第15話 こいつは、別班の諜報員だ
――天原衛
謎の男を担いて齋藤さんの車の元にたどり着くと、俺と牙門は齋藤さんの車に同乗するよう指示される。
齋藤さんの車は後部座席を取っ払って5人乗りに改造した大型のワゴン車で、スペースを大きく広げた車体後部には怪しげな機材が大量に積み込まれていた。
「あの~、俺の車、ここの駐車場に止めてあるんですが」
「悪いけど、あとで取りに来てくれ。今は一刻も早く、この男を対策課に連れていきたい」
この男を対策課に連れて行くか。
やっぱり、この男は齋藤さんの友人じゃない。
俺達は齋藤さんがネズミを捕まえるためのオトリとして使われたのだ。
「予想はしてたし、俺と天原をこの男を捕まえるためのオトリに使ったことに怒ったりはしないんですが、この男が何者なのか教えてくれませんか?」
俺は牙門の問いに便乗してコクコクと無言で肯く。
この男は何者なのか、それが今一番知りたい重要事項だ。
「こいつは、別班の諜報員だ」
「えっ!?」
「マジかよ!?」
彼が別班のスパイと聞いてさすがの俺と牙門も驚きを隠せなかった。
『別班』
防衛省はその存在を公式に認めていないが、実は存在する自衛隊の諜報機関だ。
選抜された自衛官にスパイ活動をするための訓練を受けさせ、主に中国や北朝鮮といった日本の仮想敵国に関する情報収集と分析を行っていると聞いたことがある。
「二人共助かったぜ、こういう後ろ暗い仕事をお嬢ちゃん達に手伝ってもらうわけにはいかないからな」
「当り前ですッ!」
群衆に紛れている別班のスパイを探し出して拉致するなんて犯罪に近い任務、恵子達には絶対に関わらせたくない。
「日本国内じゃアメリカ人のスパイは目立つからな、米軍は別班にお前らを監視させて仕掛けるタイミングをうかがってたんだ」
「仕掛けるって……やっぱり俺達、米軍に狙われてたんですね?」
アイリスから米軍やCIAが俺達のことを警戒してると伝えられていたが、ハッキリ狙われていると判るとやはりショックだ。
「いろいろと偶然が重なった結果とはいえ、いまオントネーには米軍の機甲部隊が突撃しても勝てるか怪しい戦力が集結してるからな。お前らは好きで修行してるだけかもしれないが、バケモノ達の訓練キャンプを目の当たりにして、米軍だけでなく自衛隊も警察もガクブル状態なんだよ」
「言われてみれば、ミ・ミカ達を受け入れたせいで対策課内の戦力バランスが圧倒的にオントネー分室に傾いてますね」
俺は犯罪に走るつもりは全くないが、もし俺の家で暮らしているメンバーが結託してテロ行為を起こせば鎮圧できる戦力は日本国内に存在しない。
そう考えると、警察や自衛隊、そして米軍が俺達の存在を警戒する気持ちは理解できる。
「ただ警察が考える最悪のシナリオは、日本国内で米軍がオントネー分室にテロ攻撃を仕掛けて、ウルクから来たお嬢さん達が殺害されることだ。それを阻止するために、別班が対策課を監視してるって情報が俺に回って来たんだよ」
「元SATの伝手って奴ですか?」
「正直に話すと、俺は警察が異世界生物対策課を監視するために送り込んだスパイなんだ」
齋藤さんはとんでもない事実を告白しながらガハハと笑う。
「それ言っちゃっていいんですか?」
「信用してるんだよ。牙門も、天原も、お嬢ちゃん達もテロなんて絶対に起こさないだろ」
齋藤さんは、これからも頼むぞと言わんばかりに俺と牙門の肩をポンポンと叩いた。
「で、コレからどうするんですか?」
いくら異世界生物対策課の襲撃を企んでいる米軍の手先と言っても、別班の工作員ということは自衛官だ。
それを拉致監禁なんてしたら防衛省が黙っていない。
「とにかく、この男を対策課に連れて行く。こいつの持ってる通信機に内蔵されたGPSは切ってないから、対策課に連れ込んだ段階で別班の方から連絡を寄越すだろ」
「通信機のGPS切って無いんですか!?」
齋藤さんの言ってることが本当なら別班に俺達の居場所を知らせていることになる。
「俺の目的は別班を交渉の場に引きずり出して、対策課襲撃計画から手を引かせることだからな。エサは食いつきやすいように光らせといた方がいいだろ」
「しかし、GPSオンのままか……別班の連中が、仲間を取り返しに来るかもしれませんよ」
「さあ、どうだろうな」
別班が襲撃してくる可能性あると聞いても、齋藤さんは不敵な笑みを浮かべていた。
異世界生物対策課の基地は札幌市の郊外、正確には札幌市の中心部から10キロほど南にある駒岡という地区に存在する。
都会と呼べるほどにぎやかな場所ではないが、山と森しかないオントネーに比べたら、ちゃんと建物があり、街があり、人がたくさん住んでいるところだ。
北広島市から駒岡までの距離は意外と近く、車で移動すれば一時間とかからず辿りつける。
ただ悩ましいことがあり、北広島市から駒岡に向かうためのルートが二つある。
一つは北広島市を北上し、札幌市内の市街地を通って帰るルート。
二つ目が、北広島市を南下し周囲に建物がほとんどない道道341号線を通るルートだ。
「別班の襲撃を防ぐなら市街地を通って対策課に向かった方がいいですね」
別班は諜報組織だけに人目に触れる行動を極端に嫌う。
人目の多い市街地を通って基地に向かえば襲撃を思いとどまるかもしれない。
「確かに市街地を通れば別班の襲撃を牽制できるが、奴らが手段を選ばず仕掛けてきたら民間人を巻き込むことになる」
「やっつぱり悩ましいなあ」
別班の諜報員が拉致されるなんて前代未聞の事態だけに、たとえ市街地を通ったとしても機密保持のために強襲してくる可能性が十分に考えられる。
そうなったら、無関係の民間人を戦闘に巻き込む最悪の展開だ。
敵の動きを読み切れないだけに、どちらのリスクを取るのか判断が非常に難しい。
「齋藤さんは、どっちがいいと思います?」
「俺は警察官だからな。当然、自分の身よりも民間人の安全が優先だ」
その言葉を聞いて、俺と牙門は同時に深いため息を吐きながら覚悟を決める。
「道道341号線ルートで行きましょう。襲撃は絶対にあると想定しておいた方が良さそうですね」
「お前等なら、別班が仕掛けて来ても迎撃できるだろ。車の後ろに武器積んでるからから、それ使ってなんとかしてくれ」
車の後ろに武器があるか……齋藤さん別班と戦う気満々じゃねえか。
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