第13話 お姉さん、ビール2杯お願いします
――天原衛
グッツショップで指定された選手のユニフォームを買った俺と牙門に与えられた次なる指示は、フードコートで一万円分の球場飯を購入することだった。
鳥串や、ホットドック、海鮮丼等のメニューをテイクアウトで買い込んで、それを両手で抱えるように持ってなんとか観客席にたどり着く。
齋藤さんが用意してくれたのはバックネット裏の一番高い席で、ピッチャーの投球が一番よく見えるところだった。
「しかし、高い飯だと思ったけど軍資金が一万もあると、さすがにすごい量だな」
「いいじゃないか。こういうジャンクフードを食いながら試合を見るのが球場観戦の醍醐味だ」
とりあえず俺は1本150円で売られていた鳥串に食らいつく。
普段はオントネーで自給自足に近い生活を送っているので、こうやって店で売られている食べ物を買って食うのは本当に久しぶりだ。
「美味いなッ! こういう塩辛い味付け久しぶりだ」
「アイリスが栄養指導してるせいで普段の食事は塩分控えめばっかりだからな。多分、ここの飯はビールと一緒に食うのが前提だから味付け濃い目なんだろ」
「女子って塩分控えめ味付け甘めが好きだよな」
「あれ何でだろうな? いつの間にか、白だし、みりん、酢、トマトケチャップといろいろ調味料も増えてるし」
ミ・ミカ達を交換留学生として受け入れてから、天原家の台所は完全に女子軍団に占領されている。
ミ・ミカ達はマモノハンターなのにちゃんと家事や炊事のやり方を心得ていて、俺と牙門は料理の作り方が雑という理由で料理当番から外されてしまった。
最近はトマトシチュー、筑前煮、八宝菜、チーズハンバーグetcと、俺が絶対に作らない凝った料理が日替わりで食卓をにぎわせている。
料理の味は彼女達が作った方が美味しいので俺も牙門も不満はないが、たまには塩辛いものが食いたくなるのが人情というものだ。
「お姉さん、こっちいいですか?」
牙門は齋藤さんから指示された3つ目のお題をクリアするために、ビールサーバを背負って観客席をエッチラオッチラ歩いている女子大生くらいの女の子を手招きで呼び寄せる。
「やっぱり、ビールも買うんだ。俺、あんまり酒好きじゃないんだよ。飲んでも、どうせ酔えないし」
「齋藤さんから最低2杯は飲めって指示されてるからあきらめろ。それに、酒飲んでるの見たらネズミ連中も油断するだろ」
齋藤さんが残した行動マニュアルに書かれた指示の3番目は、俺と牙門がそれぞれビールを2杯以上飲むことだった。
「お姉さん、ビール2杯お願いします」
牙門がビールを注文すると売り子の女の子は注文2杯と聞いて反射的に眉をひそめる。
「あの~、お客様、隣に座っている方は未成年者の様に思われるんですが身分証を確認させていただけないでしょうか?」
「あー、はいはい……」
俺は懐から運転免許書を取り出してお姉さんに見せる。
最近意識しなくなっていたが、俺はマジンになったときのゴタゴタで15歳の頃の容姿で人間モードが固定されている。
どう見ても中高生にしか見えないガキがビール買おうとしてるのだ。
ビール売りのお姉さんが眉をひそめるのも無理はない。
「30歳!? 失礼いたしました。すごいど……とても、お若く見えますね」
どう見ても中高生にしか見えない30歳男性の存在に驚いているのだろう。
ビール売りのお姉さんは免許書の顔写真と俺の顔を見比べて、目をパチクリさせている。
「ぷっ、くはははははッ!」
驚くお姉さんの姿がツボに入ったらしく、牙門が腹を抱えて笑いだす。
「牙門、笑うなよ」
「いや、笑うだろこんなのッ!」
そんな風に、ちょっとしたトラブルを挟みつつ。
俺達は何とか二つ目と、三つ目の指示をクリアすることが出来た。
人生で初めて経験する球場でのプロ野球観戦は、野球に関する知識が全くない俺でも結構楽しむことが出来た。
予告先発で出場が決まっていた鈴木投手だけじゃなく、俺がユニフォームを買った郡山捕手もスタメン出場し、偶然にも俺達は今日の試合のバッテリーと同じ背番号を背負って試合を観戦することになった。
「牙門の後輩スゴイな、投げる球の半分くらい150キロ超えてるんじゃないか」
試合の様子を伝える電光掲示板には球速154kmと表示されている。
「前評判では、ストレートに威力のあるピッチャーって言われてた。ただ、コントロールに難があるのも前評判通りだな」
「そうなのか?」
「ここから見ても、キャッチャーのリード通りに投げてない制球ミスが何回かあった。ストレートが高めに浮くなら誤魔化せるが、変化球が高めに浮くと打たれるな」
俺はストライクもアウトも取れているから鈴木投手が好投しているように見えたが、元高校球児の牙門の視点だと欠点もあるようだ。
パンッ!
聞き慣れた、木材に固いものがぶつかる乾いた音が響き、白球がライトスタンドに突き刺さる。
鈴木投手がホームランを打たれたのだ。
「ああッ! 打たれちゃった」
「いや、あれは打たれるだろ。カーブが高めに浮いて甘いところに入ったからな。まあ、ソロホームランだから問題ない」
「お前、球種まで判るのかよ?」
「カーブは高校のころ俺もよく投げたからな。ピッチャーの手から離れて山なりの軌道を描くのがカーブだ」
そんな感じで牙門の解説を聞き、塩辛いジャンクフードをビールで流し込みながら試合を観戦する。
鈴木投手は制球に苦しみながら、6回2失点と好投し3対2のリードを保ったままマウンドを降りた。
「鈴木投手、好投したんじゃないか?」
「ああ、フォアボール3個も出したのは今後の課題だけど6回2失点ならルーキーとしては上出来だ。けど、問題はここからなんだよな」
牙門は、不安な気持ちを隠そうともせず口をへの字に結ぶ。
「鈴木投手に外に問題があるのか?」
「問題は鈴木じゃなくて、このチーム自体にある。お前も知ってると思うが、北海道ガッツは去年リーグ最下位だったんだよ」
牙門の不安は的中し、鈴木投手の次に投げたリリーフピッチャーが打ち込まれガッツは逆転負けしてしまった。
「バカヤローッ!!」
「ルーキーの勝ち星消すとか、玉ついてるのかッ!」
リリーフピッチャーの不甲斐ない投球を見てフラストレーションを溜めた観客から、激しい罵声と野次が飛ぶ。
「ひっ、ヒドイ」
先発が降板した直後に逆転されるリリーフピッチャー。
逆転し返せない貧弱な打線。
北海道ガッツが去年リーグ最下位になった弱いチームだということを、これ以上ないほど思い知らされた。
「去年もこんな試合ばかりだった。やっぱり一年くらいじゃ強くなれないな」
周りの罵声を発する観客とは違い、牙門はサバサバした表情をしている。
「なんで、こんなに弱いんだ?」
「弱い理由は、勝ち星を稼げる先発ピッチャーの枚数が少ないこと、リリーフピッチャーが信頼できないこと、センターラインを守る選手の守備力と打力が他球団より劣るからだな」
「ほとんど全部じゃねえかッ!」
北海道ガッツが去年最下位なのは知っていたが、目の前で弱いことを見せつけられると野球を全く知らなかった俺でも悲しい気分になって来る。
「東京のチームと違って金がないから大金出してスター選手を呼ぶとか出来ないんだ。少なくとも今日は鈴木が良かったし、あいつが半年間ローテーションを守れたら少しはマシになるかもな」
弱いチームのファンは、今年は去年より少しでも良くなることを祈って応援し続けるらしい。
このチームが強くなってガッツファンが報われる日が来ることを祈りながら、俺達は齋藤さんから課された最後の指示を達成するために球場をあとにした。
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