
倍率が2倍だと小型の無人機は豆粒程度の大きさにしか見えない、だけど幸いなことに今は夜だ。
昼間なら青い空のどこかを飛んでいる豆粒サイズの物体を探し出すのは難しいが、夜間なら排気ダクトから噴き出す熱を赤外線センサーで見ることが出来る。
「見つけたッ!」
暗いと夜空に薄っすらと蛍のようにユラユラと揺れる光の粒が見える。
あれは暗視装置越しじゃなければ見られない光。
排気ダクトから噴き出す熱風の発する赤外線だ。
私は牙門さんの教えてもらった通りに、照準器の倍率2倍から4倍、さらに8倍に拡大して目標の詳細を確認する。
この一連のシークエンスに肉体強化の魔法は使えない。
武器の性質上、弓矢で航空機を撃墜するのは不可能だ。
その不可能を可能にするために、私は使える魔力の全てを矢の威力を高めるための攻撃魔法に次ぎ込む。
だから、矢を放つまで私は普通の人間だ。
地球に存在する全ての狙撃手と同じように、己の知識と技術を総動員して目標を射抜くのだ。
「焦るな……目標をよく観察しろ……」
当たり前だが無人航空機は静止目標ではない。
地上戦を監視するために少し高度を落としたようだが、100メートル近い高度を決して遅くない速さで飛行し続けている。
虫狩りと同じだ。
目標の飛行速度と、矢の到達時間の両方を計算に入れて偏差射撃を実現しないといけない。
「バイラクタルのまでの距離は約22エン(800メートル)、高度は約2.5エン(90メートル)、目標はおよそ時速2800エン(108キロ)の速度で旋回飛行中、攻撃魔法使用時矢の目標への到達時間はおよそ11秒」
私は照準器の倍率を4倍に下げて照準を定める。
目標に直接照準してはいけない、私が狙うのは無人航空機が11秒後に存在する空間だ。
「ここだッ!!!」
虫魔法≪クモノイト≫
最大まで引き絞ったコンパウンドボウの張力に、魔法の力を上乗せして私は敵を無人航空機に向けて矢を放つ。
魔法の力で音速の3倍まで加速した矢は、空気の壁を切り裂きながら私が狙い定めた空間へと突き進む。
矢は闇夜の空を突き進み、10秒後……無人航空機の鼻先をすり抜ける。
まだだ。
「曲がれッ!!!!」
私は自分の腕と矢を繋ぐ魔法の糸を手繰り、矢を180度ターンさせる。
虫魔法クモノイトの効果が二つ。
一つ目は、魔法の糸を噴射した時のエネルギーを利用した矢の速度と威力の強化。
二つ目は、射手と矢を魔法の糸で繋ぎ、糸を手繰って矢の進路をコントロールすること。
クモノイトを使えば弓から発射された矢は目標を追い続ける誘導ミサイルに変貌する。
私が180度ターンさせた矢は、無人航空機のローターを引き裂き中央のエンジン部分に突き刺さった。
エンジン部に充填されていた燃料に引火したのだろう。
蛍のようにユラユラ揺れていた小さな光がパッ!と大きくなり、それから線香花火のように落ちていく。
「光が見える……ハ・ルオ……」
燃料が引火して発生した炎は肉眼でも見えたのだろう。
アイリスさんが、恐る恐る私に話しかけてくる。
「バイラクタルTB2の撃墜確認。任務達成しました」
私は暗視装置のゴーグルをずらして肉眼で二人の様子を伺うと。
アイリスさんは、親指を立てて私の仕事を賞賛してくれた。
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