第14話 お兄さんたちは諜報のプロかもしれないが、俺は犯罪者逮捕のプロなんだ
――????
球場をあとにした天原衛と牙門十字の二人は、レフトポール際にある複合施設へと向かっていた。
(すぐ車に戻るのではなくTOWER18を散策か。不自然な行動ではないが、風呂に入るなら少し厄介だな)
去年から北海道ガッツの本拠地となったこの野球場には、TOWER18と呼ばれるホテルと日帰り温泉を楽しめるスパが併設されている。
オントネーから4時間近くかけて移動してきたのだから、試合の後に風呂に入ってから帰ろうとするのは不自然な行動ではないが、スパに通信機器や武器を持ち込むわけにはいかないので尾行するのが困難になる。
「こちらフォックス1。監視対象のネズミがTOWER18へ向かっている。ネズミが温泉施設に入った場合、当官による監視は困難。指示を求む」
ネックレスに偽装したマイクで本部に状況を伝えると、耳に入れたワイヤレスイヤホンから本部に指示が聞こえてくる。
「こちらホークアイ。TOWER18内の温泉施設内にフォックス3が待機している。ネズミが温泉施設に向かった場合、監視をフォックス3に引継ぎフォックス1はTOWER18の1階で待機」
「了解」
温泉施設内部にも仲間が待機していると聞いて安心した俺は、改めてネズミの動向に注意を向ける。
(珍しい背番号のユニフォームだから尾行しやすくて助かるぜ)
ネズミ二人は、それぞれ背番号41と30のユニフォームを身に着けている。
どちらも、あまり人気が無い選手の背番号なので周囲を見渡しても同じ背番号のユニフォームを着ているファンは存在しない。
ユニフォームは野球場の迷彩服だ。
ユニフォームを着ることによって周囲の野球ファンに溶け込んで存在感を消すことが出来るが、あまり人気のない選手の背番号を背負うことによって特定の人間には判る目印にすることも出来る。
(ハッキリ言ってあの二人は怪しい)
試合中はなんの警戒もなく食事し酒も飲んでいたが、あれは監視の目を誤魔化すためのカモフラージュで、背番号目印に使って群衆の中で秘密裏に誰かとコンタクトを取る可能性が十分に考えられる。
「!?」
ネズミの二人がTOWER18の中に入らず、入口付近に立っていた男の前で足を止めるのを見て俺は反射的にポケットからスマートフォンを取り出し、カメラアプリを立ち上げる。
スマートフォンは便利な道具だ。
カメラとは違い、人ごみの中でスマートフォンを構えても周囲の人間は盗撮をしていることに気づかない。
彼らは短い会話し、それから天原衛が謎の男に茶封筒を手渡す。
(やはり群衆に紛れて他の機関とコンタクトを取るつもりだったか)
いま、撮影している映像を持ち帰り二人がコンタクトを取った人間の身元を洗えば、彼らが手を組もうとしている組織の正体に迫ることが出来る。
(しかし、奴ら誰と手を組むつもりだ?)
異世界生物対策課がアメリカに警戒されていることは、彼等も気づいているだろう。
手を組むのが日本の警察組織ならいいが、アメリカに対抗するために中国やロシアと手を組もうとしているなら国防上重大な危機に発展する。
「お兄さん、盗撮は道の迷惑条例違反ですよ」
それは突然やって来た。
背後に立った男がボソッと小さな声でつぶやくと同時に、太い腕が俺の首筋に蛇のように絡みついた。
謎の男が右手に持っていた円筒形の物体を首筋の頸動脈に押し当てると、チクリとした痛みと共に液体が血管に流れ込む。
「しまった!」
男が持っていたのは無針注射器だった。
正体不明の薬を動脈に注入されたことを悟り、凍り付くような恐怖が心臓を鷲掴みにする。
「ちくしょ――!!」
恐怖が判断を遅らせた。
俺は機密保持のために奥歯に自決用の毒薬を仕込んでいたが、男はそれを予想していたのだろう。
薬を注入された恐怖で俺がパニックに陥っていた時間は5秒にも満たない。
しかし、男はその隙をついて目にも止まらぬ速さで左手の指を俺の口内にさし込んだ。
「んんっ!!………」
「悪いな、お兄さんたちは諜報のプロかもしれないが、俺は犯罪者逮捕のプロなんだ」
自決を封じられた俺は抵抗を試みたが、動脈注射された薬品の影響だろう。
気が付けば、全身の筋肉は手足を動かせないほど弛緩し、視界は黒く染まっていった。
――天原衛
齋藤さんから俺と牙門に与えられた最後の指示は、球場の端レフトポール際にある複合施設TOWER18の入口付近に立っている背番号2のユニフォームを着た男に何らかの用紙が入った茶封筒を渡すこと。
指示通りTOWER18に行くと入口の手前で背番号2のユニフォームを着た男が待っていて、ミッションそのものはスムーズに達成できた。
しかし、男に茶封筒を渡し一礼して視線を切った直後、事件は起こった。
「ちくしょ――!!」
群衆の中からくごもった叫び声が上がる。
何が起こったのかと思い、叫び声のした方向に視線を向けると意識を失った男を肩で支えている齋藤さんの姿があった。
齋藤さんと彼が支える謎の男は周囲の野球ファンと同じく、北海道ガッツのホームユニフォームを着ていて、一見するとただの野球ファンにしか見えない。
「さっ、齋藤さん!?」
「なんでここに?」
齋藤さんは男を支えたまま俺達のところに歩み寄り、よくやったと言わんばかりに俺と牙門の方をポンポンと叩く。
「天原、牙門、こんなところで会うなんて奇遇だな。出くわしたところで悪いんだが、俺の友人がビール飲み過ぎて酔い潰れちまった。悪いけど車まで運ぶのを手伝ってくれないか?」
齋藤さんが支えている謎の男は、青白い顔をして意識を失っているが、呼吸も体温にも異常はない。
実際に何をしたのか判らないが、彼がアルコール中毒の影響で眠っているのは間違いなさそうだ。
「友人ですか?」
「そう、ただの友人だよ。お前達と同じでダチと一緒に北海道ガッツの本拠地開幕戦を見に来たんだ」
状況的にどう考えても謎の男が齋藤さんの友人とは思えなかったが、こんな衆人環視の中で騒ぎを起こすわけにもいかないので、反対側の肩を支えて男を車まで運ぶのを手伝うことにした。
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