第12話 今日の先発の鈴木って俺の後輩なんだよ
――天原衛
「人が多い~」
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人ッ!!
人よりも、シカやキツネの方が多いオントネーの山奥で住んでる俺にとって、野球場に押し寄せた人達の作る長蛇の列は見ているだけでめまいを感じるような光景だった。
「北海道って、こんなに人が住んでいたんだな」
俺と牙門は齋藤さんの指示に従って、プロ野球の観戦するために北広島市にある野球場にやって来た。
北海道唯一のプロ野球チームの本拠地開幕戦だけあって球場には三万人以上のプロ野球ファンが来場しており、何処に行ってもファンが長蛇の列を作っている。
駐車場があると聞いていたので俺と牙門は車で来場することにしたのだが、試合開始の5時間前に来たにも関わらす大渋滞に巻き込まれ2時間近く亀のような歩みに付き合わされることになった。
「もう疲れた、山が恋しい……」
渋滞に巻き込まれて精神的にヘトヘトになった俺は、目の前の長蛇の列を見てすでに心が折れそうになっていた。
「泣き言いうな、これも仕事だ。それに、天原妹は今度上京する機会があったらミ・ミカ達をディ〇ニーラ〇ドに連れていきたいって言ってたぞ」
「言ってたな。絶対行きたくないけど」
そう言ったものの、恵子にディ〇ニーラ〇ドに行きたいと言われたら断れる自信がないので、上京することがあれば俺は女子軍団に夢の国(?)に強制連行されることになるだろう。
「とりあえず試合開始までまだ2時間近くあるし、今は齋藤さんの指示通りに行動するぞ」
齋藤さんが寄越した手紙には球場に着いたあと、いくつか特定の行動をするよう指示が書かれていた。
現金書留に同封されていた5万円は、齋藤さんの指示通り動くための軍資金として渡されたものだ。
「まずは球場内のグッツショップに言って指定された選手のユニフォームと帽子を購入することか」
俺と牙門がグッツショップに行くと、ショップ内にはグッツを買い求めるファンでごった返していた。
店の中に人があふれている様子に俺が尻込みしていると、牙門がスタスタと人ごみに分け入って二人分のユニフォームと帽子を買ってきてくれた。
「この場でユニフォームを着るのはいい考えだな。球場に来てる野球ファンはユニフォーム着てる奴が多いから、これなら群衆に紛れることが出来る」
「ユニフォームがこの場における迷彩服みたいなもんか。しかし、わざわざ誰のユニを買うかまで特定されてるけど、二人共俺の知らない名前だな」
ユニフォームを着て群衆に紛れるなら一番人気のある4番バッターのユニフォームを着た方が紛れやすいと思うのだが、齋藤さんが購入を指定したのはテレビで名前を聞いたことのない選手のユニフォームだった。
「名前を知らないのはお前が野球に無知なだけだ。天原がユニの購入指定された郡山選手は去年トレードでガッツ加入した人だけど、オープン戦で一番打席数が多かった正捕手候補の一番手だ」
牙門はユニフォームにローマ字で書かれた『KOURIYAMA』の文字を指差して選手の経歴について教えてくれる。
「お前やけに詳しいな……って、よく考えたら牙門は元高校球児だったな」
そういえば、牙門はときどき一人でプロ野球中継を見ていることがある。
熱心なプロ野球ファンというわけではないと思うが、元球児だけに野球自体は今でも好きなのだろう。
「ちなみに牙門は誰のユニを指定されたんだ?」
「鈴木浩二。去年のドラフトで一位指名された今日の試合の先発投手だ」
「ああ新人か、なら俺が知らなくても当然だな」
牙門は手にしたユニに書かれた『SUZUKI』の訝しげな視線で眺めている。
「少し気持ち悪いな。今日の先発の鈴木って俺の後輩なんだよ」
「えっ、もしかして齋藤さん」
「もしかしなくても、俺の経歴調べた上で鈴木のユニを着るよう指定してると思う」
たっ、確かにそれは気持ち悪い。
俺達をオトリに使おうとしてるのはわかるが、齋藤さんが腹の底で何を考えているのか全く想像ができない。
「しかし、お前の後輩がドラフト1位でプロ野球選手って、なんてすごいな」
恵子もそうだったが、学生スポーツで同世代から抜きんでて上のステージに行けるのは神に選ばれた天才だけだ。
「まっ、鈴木は元北海のエースだからな。大学で4年間鍛えられたらドラ1レベルに成長しても不思議じゃないだろ」
えっ!? いま牙門の奴、さらっとすごいこと言わなかったか。
鈴木選手が高校時代を過ごした北海高校野球部は北海道で甲子園出場回数一位をほこる俺でも名前を知ってる高校野球の強豪校だ。
「鈴木選手が後輩ってことは、もしかしてお前も北海高校の野球部に……」
「ああ、俺も一応北海でエースナンバーもらって甲子園で一回投げたよ。もっとも、俺はドラフトで育成の指名すらもらえなかったけどな」
衝撃の事実。
俺の自衛隊時代のバディは、甲子園出場経験もある野球の超エリートだった。
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