第26話 だけど、私はお姉ちゃんだからね
――ハ・マナ
作戦会議のあと私達は当初の予定通りの進路を進んだ。
険しい斜面を数キロ歩き続けてたどり着いた山の頂上に、ハ・ルオ、恵子、アイリスさんの3人を待機させて、私とミ・ミカは左右に分かれて国道沿いの斜面に進出する。
アイリスさんの言っていた通り、斜面を下ると傾斜がなだらかになっていくのを感じた。
身を隠すための木が十分に生えているのが救いだが、あと数十メートル進めば常人でも問題無く走れる場所にたどり着く。
『ミ・ミカ、危険な仕事させることになって、ごめんね』
私はニビルフォンを使って個別チャットでミ・ミカにメッセージを送る。
最初はインターネットに繋げないスマートフォンに何の意味があるのか判らなかったが、実戦の場だとチャットで連絡を取り合える機能は非常に便利だ。
ここはひとっこひとりいない暗く静寂に包まれた森の中。
音声通話だと、どれだけ声を潜めても敵に聞かれる可能性がある。
『問題ありません。私は最強なので、地球人の武器では絶対に死にませんよ』
『実を言うと、ミ・ミカが死ぬ心配はあまりしてない』
ミ・ミカは仲間内でやっている練習試合で勝率10割を誇る怪物だ。
マジンである、恵子や衛さんも凌駕する私達の最強戦力。
米軍がどれほどの戦力を用意していても彼女を殺すことは不可能だろう。
だが、人殺しをしないで済むかどうかは話が別だ。
『これから突撃する。まずは軽くひと当てして敵の出方をうかがってみましょう』
『了解です。ご武運を』
「ふうぅぅぅぅぅぅ」
ミ・ミカとの通信を切ってから、私は音を立てないように静かに深呼吸をする。
魔導具ワタボウシを握る両手がプルプルと震えている。
これから人を殺すかもしれない。
その事実がものすごく怖い。
私はマモノハンターだ。
自分がマモノに食い殺さる可能性は常に頭の片隅に置いていたし、マモノとの殺し合いをの果てに自分が死んでも仕方ないことだと思っている。
でも、ほんの2時間前まで私は自分が人殺しをするなんて考えたことも無かった。
マモノを殺すのと人殺しは違う。
人間なら、敵にも両親が居て、兄妹が居て、もしかしたら奥さんや子供が居るかもしれない。
そういう事を想像するだけで、恐怖でその場にしゃがみ込みたくなる。
「だけど、私はお姉ちゃんだからね」
私はミ・ミカと、ハ・ルオの顔を思い浮かべて前へと踏み出す。
出来れば最初に接敵するのは私がいい。
相手の力量を探って殺さずに手加減できる程度の相手だとわかればミ・ミカも安心して戦えるはずだ。
私は暗視装置で周囲の様子を確認しながら、遮蔽となる木と木の間を縫うように下山する。
(いたッ!!)
下山を続けて数分。
体感的には5分と経たずに私は待ち伏せしてる敵兵の姿を目の当たりにする。
敵は2人。
どうやら、木陰に隠れた私の存在に気づいていないらしく遮蔽となる木陰から左右に分かれて飛び出してくる。
不意打ちできると判断した私は、木陰から飛び出すと同時に魔法を発動させた。
草魔法≪筋力強化≫
私は自分の身体能力を強化して空中に跳び上がる。
悔しいが私の跳躍は高さも飛距離も大したことはない。
草属性は筋力強化の適性が低く、私の筋力や思考速度はミ・ミカの5割程度しか強化されない。
だけど、私の持つ魔導具ワタボウシの属性は草と風。
草魔法で出来ないことがあるなら、風魔法で補えばいい。
風魔法≪カゼカケリ≫
私は空中に足場を作って2回目の跳躍を行う。
助走無しで50メートル以上の大ジャンプ。
獣魔法で身体能力を大きく強化出来るミ・ミカでも難しい芸当だが、風魔法を使う私にはそれが可能だ。
私は左側を走っていた敵兵の真上に着地する。
自由落下の運動エネルギーをモロにぶつけると死んでしまうので、周囲に風まとい落下速度にブレーキをかけておく。
走ってる途中に不意打ちで頭を踏みつけられた敵兵はバランスを崩して転倒し、私は転倒した敵兵の上に座り込んでマウントポジションで押さえつける。
「✕◇□〇〇◇✕〇ッ!」
敵兵はよくわからない言葉で叫び声をあげるが、気にせず敵を無力化する。
人を殺さずに気絶させるならぶん殴ったりするのではなく、クビを絞めて窒息させるのが一番安全だと衛さんに教えてもらった。
私もそれに倣い敵の喉元に手をかけて頸動脈を圧迫する。
敵兵は数秒苦悶のうめき声をもらしていたが、すぐに窒息によって意識を失う。
右側を走っていた敵兵が、相方が襲撃されたのに気づいてこちらに近づいてくるのを見て、私は気絶した敵を肩に担いで立ち上がった。
「◇◇□◇✕◇◇△ッ!」
敵兵はよくわからない言葉を叫びながら私に銃口を向けて来る。
だが、すぐに撃ってこない。
当然だ。
私は気絶した敵兵を担いているので、もし発砲すれば私だけでなく仲間を撃ち殺すことになる。
気絶した仲間を盾にされたときに、発砲を躊躇するのか、気にせず撃ってくるのか、彼らの反応を確かめたかった。
発砲を躊躇する敵兵の様子に私は少しだけホッとする。
対峙している敵兵の様子を見る限り、彼らは気絶した仲間ごと敵を撃ち殺すような脳をウジに食われた連中ではないようだ。
数秒にらみ合ったあと、私は後ろ歩きで後退する。
私が下がるのを見て、敵兵も私に銃口を向けたまま後退を始める。
敵の捕虜を取った私はその事実を仲間に知らせたいし、対峙する敵も仲間が捕虜になったことを上官に報告したいだろう。
両者の思惑が一致して、私達は安全な場所に後退することが出来た。
『下山途中で敵に接触して、敵兵を1人捕虜にしたわ』
山を少し登って周囲に敵兵が居ないところまで後退した私は、敵の捕虜を取った事実をグループチャットに投下する。
『やっぱり敵はこの先の国道で待ち伏せしてたようね。大丈夫、怪我はない?』
私が交戦したと聞いて怪我の心配をしているアイリスさんに『大丈夫』のスタンプで答える。
仲間への連絡が終わったところで、私は敵兵の様子を確認する。
「見たところマモノハンターと戦うことを想定した装備じゃないわね」
敵兵が持っている武器は銃身を切り詰めたアサルトライフル。
銃弾の口径は5.56mm。
地球の軍隊では最も普及している弾丸だと教えてもらったが、この弾では魔法で肉体剛性を強化すれば直撃しても傷一つ負わないのは確認済みだ。
「ちょっと変じゃない?」
得体の知れない違和感を覚える。
敵が持っているのは私達に傷一つ付けられない銃。
つまり彼らは、絶対に勝てない敵と戦うことを強いられている。
あと、戦っているときは気が付かなかったが、よく見ると敵兵の身長は私より頭一つ分くらい低い。
顔を確認するためにヘルメットを外した私は、敵兵の顔を見て思わず息を飲んだ。
『こちらミ・ミカ。私も敵と接触しました。木陰から銃撃されて足止めされていますが、幸い敵の武器はアサルトライフルだけなので思い切って突撃してみます』
敵と接触したミ・ミカから、強行突破を試みると連絡が入って来る。
敵の武装は私達に傷一つ付けられない5.56mm弾。
ミ・ミカの突撃はなんの問題もなく成功するだろう。
しかし……。
『強行突破はしないでッ! 私達が戦ってる敵兵は子供よ』
私がそばで気絶している敵兵は、あどけない顔をした10歳くらいの女の子だった。
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