第18話 カゲトラ……私、もうこの仕事辞めたいです
――中島由香
齋藤さんから電話がかかってきたのは、ほんの3時間前のことだった。
報告内容は『自衛隊別班の襲撃を受けました。襲撃犯を制圧することには成功しましたが、私の車では21名の捕虜を移送することが困難なので車を回して欲しい』というもの。
晴天の霹靂――いや、天地がひっくり返るような大事件が起きたことを知らされて、急いで現場に向かった私は、その場にいた齋藤さん、牙門さん、衛さんの3名からようやく事の真相を教えてもらった。
その後、爆発炎上したピックアップトラックや焼け焦げた大型トラックの撤去を道警に依頼し、衛さんが無力化した別班員を対策課の基地に移送するという事件の後始末をする羽目になり、全てが終わって自分の席に座った途端、急激に全身の力が抜けて私は机に突っ伏した。
「カゲトラ……私、もうこの仕事辞めたいです」
私の机の隣にある止まり木で呑気に水を飲んでいるカゲトラに思わず本音を漏らす。
異世界生物対策課の課長に就任して早6年。
いままでも、特に衛さんと出会ってからは彼のスタンドプレイが原因のトラブルに巻き込まれその尻拭いをすることが多かったが、今回の事件は今までのものとはケタが違う。
おまけに事件の主犯が衛さんではなく、対策課で一番真面目だと思っていた齋藤さんだという事実が絶望感をより重くする。
「まっ、仕方ないのだ。ツカサの言ってることが正しければ、米軍がオントネー分室への襲撃を計画していて自衛隊の諜報組織がその手先になってるんだろ、それなら多少無茶をしてでも米軍を止めないとダメなのだ」
「それは、そうなんだけど……私に無断で状況を開始して、もう後戻りできないところまで来てから、課長責任取ってください。って、ヒドイですよッ!」
別班と異世界生物対策課との戦闘で発生した被害の詳細は、対策課側は齋藤さんの車が軽微な損傷、別班側は死者1名・重傷者2名、軽傷者18名、ピックアップトラック2台が全損、4トントラック1台が小破という結果だった。
最終的に、死者と重傷者は警察病院に引き取ってもらい、軽傷者18名は捕虜として対策課の宿直室で拘束している。
数字だけ見れば齋藤さん達が別班に圧勝したことになるが、私達の仕事は戦争ではなく有害鳥獣駆除だ。
人間同士の戦いで勝ったからと言って喜ぶべきことは何もない。
「だいたい銃刀法無視して拳銃やサブマシンガンを横流しするなんて警察の人達、脳をウジに食われたんですかッ!? あと齋藤さん、いくら余りものでもウルクへの支援物資をちょろまかすのは立派な窃盗行為ですからねッ!!」
いくら状況が切迫していたとしても、どいつもこいつも身勝手過ぎる。
「中島課長申しわけありません。ただ、電話やメールで連絡を取ると確実に情報が洩れるので最小限の人数で秘密裏に作戦を遂行する必要がありました」
齋藤さんは、深々と頭を下げて謝罪してくれるが口調は淡々としていて一切反省している様子はない。
「まっ、仕方なのだ。米軍はエシュロンってスパコン使って世界中の通信データを盗聴出来るんだろ。すごく、厄介な敵なのだ」
「私だって、齋藤さんが私達を守るために無茶をしたのはわかりますよ。でも、愚痴くらい言わせてください」
理屈で説明されたら、齋藤さんが作戦情報を徹底的に隠し、全てが終わってから連絡してきたのは最適な立ち回りだったと思う。
カゲトラの言う通り、米軍は高性能なスーパーコンピューターを使って世界中の電話・メール・SNSを含む全ての通信データを盗み取るという規格外の諜報能力を持っている。
もし、齋藤さんが別班員を拉致した段階で私に連絡を入れていたら、齋藤さん達の行動が別班に筒抜けになって、防ぎようのない奇襲で彼等は殺されていたかもしれない。
「だけど齋藤さん、私達を監視していた別班の工作員を捕虜にして、これからどうするんですか? 正直、私達は別班の人達を尋問して情報を聞き出す必要ってないですよね」
オペレーターの鳴子さんが、私の代わりに手をあげて質問を投げてくれる。
彼女の言う通り、別班が米軍の依頼を受けて私達の監視と情報収集を行っていたのは明らかなので、いまさら尋問して聞き出したい機密情報はない。
「鳴子さんの言う通り彼等を尋問する必要はないです。でも、捕虜として彼等の身柄を抑えることは我々にとって強力な交渉カードになります」
齋藤さんがそう答えた直後、対策課の電話が次々とリリリリリッ!とけたたましい着信音を発した。
「中島課長、北海道警察本部の佐藤本部長から、お電話が入っていますッ!」
「中島課長、警察庁の河口長官から、お電話が入っていますッ!」
「中島課長、防衛省統合幕僚本部の梓別班長から、お電話が入っていますッ!」
来た、来た、来た、来た!!
立て続けに鳴り響く日本政府のエライ人からの呼び出し。
今日の会議は、とてもハードになりそうだ。
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