第20話 自衛隊別班は異世界生物対策課に対して無条件降伏を宣言します
――天原衛
「自衛隊別班は異世界生物対策課に対して無条件降伏を宣言します」
梓別班長の爆弾発言が飛び出したあと、室内は1分近く物音一つない静寂に包まれた。
「えっと……降伏ってことは……俺達の出す要求を全て飲むから捕虜にした工作員を返してくれってことでいいのか?」
沈黙を破った牙門は梓別班長に確かめるように降伏の意図について質問する。
「そう考えてもらって構わない。悔しいが、私は別班の戦力では異世界生物対策課に勝ち目は無いと判断しました。そして軍人は勝てない敵に対して降伏することが認められています」
無条件降伏という軍人として最も屈辱的な言葉を口にしているのに、梓別班長は感情を感じさせない淡々とした口調で牙門の質問に回答する。
「無条件降伏……こうも簡単に白旗を上げられると、なんか腹立つわね」
由香は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
彼女の気持ちはわかる。
つい三時間前まで、堂々と米軍のオントネー分室襲撃計画に協力していたくせに旗色が悪くなると即座に降伏を宣言する別班の態度は、あまりにも身勝手過ぎる。
「怒る理由ないはずです。あなた方の目的は別班に諜報活動を辞めさせて、オントネー分室の襲撃を計画している米軍の目と耳を奪う事でしょう。我々が降伏することで、あなた達の目的は達成できる」
「そうなんだけどさあ……」
「中島課長。気持ちはわかりますが梓別班長の言う通り我々は目的を達成しました。ここは素直に喜ぶ場面です」
自分の気持ちに折り合いを付けられないでいる由香を、河口長官がなだめてくれる。
「わかりました。異世界生物対策課は、別班の降伏宣言を受け入れます。捕虜は、警察経由で開放したいんだけど……佐藤本部長、対策課で拘留している別班の工作員18名と、警察病院で治療を受けている2名、北海道警察本部で預かってもらえませんか?」
「いいでしょう。彼等は北海道警察本部で預かって、一般の犯罪書と同じ手続きで保釈します。梓本部長は彼等の身元引受人を用意してください」
「了解しました。隊員に対する寛大な処遇に感謝します」
異世界生物対策課には捕虜を長期間拘留する設備が無いので、彼等の身柄を北海道警察本部に預けることで話がまとまる。
「で、梓別班長。無条件降伏と言うくらいだから私達の質問には全て答えてもらうわよ。そもそも、なんで自衛隊の諜報組織である別班が米軍の手先になって私達の監視をしていたのよ」
「何故かと言われたら、国防のためですね。現在でも、日本の国防は核防衛を始めとして米国に依存している部分が大きいんです。だから防衛省は米軍の協力を頼まれたら断るのが難しい」
「例えそうだとしても、米軍が日本国内で軍事行動を起こすことを黙認する理由にはならないだろう。まして協力するなんて、あってはならないことだッ!」
河口長官が、刺々しい口調で梓別班長を詰問する。
「防衛省の弱腰な対応には別に我々には別の狙いがありました。今回の米軍のオントネー分室襲撃計画は、今後発生しうるニビル人と地球人が軍事衝突した際に何が起こるのか、それを確認できる絶好のモデルケースだと思ったんです」
「ああ、米軍と俺達との戦いを高見で見物すれば、ノーリスクでデータ取り放題だと思ったわけか」
「耳が痛いですが、その通りです。もっとも我々は異世界生物対策課以上に、警察を甘く見過ぎました。おかげで我々は対策課と直接対決し高い授業料を払う羽目になってしまった」
確かに別班が異世界生物対策課を監視していることを見抜いたのも、野球場で別班の工作員を確保する作戦を実行したのも警察だ。
警察からのタレコミが無ければ俺達は上空からミサイルが降って来るまで何が起こっているのか判らなかったと思う。
「次の質問だけど、別班が白旗を上げるってことは、米軍はオントネー分室の襲撃を諦めると考えてもいいのかしら?」
別班は日本国内で諜報活動が難しい米軍が、俺達を監視するために使っていた目と耳だ。
別班が降伏宣言をすると、米軍は俺達の動きを把握することが不可能になるし、なにより米軍がオントネー分室襲撃を計画しているという事実が対策課に露呈してしまう。
リスク回避を優先するなら、米軍もオントネー分室を襲撃することを諦めると思うが……。
「一応、そこにいる天原衛君が素手で別班の工作員18人を無力化したことを伝えて対策課への攻撃は諦めた方がいいと忠告しました。ただ、彼等はどうするでしょうね? 実のところ、米軍はもうオントネー分室を攻撃するための部隊を北海道に上陸させているんですよ」
「なっ!!!」
「ええっ!!」
梓別班長の口から飛び出した驚きの会議に参加していた全員が驚きの声をあげる。
米軍の戦力が北海道に上陸しているなら、今この瞬間にオントネー分室への攻撃が開始される可能性がある。
「そんな重要情報があるなら最初に言ってくださいッ!! 鳴子さん、オントネー分室に緊急入電。天原家が米軍の攻撃を受ける可能性があります。すぐにその場を放棄してニビルに避難するよう伝えてください」
由香の命令を聞くより早く、鳴子さんが受話器を取って天原家の電話番号を入力していく。
プルプルプル……受話器越しに漏れ聞こえる呼び出し音が30秒ほど続いた後、鳴子さんが口を開いた。
「その声、恵子さんですか? こちら、対策課本部の鳴子です。緊急事態ですッ! いま、対策課本部に米軍がオントネー分室を攻撃するための部隊を北海道に上陸させているとタレコミがありました。恵子さん居る天原家はいつ米軍に襲撃されてもおかしくない状況です。いますぐ逃げてくださいッ! とにかく一秒でも早く、全員その場を離れてニビルに避難してください」
鳴子さんは必死の形相で、天原家から逃げるように伝える。
いきなりそんな話を聞かされた恵子が、正確な状況把握が出来るか未知数だが、今は鳴子さんの言葉に従って全員で逃げてくれることを祈るしかない。
「いま天原家はとても危険な状態なのでお願いだから逃げてくださいッ! そこは、いつ上空から爆弾が落ちてきてもおかしくない状況――」
恵子に逃げるよう必死に説得していた鳴子さんの表情が真っ青になる。
「なっ、鳴子さん……」
「中島課長、オントネー分室との通信切断されました」
鳴子さんは、まるで魂が抜けたような表情で状況を報告する。
彼女の手にした受話器からは、ツー……という無機質な音が受話器から漏れ聞こえていた。
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