第21話 アイリス! 生きてる? 返事をしてアイリスッ!?

――天原恵子


 夕飯を食べている最中に、居間の隅っこに置かれた固定電話がジリジリジリッ!!とけたたましい呼び出し音をかき鳴らした。


「固定電話が鳴ってる。珍しいわね」


 普段の連絡で使うのは、基本的に各自が持ってるスマートフォンだ。

 つい三時間ほど前にマモちゃんから『今日、俺と牙門は札幌のホテルに泊まる。帰るのは明日になる』と連絡があったが、そのメッセージは家にいる全員が見られるようにスマホに入れたメッセージソフトのグループチャットに投下されていた。

 ミ・ミカ達は地球に来てまだ3カ月しか経っていないが、スマホの扱いに早くも順応し、連絡を入れるときはスマホに直接電話するかグループチャットにメッセージを投下して済ませてしまうので、家にある固定電話はほぼ置物になっている。


「固定電話で連絡――もしかして、札幌の対策課本部からの電話じゃない?」

「そうか、よく考えたら、あの電話業務用だったわね」


 アイリスに指摘されてよくやく私は、私とマモちゃんが異世界生物対策課に採用されるときに、由香から『家のある固定電話をオントネー分室の代表番号として登録しときますね』と言われたことを思い出す。

 対策課からの電話なら無視するわけにはいかないので、私は立ち上がって受話器を取った。


「はい、こちら異世界生物対策課オントネー分室です」


 由香に教えてもらった応対マナーに沿ってオントネー分室の名前を出すと、鳴子さんが息を切らさんばかりの勢いで話し始めた。


「その声、恵子さんですか? こちら、対策課本部の鳴子です。緊急事態ですッ! いま、対策課本部に米軍がオントネー分室を攻撃するための部隊を北海道に上陸させているとタレコミがありました。恵子さん居る天原家はいつ米軍に襲撃されてもおかしくない状況です。いますぐ逃げてくださいッ! とにかく一秒でも早く、全員その場を離れてニビルに避難してください」

「はあっ!?」


 鳴子さんの話す物騒な言葉の羅列に理解が追いつかず思わず奇声を発してしまった。

 おそらく私の眼は驚きのあまり点になっていただろう。


「米軍が家を襲撃するってどういうことですか? まったく意味がわからないんですけど!?」


 ニビルから帰って来てから3カ月余り、ミ・ミカ達を受け入れるために慌ただしい時期もあったが、穏やかな日常が続いていた。

 今日はマモちゃんと牙門さんが居ないけど、二人は仕事で札幌に行ったのではなくプロ野球の試合を見に行っただけだ。

 鳴子さんの電話が来るまで米軍が襲撃してくるなんて、物騒な事件の気配はなにもなかった。


「恵子、落ち着いてッ! すぐにここから非難しましょう。イラクでは何の予告もなく空から爆弾が落ちてくるのが日常の出来事でした」


 混乱する私の手をアイリスが握ってくれる。

 その直後。


「いま天原家はとても危険な状態なのでお願いだから逃げてくださいッ! そこは、いつ上空から爆弾が落ちてきてもおかしくない状況――」

「恵子伏せてッ!」


 ボガァァァァンッ!

 電話口で鳴子さんが必死の口調ですぐに逃げろと言ってる最中に、私達の頭上で轟音が響き渡り、高熱の爆風と、破壊された2階の瓦礫が居間に降り注いだ。

 アイリスに腕を引っ張られて、床に伏せることが出来た私は亀のように丸くなって爆発の衝撃をやり過ごす。


「いったい何なの!?」


 私は身体が霊体なので怪我はないが、不意打ちで爆音にさらされたせいでキーンという金属音に近い音が鼓膜の中で鳴り響いている。


「それよりもアイリスッ!?」


 思考が数秒混乱していた私は、一番大事なことを思い出してアイリスの姿を探す。

 元から肉体がない私はこんな爆発で傷一つ負わないがアイリスは魔法の使えない普通の人間だ。

 今は私よりもアイリスやミ・ミカ達の身の安全を確保しないといけない。

 幸い、爆発が起こった時すぐそばにいたアイリスの姿はすぐに見つかった。

 彼女は私と同じように床に伏せって身を亀のように丸めて、両手で耳を塞ぐ姿勢で爆発をやり過ごしていた。


「アイリス! 生きてる? 返事をしてアイリスッ!?」


 私はジッタイカの魔法を使って彼女の上に乗っかっている家の瓦礫を取り除く。


「なんとか生きています……イラクに行くときに受けた爆弾から身を守る訓練が役に立ちました」

「イラクか……こうやって爆弾が空から降って来ることが珍しくないって、恐ろしい国に居たのね」

「そうですね。空爆は本当に怖いですよ。今みたいに何の予兆もなく、いきなり爆弾が落ちてきます」

「それは鬼畜の所業ね」


 私はアイリスを背負って、目の前にある瓦礫の山をジッタイカの魔法で手当たり次第にどかしていく。

 地球では天原家が受けた空爆が日常的に行われている国や地域がいくつも存在する。

 今まで外国でやっている戦争はニュースで見るだけの別世界の出来事だったが、実際に空爆の被害者になると、信じられないくらい理不尽な攻撃だし、こんな理不尽な殺され方をする人が居るという事実がとても悲しい。

 瓦礫の山を突破して外に出ると、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオの3人が庭先で立ち尽くしているのが見えた。


「よかった。3人とも生きてるみたいね」

「いきなり天井が爆発して死ぬかと思ったけど、いつも魔導具を手元に置いておく習慣が功を奏したわ」

「魔法無しで爆発に巻き込まれたら死んでたかもね」


 ハ・ルオは命が助かったことを喜ぶ余裕はないらしく深々とため息を吐く。

 彼女達は魔導具を手に取れば魔法で肉体を強化出来るので、爆発や瓦礫の崩落にも耐えられると思っていたが、こうして生きてる姿を見ることが出来て心の底から安心する。


「しかし、いまのはいったい何ですか!? いきなり爆発が起こって2階が崩落したんだけど」

「エアーストライク。おそらくマーベリック対地ミサイルか、スイッチブレードの攻撃だと思います。言い方は悪いですが、爆弾を落とされたにしては爆発の規模が小さいです」

「規模が小さいって、これで!?」


 ミ・ミカは驚いているが、家の様子を見て私はアイリスの言ったことの意味が何となく分かった。

 敵の攻撃は天原家の2階に命中し、破壊された屋根の重みで天井が崩落し私達に襲いかかってきたが、爆弾が直接当たっていない家の1階部分は外壁が破壊されずに残っている。

 もし戦闘機に搭載されるような大型爆弾を落とされていたら、天原家みたいな木造家屋はまるごと吹き飛ばされていただろう。


「とにかく札幌の方に電話しようッ! 由香さんに私達が生きてること伝えないと――えッ!?」


 懐に仕舞ったスマホを取り出して私は絶句した。

 私のスマートフォンの画面に記されたアンテナ表示には通信圏外と表示されていた。


「ちょっとッ! こんな大事な時に圏外ってどういうことよ!?」


 ここは確かに山奥だが私達は日常的にスマホを使って生活していた。

 突然通信サービスが停止されるなんて考えられない。


「おそらく敵が直近の携帯基地局を空爆で破壊したんだと思います。この辺りは基地局の数が少ないから一つでも破壊されたらすぐに圏外になってしまいます」

「どうするのよ!? それじゃもう、外部と連絡とれないじゃないッ!」


 こうなってくると、マモちゃんと牙門さんの不在が本当に痛い。

 牙門さんは現役、マモちゃんも元自衛官なので、今みたいな戦争状態になったときに何をすればいいか知っているが、ここに居るのは軍事的な知識が一切ない素人だけだ。

 いま、この状況でなにをすればいいのか全く分からない。


「ねえ恵子、家を壊される直前に電話で話していたの恵子だけど。電話口で何を言われたか覚えてる?」


 マモちゃんと連絡が取れなくなって思考停止してしまった私の手をハ・ルオがギュッと握ってくれた。

 そして、普段よりゆっくりとした口調で直前の電話で何を聞いたのか質問して来る。


「えっと……対策課の鳴子さんからの電話で……米軍が襲って来るから今すぐ逃げろって!?」


 ハ・ルオに話しながら私は、自分の置かれた状況を把握する。


「そうか……家を爆撃したのも、携帯基地局破壊したのも米軍の仕業なんだッ!」


 あくまで推測に過ぎないが鳴子さんが言っていた警告と今の状況を重ね合わせたら、私達を襲ってきた敵は米軍の可能性が非常に高い。


「オッケー。米軍っていうのは、アイリスさんの母国の軍隊のことね。だとすれば、その米軍の目的は何かしら? 家に爆弾を落として終わり。違うよね。それなら携帯基地局を破壊するなんて、あとで国際問題になりそうなマネはしない」

「米軍の目的は、オントネー分室に居る私達の捕獲、またはそれが出来ない場合は殺害することでしょう」


 米軍は、私達の戦闘力をアメリカの覇権を脅かす可能性があると考え警戒している。

 その情報を私達は2カ月前に聞かせてもらったし、そのせいでニビル調査隊が解散したあともアイリスはアメリカに帰国することが出来なかった。


「つまりアメリカの覇権を脅かす危険分子を実力行使で排除しに来たのね。だとすれば、もうすぐ私達を捕獲又は殺害するための地上部隊がやってくる」


 ハ・ルオの予測を聞いて、私は心臓をわしづかみにされるような恐怖を感じた。

 私はマモノハンターだ。

 マモノ相手なら数えきれないくらい命がけの戦いを経験してきた。

 でも、私は今までの人生で一回も……人を殺したことはない。

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