第25話 バイラクタルって、なんですか?

――天原恵子


 天原家を脱出し、夜の森を歩き続けて一時間ほど経過した。

 今のところ、逃避行は順調だ。

 特に敵の妨害に会うことも無くゲートに向かって移動できている。


「恵子、しんどくなったらいつでも言ってください。私、自分で歩くので」


 申しわけ無さそうにつぶやくアイリスさんに、私は口にくわえたタッチペンで『問題無い』のスタンプを送る。

 パーティーの中で唯一非戦闘員となるアイリスさんは私の背中に乗っている。

 私達が歩いているのは登山道が全く整備されていない深い森の中。

 そして、時間は夜。

 月明かりも木の葉に遮られて足元もまともに見えないので、魔法が使えなければとても歩けるような地形ではない。


「いまのところ順調ですね。このままなら、敵をやり過ごしてゲートにたどり着けそうですね」

「ミ・ミカ、多分それは無理だと思うよ」


 ハ・ルオが上空にトビサソリの照準器を向けながらミ・ミカの希望的観測を否定する。


「正体はよくわからないけど小型の飛行機がずっと私達の上空を旋回してるんだよね。もしかしらた私達、あいつに見つかってるんじゃないかな?」


 私は気が付かなかったが、ハ・ルオは射手故の観察眼で上空を旋回する航空機の存在に気が付いたようだ。


「小型の航空機ですか? もしわかるなら機体の形状と、いつから追尾されていたか具体的な時間を教えてください」


 航空機に追尾されていたと聞いて、アイリスは緊張を帯びた声音でハ・ルオに質問する。


「低空飛行してるわけじゃないから自信ないけど、飛行機の形はラグビーボールみたいな楕円形の中心部の左右にすごく細長い翼が左右に生えてるように見えた。あと、追跡されてる時間は……」


 ハ・ルオはニビルフォンを立ち上げて現在の時刻が21時2分であることを確認する。


「いまから30分前くらいだと思う。そのくらいから、ずっと飛行機が私達の周りを飛び回ってる」

「ハ・ルオ、それ本当に飛行機なの? エンジン音とか全く聞こえなかったんだけど」

「ホントだよ、姉さん。そもそも、あの飛行機3エン(108メートル)以上の高さを飛んでるんだから音なんて聞こえるわけないよ」


 ハ・ルオは私達を追跡している飛行機の形状だけでなく、高度まで大まかに把握していたようだ。

 牙門さんにガッツリ鍛えられたのだと思うが、射手として大きく成長した彼女の観察眼に感動すら覚える。


「バイラクタルTB2」


 ハ・ルオの言葉から何かを察したと思しきアイリスが小さな声でつぶやいた。


「バイラクタルって、なんですか?」

「ハ・ルオが発見した飛行機の名前です。トルコという国が開発した無人航空機です。おそらく天原家を空爆したのも、携帯基地局を破壊したのも、ハ・ルオが見つけたバイラクタルTB2だと思います」


 その飛行機の名前には聞き覚えがある。

 ときどきニュースで報道される中央アジアや中東での紛争でよく使われている無人航空機だ。


「私達を襲ってきたのって米軍なんでしょ? なんで米軍がトルコ製の飛行機を使ってるのよ」

「敵の事情はわかりませんが……バイラクタルTB2は価格が1億円くらいで兵器としては破格に安く、あとトルコ政府の方針で買い手を選り好みしないんです」


 なるほど、だから上空の無人航空機は世界中の戦争で使われまくっているのか。


「なるほど、バイラクタルTB2は代金さえ払えば誰でも買えるから、米軍が持っていても不思議じゃないってことか」

「いま問題なのは、私達がバイラクタルTB2に補足されているという事ですね。あの機体は最新鋭の赤外線センサーを装備しているので森の中に隠れた敵も探し出せます」

「赤外線ってことは……森に隠れていても私達の体温を感知して探し出せるってこと?」


 確認するように質問するハ・ルオに、アイリスは無言でうなずく。


「マズイなあ……敵に居場所が割れているってことは、地上部隊が私達を追いかけて来るってことでしょ」

『追いかけて来るんじゃなくて、待ち伏せしてるんじゃないかな?』


 私はグループチャットに自分の推測を投下する。

 ハ・マナは見落としているかもしれないが、私達が今居るのはマモちゃんでも夜の移動をためらう道なき道のど真ん中だ。

 ハ・マナ達は肉体強化の魔法が使えるので険しい地形でも強引に突破することが出来るが、普通の人間が追いかけようとしたら戦う前に落伍者や遭難者を出すことは避けられない。

 敵がバカじゃないなら人の歩けない場所を強引に追いかけるのではなく、戦いやすい所で待ち伏せした方がいいと考えるだろう。


『アイリス、バックパックに入れてある地図出して』


 私はアイリスにお願いして、オントネー周辺の地図を出してもらう。

 ゲートに向かう道のりは、敵の襲撃を避けるために可能な限り地形の険しい場所を選んで進んでいる。

 私はタッチペンで地図をなぞり、これからゲートを目指して進んでいく道のりを確認する。


「予定の経路だとここから10キロくらい進んだところで県道を横切ることになるわね」


 ハ・マナが、地図上にある県道を指差してそこを横切る必要があることを指摘する。

 イヤな予感が当たってしまった。

 私達は今のところ敵が容易に追って来れない地形の険しい場所に居るが、ここから数キロ進んだら徐々に山の傾斜がなだらかになり、最終的に一般車も走れる県道にたどり着く。

 進路を変更してもいいが、どこを進んだとしても一度は県道を横切らないとゲートのある白藤の滝にはたどり着けない。


「これって、つまり敵は県道沿いで私達を待ち伏せしてるってことですか!?」

「間違いないですね。県道沿いの地形はなだらかなので普通の人間でも問題無く移動できます」


 アイリスが県道沿いの状況を説明して、私の推測を補強してくれる。


「じゃあ、上空のバイラクタルは待ち伏せのポイントを見極めるために、私達がどこに移動するか監視してるってわけか」


 ハ・ルオは照準器を上空に向けてから苦々しく唇を歪める。

 頭の痛い状況になった。

 どんな進路を取ったとしても、上空から私達を監視している無人航空機から地上部隊に情報が行き県道に行きついたところで確実に攻撃を受けることになる。

 敵をやり過ごしてニビルに逃げ込むという当初の計画はほぼ不可能になった。


「戦う……しかないわね」


 ハ・マナが自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。

 戦うか……私達は強いし、手段を選ばずに戦えば米軍相手でも多分勝てるだろう。

 でも、相手はマモノじゃない。

 人間と戦うという事は、人殺しをするということだ。


「仕方ないわね。私達がオトリになりましょう」

「オトリって、姉さんなにをするつもりなんですか!?」

「文字通りの意味よ、私とミ・ミカ、ハ・ルオの3人が敵の攻撃を引き付けて。その隙に恵子がアイリスさんをニビルまで送り届けるの」


 ハ・マナが考えた作戦は以下の通りだ。

 ①一度、全員でこのまま県道まで向かい敵の待ち伏せ攻撃を開始させる。

 ②ハ・マナとミ・ミカは、交戦して敵の地上部隊を最初の待ち伏せポイントにクギ付けにする。

 ③私とアイリスは、2人が戦闘を開始したタイミングで後退して敵をやり過ごして白藤の滝を目指す。

 ④後退した私達が追跡されないよう、ハ・ルオは山頂で敵の無人航空機を撃墜する。


「こんな感じで動けば、アイリスさんを戦闘に巻き込まずに済むでしょう」


 ハ・マナはいい作戦を思いついたと言わんばかりに、人差し指を立ててオトリ作戦を提案する。


「高度100メートル以上を飛んでる無人航空機を撃墜するって、すごい無茶振りですね」

「なんとかしてちょうだい。私達がオトリになってアイリスさんを逃がしても、上空のバイラクタルに追跡されたら元も子もないでしょ」


 姉から難易度の高いミッションを与えられてハ・ルオはため息を吐く。


『ダメ、認めないッ!』


 私はグループチャットにダメスタンプを送って、ハ・マナの作戦に異を唱える。

 ハ・マナ達3人がリスクを全部背負い込むような作戦、了承できる筈がない。


「危険なのは確かだけど、なんとかなるわよ。目的はあくまで陽動だから、適当に戦ったあと足場の悪い場所まで後退すれば敵も簡単には追って来れないでしょ」

「ワゥゥ」

「すいません。私が足手まといなんですね」


 アイリスさんが申し訳なさそうに言葉をつむぐ。


「そうでうね。今の状況だと、魔法の使えないアイリスさんは私達が生き延びるのにすごく邪魔です」

「ちょっと姉さん言い方ッ!」

「こんなところで言葉を飾っても意味ないでしょ。恵子ッ! アイリスさんに死なれたら、私達とっても困るから絶対にニビルに送り届けなさいよ」


 ハ・マナは、私の頭をワシッとつかんでアイリスさん守れるのは私しか居ない事を念押しする。


「ワン」


 ハ・マナの気合に押されて小さく吠えて了承に意思を示した。


「恵子、チームプレイですよ。グレンゴンと戦ったときだって、衛さんと牙門さんが素早く非戦闘員を避難させてくれてすごく助かったじゃないですか」


 確かにあのときは、2人の素早い状況判断にとても助けられた。

 後ろ髪を引かれる思いがするが、マモちゃんも戦場から去るときに同じようなことを考えていたのかもしれない。

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